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15. 決意3

 手に入れる、と決めたのだ。オリヴィアが意識を失くして眠っている間に。

 その碧の瞳が輝く様を、溢れんばかりの笑顔を、その艶やかな唇やすらりとした肢体や白い肌と共に。

 丸ごと、手に入れる。そう決めた。


 手に入れるには力が不足していることは承知の上だ。この貴族社会で自分が彼女を守っていくにはまだまだ力が足らない。市井にあれば法廷弁護士は花形の職業ではあるが、それでは彼女を守るには足らない。誰にも侮られないだけの力をつけて、彼女を手に入れる。

 ままならない関係に歯噛みするだけなのはもうやめだ。歯噛みしている間に他の男に奪われたら一生後悔する。


 「そうこなくちゃ」


 サイラスがニヤリと口角を上げた。だが、男性恐怖症の彼女に君を受け入れさせるのは相当ハードルが高いぞ、と脅かすことも忘れない。


 「使える手は何でも使うさ。勿論紳士としてだが」

 「頼もしい限りだな……俄然面白くなってきた。俺もその話に乗るぞ」


 フレッドも薄く笑う。2人は軽くグラスを持ち上げると、同時に中身を呷った。そこでサイラスがが、気になっていたという風にフレッドに質問する。


 「そういや、君たちの結婚はどちらの家からの申し入れなんだ?」

 「フリークス卿からの申し入れだと聞いているが……何故卿がオリヴィアの結婚相手に僕を求めたのか僕にもわからない。多分、父も聞かされていないんじゃないかと思う」

 「ふむ、フリークス卿が……やはりそうか」


 サイラスがはそこで少し考え込んだが、すぐに、成る程な、と一人得心して低く笑った。


 「何がなるほどなんだ?君には卿の意図がわかるのかい」

 「何となくだが……、そう外れてはいないと思うよ」

 「教えてくれ。僕との結婚でフリークスの家にどんな利があるんだ」

 「……君たちの結婚だけでは卿の思惑は完成しないさ」


 恐らく、フリークス辺境伯の本当の狙いは、宰相の娘にある。つまり、サイラスの妹だ。

 サイラスの妹、アデルは今年十五歳になる。来年には社交デビューを迎える予定だ。それは同時にこの国の法律において結婚が可能な年齢になることでもある。卿はそのアデルと、オリヴィアの弟のアランを結婚させたいのだろう。


 「それなら、さっさとコーンウェル公に結婚の申し入れをすればいいじゃないか」

 「それはもうとっくにしているよ。だが父上はそれを今のところやんわりと退けている。だから卿は君に目を付けたんだろう」

 「……話が見えない」

 「だろうな。俺は父上から話を聞いているから推測できたんだ。君がこれまでその可能性に気づかなかったとしても不思議ではないさ。いいか、フレッド。君と俺は、ロースクールでも一、二を争う成績の持ち主であり親友だ。卿は俺たちのその関係を利用しようとして、オリヴィアという持ち駒をぶつけてきたんだろう」

 「……つまり、卿はアルバーンの家にではなく僕自身の交友関係に興味があったと?」

 「だと思う。最初に君を身内に取り込んで、そこから俺、そして最終的にアデルを手に入れたいんだろう」

 「随分回りくどいやり方だな」

 「それだけ卿も打つ手がなくなっているということだ。持てる駒を使って出来得ることをと考えたんだろう。 卿は本当はオリヴィアを俺に当てたかったに違いない。そうすれば、俺の妹を狙わずとも、今すぐに父上に近付ける。 だけど俺には既にリリアナがいる。俺たちの婚約は随分昔に決まっていたからね。それで卿は矛先を変えたんだろう」


 驚くべき話だった。道理で、アルバーン伯爵家という方向からこの結婚の政略結婚たる所以を探っている内には気付けなかったことだ。フリークス卿はアルバーンという家ではなく、フレッド自身を引き入れたかったのだ。だがフレッドも駒の一つに過ぎない。


 「何故そこまでしてフリークス卿はコーンウェル公と繋がりを得たいんだ」

 「……それはね」


 サイラスの表情が不穏なものに変わる。場所を移したのはこの為だったのかとフレッドはその表情から察せられた。令嬢に聞かせるような甘い話ではないのだ。


 「君は知っているかい。フリークスの領地には隣国との国境を守る目的で国王軍が駐屯しているが、それ以外にフリークス家の私兵が配置されていることを」

 「ああ」


 そういえば、以前オリヴィアに領地を案内してもらった時に、そんな話を聞いた覚えがある。それについ先程も、彼女は「父の私兵に領地まで送ってもらう」と言っていた。


 「そのフリークスの私兵が最近増強されているという報告が上がってきているんだ」


 オリヴィアの父の私兵と、隣国との関係、そして宰相がフリークス卿からの婚姻の申し出を退けている──それらを考え合わせて導き出される可能性に、フレッドはひやりと背中をなぞられた気がした。


 「まさか……」

 「ああ、そのまさかだよ。真偽はともかく、父上はフリークス卿が国に反旗を翻さんとしているのではないかと懸念している」

 「だからなのか…」


 今現在、アルディスと隣国リデリアの関係は表向き良好である。従って即座に寝首を掻かれる心配は不要だと言っても良い。だというのにフリークス卿が私兵を増やしているのは何故なのか。確かに国に反旗を翻す気でいるかもしれない、あるいは内密に隣国と結託している可能性もある。それが本当かは不明のようだが、そのような疑いが掛けられている相手との姻戚関係をこのタイミングで結ぶのは、宰相家に取っても命取りになる。


 卿にしてみれば、そのような疑いを持たれると今後の立ち回りが容易でなくなるだろう。本当に謀反を起こす意志があるのか、誰かに嵌められたのか。いずれにせよ、卿の立ち位置が危うくなっていることには変わりない。だからこそ宰相家と縁を繋げることにより余計な疑いを払拭したいのかもしれない。

 あるいは宰相家を通じて本気で王宮を攻める気でいるのかもしれない──。


 「だが国王軍も同じフリークスの領地に駐屯しているんだ、滅多なことは起こらないんじゃないか」

 「いや、何とも言えないな。もし卿が隣国と結託していたら、王都から離れたあの領地で兵が立ち上がれば、あっという間に国王軍は壊滅だ」

 「しかし……」

 「真偽のほどはわからない。ただ、今朝の収穫祭の目録贈呈でも、フリークスの領地からの今年の税は例年より少なかった。あそこは例年、ユナイ川のお陰で他の領地よりも収穫には恵まれているはずなんだ。それなのに、少ないということは何かあるのかもしれない」


 辺境伯の治める領地は他の領地とはその重要さが格段に違う。国まで絡んだ話に発展してフレッドは眉を寄せた。


 「まだこのことは内密にしてくれ。裏が取れてないし、まだ陛下にはこの話はしていない。確証を得てからでないと、徒らにフリークス卿を追い詰めることになりかねないからな」

 「あ、ああ、勿論」


 とてもではないがオリヴィアに話せる内容ではない。自らの政略結婚に納得出来る理由があれば、彼女の態度も軟化する糸口にできるかもしれないと思ったが、これでは余計に彼女を追い詰めるだろう。


 「それで、だ。フレッド。このまま卿の駒になるのは嫌だろう?」

 「そうだな、そんな理由であるならば尚更だ」

 「俺もこのまま卿の思惑どおりにアデルを卿の家にやるつもりはない。それは父上も同じだ。だが……フリークス卿に翻意が無いならば、むやみに遠ざけるのも何かと都合が悪い。だから、」


 そこでサイラスはニッと口の端を上げた。


 「君、宰相補佐にならないか?」


 それは不敵とも言える笑みだった。


 「僕たちは卿の真意を探りたい。君が俺たちと卿の間に立てば、何らかの進展が見られる可能性もある。そして君は、オリヴィアを手に入れるための地盤を必要としている。勿論弁護士でも、充分に名誉ある職業だ。だが、オリヴィアを手に入れて守っていく為には少し弱いだろう。宰相補佐なら、国の中枢だ。権力も弁護士とは比較にならない。イリストア卿ごときが太刀打ち出来るようなものではなくなる」


 そこでサイラスは眉尻を下げて、それに、と付け足した。


 「もう、俺だけじゃ宰相職は回らない……!目が回る忙しさなんだ、君が共に父上の補佐をしてくれればどんなに助かるか。そして将来的には俺の補佐をしてくれ。君のロースクールでの成績を知れば、父上は喜んで側に置いてくれると思う」

 「もしかして、サイラス……自分が忙しいからってそんなことを」

 「いやいや、違う違う!勿論それもあるけれど、やっぱりコトがコトだけにな、君の協力も仰ぎたいんだ。それに君に取っても悪い話ではないだろう?」


 フレッドは束の間思案した。確かに悪い話ではない。ただ、フリークス卿の思惑通りに動いているようで、釈然としないところはあるのだが。

 オリヴィアのことを思うと、卿がそんな大それたことを考えているなどとは信じられない。理由がない。だからこそ自分が宰相とフリークス卿の間に立つことは意味があるかもしれない。卿に掛けられた疑惑を晴らす為に。

 フレッドは顔を上げてサイラスを見据えた。


 「わかった。その話、受けるよ」

 「助かるよ。父上には俺から推薦しておく。追って正式な任命があるだろうから、よろしく頼むよ」

 「こちらこそよろしく。……ここぞとばかりに自分の仕事を僕に丸投げするんじゃないぞ」

 「何だって。今のままじゃリリアナと会う時間も碌に取れないんだ。このままじゃ愛想を尽かれてしまう」


 途端に情けない顔になったサイラスを見てフレッドは軽く笑った。


 「早く彼女を紹介してくれよ、フレッド。君が執心している女性がどんな人か知りたい。何ならリリアナも含めて四人で何処かに行こう」

 「君は忙しいんじゃなかったのか?」

 「君が助けてくれるんだろう?」


 そこで二人はまた笑ったが、フレッドは釘を刺す。


 「彼女を使ってフリークス卿を探るのは止めてくれ」

 「わかってる。令嬢を巻き込むつもりはないから安心しろ。ただ……本当に卿にその意があるのなら、彼女は危険かもしれないな……」

 「彼女は僕が守る」

 「そうだな、君がいるなら大丈夫だな。だが、君自身も気を付けた方がいい。君が宰相補佐に就けば、卿は矛先を変えて君を使って何か仕掛けてくる可能性もあるからな。君は卿の義理の息子になるんだ。卿に飲み込まれないように注意して欲しい」

 「ああ、充分注意する」


 サイラスが、フレッドの空いたグラスを受け取ると、自分のグラスとフレッドのそれに再度ウィスキーを注いだ。一つをフレッドに渡す。


 「それじゃあ、改めて、婚約おめでとう」


 二人はニッと笑うと、乾杯、と言ってグラスを軽く掲げた。


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