私の名前を呼んでみろ。
ファンタジー漫画やアニメでよく見た魔法陣。その中に立っていたのは、少女と自分。
自分に起きた出来事が理解できず、少女も同じ状況なのか二人してパニックになる。そんな自分たちに声を掛けたのは、一人の男。
声を掛けられた方を向けば、一目で王子と判断してしまいそうな見た目の男がいて、そしてその後ろには騎士やフードを被った魔法使いらしき男たちがいた。
彼らの話を聞くに、どうやらここは自分たちがいた世界とは違う世界。更には、魔王討伐の為に巫女だか聖女を召喚したという。巫女、聖女。つまり呼ばれた自分達。
「だが、呼んだのは1人だけだ」
先程から隣の少女がブツブツ言っているのが聞こえる。「乙ゲー」だの「巻き込まれ」だの「逆ハー」だの。一度コチラをチラ見して、「よし、勝ってる」とも聞こえた。ぶん殴んぞ、このガキ。
「あー……自分、不思議な力的なもの持ってないんで、多分このお嬢さんを呼ぶ時に巻き込まれたと思うんスけど」
「だろうな」
真面目顔で即答する王子っぽい男……いや、王子らしい。名前は……何か長かったから覚えてない。コイツもムカつく。
結局は隣のお嬢さん……名前はヒメ……いや、あだ名とかじゃなくて、マジもんの名前がヒメらしい。キラキラネームって奴か。と一人納得してれば、男たちがやっぱりこっちが本物だとか騒いでいる。ええから、はよ自分だけ元の世界に戻してくれねえかなあ。なんて考えてれば、こっちに呼ぶのは可能でも、あっちに送る方法は無いんだ。ゴメンね。的な事を説明される。よし、コイツら全員ぶん殴る。
……まあ、無理だけど。
まあ、何だ。あっちは巻き込んでこっちに連れてきた罪悪感も無けりゃ、反省も無い。もしかしたらこっちにも利用価値あるかも的な思惑だけで、城に滞在させられている自分。何もしなくても衣食住の保証はしてくれるが、これでも自分は社会人。自分で稼いでその金で生活してたから、何もしないってのが、どうにももどかしい。
子どもの手伝い程度にこの城の使用人の手伝いをしていれば、いろんな話が聞ける。これは面白い。
この城の侍女から下女の女たちは、イケメン共に囲まれ、テラスでキャッキャウフフとお茶してるヒメを羨ましく妬ましく思っているようだが、正直あんなのより、いろんなものを見てしまう使用人の方が面白い。
「ジュジュ様。今日は魔術師長様が、面会を希望なさっておりますが……?」
「ああ、今日やっけ?ええよ。通したってくれますか」
「はい」
面白い事といえば、ウチは人をからかう事もその対象に入っている。悪趣味といえば、悪趣味だろうが。
魔術師長という役職にいるのは、金髪ショートのお坊ちゃん。歳は10代後半らしいが、もっと若く見える。こんな僕ちゃんが髭の生えたオッサンらの上司なのだから、こっちの世界は実力主義なのだろうか?
「お久しぶりです」
「おっす。今日はヒメさんの尻追っかけんでええんか?」
「だ、誰が誰のお、お!お尻など!下品ですよ!」
「せやかて、アンタいっつもヒメさんの真後ろおるやんけ。見る人が見たら、尻追っかけてるようにしか見えへんわ」
「え?え?ぼ、僕は、そんな……」
まあ、この国の王子に騎士団長の息子、宰相の息子というスーパー七光りの坊がいれば、魔術師長という肩書があっても、身分的には一番下なのだろう彼は、金魚の糞のように後ろの位置にいるしかない。それを分かってて言ってやれば、根は純粋なのだろう、彼の顔は赤くなったり青くなったりする。今は何を考えているのか、真っ白になっているが。
「まあ、冗談冗談。そんな真面目君やと、この先苦労すんでー?んで?今日は何やっけ?」
「じょうだ……あ、そうです!貴女のお名前をもう一度訊きたくて!」
「前に言うたやんけ」
「しかし……」
「ウチの名はジュジュ。覚えられんのやったら、呼ばんでええわ」
「あの!」
自分よりも華奢な男の肩を軽く叩いてやり、部屋を出る。お茶を用意してきた侍女に手を振って不要と伝える。廊下を歩いていれば、大層な剣を背負う騎士団長のご子息に出会った。剣を背負うのは、彼だけ。あとは腰に差している。
「む……ジュジュか」
「どーも。今日も訓練すっぽかしてヒメさんとお茶会でしたか?」
「すっぽかしてなどいない!俺は俺の訓練をしっかりやっている!」
「えー?でも、騎士団長があのバカ息子が……って、怒ってましたでー?それに、何かプヨッとしてへん?前はシュッとした顔しとったのに」
キッチリカッチリした騎士服を着た彼は、体型だけならスラッと見える。が、首から上は微妙に肉付きが良くなっている。それを見ると、スラッと見えた体型が、どこか無理しているように見える。現に、ベルト部分が微妙に食い込んでいる。
視線に気づいたのか、腹を引っ込める彼に笑いが起こる。
「背中の剣、抜けんの?」
「無礼な!」
怒りのまま背中の剣に手を伸ばすが、微妙に届いてない。「ふッ!くッ……!」と、頑張っている彼を見て、堪えきれずに大きく笑ってしまった。
「マジだっせェ」
顔を真っ赤にした男を背に、笑いを引きずったまま歩き出す。
重要な所以外なら出歩く自由を与えられている為、適当に歩いて辿り着いた図書資料室へ入る。
第1、第2と分かれており、入るのが許可されているのは然程重要なものが置いていない第2だけ。それでも暇が潰せるのだから、文句は無い。
「おや、ジュジュ殿」
「おっすバカ坊君。こんなとこで何しとんの?」
「少し調べ物をしています」
宰相の息子をバカ坊呼ばわりしても怒られないのは、最初にそう呼んだ時「これは自分の世界では神や貴人の称号に由来する言葉です」と、昔テレビで見たムダ知識を適当に言ってみたところ、「陛下や殿下を差し置いて自分などに……」とは言いつつも、満更ではなさそうだったので、以降彼の事はバカ坊と呼んでいる。バカ坊と呼べば、くだけた口調も訛りも大目に見てくれるんだから、結構な坊ちゃんだ。
「あーん?【恋、逢い儚く……】何コレ、恋愛小説?」
「……いえ、これは間違って取ってしまったもので」
「何これ。「逢い」と「愛」を掛けとんか?どっちにしろ両方儚い事になっとるやんけ」
「ですが、これは国一番の話題作でッ、……あ。いえ、何でもありません」
パラパラと流し読めば、愛し合っている2人に、次々と襲い掛かる試練的内容。最後は何故か女は別の男と一緒になって子どもまで作っている。どうやら、最初の男は殺されたようだ。
「ああ、ある意味寝取られ的な話か?つっまんね。女の方もコロッと別の男にいくんなら、最初の男に囁いとった『真実の愛』もゴミみたいなもんやな」
「ご、み?」
「せやろ?アンタ、自分の婚約者や奥さんがアンタの事好き言いながら、アンタがどっか行った途端、別の男の名前呼んで愛囁くの、許せるか?まあ、王族貴族は自分の好きな相手と結婚できんらしいから、愛人は当たり前らしいけど」
「私は愛人など……ッ」
「でも、こんな話が人気なんやろ?」
「……」
「チョーつまんねェ」
興味を無くした本をバカ坊に投げ渡してやるが、受け損なって地に落とした。
別に本が読みたかったわけではなく、また適当に歩き出す。今度は、王子に出会った。
「…………ジュジュ」
「別に、名前はそれでええで。覚えきれへんもんな?」
「別に、覚えてやる必要は無い。覚える気も無い」
「あっそ」
不敬罪すれすれな会話。というか、いつも不敬罪ど真ん中な会話をしているため、これくらいでは騎士のように「無礼な!」とは言われなくなったのだ。
「今度の満月の日だっけ?出発すんの」
「ああ。ヒメには一通りの訓練を受けてもらった。今の様子なら、すぐに出発してもらっても問題は無い」
「へー。魔王とか、魔物とか、ホンマにおんの?」
「なんなら、お前も同行するか?」
「んーん。ウチ、まだ自分が可愛いから」
「ふ。そうか」
王子は手に持っていたパンを池に投げ込む。この池には鯉ではなくこの世界の魚が飼われている。
大きさは鯉と同等だが、サテン生地のような鰭を持つ七色の魚。キレイなのは見た目だけで、放られたパンに食いつくその口からは、獰猛な牙が見える。
「超かわいくねえ魚」
「何を言う。世界で一番綺麗な魚と言われているのだぞ」
「価値観がちげェの」
「そうだったな」
「あ!ロイ~」
建物の方から、お綺麗な恰好をしたヒメがやって来る。頬を染めて、恋する乙女のような顔をしていた彼女の、自分を見た時の変化といったら!
「どーも、ヒメさん」
「……どうも」
男相手と女相手とで態度を変える女ってのはいるけど、王子の前でしたらダメだろう。
笑いを堪えて王子を見てやれば、王子も小さく笑っている。
「出発、今度ですか?」
「ええ、まあ、はい。あの、ホントに一緒に来てくれないんですか?」
「ウチ、なーんもできんし。あれ?囮とか、盾になれって?」
「そ、そんな!」
両手をブンブン振って見せるが、内心舌打ちを連打してるだろう。
建前だろうが、彼女の口から「一緒に来てほしいなんて、二度と言いません」と言わせ、王子にも確認を取る。
「ああ。元は巻き込まれてここにやって来たのだからな。その上魔王討伐に行けと、そんな事など言える筈も無い」
「さいですか。あー、よかった」
傲慢なアホ王子かと最初は思ったが、話してみれば、気の合う男友達と変わりない。
「ほんじゃ、まおーとーばつ頑張って」
手をヒラヒラ振って見せ、別の場所へと向かう。そういえば、騎士団長や宰相と約束してたんだった。
「ジュジュ殿、遅いですぞ!」
「すんません。今日は何のゲームでしたっけ?……つーか、何で王様まで?」
「固い事を申すな。儂もとらんぷとやら、してみたい」
「(子どもか)はい。じゃあ、初心者の王様の為に、トランプを最初から説明しますよー」
「ジュジュ殿、ジュジュ殿。あの、トランプをブワワワワ……というのをやって見せてくれ」
「いっスよ」
固めの紙で作られたトランプを2等分にして、それを交互に挟ませ、ブワワワワ……と、してみせれば、いい歳した大人たちがはしゃぐ。自分達ではできないから、尚更。
この空間だけ魔王討伐の雰囲気じゃねえなあ。なんて思う。しかし、締める所は締めるオッサンたちだし、討伐隊に組まれてない自分が言うのもなんだから、口には出さない。
「あ!儂の所にババアが!おのれ宰相、図ったな!!」
「陛下。ババ、ババですぞ。それに選んで取ったのは陛下御自身です」
「罰ゲームは、騎士団長からのしっぺね。しっぺ。騎士団長が負けたら剃髪&緑汁ね」
「待て!私だけ厳しくないか?!陛下!自分の所にババがある事はどうかご内密に!あ!わざとババを取らせようとなさらないでください!」
そんなこんなで日も経ち、この日の為の魔王討伐隊が列を乱さず並び、その一番前に聖女の装束を着たヒメが立たされる。ジュジュは見送りという形でその場の端にいた。
王の話は長く、校長先生か。と突っ込んでいた。それが終われば、ウトウトしていた頭を起こし、そっと目を擦る。
「うん。まあ、いってら」
「ええ。いってきます」
居眠りしていたのは思いっきり見られていたのだろう。口元をヒクつかせたヒメが迫力のある笑顔を見せてくる。
「さ、行きましょ。ロイ」
「え?」
「え?」
スイッチの如く切り替えた可愛らしい顔を王子に向ければ、本当に不思議そうな顔をした王子の声に、ヒメも不思議そうな顔をする。
「私は行かないぞ」
「え!?」
「この国の王子は私1人だ。行けるわけないだろう」
「ええ!?じゃ、じゃあクリスは?!アインは?!ユーリーは!?」
「私たちは、この国を護る事が最優先事項になりますが……それに、国を空けては隣国から狙われる要因になります」
「最初に言った筈だろ」
「聞いてない!」
「何にせよ、討伐隊に組み込まれているのは我が国が誇る精鋭たちだ。今更私たちが同行した所で変わりはない」
何か文句があるのか?と、言わんばかりの王子の態度に、ヒメは騙された!詐欺だ!と、喚きたてる。
討伐隊の騎士たちに引っ張られ、尚も騒がしいヒメのせいで、あまり格好のつかない出発になってしまったが、王子は首を傾げながら他の者に確認を取る。
「ヒメには、ちゃんと伝えた筈だよな?ユーリー?」
「え、私はアインが伝えているとばかり……」
「いや、え!?僕は知りません!クリスが伝えたんですよね?さっき、最初に言ったって……」
「おい、俺は殿下が説明したと思ったから、そう言ったんであって……」
報連相の欠片も見当たらない彼らの言動に、流石にヒメに同情を禁じ得ない。彼女はどうやら、ゲームみたいにイケメンの彼らと旅をするものだと思っていたようだ。だが、現実はむさ苦しいオッサンばかりの討伐隊。まあ、王子や宰相の息子が行ったとて、討伐隊の面々が最優先に護るのは彼らだろうし、世話を焼かねばならないから、面倒なのは彼女一人でいいのかもしれない。
「そうだ!そんな事より、僕ちゃんと貴女の名前覚えました!」
大事な事をそんな事と言い切る魔術師長のアインが、えっへん!と、大きく胸を張る。だが、途中で忘れてしまったのか、オロオロと泣きそうになってくる。
「だで、そんな覚えんでええって」
まさか、自分が教えた名前にこんなにも執着されるとは思っても無かった。
「いいえ!だって、まだ誰も貴女の名前を覚えていないのです!自分の名前を憶えてもらえないなんて、こんなにも悲しい事はありません!」
勝手に異世界に連れてこられ、聖女の肩書を与えられ、魔王討伐なんてものに行かされるヒメはかわいそうじゃないのだろうか。それをツッコんでも、あまり理解してもらえなさそうだが。
純朴そうに見える魔術師長の彼が、とてつもなく黒く見えるのは、多分気のせいだ。
ジュジュは、最初に名乗った時の事を思い出す。早口で名乗ってやれば、この国の人間もヒメもポカンとしていた。
嘘の名前だから「うっそでーす」とばかりに、本当の名前を名乗ろうとしたが、どうにも名乗るチャンスを逃してしまっていた。
「どーも、ウチの名前は寿限無 寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の 水行末 雲来末 風来松 食う寝る処に住む処 藪ら柑子の藪柑子 パイポ パイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助でーす」
(面白半分で名乗るんじゃなかった。こんな名前)
登場人物
【ジュジュ】
異世界人。29歳。
なんとなくで今までを生きてきた、お気楽女。
正義感や良心等は、持ち合わせて入るが使う気ナッシング。
基本、自分が楽しければOK.逆に言えば、つまらなく、面倒くさい事は極力避けるタイプ。
【ヒメ】
異世界人。17歳。
聖女ならではの力と、それなりの可愛さと知識と運はある。本物の聖女。
人並み?に、逆ハーへの憧れがある。しかし誰か(この場合ジュジュ)をハメる気概も無く、世のイケメン達をこの手に。という欲張りでもなく、目の前のイケメン達と仲良くできたら良いな。できれば自分限定で。位の気持ちの持ち主。
ある意味、本作で1番の苦労人。
【イケメン達】
王子、宰相・騎士団長の息子、魔術師長といった地位にいるイケメン達。
最初は物珍しさとハッキリしない恋心っぽいモノを持ってヒメに接していたが、徐々にヒメに魔王討伐に気持ち良く行ってもらう為のヨイショ隊になる。(最後までやり通す気無し)
【王とか大人達】
確かに魔王がいるから討伐は必須だけど、自分たちが出来ることしかやりません。餅は餅屋的な考えを持つものばかり。
暇な……ではなく、息抜きの時間はババ抜きに興じるのが日課になってきている。(あくまで息抜きを強調)