王女だと思ったら実は子供でした。
「う……あ…………?」
意識がしっかりと戻ってきて、ゆっくりと目を開く、と同時に地に膝を着いてしまう。意識はしっかりとしているが、何故か倦怠感が酷い。精神的には全く疲れていないのに肉体的に疲れているような、今までほとんど味わったこともない感覚。転移とやらにはそれなりの疲労感が伴うのかもしれないな、と自分の中で仮定をたて、そのまま辺りを見回すと俺の右隣で先程の魔法使いがこちらを見つめていた。
「うわああああああああああ!!!!!」
「ひゃああああああああああ!!!!!」
あまりにも距離感が近かったため反射的に仰け反ってしまう。声上げたのは故意である。ああ、もちろん故意だ。気を取り直して魔法使いの方を見ると何やら恨みがましいような視線を送っていた。うん、女の子相手に声上げたのは失礼だったかもしれないな。ここは素直に謝っておこう。
「すまん。声上げたのは故意だ。謝る。」
「謝る気、ありますか?というか故意……?」
「わざと、って言えば分かるか?」
「こ、言葉の意味が分からないわけじゃないです!」
「そうか。で、とりあえずこれからどうすればいいんだ?」
「……はあ。」
これ以上深く突っ込まれたくない俺は露骨に話題を変えて立ち上がると、魔法使いもため息を吐きながら立ち上がった。そして、やれやれといった、所謂いたずら大好き小僧を見守る母親のような目を向けられた。何だろう。すごくイラッとした。何より見た目が中学生の、しかも痛々しい格好をした中二病少女にそのような目を向けられるのがムカついた。何その全て分かってますからね、っていう目。止めろ。そんな目で俺を見るな。
「んん!これから、王女様の元へと向かいます。ここからだと三十分くらいですかね。」
魔法使いはそれ以上突っ込むことはなく、俺の質問に答えた。……ていうか王女様?何か嫌な予感しかしない。絶対我儘で自分が気に入らなかったらすぐ、死刑よ!とか叫ぶ奴に決まっている。俺が今まで見てきた小説では大体そうだったしな。王女様か!やばい!テンション上がる!とか思っていると、実際は酷かった、なんて展開はもはやお約束である。
「では行きますよ!」
「ちょっと待て魔法使い。」
「え、何ですか?っていうか私はアイシャです!魔法使いはやめて下さい!」
「ちょっと待てアイシャ。」
「は、はい何ですか!」
「帰る。」
「え?」
俺が言ったことが信じられない、といったような表情で固まるアイシャ。王女様とか、もう絶対面倒くさいことになるの見え見えなんだよなあ。いや、本当に帰りたいという訳ではない。俺の言葉を聞かずに半ば無理矢理連れてきたこいつを困らせてみたい、というのが本音である。それに、もしかしたら王女様に合わなくてもいいルートがあるかもしれないし。勘違いしてほしくないのだが、俺は女子中学生を困らせるとかそういった趣味は持ち合わせていない。
「そ、その帰れ……ません……。」
その言葉に今度は俺が固まった。所謂え、なんだって?状態である。……冗談はいけない。全然笑えないじゃないですかやだなー。ははは。
「どういうことだ。」
意識せずとも声が低くなってしまう。アイシャは俺の言葉にビクッと肩を震わせ、申し訳なさそうな表情をして、か細い声で説明を始めた。
「空間転移は他の魔法よりも多く魔力を消費します……。それこそ……今回のように何光年離れているか想像もつかないような場所を行き来する場合、私の魔力では足りません……。」
「ていうことは、今回はそれを補うものを使って転移したってことか。」
「はい。こちらの世界でも数個しかないと言われている、強力な魔力を秘めている岩に、さらに魔力を込めてできた魔法石を使用しました。」
「数個……か。それが見つからないと日本には帰れないってか……。」
「ごめんなさい……。」
怒られるとでも思ったのか、目を瞑ってプルプルしている姿はもはや中学生にしか見えなかった。思わず笑ってしまいそうになるのを必死に耐えて、俺が怒ってないことを伝える。
「別に怒ってないから顔上げろよ。」
「ほ、本当……って何で笑ってるんですか!」
アイシャはゆっくりと顔を上げて俺の顔を見るなりそんなことを言い出し、胸元をぽかぽかと叩き出した。どうやら笑いを堪えられなかったようですね。てか周りの人が見てるから止めて止めて。アイシャの肩を叩いて俺が周りを見回すと、それに倣ってアイシャも周りを見回した。そして、状況を理解したのか、目にも留まらぬ速さで俺から離れた。微笑ましいなあ。子供をもった親の気持ちとはこういうものなのだろうか。
「き、気を取り直して行きましょう!」
アイシャが右手を挙げているが、それには乗らずに疑問に思ったことを聞いてみる。
「王女様の所まで空間転移で行けばいいんじゃないか?」
「それは出来ないんです。ある程度距離がないと発動しないんです。」
「便利そうで使いにくい魔法だな。」
「……はい。」
俺の何気ない言葉に寂しそうに頷くと、そのまま何も言わずに歩き出した。その背中に何かを感じた俺は何も話しかけることが出来ず、静かにアイシャの後を追った。
「着きました!ここがアステリズム王国の王宮です!」
「でかい。」
王女様の所っていうからぼんやりと凄いんだろう、とは思ってはいたのだが予想以上だった。これ、どれくらい金掛かってるんだろうか、と思うのは庶民の性だと思う。
中に入り挨拶もそこそこにして、柔らかな笑みを浮かべる執事に案内されるままに廊下を歩く。てか、廊下の横幅広すぎ。二、三人は寝転がれる程の広さだぞ。要らんだろ。その左右には、高さそうな壺や絵画が所々に飾ってあった。まあ、俺には価値が分からないのだが。
しばらく歩くと前を歩いていた執事が、立ち止まった。ここに王女様がいるのだろうか。それにしては、他の部屋に比べて少し狭そうに見えるのだが。大体は両開きの扉なのに、ここは片開きの扉だからだ。王女様に会うことは面接を合格にした者のみに許されます、とかだろうか。いや、それだったらわざわざ他の世界から俺を連れてこないだろう。
「こちらでございます。準備はよろしいですか?」
「はい。」
「は、はい!」
やはり面倒なことになるのか、と思っている所に急に声を掛けられて言葉に詰まってしまった。アイシャも緊張しているのが、その表情を見て分かった。
「お嬢様。アイシャ様がお見えです。」
「どうぞ。」
中から透き通った声が聞こえ、執事が扉を開いた。そのまま執事が扉を開いているのを見て、アイシャが入ると、扉を開いている執事に礼をして、俺もその後に続いた。
「初めまして。私はアステリズム王国次期王、アルフィーユ・フレイヤと申します。歓迎致しますわ。」
そう言ってスカートの摘まんで軽くお辞儀をする王女様を見て、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
…………完全に子供じゃないですかやだー。