アクシデント
ホテルに着いた夜琴は由美と一緒に調べ学習を開始する。
そしてやっとホテルに着いた。皆がぞろぞろとバスから降りる。遠くで先生が荷物を取るように呼びかけていた。
「んー、よく寝たー」
「夜琴、ほら、これ荷物」
「あ、ありがとう由美」
やっぱり由美は優しいなあ、だなんて。昔から、由美にはずっと迷惑かけちゃってた。幼稚園児の頃でも由美は私を助けてくれたんだ。もともと私は気が弱くって、小さい頃はなんか変なものも見えてて、目の色が他の子とは違うものだから、からかわれる格好のターゲットだった。友達を作るのも苦手だったから、部屋の隅で絵本ばかり読んでた。ある日男の子たちに囲まれて蹴られそうになった時に、由美がやってきてみんなをやっつけちゃったんだ。すごかったよ。それから由美は私の側にいつもいてくれた。いじめられそうになっても全部守ってくれた。友達を何人も紹介してくれた。由美がいなかったら、私は今頃どうなってたんだろう。本当に感謝してもしきれないよ。
「なーにぼんやりしてるのよ、夜琴。ほらはやくホテルのホールに向かうわよ。みんな急いでるんだから」
「あ、うん! 今行くよ」
まさか由美のこと考えてたなんて、言えないね。
気恥ずかしさを顔全面に押し出してホールに急いで並ぶ。暑いなあ。舞台を見れば、先生方と村の関係者だと思われる人が立っていた。校長先生が一歩前に出る。
「まず校長先生のお話です」
「みなさんこんにちは。今日の国内研修旅行を首を長くして待った人もいたでしょう。月原村の方々に失礼のないように、しかし楽しんでこの四日間を過ごしてください。短いですがこれで話を終わります」
良かった。いつもと違って話がとても短い。ラッキーだ。校長先生もずっとバスに乗っていたから疲れたのかな、いや冗談だけど。
「校長先生ありがとうございました。次に立川先生からの諸注意です」
げ。まさか諸注意が立川先生だなんて。立川先生はC組担任の男性の先生で話がとても長いことで有名で、正直なところあまり話を国内研修旅行で聞きたくない。高校の先生でこれだけ長い先生は私の知る限りいない。いや、下手したら中学にも。授業は分かりやすくていい先生なんだけどな・・・・・・。由美はいつまでも子供扱いしないでよ、なんてこと言ってる。
「皆さん、こんにちは。私は国内研修旅行中注意する点についてお話しします。まず、どんな方でも会ったら挨拶をすることです。南野生としての自覚を持って、積極的に挨拶しましょう。挨拶は人間関係の基本です。挨拶のできない人は、社会に出てもうまくはいかないでしょう。これから皆さんは社会を引っ張るリーダーに成ります。挨拶はきっちり、きっちりやりましょう。されても恥ずかしがって無視するなど言語道断、恥ずかしがらずに大声で。笑顔も忘れないでくださいね。もう理解できているでしょうが、念には念を入れてですからね。次に、失礼な行動のないようにしてください。我々は客ではありません、研修生です。両者の信頼のうえで成り立っている研修です。その信頼を壊さぬよう、信頼を含めていくよう、次の学年に繋げていくよう、自らの行動にしっかり自制をかけてください。ゴミをポイ捨てしないように。それから、村の方々の指示にはしっかり従ってください。村には貴重な動植物や文化財、機械などがあります……」
おお、今日はかなり話題のテンポが早い! と思ったら、残念、注意事項が二十前後あったというオチです。よくあんなに注意事項を思い付くなあ・・・・・・。ある種の天才ですかね。なんてさ。
三〇分後やっと話が終わった。皆もなんかほっとしてる。でも、お気の毒なことに立川先生の隣で石田先生の顔が真っ青に。時間が大幅に押しているのだ。
そんな石田先生などに急かされ部屋に入ったのは十一時。予定より二十分遅れている。だけど私は十分も遅れを取り戻した石田先生たちに拍手を送りたい。さすが先生方。原因も先生方にあるけれども。
「あ、もう行かなきゃー。伝統食組集まってー」
ああ、そっかあ。もう他の班は説明見たり聞いたりするのかあ……。残念ながら午前中私たちは何もしない。タイムスケジュールが偏り過ぎてて嫌になっちゃうよ。午後六時半から九時までみっちり。晩御飯はその前に食べるんだって。いや、それお腹すかないよ。お風呂はというともっと前。まあ空いててゆっくり入れそうだけどさあ……。なんでこんな変な時間になったのかは知らないんだけど、私達が決めることなくこうなってたんだよね。明日も同じ時間。明後日に至ってはもっと遅い! 肝試し行けないじゃんとか思ったけど、私は物凄くビビりだから助かったと言うべきなのかな。ともかく、絶対にこの時間には神社に行くなとまで書かれてるから、村の資料館にでも行って暇つぶしをしなきゃ。
「じゃあ行ってくるよ。三日月飾り組も頑張ってね!」
最後の班が出てしまった今(正しくいうと私達が一番最後だけど)、部屋は一気に寂しくなった。この広い空間に二人しかいないから。
「夜琴、先に昼食食べに行かないー? 私退屈すぎて耐えられないわー。どうせ夕食も早いんだし、昼飯早く食べたいわー」
「由美……。うん、そうだね……。食べに行こ」
予定では昼食はお弁当で、月原村の伝統食なんかも入っているみたい。班によって食べる時間が違うからこうなったらしい。という訳で、しっかり部屋の鍵を閉めてから(由美が室長だからね)ランチルームみたいなところに移動する。
「ホテルの中探索するのも楽しそうね。結構広いわ」
「な、先生があんまりホテルの中歩き回るなって言ってたよ。怒られるよ!」
「トイレどこにあるか分かんなくなっちゃったんですぅ、で通らないかしら?」
「通しちゃだめだよっ!」
「もー、夜琴ったらホーント優等生。冗談よ、冗談。お弁当取りに行きましょ」
「うん」
さっきの冗談には思えなかったなー、と考えつつ、お弁当を貰う。適当な席に座って由美と食べ始めた。由美は食べているときは静かで、何となくちょっと、気まずく感じるんだ。すると突然由美がパッと顔をあげてこう聞いたんだ。
「……夜琴、今何時?」
「えーっとね、十一時二十分。六時半までには時間が有り余ってるよ」
「うわー、あと七時間? 嘘でしょ、そんなに待ってられないわ!」
「まあ、お風呂の時間とかあるから。にしても、仮に一時間半かかったとして五時間か……」
うん、確かに暇。ああ、今頃みんなは有意義な時間を過ごしているのかあ……。あ、でも昼食の時間は有意義か。うん、そういうことにしておこう。
「資料館っていくつあったっけ」
「五個あるけど、そのうち一個は休館よ。ホテルの中にも図書室があるから、まずそこでも覗いてみましょ」
「賛成。近い方から調べたいもんね」
それから、また黙々と食べ続ける。ちょっとびっくりした、かも?
十分後、由美も私も食べ終わって、お弁当を片付けた。それから食堂を後にする。
「地図によると……うん、二階ね。結構広そうよ。これで何か収穫があればいいんだけど」
「収穫って……探偵ごっこしてるみたいじゃない……?」
「そうよ。結局はそうじゃない。だってネットで調べてもなかなか資料出てこないし。失礼だけど先輩たちのまとめもあんまり参考にならなかったじゃない。三日月飾りの作り方の説明ばかりで、バックグラウンドの説明が本当に少なかったわ。せいぜいよく書いてて『三日月飾りは昔、村一番の神社にいた七変化の瞳をもつ巫女が持っていたもので、それが村人によって複製され、お守りとして用いられたと言われている』だわ。これじゃおかしいじゃない。何で巫女がそんなもの急に持ち出すのよ。有名な神社の巫女って、代々受け継ぐようなものでしょ? 七変化の瞳をもつって、なんとなくこの書き方じゃ巫女が一人やって来たみたいじゃない。三日月飾りを代々受け継ぐわけでもなく、村の人が複製するってどういうことなのよ。私はそれが調べたいの!」
「たしかに……なんか妙だね。なんかわざとはぐらかしてるような書き方してたよね。でももしかしたら、ここだけの話っていうのがあったのかもしれないよ。ネットにも資料が無いって、そういうことなのかも」
「まあ、そんなもんよね、きっと。だけど、先輩たちよりもっと深く調べたいわ。だって私たち、三日月飾りが作れないんだもの」
「そうだよね。調べなきゃ。……村の伝統工芸についてはあの棚あたりだね」
「手分けしてとことん調べるわよ」
「うん」
棚の本を手当たり次第に読む。……三日月飾りの工房マップ、村の伝統工芸品、月原村ガイド、隠された観光地、曲者織の匠……なんか全然関係なさそう。
「……なんか、全然無いわね。あっても本当に基本的な情報のみ、もはやパンフの域だわ」
まるで情報が隠されているかのように、見つからない。一体どういうことなのだろう。
次の資料館も回ってみた。あまり成果は上がらない。
「三日月飾りの金属部分が巫女によって清められているとかしか収穫ないわね……夜琴、今何時よ」
「え、えっと、一時半」
「これだけ探してるのになんで見つからないのよ! もう良いわ、帰って睡眠不足防止のために昼寝でもしましょ!」
「え……。分かった。帰らなきゃね」
由美がそう言ってるし仕方ない。これ以上イライラしても無駄だしね。私たちは静かに資料館をあとにする。
「しっかし暑いわね〜。田舎なのに。九月だなんて夏よ夏! 嫌になっちゃうわ」
資料館やホテルの部屋にはエアコンがあるけれど、やっぱり外は暑い。陽炎だって見えそうなくらい。
「そうだねー」
汗がだくだくと溢れ出し、肌がチリチリ痛い。日焼け止め、塗っとけば良かったな。文化部の私にはこの日差しはつらい。早く、水が欲しい……。そんなことを考えていれば、目の前にホテルが見えてきた。
「あー、暑かった。生き返るぅー。良いわね、エアコン。サイコーよ!」
由美……予想通りの反応だね。絶対サイコーよ、って言うと思ってた。
「昼寝よ昼寝。ホンット就寝が十一時以降になりそうとかふざけてるわよ、修学旅行なのに。第一寝てるみんな起こしちゃうじゃない。家ならまだしも一日中歩き回っているのによ?」
「まあ、キツイよね。正直辛いよ。だけどさ、先輩たちもこの過酷なスケジュールこなしたんだし……」
「ところがどっこい、そうじゃないのよ。先輩たちは朝から夕方までなの。訳分からないわ。そんなに、私たちにここに来させたくないのかしら」
「え、そうなの? なんか、本当に変なことばっかだね。ちょっと不安になってきたよ……」
「ま、そんなこと言っても変わりゃしないし、昼寝しましょ、おやすみー」
「お、おやすみ……」
由美はすぐに寝てしまった。早いなあもう。私寝つきが悪いから寝るの大変なんだよね……。それに朝とかバスで見た変な夢をまた見るかもしれないし。嫌だなあ。と、天井を見上げる。由美がカーテンを引いてくれたから若干暗い。由美の寝息を聞きながら、心を無にして瞼を閉じる。真っ暗だ。
……それから何時間経ったのだろう。
「夜琴、起きなさい! もう五時よ。お風呂に行かなきゃ」
「ん〜〜?」
「なにボケっとしてるのよ、ほら早く髪整えて。寝相悪いわねえ。スカートめくれそうじゃない。着替えとタオル、忘れないようにしなさいよ? そうそう、タオルはバスタオルと体洗う用のタオルと、髪を拭くタオルの三つだからね。下着とか絶対忘れないでよね。準備出来た? ……さ、行くわよ」
由美、それじゃまるでお母さんだよ……。まだ十分に開きもしない目をこすりながら、大急ぎで着替え等を詰め込み、由美についていく。
「由美、お風呂って温泉?」
「違うみたいよ。だけど景色は悪くないみたいね〜」
まあ、そういえばそっか。ここはホテルって言っても、農村体験もどきをする学校が集団で泊まりに来るくらいで、一般のお客さんはそこまで多くないみたいだから。
「お風呂入ったらすぐ夕食よ」
「うん」
通路を歩きながら頷く。お風呂は一階にある。階段を降りてすぐだ。のれんをくぐって入る。
「うわ、ガラ空きー」
これならゆっくり入れそうだ、なんて。……実際私と由美だけで貸切みたいなものだった。由美の言った通り景色は綺麗で。これで夜なら星もすごく観れただろうな……。って、文句言ってもしょうがないか。
「いやー、気持ち良かった。で、夕食だよね」
「そうよ。もうきっと用意されてるわね」
食堂に急ぎ足で向かう。ちょっとお風呂でのんびりしすぎた。髪が乾かなくて気持ち悪い。旅行前に切ればよかったな。よし、食堂に着いた。あ、もう並べてある。美味しそー。でも、あれ……なんか……。
「夜琴、想像以上の量ね……。流石にこんなにあるとは思わなかったわ」
多い! 夕食の量が多すぎるよ! 確かに他のみんなは午前中動き回ったから良いけど私たちにしたら多すぎて食べきれないよ! あ、でも由美なら平気かな。
「食べきれなさそうなら早めに言いなさいよ、夜琴」
「うん。由美は大食いだもんね。いっつもあんなに食べて、よくそのスタイル維持できるよね」
「なによそれ。私その分動いてるんだから。あんたあんなに少食で、だから背が伸びないのよ」
「大して変わらないじゃん。二センチだよ? 私背は低くはないと思うんだけど」
「……はいはい、ちゃんと食べないと健康に悪いわよ」
「「いただきます!」」
料理は全部和風で、この辺でよく食べられている料理を組み合わせているらしい。私は日本食が好きだから、なんだかちょっと、嬉しい? 質素だけど盛り付けが綺麗で、濃い味付けじゃないけれどちゃんと味が染みている。美味しい。ふと隣を見ると由美の顔が曇っている。どうしたんだろう。こんなに美味しいのに。
「夜琴……あんたしいたけ好きでしょ?」
「へ?」
いや別に……ってもしかして!
「たっくさんあげるから、か、感謝しなさいよね!」
「……はぁ、もらっときますー」
由美の唯一の弱点はというと「しいたけ」だったりする。大っ嫌いらしい。だから私に押し付けたんだ。そう、いつも通りに……。まあ、いつものことだから良いんだけどね。ダシがきいてて美味しいのになぁ。
「「ご馳走様……」」
なんとか食べ終わった……。でも量が多すぎる。これ毎晩は辛いかも。
「夜琴、時間ヤバイわ。急ぐわよ」
「う、うん」
この状態で走ったらお腹痛くなっちゃうよ。そんなことも言ってられないけどさ。あ、うん。やっぱ辛いこれ。しかも農村だから電柱も少なくてちょっと暗いなあ。だってもう九月だし。日も短くなってきちゃったから夕方になりつつある……みたいな。
そうして、すっかりお腹が痛くなっちゃった頃にやっと目的地、お昼には閉まっていた資料館の前に着いた。そこにはもう既に一人のおばあさんがいた。きっとあの人が三日月飾り担当の方だ。
「おお、よく来たねぇ。こんな時間に呼び出してしまって申し訳ない。でも今年は新月あたりに修学旅行だったから仕方がないんだよ。新月は月の力が弱まるから、絶対にお祓いをしなくちゃならなくてね。月が出ている間じゅうはずっとお祓いさ。まあ勘弁しておくれ」
「は、はい」
「じゃあ月の社に向かおうかい。名前はなんだい。私は五十嵐多恵子だよ。おばばと呼んどくれ。しかし暗くてよく顔が見えないねぇ、もっとこっちにおいで」
「木村由美です。よろしくお願いします」
「おかっぱなんだね、じゃあそちらは」
私はおずおずと由美の横に進み出た。
「ゆ、夕時雨夜琴です……よろしくお願いします」
「あんた、……目が紫なのかい。……七変化の瞳、まさか本当にいるとは思いもしなかったのう」
「え?」
「この村には昔からの言い伝えがあってねぇ、まあそのうち話すけれど、七変化の瞳を持つ巫女がいたんだよ。昔の人の言うことだからね、ある程度誇張されているとは思うけれど、どうやら光の加減で様々な色に見えたみたいだねぇ。研究によれば、紫か青だと言われているけれど、紫の方がいくらか有力だと言われているのう。まあ、その研究をしているのも私なのだけれど。まあ、ともかく月の社に向かおうかねえ。ただし、昼間の間は月の社に向かってはいけないよ。私はお祓いをしているし、ここは出るんだよ。この前なんか昼間に出て大騒ぎになったんだよ。白い女の幽霊がわーーっと」
ぞわぞわっと、背筋に寒気がはしる。
「や、やめてください! 私、こ、怖い話ダメなんです……」
「夜琴怖がりだもんね」
「まあ、私にしか見えない幽霊ばかりだけどのう」
「あー、すみませんおばばさん。夜琴にはそれ全くフォローにならないんです。この子霊感がかなりあるんですよ。だからそのー……見つけても黙っててあげてください。見てください、もう目を塞いで震えてます」
もう、行きたくないよ……小学校の肝試しの時なんか、お、落ち武者見ちゃったし、神社とか絶対に良いことないよ。嫌だ嫌だ怖いって。
「……じゃあ仕方がないのぅ。月の社に行くのはやめにするかな。丁度今日は闇夜、普通の霊なら活動が活発になる。途中でお墓も通るから、見える子には辛いじゃろう。明々後日なら三日月だねぇ、これなら昼間に来ても平気じゃ。なら今日はこの資料館に入るかのぅ」
「え……、あ、はい、すいません! でも、この資料館空いてないんじゃないんですか」
「確かにこの時期はお昼は空いてないね。なにせ私の資料館じゃ。私がいないと、この資料館は開かないさ。逆に言えば、私がいれば開くんじゃよ」
「おー! でも他の資料館には三日月飾りの資料はありませんでしたよ。ここにはあるんですか?」
「寧ろここにしかないよ。全部集めておる。その方が楽じゃからの」
「なるほどーー」
つまり今日の昼の行動は全部無駄だったってこと? ……なんだか複雑な気分。
「じゃあ入るかい?」
「是非!」
でも資料館の中は薄暗い。ちょっと嫌かも。
「普通では入れない部屋に入ってみるかい」
案内されたのは小部屋。電気がつけられると……。
「三日月飾りが、たくさんある! こんなに種類があったんですか?」
「そうだよ。時代によって色々種類があったんじゃ。これが一番古いものじゃ。この三日月飾りの玉の輝きは素晴らしいじゃろう?」
「一番古いのに……他と比べても同じくらい綺麗。凄いですね」
「昔の人の技術力ほど侮れないものさ。機械がない分、職人さんが汗水たらして作ったんじゃろうねぇ」
こんな話がずっと続いた。今日は三日月飾りの精密さについてで、村の言い伝えとの関連性は明日教えてもらえるらしい。
「今夜はありがとうございました。ホテルまで送ってまで頂いて。明日もよろしくお願いします」
「もちろんじゃ。でも、昼間の月の社に入らないように。元気でまたあの資料館に来てくれ」
「はい!」
部屋に戻ったら、もう他の子たちは布団を敷いて寝るところだった。
「ごめん! 今すぐパジャマに着替えるから!」
「急がなくてもいいよ、夜琴ちゃん」
「みんなお疲れ様。布団も敷いてくれてありがとね。ほら、夜琴、歯磨き忘れないでよ?」
「わ、分かってるってば」
何気ない会話がなんだか嬉しい。みんなの表情も疲れているけどいきいきしている。みんなに迷惑かけないように、早く着替えなくっちゃね。
「電気消すよ」
「「「「はーい」」」」
返事をした人数が少ない。どうやら電気を消す前に寝ちゃった子たちがいるみたい。まあ、当然といえば当然かなぁ。もう結構遅いし。
でも……なんだか、怖い。電気を消すと、本当に暗い。おばばさんの言ったことが頭によぎって、また寒気がする。バスで寝ちゃったからかな、昼寝しちゃったからかな、全然眠れないよ……。隣で由美の寝息、いや……いびきが聞こえる。みんな寝ちゃった。起きてるの私だけだ。でも、眠れない……。今何時だろう。腕時計を見ると午前三時。丑三つ時?
ガタッ
「……‼︎」
今絶対に頭の方で何か聞こえたよね。こっちに来てる気配がするんだけど……。嫌だ、嫌だ、誰? こんな時間に? もしかして……。恐る恐る横を見てみれば、そこにはーー白い布が……。
「ひ、ひいぃ、ひぐっ、いや、こっちに来ないで! 幽霊なんか嫌だよっ!」
声にならない悲鳴が出た後、やっと意味のなす言葉がでた。でも相手は幽霊、そんなんじゃ……。
「ちっがーう! 僕は幽霊じゃない! 僕は宇都宮 真人! れっきとした人間だよ!」
「え」
上の方から男の人の声がする。上見たら首がないとかないよね? とか思っていたら、目の前の何かがしゃがんだ。
「君が夕時雨 夜琴? こんばんは。よろしくね」
わー、超絶な美形。キレー、……じゃない! そうじゃない! なんで男の人が女子部屋にいるの? そして、その謎の白い民族衣装というか西洋の神官みたいな格好はなに? そしてこの条件下でこんばんはとか言えるあなたは何者ですか!
「どうしたの? 何か良い数式を思いついたの? それなら教えてよ」
な、何言っているんだろうこの人……。数式って……。もうともかく男子部屋に帰ってくださいよ、怖いですよ、先生にばれずにどうやってこんなところに忍びこんだんですか! もう帰ってくださいよお……。パニックになった私は勝手に喚きだしていた。
「出てってください! 出てって下さいよぉ! だ、男子部屋に帰ってくださいよお! 帰って! 帰って! 嫌だ怖い出てって下さい!」
「え、あ、いや、だから僕は幽霊じゃないって……」
「なんでもいいから出てって下さいよ!」
「え、え、え?」
「出てって!」
「は、はい……」
私はもうその後のことはよく覚えていない。きっとあの人は私の夢に出てきた人なんだ。あれは夢なんだ、と思うことにした。その後すぐに、その儚い希望も打ち砕かれたけれど。
これが真人との出会いだった。この人と朝食時にばったり会うなんて、ましてや後々まで私のそばにいるなんてその時私は思いもしなかった。