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9. 本当の貴方は1

 「お嬢様、お花が届きましたよ」


 遠駆けから戻ってから三日。オリヴィアの体調はすっかり回復していたが、心配性の侍女にベッドから降りることを許してもらえず、ただひたすら自室のベッドの上でうつらうつらしているだけの退屈な時間を過ごしていた。


 「見事なお花ですね……これほどの花束は初めて見ました」


 エマが抱えて来た花束をオリヴィアに渡しながらほうと溜息をついた。ベッドの上で身体を起こして受け取ったオリヴィアも、目の前を覆い尽くす程の立派な花束に感嘆の声が漏れた。


 「真っ白のトルコキキョウ……こんなに沢山」


 この時期に咲くトルコキキョウなど見たことがない。清冽な白色を湛えて幾重にもひらひらと重なる可憐な花弁。これまでの花束とは見るからに違う、清楚な佇まいを感じさせる花束だった。

 添えられたカードをそっと開く。いつものありきたりな挨拶とは違う、心が感じられるメッセージに胸がとくんと鳴った。二人で過ごした時に彼が見せた笑顔を思い出す。


 『お加減は如何ですか?この前はすみませんでした。それからありがとう。また是非何処かへ行きましょう』


 これまでとは違う趣のその花束が、言葉と同じ位雄弁に彼の気持ちを伝えてくれている気がした。彼がまた自分と出掛けたいと言ってくれたことに自分でも意外なほど安堵する。

 遠い辺境伯領まで出向いてくれたのに、台無しにしてしまった。そのことをまずフレッドに詫びよう。そして、自分の方こそお礼を言わなければ。

 オリヴィアはトルコキキョウの白さに心の内を明るく照らされた思いで、どのように御礼をすべきか思案し始めた。







 アルディスの国を挙げて祝われる収穫祭の前日、オリヴィアはとあるお茶会に招待された。


 アルディスでは秋も深まるこの時期に諸侯が自領地の収穫から国に納める分を確定し、収穫祭の初日にその目録を献上するという習わしがある。その目録を玉座の隣に積み上げ、この国の繁栄を祝うのだ。目録の儀が終わればそのまま午餐が催され、更に夜には盛大な舞踏会が開かれる。社交シーズンは八月までだが、この日だけはシーズン中さながら、煌びやかに着飾った人々が一夜の夢を楽しむ。

 王都ではそのまま二日目から引き続いて民のための祭りが催される。目録を献上し終えた地方の貴族達はまた領地に戻り、そこで今度は領民と収穫を祝う。

 そうして国全体では一週間にも渡る祭りがようやく幕を降ろすのだ。それらが過ぎると、人々は静かに新年を迎えるための準備を始め出す。


 明日の目録献上のために王都に上がる父と共に王都にやってきたオリヴィアは、父の従姉であるマルヴェラの主催するお茶会に呼ばれたのだった。マルヴェラはグレアム公爵家に嫁いだが、公爵家にはオリヴィアの再従兄弟にあたる子供ができず後継者がいなかった。だが少なくとも表向きは危機感を匂わせることはない。きっと、公爵側の血縁から適当な者を養子に迎えるのだろう。

 オリヴィアは、小さい頃から自分の子供のように可愛がってくれるマルヴェラのことを、母の様に慕っていた。

 そのマルヴェラは公爵夫人としてお茶会を主催することも多く、オリヴィアもマルヴェラに呼ばれたお茶会には極力参加するようにしていた。


 「今日はお招きくださりありがとうございます、おば様」

 「まあオリヴィア、久しぶりね。最近会いに来てくれないから寂しかったわ。さあさあ、もう大体のお客様はお揃いですよ。今日は貴女の話を皆さんが楽しみにしているのだから」


 公爵家のタウンハウスに到着するや、大仰な抱擁で出迎えを受け、オリヴィアは苦笑した。このおばーー正式には父の従姉なのでおばではないのだが、オリヴィアは幼い頃からおばと呼んでいるーーは、意味深な笑みを浮かべている。きっと、フレッドとの婚約のことだろう。恐らくそうなるだろうとは予想していたが、その内容を思って暗澹とした。油断は禁物だ。


 案内されたサロンには既に令嬢達が集っていた。その中にはかつて自分を敵意に満ちた目で見ていた令嬢の姿もある。ここも戦いの場だ、とオリヴィアは気を引き締めた。


 サロンに入室するや、令嬢達の視線が一斉に自分へと向かう。にこやかに見えて、その実好奇心が剥き出しだ。その令嬢がたが早速自分に近づいてくる。


 「ご機嫌よう。オリヴィア様が今日のお茶会に参加されると聞いて楽しみにしていましたのよ。なかなかお話できる機会もございませんから」

 「ご機嫌よう、皆様。今日はお会いできて光栄ですわ」

 「いえいえ、ご婚約されたのですもの。お忙しいに決まっていますわ。お相手はフレッド様なのですよね?いかがですの?」


 令嬢達はそこでふふ、と笑った。含みのある笑い方だ。今日は自分が集中攻撃を受ける日なのだろうか。オリヴィアも形だけは微笑みを保ったまま返す。


 「フレッド様はお優しい方ですわ。つつがなく準備をさせていただいております」

 「でもフレッド様に嫁がれたらなかなかこれまで通りのお付き合いが出来なくなりますわね」


 令嬢達が、いかにも残念だという声色を出しながら、その実いい気味だと思っていることをオリヴィアは知っている。フリークス家もアルバーン家も嫡男がいる以上、フレッドがいずれをも継ぐ可能性はほぼ無いと言って良い。それはつまりオリヴィアも、結婚後は厳密には貴族ではなくなるということだ。フレッドが土地を所有しているという話も聞かないから、法律家を目指しているのかもしれない。自身は貴族でなくなっても貴族家の生まれに変わりはないため貴族に準じた扱いは受けるが、それでもやはり全く同じというわけにはいかない。これまで社交界の男性達の視線を攫ってきたライバルの「都落ち」に、彼女達が浮き立たない訳がなかった。


 「そうそう、それにフレッド様といえばこれまでにもお相手のいらっしゃったとか……」


 びく、と心臓が強張った。それはアイリーンのことだろうか、それとも他に心に決めた女性がいるのだろうか。内心の動揺を気取られないように穏やかな微笑みを努めて浮かべ、何でも無いようことのように振る舞う。

 彼女達は心配する素振りを見せながら、オリヴィアを追い込み、それを楽しんでいるのだ。思い通りの反応を見せてはならない。

 オリヴィアの反応が薄いのが気に食わないのだろう、令嬢達は畳み掛けるようにオリヴィアに聴かせるための会話を続けていく。


 「大層な美形でいらっしゃいますものね、フレッド様は……。おモテになるのもわかりますわ」

 「でもオリヴィア様もお美しいですから、これからはフレッド様もオリヴィア様お一人に心を定められるのではなくて?」

 「どうかしら。女性の方がフレッド様を放って置かないのではなくて?今もオリヴィア様がおられるというのに、フレッド様を誘っておられる方がいるとか」

 「まああ、そうですの?嫌ですわ、オリヴィア様がいらっしゃるのに。どなたですの?」

 「わたくしが伺ったところですと、どうやら……」


 令嬢方の会話がそこまで続いたところで、開け放たれていたサロンのドアが静かな音と共に閉まり、残りの来客の出迎えを終えたマルヴェラが入ってきて、令嬢達は口を噤んだ。

 一方、オリヴィアはその先を聞きたかったような、聞かずに済んでほっとしたような、何とも言えない複雑な気持ちを抱えることとなった。


 皆、マルヴェラとオリヴィアが姻戚関係にあることを知っている。公爵夫人の前で迂闊なことは言えないと、途端にオリヴィアの婚約を祝う言葉が白々しく並び始める。オリヴィアも、動揺を悟られてはならないといつものように微笑みを貼り付けて返し、それ以降は見かけは穏やかなお茶会が進行していった。

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