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01 始まり

古だなんて言わない。これは等身大の言葉で、等身大の気持ちで繋がるストーリー。謎が謎を呼んでくれたならば、私は嬉しいから。

明日は、国内研修旅行。南野中等教育学校3年の夕時雨夜琴は柄にもなく、ニヤニヤが止まらなかった。今朝だってずっとニヤニヤしていて、親友の由美に何度やめなさいと言われたことか。今は午後10時。もう寝る時間だ。それでも相変わらずニヤニヤは止まらない。

「待ちに待った国内研修旅行! 楽しむぞー!」

もしかしたら、張り切りすぎて、4時にでも起きてしまうかもしれない。学校には歩いて15分しかかからないというのに。もう既にリュックサックとキャリーバックの中には荷物がぱんぱんに詰め込まれている。目覚まし時計もしっかりセットしてある。準備は万端。あとは寝るだけというところだ。ベッドに飛び込む。本当にいつもの彼女ではない。いつもならそんな危険なことはしない。

電気をリモコンで消し、横になる。いくらもう9月とはいえ、暑くて眠れそうもないのでエアコンのおやすみタイマーを暗闇の中手探りでセットした。興奮して眠れそうもない。しかしそれでも徐々に意識が薄れていく。ぼーっとしてくる。眠気が襲ってくる。いつ寝たのかも分からないまま、夜琴は夢に落ちていく。


◇◆◇


『わー、ケーキ屋だー。美味しそうだな〜。モンブランに、ショートケーキに、ガトーショコラ! フルーツタルトもある! お小遣いピンチだけど買っちゃおう!』

夜琴はケーキ屋の前で目を輝かせている。彼女は、甘いものが大好きなのだ。

『やっぱり一番好きなのは、ブルーベリーレアチーズケーキ。甘酸っぱさが堪らないんだよね』

ケーキを注文しようとする。しかし何故か店員がいない。おかしい。

『なんでいないんだろう』

その時だった。背筋が凍りつく。金髪紫眼の少女が遠くで不気味に笑っているのが見えたからだ。ゴクリ、と夜琴は息を呑む。

『ああ、どうやら貴女が例の……。まあ、せいぜい頑張ったら?』

意味の分からないことを言われ、戸惑った。訳が分からない。

『ねえ、あなたは誰? なんていうの?』

その少女は妖しい笑みを浮かべて何処かに消えた。

なんて脈絡のない。この一連の出来事に夜琴が文句を言おうとした時、彼女の意識はやっと浮上した。


◇◆◇


「なんだ、ただの夢だったなんて。全く、妙に印象に残る夢だったなあ」

時刻は5時45分。太陽は既に上っているようだが、まだまだ暗い。目覚まし時計の鳴る時間の15分も前に起きてしまったではないか。こんなに早起きするから、あんな変な夢を見るのだ、なんて。

そしてはっと気がつく。そうだ、今日は国内研修旅行、早く学校指定のジャージを着て朝食を済ませなければ。ダイニングではきっとお母さんがぶつくさ言いながら朝食を作っているに違いない!

「お母さん、おはよう」

「あら、おはよう……夜琴。全く、こうも眠いと頭が働かないわ。あともう少しで包丁で指を切るところだったんだから」

案の定、低血圧で朝に弱いお母さんはやっぱりぶつくさ言いながら朝食を作っていた。更にいつもよりも内容が簡単な朝食だ。別に美味しいのだから文句は無いのだが。急いで口に突っ込む。ちなみに普段なら絶対にしない。

「夜琴、あんたそんなにがっつかなくても良いじゃない。遅刻するわけでもないのに。いい、食べ物は味わうものなのよ」

ベーコンを丸呑みしそうな勢いで食べる。但し、食べ方は綺麗だ。

「分かってるよ……ただ、早く学校に……着きたいんだ……」

食べているので途切れ途切れに言う。自分でもなぜこんなに急いでいるのか分からない。そのうちに、朝食を食べ終えてしまった。急いで歯磨きをし、髪をとかし、荷物を持って靴を履く。

「全くもう……気をつけて行ってらっしゃいよ」

「うん、お土産買ってくるからね」

「楽しみにしてるわ」

「行ってきまーす」

「はーい」

朝の風が涼しくて気持ちいい。夜琴の家はマンションの2階にある。階段を駆け下りて、学校へ向かう。走れば十分で着いてしまうだろう。……荷物が重いので、全く走れないが。何て言ったって三泊四日なのだ。荷物が多い。だから歩いて行ける距離に学校があるのは嬉しい。こんなに嬉しかったことはない。電車に2時間も乗らなければならないクラスメートもいるのだから。誰だったかは忘れたけど。さらに信号も青続きで、本当にラッキーだ。


学校に着くと、誰もいなかった。腕時計を見れば6時。集合時間は7時だというのにこんなにも早く着いてしまった。本当に張り切りすぎだ。

「先生の影ですらないよ……早すぎた」

仕方がないのでぼーっとして過ごすことにした。早く誰か来ないだろうか。そんなことを思った矢先。

「あら、夕時雨さん。随分早いわねえ」

「あ……おはようございます、先生」

担任の先生の神奈川先生だ。美人な音楽の先生で、生徒からも人気がある。夜琴もこの先生が好きだったが、しかしちょっと苦手なようである。テンションが違うのだ。

「今日は国内研修旅行だから楽しもうね、夕時雨さん」

「え、ええ。勿論……楽しみにしています。ただ三日月飾りの体験製作が無くなったのが残念です」

「ああ、校長先生が経費削減の要望を受けて……て、こんなことを生徒の前で言ってはいけないわね。去年はとても人気だったのに、今年は2人しか希望がいないからびっくりしたわ。まさかここまで違うとは思わなかった」

そうなのだ。今年以前は男女共に三日月飾りを調べる班が人気で、かなりの人が抽選にもれたらしい。しかし今年は体験製作が無くなったから魅力が薄れ、2人しか調べる生徒がいない。

「まあ1人もいない訳じゃあなかったから嬉しいわ。だって申し訳ないもの」

「でも今年急に参加人数が減ったら……ちょっと、じゃありませんか?」

「問題はないのよ。だってあちらから、人数を減らして欲しいと言われたのだから。それが二人でね。本当にぴったりで、私びっくりしたわ」

びっくりしたと、何回言っているのだろう……。そんなにびっくりするようなことなのだろうか。そういうツッコミは先生にはするべきではない。そう思って夜琴は何も言わないことにした。

「これから私はバスの運転手さんと打ち合わせをしなくちゃならないの。じゃあね、後から来る人によろしく言っておいてね」

「はい」

はー、っとため息をつく。先生と話をするのは疲れる。こういう人って、キラキラし過ぎて、好きなんだけど苦手だなあ、と言いそうになる。

三十分後、ようやく人がやって来た。

「おはよう、夜琴ちゃん。早いねえ」

「う、うん、おはよう。早く来すぎちゃってさ」

「そっかあー、張り切ってるんだね。あれ、いつも一緒に来てる由美はどうしたの?」

「え……あー! しまった! 置いてきた!」

昨日の夕方に一緒に行くと約束していた。それなのに夜琴は由美を忘れて行ってしまったのだ。これはまずい。あの怒りっぽい由美のこと、ただでは済まない。

夜琴は背筋に寒気を感じた。後ろからは何やら恐ろしいオーラが出ている。禍々しい。

「夜〜〜琴〜〜! あんた何勝手に先いってんのよぉ、この馬鹿ぁ!」

「ゆ、由美、おはよう……今日も綺麗で元気だね」

「おはようじゃないでしょおはようじゃ! 夜琴、あんたねぇ私がどれだけ心配したと思ってんの? 風邪にかかったんじゃないかとか、怪我でいけないんじゃないかとか。私、あんたの家まで行ったんだからね? そしたらおばさんが夜琴なら先に行ったとか言うんだもん、そりゃ怒るわよ!」

「ごめんね、張り切りすぎちゃってさ。勝手に体が動いちゃったんだよ……ごめん」

「まあ今更言ったってしょうがないしね、分かった、許す!」

幼馴染だからこそのノリで朝にもかかわらずこんな喜劇まで始まり出す。

「本当に二人とも仲良いよね、息ぴったりって感じ」

友達が言う。

「まあなんて言ったってずっと一緒にいるもんね。あり得ないくらいずっと一緒に育ってきたもん」

「ほんとほんと、小学生の時ずっと同じクラスだったのは我ながらびっくりしたわ。それで受験したにもかかわらず同じ学校行ってるしねぇ。それでまた同じクラスって、どんだけ運が良いというか悪いというか」

「ええ? そんなに? そこまで一緒なの? え、じゃあ幼稚園は?」

「同じとこだけどクラスが違うわ」

「いや、もうほぼ一緒でしょそれ!」

「ダメよ、この子は私がいないとダメだもの」

「な、なにそれ酷いよ由美!」

「私がいなきゃあんた友達作れないでしょうが」

「私そんなにコミュ障じゃ無いってば……」

「否定はしないよ」

友達まで言う。夜琴は少しばかりショックを受けた。こんなにそう思われていただなんて、思わなかったからだ。それでもまあ仕方がないかとため息をつき、次の話題に乗っかっていく。

こんな風に女子トークは止まらない。気がついたらもう7時になっていた。

「はいみなさん、荷物はバスの隣に置いて、乗ってください。席は分かりますね?」

石田先生が言う。石田先生はとてもいい声だ。歌うだけで人を泣かせることができる。この前、カラオケ全国大会で一位を取ったらしい。音楽の先生でもいいと思うのだが、あくまでも音楽は神奈川先生が専門で、石田先生は倫理専門だ。そう言えば、神奈川先生が戻ってこない。どこへ行ったのだろうか。

「夜琴、そろそろ乗らないと怒られるわ。早く乗って」

「う、うん。えっと、何列目だったっけ」

「6列目よ。私の隣。窓側は私だからね」

「え……あ、うん。分かった」

本当は窓側が良かったのだが、由美がわざわざ付け足して言うのなら仕方がないと思った。それなら由美が先に乗ったほうがいいことを夜琴は言おうか迷った。が、言わなかった。言ったっていいことはない。

「ふー」

リュックサックを上の荷物置き場に置いて席に座る。バスに乗ったら、なんだか急に眠くなった。やっぱり安心すると眠くなるのか、とぼんやりと思った。

「なーにぼけっとしてるの、ほら、神奈川先生が戻ってきたわ、そろそろ出発なんじゃない?」

「出発かあ、うん、これから楽しみだね!」

「私はバスレクが楽しみだわ。なんて言ったって現地に着いてからじゃずっと調べ学習なんだから。純粋に楽しいと言ったら、これだけよ!」

全くこの親友はひねくれている。夜琴にはちゃんとわかっていた。由美は本当は楽しみで仕方がないということを。

バスの運転手が乗り込み、バスのドアが閉まる。勿論バスガイドさんも乗っている。そしてバスが動き出す。この時間に来ている先生たちが見送ってくれるのは、毎年ある宿泊行事恒例の光景だった。それを夜琴は静かな目で見ていた。周りの子たちは、皆騒いでいたが。

「おはようございます、南野4年A組の皆様。本日は私共ハッピーライド観光バスを御利用頂きまして誠にありがとうございます。本日から4日間皆様のお供をさせて頂きます担当ドライバー大原と私はガイドの近藤でございます。よろしくお願いいたします。それでは車内のご案内をさせていただきます。皆様のお座席は全てリクライニングになっております。肘掛け下のレバーを引きながら背中で背もたれを押して頂きますと倒れる様になっております。お倒しになる際には後ろの方に一言お声を掛けて頂ければ幸いです。またお荷物かけについてですが……」

バスガイドさんの説明は1分ほどで終わった。次に神奈川先生が、止まるパーキングエリアの説明をした。更に諸注意が続く。そうしてバス内恒例の最初の話が終わると、皆はまた会話を開始した。

「B組の相原にカノジョできたんだってさー」

「へー、どんな人?」

「心理テスト! あなたはリビングでテレビを見ています。あなたはどんな表情でそれを見ていますか?」

「えー、ニヤニヤ顔かな」

「レインボーアートやろう?」

「あれ未だにルールわかんないんだけど」

「月原村の布って曲者織だけど、名前の理由ぜひとも聞かないとだね」

「いや、俺の担当月原村の食だからさあ、言われても困るよ」

皆それぞれ思い思いの会話をする。

一時間経っただろうか。最初の休憩も終わった。

「はー、眠いなあ」

「何よあんたさっきっから眠い眠い言って。これからでしょ? 頑張りなさいよ」

「うーん、ちょっと昨日から張り切りすぎちゃってさ」

早く起きたのが裏目に出たらしい。

「まあ、どうせだから寝たら?」

「うん、そうする」

その言葉に甘えて目を瞑る。しかしそれを一つの声が邪魔をする。

「ねー、そろそろバスレクしよう! カラオケ!」

夜琴は皆の歌を聴きたかった。夜琴自身は歌わないのだが、とても楽しい。だけれどとんでもなく眠い。一度目を瞑ると、もうだんだんと意識が遠のいていくのだ。これはいけない。皆が楽しそうにしている中、なんだか申し訳なくなりながらも、夜琴はバスの中で眠りについた。


◇◆◇


白い空間だ。薄気味悪いほどに真っ白な空間。そこにはどこかで見かけた金髪紫眼で二つ結びの少女がいた。口元に妖しげな笑みを浮かべながらこちらにやって来る。目は冷ややかなまま。背筋が凍る。夜琴は思わず後ずさりをした。

「こんにちは、私はアリス。あなたはだあれ?」

どこか狂気を感じる甘ったるい猫なで声は、夜琴の頭の中の警鐘をガンガンと鳴らすには十分すぎるほど。夜琴はこれまでにないほど警戒をする。

「それに、答える義務は、私にはありません」

「だあれ?」

無言の威圧を感じるが、名前を知られたらもっとまずいことになりそうだ。

「私は、ただの女の子です」

「ただの人が、こんなところに来れないでしょ?」

どこか品定めするような目で夜琴を見る。

「ただの人です」

「ふうん、そこまで言うなら聞かないであげる……でも、逃げられるとは思わないでね? あなたはこれから酷い目にあうんだから。なんたってここは私の世界、夢の世界なんだから」

「夢?」


◇◆◇


夢だとわかった瞬間、目が醒めるというのは、ある意味幸運なのかもしれない。お陰で、あのヘンテコで嫌な夢から醒められたのだから。またあの金髪の少女の夢を見た。今度はしっかりと会話を交わしている。いい予感はしない。

なかなか動かない体を起こすともうバスレクは終わっていた。残念だ。誰の歌も聴けなかった。

「あら夜琴。起きたの? あと二十分で月原村に着くって。そうそう、見てみなさいよ外の景色。凄いわ。全部山と田んぼと畑だけで出来てるのよ!」

「え、見る!」

寝ていた夜琴に由美は気を遣ったのか、バスのカーテンは閉まっている。勢いよく由美が開けると、そこはまるで絵に描いたような景色が広がっている。家の周りじゃ絶対見れない。稲の穂はまだ出はじめたばかりでまだ青い。しかし、確かな存在感を感じた。

「凄い……」

静かに感嘆の声をあげる。こんなところで過ごすのか、とワクワクが止まらない。早くホテルに着きたい。

これから始まる旅行という名の非日常。夜琴はこれから何が起こるかなんて、超ド級のアクシデント、マンガに出てくるようなアクシデントに遭遇するだなんて思わなかった。ましてや、それが彼女への警告になるなんて、思う方がおかしいだろう。






お疲れ様です。毎度linoxlyです。これからも更新続けます。気に入ってくれたなら嬉しいです。

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