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侍女の気がかり

本編が始まる前の、オリヴィアの侍女エマ視点のお話です。

 エマ・ランサム、二十三歳。

 私はフリークス辺境伯家の侍女をしています。お仕えしているのは、この家のお嬢様であるオリヴィア様でございます。

 オリヴィア様が十五歳の頃に彼女のお世話をしていた侍女が退職することになり、その侍女の紹介を受けてこの家に入ってから三年になるでしょうか。

 その前も別の貴族のお屋敷で侍女をしていたから、仕事については特に大きな混乱もなく引き継げたと思います。

 それよりも前にお仕えしていたお嬢様とあまりにも違うオリヴィア様の様子に、私は何度も困惑させられたものでした。


 十五歳と言えば翌年には社交界デビューを控えた歳でございます。

 この歳のご令嬢は大抵が、翌年のデビューを夢見てデビュタントのドレスやアクセサリーを仕立てるのに余念がありませんし、社交界で出会う殿方との出会いに思いを馳せるものだと思うのです。前にお世話していたお嬢様もそうでした。


 ですから、オリヴィア様がそういう一切のことに心を浮き立たせておられないのが不思議で仕方ありませんでした。

 デビュタントの白いドレスも用意こそしておられたものの、余計な装飾の何もないマーメイドラインの素っ気ないものでした。

 アクセサリーも同じでした。お母様の形見だと仰るエメラルドの耳飾りの他には何も用意しておられなくて、ドレスのデコルテを飾るネックレスも必要ないと仰ったので、私は失礼にもお嬢様の前で思わず絶句してしまったほどでした。

 まだ、十五歳の少女でいらっしゃるのに。

 その時には二十歳を目前に控えていた私は、何とももったいないなと思ったものでした。


 それだけ、オリヴィア様は十五歳にしては落ち着いた雰囲気をお持ちの美少女だったのですから。


 初めてご挨拶した時、私をご覧になったあの眼差しは今も鮮やかに私の心に残っております。碧色の瞳はしんとした森の奥のような静けさを湛えていて、ともすると失礼にもじっと魅入ってしまいそうでした。

 それに小さなお顔の中は各パーツが整然と理想の場所に収まっていらっしゃいましたし、唇は熟れた果実のようにぽってりと艷やかで、まるでお人形のようでした。

 だからこそ、せっかくの社交界の場で思う様着飾らろうとなさらないのが残念で仕方なかったんです。侍女としての腕の見せ所も少なくて、正直なところがっかりしたりもしていました。

 

 オリヴィア様はお母様を早くに亡くされたために、私がお仕えさせて頂いた時にはもう女主人として屋敷内を取り仕切っておられました。いつも細かいことにまで心を配っておられていて、しかもそれを相手に押し付けずにさりげなく配慮なさるところが素晴らしくて、私も心からこの方にお仕えできて良かったと何度も思ったことでした。もちろんそれは今でも変わりません。


 その魅力をアピールなされば、必ずや沢山の殿方に愛を囁かれるに違いないのに。


 でも、それは着飾らなくても特に変わりはなかったのですが。

 十六歳になってデビューされるや否や、オリヴィア様の元には連日求婚のお手紙が届けられるようになりました。オリヴィア様は何も仰いませんでしたが、使用人にも社交界の様子は伝わってくるものです。オリヴィア様が出席される舞踏会や夜会の度に、殿方が引きもきらず訪れては甘い言葉を囁いてお嬢様をダンスにお誘いしているのだと聞いて、私はまるで自分のことのように舞い上がったものでした。これは早々にご結婚相手も決まるに違いない、と内心でその時を今か今かと待ちわびてさえいたんです。


 だけど肝心のオリヴィア様は、そういったお誘いやお手紙にも華やいだ表情を見せられることはありませんでした。それどころか、けんもほろろにその全てを断っていらっしゃったのです。ダンスのお相手はしておられたようですが、それ以上のこと……お相手の殿方と甘い言葉を交わし合ったり、殿方のお誘いで出掛けたりということは全くなかったのでございます。求婚のお手紙も同じように、全て断りの文句だけ書いて届けさせておられたのを、私も存じておりました。


 どうしてなんでしょう。あの美貌があれば誰でもお嬢様に跪くでしょう。なのにお嬢様ご自身が男性に全く興味がないようなのです。それどころか、明らかに嫌がっている風な様子さえございました。それが私には不思議でなりませんでした。

 何だか世を達観したような……御自分にも、御自分の未来にも興味がないというような。そんな表情をいつもされていて、恐れながら気に掛かって仕方ありませんでした。

 この年頃のご令嬢らしくない──。


 こんなに素敵なお嬢様なのだから、いつかオリヴィア様も他の年頃のご令嬢のように恋に頬を染めることがあればいいのにと思うのです。

 年頃のご令嬢らしく、恋をして、殿方に想われて、花が咲くように笑って。

 御自分にも御自分の未来にも望みを持ってくださったら。

 いつか誰かが、オリヴィア様の御心に触れて、そっと寄り添ってくださったら……きっとオリヴィア様の魅力はもっと増すはずです。


 いつか、そんな日が来ますように。

 そう、オリヴィア様の舞踏会の支度をする度に心の中でお祈りしていることは、ここだけの話でございます。

 

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