表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/41

7. 今も変わらない1

 "親愛なるフレッド・アルバーン様


 先日は執務中にお邪魔して申し訳ございませんでした。

 また、貴方様を困らせるような言動をしてしまったことを深くお詫びいたします。王女殿下にもご不快だったかと存じます。申し訳ございませんでした。


 一つだけ、父の事を御伺い出来なかったことだけが心残りでございます。父はどうしておりますでしょうか。それだけ教えて頂けないでしょうか?


 最後に、貴方様の幸せを心よりお祈りしております。


 オリヴィア・フリークス・グレアム"



 「……」


 執務室に届けられた手紙を眉を寄せて読んでいたフレッドは、ますます顰め面を険しくして手紙をぽいと執務机の上に放った。


 想いを伝える言葉の一つもない、それどころか距離を置くような手紙だった。このような手紙を寄越すということは、彼女自身が話をしに来る気はないということか。

 しかも、自分の幸せを祈るだと?自分の幸せが何処にあるかなんて明らかだ。祈る位なら会いに来て欲しい。そうすれば自分はすぐ幸せを感じられるというのに。

 最後の一文だけ僅かに文字が乱れていた。それが更に腹立たしく思えてフレッドは舌打ちした。


 完全に誤解されている。


 王女の態度は明らかに彼女がフレッドの元婚約者であり、フレッドが求めている人だと知った上でのものだった。彼女を不躾な視線で舐め回し、見せ付けるようにフレッドのことを甘い声で呼び捨てにした。王女のやり方は少女の割に強かで少女だから露骨だった。

 思わずあの強い視線から彼女を守りたくて背に庇うようにして立ったのだが、結果的に傷付けたまま行かせてしまった。


 小さく悪態をつく。これまで王女が自分に纏わり付いて来ていたのは自分を兄と慕っているからだと、その行為を黙認していた。まだ公の場での振る舞い方もわかっていないのだろうと侮っていた。

 だが王女はわかっていた。全て計算していたのだ。


 だがフレッドの大事なものを傷付け害を及ぼすなら、話は異なる。相手が王女殿下であってもだ。いくら自分が王族で、相手は自分達に従うべき臣であっても、だからといって自分の好きなようにして良いわけではない筈だ。

 知らぬ間にますます渋面になっていたのか、からかうような声が掛けられてはっと顔を上げた。


 「おーおー、悩める美青年」

 「なんだそれ……って、いつの間に入って来たんだ」


 掛けられた声にドアの方を向けば、サイラスがドアを背にして腕を組んでニヤニヤと笑っていた。


 「ノックしたのに気付かない方が悪いぞ」


 そのままサイラスはつかつかと執務机までやってくると、ほれ、と真っ白な封筒をフレッドに投げて寄越した。自分はそのまま一人掛けのソファにどっかりと腰を下ろす。ソファの背にもたれると、優雅な仕草で足を組んだ。


 「これは?」


 封筒の表には公爵家の紋章が型押しで入れられている。フレッドはそれをつまみ上げた。


 「俺たちの結婚式の招待状さ。本当は家宛に出すべきなんだが、直接渡した方が早いと思って」

 「いよいよなんだな。良かったじゃないか。そうか、結婚するんだな……」

 「どうした?オリヴィアのドレス姿でも想像したかい?」


 サイラスがからかうように言ったが、フレッドの機嫌は更に悪くなった。


 「そんなんじゃない」

 「何があったんだ?オリヴィアと会ったんだろう?」


 話を聴くぞ、とでも言うように、サイラスが肘掛けに置いた指先を胸の前で軽く組んだ。


 「僕を慕っていると言ってくれた」


 フレッドがそう言うとサイラスは喜色満面の笑みを浮かべた。


 「そうだったのか!ついに彼女を落としたんだな」


 弾んだ声で言うサイラスを窘めるように低い声で告げる。軽く頭を振った。


 「貴方様の幸せを心よりお祈りしております、だそうだ」

 「どういうことだ?」


 サイラスが眉を顰めた。フレッドは執務室での一件を語って聞かせた。


 「ああ、それで君は深刻な顔をしていたのか。彼女、傷付いただろうな」


 話を聞き終えたサイラスがしんみりと言った。サイラスが足を組み替える様子を見るともなしに眺めながら、フレッドは白状した。


 「あれから彼女の家を訪ねたが、家の者に追い返されたよ。手紙も、使いの者を出しても返事一つ貰えない」

 「それは拗れてるなあ。相当ショックだったんだろうな」

 「極め付けがこの手紙だ。こんな手紙……くそっ」


 小さく悪態をつくと、サイラスが荒れてるな、と穏やかに言ったが、その顔は笑っていなかった。


 「そういうことか……やっとわかった」

 「何がなんだ?」

 「いや……、リリアナがな」


 そこでサイラスがまるで機密事項について話すかのように声を潜めた。サイラスがリリアナに聞いたという、オリヴィアの話にフレッドは驚愕すると共に頭が瞬間的に沸騰したのを自覚した。


 「何だって」

 「いや、まだ正式では無いみたいだが……」

 「だからこの手紙なのか」


 腑に落ちたが納得できる訳じゃない。納得など出来る筈がない。


 「くそ、何でこんなことに」

 「どうするんだ?フレッド」

 「決まってるだろう、彼女は僕のものだ。誰にも渡さない」


 執務机を指先でトントンと忙しなく叩く。頭の中が怒りと焦燥で煮えたぎるようだった。 その様子を半分驚きの目でサイラスが凝視する。


 「本当に君は見違えるようだな」

 「何が」

 「いや、誰にも渡さないなんて台詞が君の口から聞けるとは思わなかったよ」

 「……面白がってるんだろ」

 「まさか。君の情熱的な一面が見られて喜ばしいのさ。オリヴィアにも見せてあげたいよ。そうすれば誤解なんてすぐに解けるだろうに」

 「それが面白がってるって事だろう」


 フレッドは眉を寄せてサイラスを見るが効果はない。サイラスがにかっと笑った。その笑いに含みを持たせながら、サイラスが続けた。


 「何としてでも彼女を取り戻せよ。協力は惜しまないぞ」

 「勿論だ。……君の協力を仰いだら後が怖いが」


 そこでサイラスがククッと笑った。


 「俺は君たちに揃って、俺たちの結婚式に出席して欲しいだけさ」

 「ああ、……僕もそうしたいと思うよ」



 彼女の事を考える。

 怒った様子も、張り詰めた顔も、それが緩々と解けるさまも、泣き顔も、恥じらいに頬を染めた表情も、色んな顔を見て来た。

 後は、花が咲くような満面の笑顔だけだ。

 その笑顔は自分が手に入れる。誰にも、渡さない。

 フレッドは彼女の満面の笑みを想像しつつ、これまでのことを思い返した。





 今年の社交シーズンは、毎日が僅かな期待と多大な落胆の繰り返しだった。 オリヴィアとは、視察から戻って以降会えないままだった。


 通常業務に加えて、フレッドはフリークス辺境伯の一件の事後処理を引き受けてもいた。勿論表立って自分が動けば、元婚約者のよしみで手心を加えていると痛くもない腹を探られかねない。だから引き受けたのは事務的な手続きが主であった。フリークス卿の処遇や、暫く主が不在となる間の屋敷の管理に関する手配、隣国に国境が領主不在であることを悟らせないための工作。それらはかなりの業務量だった。

 それらの業務の合間に、夜会や舞踏会になるべく顔を出した。今日こそは彼女に会えるかもしれないと思えば、どんなに業務が山積していても出席しないわけにはいかなかった。

 そうして日々、彼女ではない令嬢達に囲まれ徒労に沈む足を引きずってはもう一度終わらない業務が待つ王宮に戻り、執務を再開する。そして漸くその日の業務を終了しようかというタイミングを見計らったかのように、頻繁に自分に命令という名の我儘をぶつけてくる王女に付き合わされる。お陰で、彼女のいるグレアム領を訪ねることはおろか、王都の自分の屋敷に帰るのさえままならないという日々が続いた。


 自分がフリークスの家を、彼女を、追い込んだ張本人であるだけに、婚約破棄を申し渡されても反駁(はんばく)することが出来なかった。そもそも相手は罪を犯したといえども自分よりも格上の家だ。アルバーン伯爵家に拒否権はあろう筈もない。

 補佐官を拝命した時から、フリークス卿がクロである可能性も頭には入れていた。が、卿の実直で真面目そうな人格を誰かが嵌めようとした唯の噂だろうと思っていたし、万が一それが事実であったとしても、自分が彼女を貰い受けることに何の問題もないと思っていた。むしろ、そうなったら誹謗中傷に晒されるであろう彼女を自分が守ってやれると思っていたし、卿も結婚を早めると言い出すのではないかとさえ思っていた。

 今思えば、高を括っていたのだろう。

 辺境伯は娘をグレアム家の養女に出すと告げた。完全に想定外だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ