恋していいのは一度だけ!
「リサは、僕のことが好きかい?」
「当たり前でしょ…私達、付き合ってるんだから」
「僕が宇宙人でも?」
「ええ。もちろんよ」
「いつか宇宙に帰らなくちゃいけない。それでもかい?」
「それでも…よ」
「じゃあ、『もう二度と君は僕以外と恋することができない』としても?」
「ええ……え??」
顔を上げると、優しく包まれた腕の中で彼が穏やかに微笑んでいた。
「僕ら、ラストワン星人の『生存本能』なんだ。一度愛し合った人に、【別の人を好きになってしまうとお互い消滅する】誓約をかける。厳しい宇宙環境を生存するための知恵さ。最後に君からその言葉が聞けてよかった…」
「ちょ…ちょっと待って…」
「ありがとう、リサ。じゃあ僕は行くよ。寂しいけれど、なあに、次に会うのはほんの三万光年後だ。さようなら、僕の愛した地球の人…」
「……はい??」
突然眩い光に包まれ、二週間前に付き合い始めたばかりの彼氏は消えてしまった。デートの最中、観覧車のてっぺんで一人取り残された私は、呆然と窓の向こうの夜景を眺め続けるのだった…。
「ハァ…」
「どうしたん理沙?悩み事?」
「うん…彼氏がさあ…消えちゃって」
「消え…!?」
放課後、教室の片隅で友人の和美が目を丸くした。
「なにそれ?警察レベルの話?」
「べっつにぃ…。はああ。そこまで好きじゃなかったんだけどさあ…」
「うそやん!理沙、斎藤君にあんなに夢中になってたじゃん」
「そ、そりゃあ…」
隣の席でノリノリの和美から目をそらし、私は反対側の窓から青い空を見上げた。…確かに斎藤君は、高校三年にして初めて出来た、私の理想の彼氏だった。
自慢じゃないが、冴えない人生を送ってきた私は今まで男子からモテた試しもない。ゲームの中でしか恋愛を知らなかった私にとって、理想の彼氏は『天下統一を目指す、冷酷非道な戦国武将の生まれ変わり(CV:唐沢冬獅郎)』だ。まさかそんな人物が、現実にいるわけないと思っていた。いたのだけれど…。
斎藤君は正真正銘の『天下統一を目指す、冷酷非道な戦国武将の生まれ変わり』として、2週間前このクラスに転校してきた。その容姿も声も、私が画面の向こうに想い馳せていた理想像そのままだった。言う間でもなく私は一瞬で彼の虜になった。
…後から彼は、自分が宇宙人で、相手に【理想像】を見せるよう幻覚をかけていたのだ、とこっそり打ち明けてきた。その時は「この方、大分ぶっ飛んでらっしゃるな」としか感じなかったが、今思うとその話は真実だったのかもしれない。でも私は恥ずかしいことに、突然現れた理想の殿方に夢中になって、冷静な判断すらできていなかった。
「ハァ…理想は理想ってワケね…」
「え?何?」
「なんでもなぃ…」
身を乗り出す和美に、私は溜め息混じりに曖昧な濁音を喉から漏らした。チョコレートみたいに甘い2週間から、いきなり辛い現実に突き返されて、舌がどうにかなりそうだ。
「じゃあさ、俺と付き合う?」
「…………は?」
……何言ってんだ、この男。ぽかんと口を開ける私の頬杖を、突然和美がぐっと握りしめた。和美の息が、私の頬にかかるくらいの距離に引き寄せられる。
(近っ…!)
「…俺じゃ男として見れないか?」
「な…なななな!?」
私は自分の顔から湯気が出ているのを感じた。
…確かに和美はイケメンだけど、そんな風に見た事ない。軽口叩きあえる、気のいい友達くらいに思っていたのに…!
「冗談よして…!」
「冗談じゃない。ずっと前から、俺は…」
「ひいぃ…!」
轢かれたカエルみたいな甲高い声が、私の喉から飛び出してきた。そんな事言われたら、意識しちゃうじゃない…!だんだんと近づいてくる彼の唇に、私は顔を真っ赤にして目を閉じた。
「理沙…」
「何……!!」
「お前……」
「!!」
「……何か薄くなってねえ?」
「……え!?」
私は目を開いた。目の前の和美が、怪訝そうな顔で私の胸の辺りを見ている。…最低。そう思いながらも、釣られて視線を落とすと…。
「何よこれぇ!?」
私は思わず悲鳴をあげた。私の体が、まるで透明人間にでもなったかのように半透明に透け始めている。
「理沙、お前透明人間だったのか…」
「違うわよ!!ばか!!!」
「何だこりゃ…」
「あいつ!あのちょんまげだわ!そういえば、最後に変なこと言ってたもん!」
確か、一度愛し合った人に、【別の人を好きになってしまうとお互い消滅する】誓約とか何とか。その時は「この宇宙人、大分ぶっ飛んでらっしゃるな」としか感じなかったが、今思うと…。
「待てよ?何の話だ?」
「斎藤君!あの宇宙人の仕業よ!」
動転しながらも、私は訝しむ和美に一部始終を説明した。もう間違いない。彼は本物の、宇宙人だったのだ。私の話を聞くと、和美は目を丸くした。
「じゃ、じゃあ…!」
「そうなのよ!」
「理沙…本当に俺のことを…!」
「そこ!?」
和美は何故か目を潤ませていた。
「良かった…最後にその言葉が聞けて…」
「はあ?」
「大丈夫だ。理沙は俺が守る…!」
「何言ってんの?」
私はぽかんと口を開いた。和美は何故か、目の前で私と同じように薄く消え始めた。
「斎藤と愛し合ったのは…お前だけじゃないってことだよ」
「なんて??」
「俺と斎藤がお互い消滅すれば、お前にかかった誓約は消える」
「ちょ、ちょっと待って。話を整理していいかしら」
「ありがとう、リサ。じゃあ俺、逝くよ。さようなら、俺の愛した女性の方の人…」
「……はい??」
突然眩い光に包まれ、何故か和美は消えてしまった。私の腕の中には、彼の着ていた制服の抜け殻だけがあった。誰もいない教室の中、一人取り残された私は、呆然と窓の向こうの青空を眺め続けるのだった…。




