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次の日から石のキッチンを片付けてレンガキッチンを組み立てていく。箱には組み立て方やコンロの取り扱い説明書が入っていた。
専用の接着剤でレンガをくっつけながら組み立て、4口のコンロをはめ込む。
水道管は悩んだが世界樹の泉に繋げた。水を汲みに行かなくても蛇口から全回復の水がでるなんてかなり贅沢だ。
レンガキッチンの隣にはレンガオーブンを組み立てた。
これも魔道具だが温度調整のために空気を外に出す煙突が必要と記載があったので壁に穴を開けて箱に入っていた配管を外へ繋げる。
熱で壁が傷まないよう、粘土質の保護材で配管と穴の隙間を埋める。家が木材100%のためこういう気配りのある製品はありがたい。
しかも壁の色に合わせやすいようブラウン、ベージュ、ホワイトの3色が用意されていた。細やかな気遣いである。
あのお姉さんの身なりといい、実は高級店だったのではないかと今になって思う。
キッチンの壁は素材があればタイルにしても綺麗だろうな。
食物庫は冷蔵、冷凍を並べて置いてある。
食器棚や綺麗な食器も集めたくなる。
慣れない組み立て作業にかなり時間がかかり、完成するまで3日もかかってしまった。
終わったあとは水晶のような謎の玉を四角い板に加工する。
念のため4つ買って4枚作ったが、実際には2枚で充分だ。
特に透き通った綺麗な2枚の縁を木材で囲い、リズに許可を得て部屋に入る。
そう、窓ガラスの代わりとして購入したのである。
窓を開けられるよう水晶の板を2枚用意しリズの部屋の壁にはめ込んだ。
しまった。カーテンも買っておけば良かった。
少し後悔したが、窓を見たリズが跳び跳ねて喜んでいたのでまぁいいか。
余った水晶の板はせっかくなので小さめの窓をキッチンとツヴァイとヨシュアの部屋に作っておいた。
今後はオーブンをガンガン使う可能性が高いため、換気のためにも窓はあったほうがいいだろう。異世界に来てドラゴンに戦いを挑み死亡ならわかるが、死因【一酸化炭素中毒】では腑に落ちない。
玄関のドアを引き戸から観音開きのドアに変更したあとは、屋根の色を赤く塗ったり、家の外側の壁や床をブラウンに塗ったり、家の中の壁はオフホワイトを塗った。家の中の床はあえて塗らず、オフホワイトの壁に無垢材の自然なベージュの床で居心地いい空間である。
ついでに木材の切れ端を表を赤色、裏をオフホワイトに塗って小さな木札を作った。これをお風呂に入っているときは赤色、入っていないときはオフホワイトの面を向けるようにして入浴ハプニングの定番、裸に遭遇を未然に防げる。
立派なお家に豪華なキッチン、庭には温泉がある。
聖域の効果で温暖な気候のため空調はいらない。
テレビのような娯楽はないが、充分文化的な生活が営める。
やっとサバイバルライフから抜け出し、田舎住まいの農家のお家レベルになれた気がする。
ソファーはせっかく購入したものの、リビングに置いても二人とも遠慮して座ってくれないためヨシュアの個人部屋へと移動させた。
約40畳のLDKに置いてある大きめのダイニングテーブルと椅子のセットで寝る前に少しハーブティーを飲みながら雑談するのも楽しい。
「この森の開拓はどこまでやろうかな」
特に目標がないため漠然と続けているが、悩ましいところである。
「少なくとも聖域の範囲内は開拓してもいいんじゃないか?魔界だが魔族が入れないというのは心強い」
「どこまで聖域の範囲なのかわからないのがなぁ。まぁ少しずつ広げて、強そうな魔物が出るとこまで進めるか」
ざっくりとした開拓目標を決める。
のんびりやっていこう。
後回しにしていた砂風呂も作り終え、特にコレをやると決まったこともなく農業&開拓作業を続けていた。
聖域全体を開拓するとは決めたが、水田予定地は川沿いという漠然とした計画しかなく、現状農業をしつつ樹海から居心地のいい森へ開拓する作業をしているだけだった。
街へは定期的にキノコとノルンの抜け毛ならぬ抜け羽をもらって売りに行き、爆買いは控え食料と生活品の買い出し程度にしてお金を貯めたのでツヴァイはいつでも購入出来る。
リズを買うにはもう少しといったところだ。
ノルンの羽がまさか1枚10万ルクになるとは思わなかった。
知っていればマリーさんの羽を溜め込んでおいたのに。
試しにアンドリューさんの抜け羽も売ろうとしたら、「そんな貴重なもの当店では買い取れません」とRPGのようなセリフで断られてしまった。
ふと気付けばもうこの世界に来てだいぶたつ。
あのとき助けたノルンはもう立派な美少女となり、巣立ちのときも近いという。
最近ノルンが捕ったと持ってくる魚もどうやって仕留めているのか気になるくらい大きな魚型モンスターとなり、ツヴァイが「この魚電気がピリピリ流れてて上手くさばけないんだけど食べられるのかな……」とぼやいていた。
その魚はぶつ切りにされ香辛料たっぷりのスパイシーな唐揚げになっていた。痺れる刺激が癖になる味だ。香辛料で痺れるのか魚の電気なのか謎である。
「ヨシュア君ってここに来てもう長いんだよね、何ヵ月くらいたったの?」
腕力だけで木と木の間を飛ぶように移動し上半身を鍛えるというリズを見送り、ツヴァイ手作りの木のみ入りパウンドケーキを食べながら魔族の街で買った紅茶を飲んで休憩しているときだった。
そういえば日にちを数えていないからこの世界について何ヵ月たっているかわからない。
ずっと温暖な気候のため季節もない。
「……1年いくかいかないかくらい?」
「……なんで疑問系なの」
あきれた様子のツヴァイ。
「いやほら、人間界の1年と魔界の1年が同じかわからないからさ」
1年365日かどうかも疑わしい。
「ああ、それなら同じだよ。魔界って言っても人間界と隔絶してるけど同じ星だからね」
「そうなんだ」
「うん。魔界は標高が高いぶん過酷な環境だから別世界みたいに感じるけど、人間界と同じ366日だよ」
閏年か。
1年の基準は元の世界とそう変わらないようだ。
「へぇー。じゃあ僕いつのまにか16歳になったんだろうな。ここに来てから何日たったか数えるのも面倒で、今日が何日かもよくわかってないんだ」
「そっか。16歳のお祝いしそびれちゃったね」
「お祝いなんていいよ、永遠の15歳でいるから」
「無理だから」
おかしいな、最近ツヴァイさんからの当たりがキツくなってる気がするなぁ。
「ツヴァイは誕生日いつ?」
「1カ月前くらいかな。魔族のカレンダーだから合ってるかわからないけど」
「自分だって誕生日祝いそびれてるじゃないか」
「ささやかに晩御飯のメニューを俺の好きなものだらけにして祝ったよ」
気付かれなかったセルフお誕生日会開催済みのお知らせである。切なさで胸が締め付けられる。
いたいけな少年に悲しみを悟られてはいけない。平静を装った。
「何作った日?」
「キノコのシチューとポークステーキの日」
「その日なら、すりおろしたフルーツの入った手作りソースがかかったポークステーキが美味しかったことは覚えてる。15歳おめでとう」
肉にフルーツ?と疑問に思ったが、豚は餌にリンゴなど甘い果物を食べていることがあるから果実と相性がいいと雑学を教えてくれ、さらに予想以上に美味しかったのでよく覚えている。
「今からでもヨシュア君のお誕生日会する?リクエストあれば好きなメニュー作るよ」
「僕はツヴァイが作ってくれるメニューすべてが好きだから毎日お誕生日会みたいなものだ」
「それ、すっごい口説き文句だね。女の子に言ってあげなよ」
「ツヴァイが性別を間違えて産まれたのが悪い」
入浴ハプニングで実は女の子でしたとわかるイベントが起きればいいのにと願うが、奴隷商から男と言われているのだから間違いないだろう。商品の性別を間違えるとは思えない。
「はいはい、ごめんなさい。言っとくけど俺ノーマルだからね」
「僕もノーマルですよー。普通の女の子と出会いたい。ていうかツヴァイより高スペックな女の子なんていない気がする」
「うーん。スペックはおいといても、ここにいる限り出会いは少ないよね。人間界と行き来出来ればいいのにな」
「え?人間界行く方法見つかったら向こう帰るんじゃないの?こっち戻ってきたいの?」
「孤児院の皆が気になるから様子見に行きたいけど、ここの生活楽しいもん。ヨシュア君がいいならここで一緒に住みたい。ヨシュア君にお嫁さんができたらちゃんと出ていくよ」
それに、本気でお尻狙ってくる人いないし。
そんな呟きが聞こえた気がするが、永遠の15歳には刺激が強すぎるので聞かなかったことにする。
「僕としてはずっとツヴァイがいてくれると嬉しいよ。お嫁さん出来る気がしないから死ぬまで添い遂げようか、ツヴァイ」
「ごめん、前言撤回する。帰る」
「大変申し訳ございませんでした」
おかしいな、まだ契約上奴隷とご主人様の関係性のはずなのになぁ。
「せっかくだから僕とツヴァイとリズの合同お誕生日会でもする?」
「それいいね。じゃあ今日の晩御飯はご馳走作るから、早速とりかかろう」
こうしてツヴァイはマルゲリータピザ、キノコのシチュー、キノコとベーコンのアヒージョ、ローストビーフ、フルーツタルトを作り、夜3人の合同お誕生日会を開催した。
料理は魔族の街で手に入れた材料を使っているので、あくまでもそれっぽいものである。
食事のときには健全に瓶入りのレモーネスカッシュで乾杯したのだった。
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11話から週2ペースでの更新予定となってます
この作品はESN大賞応募中で、10万字越えるためにたまに更新頻度があがります 笑




