世界転生受付局
俺は死んだ…。別にトラックに轢かれた訳では無いし、それを避けたと思ったら対向車線の車に轢かれた訳でもないし、ある時いきなり死んだ訳でもない。
普通に大学に進学し普通にそこら辺の会社に就職して取引先のちょっと可愛い受付嬢だった嫁と結婚して子供を授かって普通に老衰で死んだだけだ。
決して裕福とは言えなかったけど特に不自由なく終えることのできた俺の人生は悪くなかったと思う。しかも、老衰で死ねたのも悪くないと思ってる。癌とか病気にかかって死ぬよりかはきっと安らかに死ねたんじゃないだろうか…。
さて、俺は死んだ…だがこれはどういう事だろうか…。意識があり目の前には生前に何処の街にもあったであろう役所と同じような建物があった。周りを見渡すとどうやら俺と同じような状況の人が何人かいるようだが顔はボヤけて見えないしもっと言えば身体なんてあるのかないのかギリギリ判別がつく程度だった。もしかして今の俺も似たような格好なのではないだろうか…。その事を意識しても不思議と落ち着いたままだ。死んだからその様なことを別に何とも思わなくなったのだろうか。
すると、役所の様な建物の方から何やら案内人の様な人?が現れてその場にいた俺を含めた数人を連れて役所の中へと入った。その時も不思議と誰も反発はせずに大人しく従った。その事を俺もおかしいとは思わなかった。やはり中は生前訪れたことのある役所の様な造りでしかしそれを不思議には思わなかった。
案内人について行くとやがて【世界転生受付局】と書かれた看板のある所まで連れてこられた。生憎とそれ以外の文字は読み取れなかった。やっぱりそれを不思議に思うことはなかった。そして、案内人の指示で一列に並び順番を待つように言われた。それにも不満を言うものはいなかった。
暫くして俺の順番が来た。目の前には恐らく女性だろうなと思われる人物がいた。顔はボヤけて見えなかったが妻に似た女性の様な気がした。
「世界転生受付局へ、ようこそ。ここでは選ばれた魂の皆様を様々な世界へ転生させる受付局です。私は皆様の言葉でいう所の此処の役員と言った所です」
「はぁ…」
「この度f1%^様はその選ばれた魂に選ばれたのです」
そういった役員の中で俺は違和感を感じた…。それに役員も気がついた様で俺が質問をする前に答えてくれた。
「今、恐らく私が言った貴方様のお名前が聞き取れなかったかと思います…がそれは貴方にはその記憶が残されていないからです」
俺に記憶がない?そんなことはない…俺は…俺は…俺は…誰だった?俺は死んだ…そう、ごく普通の家庭に生まれてちょっと可愛い妻がいて立派な自慢の息子だっている。あの子が産まれた時だってきちんと覚えてる…予定日を過ぎてもなかなか産まれなくて俺が心配で心配で仕方がなかったのをきちんと覚えてる。
それで、ようやく産まれた息子に名前を…あれ?あいつの名前はなんだ?思い出せない妻の名が息子の名がそして俺の名も…。
「で、でも俺は覚えてるあいつと初めて酒を飲んだ時のことだってあいつが相手を連れてきた時だって俺は!覚えてる!」
「………」
役員は今まで何度も見たのか何とも言えない眼差しで見つめてくる。でも、そこには憐憫とか憐れみとかそういった感情はないようだった。そう、その目は生前何度か見たことがある…。それは…。
「ええ、貴方はきちんと覚えていらっしゃいますよ。ただそれも今だけです。そこら辺の仕組みを説明する時間はあまり無いので先に進めますね」
俺が役員の目の中にある感情に気づこうとしたその時まるでタイミングを図っていたかの様に話を続けた。俺はとりあえず話を聞くべく頭の片隅へと考えるを押しやった。
「では、まずこれから貴方に転生していただく世界についてご説明をさせていただきます。貴方が転生するのはそうですね貴方達の世界の歴史で言うところの中世という感じの世界になります。その世界には貴方達の世界とは違う発展をしているので、まあ行けばすぐに分かるかと思います。」
「違う発展?」
「ええ、違う発展です。そして貴方はそんな世界のとある王国の貴族の長男として転生して頂きます。所謂サービスというやつです。何せ貴方達は選ばれた魂なのですから」
貴族の長男…貴族と言ったらあれだよな?息子が中学生の頃ハマっていた異世界転生とかいう小説の中に出てくる様な貴族だよな?というかなんでそんなこと覚えてるんだっけ?あれ?俺に息子なんていたのか?
「そして、他にもサービスは付けさせていただきます。こちらにある選択肢の中から三つだけ選んでいただきます。」
そう言って役員が差し出したのは沢山の欄があるタブレットの様な何かだった。えーとなになに、剣の才能、魔術の才能、鍛冶の才能、棒術の才能、政治の才能、薬学の才能、身体能力強化ect…。
ほんとに沢山あるな…。
じゃあ、貴族の長男なんだから政治の才能と剣の才能とあと身体能力強化でいいかな。
「えっとじゃあ政治の才能と剣の才能と身体能力強化でお願いします。」
「はい、かしこまりました」
「それでは、貴方はこれから第☆○dg世界オラシオンに転生して頂きます。貴方の来世に幸あらんことを。」
そうして俺は意識を失った。貴族の長男に転生した。
「被験者番号05は行ったのか?」
そう呼ばれた男の魂が案内人と呼んでいた男は役員と呼ばれた女に話しかけた。
「はい、第☆○dg世界オラシオンにきちんと行きました。」
「しっかし上も面倒なことを始めたものだ、異なる世界の魂を集め他の世界へと転生させるなど…しかも我々天子に魂共の案内なぞさせるとは…。」
「いいじゃないですか、私は楽しいですよ?」
役員はとても愉しそうに愉しそうにその顔に笑みを浮かべる。案内人には呆れた様に肩を竦めた。
「それはお前が変わり者だからだろうが、全く俺も驚いたぞ皆が嫌がりやりたがらない作業だと言うのに立候補しあまつさえ天主様に直訴して権能まで授かるとは…」
「ふふ、ですが天主様は快く授けて下さいましたよ?この魂の全てを見通す眼を」
「そんな下等な生物達の魂なんぞ見てなにが楽しいんだか…俺には理解出来んよ」
「いいんです、これは私の仕事…そして遊びです。それに下等な生物と言いますが案外あれはあれで面白いのですよ?」
「おや、どうやら次の魂達が来たようですよ?さあ、貴方もさっさと持ち場に戻ってください」
世界転生受付局…それは天主とそれに仕える大臣達が新しく作った娯楽機関。様々な世界から魂を集め他の世界へと転生させその魂の一生を見るという娯楽…。天主と大臣達はその魂がどうなろうと気にしない何故なら玩具が壊れても代わりなどいくらでもあるから…。
「世界転生受付局へ、ようこそ。ここでは選ばれた魂の皆様を様々な世界へ転生させる受付局です。私は皆様の言葉でいう所の此処の役員と言った所です」
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