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7.イザコザ

リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。


カトルシア:カトル。

ログインしたリアを最初に見つけ、街に連れ帰る。

樹上の街ラシュラン出身。

リアを守ると決め、共に旅立った。


ルーシア:オレンジの髪、ルビーのような紅い瞳。

とあるカプセルを探して旅をしている。

男しか産まれない、風の街サンドラ出身。


クシィ:宿屋の看板娘。

鈴の音のような声の美しい女性。


お昼を少しまわった頃、あたし達は首都にたどり着いた。

崖からの道が整備されていた為、すんなり到着出来たのだ。

見上げてもまだはるか高くそびえる壁に、巨大な門があり、門の前には守衛が4人、長い槍を携え立っている。

「ここは俺に任せてよ~まさか登録しに来たなんて言えないしね」

ルーシアがウインクして派手なオレンジの髪をなびかせながら先頭を行く。

手にはハープ、口ずさむ歌はまるで子守唄のように優しい響きだ。

「止まれ」

守衛達が一斉に槍を突き出す。

あたしは息を飲んだ。

「どうも、旅をしている者です。ルーシアといいます」

「…用件は」

「温泉郷ユーファから来て疲れています、首都の宿で疲れを癒しに来ました」

「…そうか。後ろは」

「連れです。婚約しているので首都で祝福を受けさせてあげようと」

あたしとカトルは驚いて顔を見合わせ、真っ赤になってそっぽを向いた。

「…名前は?」

「カトル。こっちはリアです」

カトルは急にあたしを抱き寄せた。

恥ずかしがるあたしを横目に、カトルは微笑んだ。

「まだ…その、いろいろ済んでいなくて。あの、お勧めの式場等、あれば教えていただきたく…」

すると、右端にいた守衛が槍を立て、言った。

「ほお…シュレイティアス礼拝堂がいいぞ」

「シュレイティアス!とても高貴な場所だ」

ルーシアがそれに反応して、ぽろんとハープを鳴らして歌う。


シュレイティアス

シュレイティアス

美しき宮

荘厳たるしらべ

誓いを結びし者

そのしらべに永遠を望む

シュレイティアス

シュレイティアス


守衛が息をつくのがわかる。

それほどルーシアの声は澄んで美しかったのだ。

「良いものを聞いた。通れ」

ザッ。

同時に槍を上げ、守衛は道を開けた。

見ると巨大な門の中央辺りに、小さな門が設置されていて、ルーシアがそこを開けてくれている。

「ありがとうございます。さぁ、シュレイティアスを見に行きますか」

「ああ。では」

カトルが相槌を打ち、あたしの手を引いた。

あたしはぺこんと頭を下げ、首都に踏み入れたのだった。




「うわぁ…」

あたしはぱちぱちと目をしばたたき、カトルに手を引かれながらよそ見して歩いていた。

都会…って言ったらいいのか…ところ狭しと並んだ建物はラシュランでもなければユーファでもない独特なもので、美しい煉瓦作りの西欧風。

凝った彫刻が至る所に配置され、街はまるで巨大な美術館だった。

「すごい!綺麗!見てカトル、あれ天使?」

「ん…うん、そうだな」

「わ、わ!見て!ペガサスの彫刻だよ!」

「…り、リア」

遠慮がちにカトルが呼ぶ。

あたしは「なぁに」とハイテンションで応えた。

「後で観光するから、その…ちょっと静かに歩こう?」

「!」

あたしは自分が田舎者丸出しなのに気付いてカトルの隣に移動した。

わ、恥ずかしい…。

道行く人はたくさんいるのに、皆彫刻など気にも留めず歩いていく。

「ご、ごめんなさい…」

「ううん、いいんだけどさ…っと、あれ…?」

「どうしたの?」

「…ルーシアがいない」

「えっ」

あたしはキョロキョロと辺りを見回した。

成る程、あのオレンジ頭がどこにも見当たらない。

「うーん、どこ行った」

カトルが頭をかく。

右も左も人がごった返していて、探してみるも肝心のルーシアは見つからなかった。

「困ったな…待ち合わせ場所とか決めてないし」

「うーん、あ、ねぇカトル?さっきの…なんだっけ、守衛さんが言ってたでしょう?しゅれ…」

「シュレイティアス礼拝堂?」

「うん!そこに行かない?」

「え!や、だってさリア…俺達まだそんな…いや、でも…」

「?ルーシアもそこに来るといいんだけど」

「…え?」

「だから、ルーシア。一緒に聞いた場所だし、そこに行くかも!」

「…あ、そういうことか。そっか、そうだよなっ…あはは、あは…」

「…?」

カトルはそうと決まれば、とあたしの手を握り直し踵を返す。

「離すなよ、俺達まではぐれたら大変だしな」

「うん」

なんだかデートみたい。

そう思うと少し嬉しくなる。

そういえば礼拝堂はお勧めだって言ってたけど、もしかして式場なのかしら?

どきどきしてあたしは前を行くカトルの黒髪を眺めた。

「そういえばさ、リア」

カトルが少し振り返る。

「うん、なぁに?」

「ダグラス…さんの家、行きたいんだけど…」

「あ、そうだね!ルーシアを見つけて登録したら行ってみよう!」

「え、いや…リア、わかってるか?ダグラスさんは…」

「うん?」

「お前を、その…傷付けた奴だぞ?」

「うん」

「恐くない?」

「あ、そういうこと!…えっと、ほら」

あたしはポーチから村長さんの手紙を引っ張り出した。

「何だそれ?」

カトルは封のしてあるその手紙を受け取ると、裏返したりして名前を確かめ、目を見開いた。

「村長!いつの間に?」

「泊まった次の日の朝よ。魔物が来る前に話す時間があったの」

「俺と話した後か…」

カトルは納得がいったように頷いた。

そしてあたしに手紙を渡し、歩きながら聞いてきた。

「村長…何か言ってた?」

「ダグラスさんを頼むって。あたしならきっと心を開くからって」

「そう…恐くないのか?」

「…恐い気もする。でも…カトルがいるから」

そう言うと、カトルは前を向いたまま、あたしの手をぎゅっと握った。

「馬鹿。照れるだろ…」

「あはは、カトルったら。…でもホントだよ」

「うん…リア」

「はい」

「…えっと、その。お、俺、リアをま、まもる…から。…安心して」

ぎこちない言い方だった。

カトルの緊張が手から伝わって、あたしもどきどきしてしまう。

…カトルはユーファで一緒に強くなろうと言ってから、あたしを守るとあまり言わなくなったのだ。

あたしの気持ちを大事にしてくれているのがわかる。

「あたしも、カトルを守るからね」

「…っ。は、反則」

「えぇ」

「やばい、リア、ずっとこんな気持ちだったのか?うぅ、俺、すごいこと言ってたんだな」

きっとドキドキして胸がきゅんとするんだ。

ほほえましくて、愛おしくて、あたしはカトルの手を強く握った。

「カトルを守りたい。カトルが大事だよ」

囁くと、カトルの手がぎゅっと握り返してくる。

「ば、ば、馬鹿っ!からかってるだろ!」

「ふふ、本心です」

「うう…」


やがて広場に出た。

中央には女の人が二人並んだ彫刻があって、その手が支える瓶から水が吹き出している。

噴水だ。

その周りにはカップルや子供がたくさんいて、のどかな印象を受けた。

広場には木が植えられ、生活する人の憩いの場になっているようだ。

「異国って感じ」

あたしが言うと、カトルが笑った。

「はは、同じ国だけどな!ほら、向こうにあるのがシュレイティアス礼拝堂だよ」

「えっ」

広場の向こう、白っぽいい大きな太い柱がずんずん並んだ神殿が見える。

建物は横に広くて、中央と左右から丸い堂の頭が突き出していた。

「ルーシア、入口にいればいいな…行こう、リア」

広場を見渡していたカトルはルーシアがいないとわかると歩きだす。

素敵…。

本でみた神殿そのものが目の前にある。

あたしは見とれながらカトルの後ろを着いていった。

「…ん?…リア」

「わぷっ…いたた、急に止まって…どうしたの?」

黙って正面を指すカトル。

その指先を追ったあたしは、視界に入った光景にぽかんと口を開けた。

見えたのは人だかり。

しかも、殆どが女性の。

礼拝堂の入口に近い場所で、階段になっているその中心、集まった女性達より一段高い位置に「それ」はいた。

派手なオレンジ頭…。

「る、ルーシア…!」

どうやら彼はハープを弾きながら歌っているようだ。

「はぁ…すごいな」

カトルもぽかんとしている。

そして見る限り、女性の頬に手をそえたり、髪を撫でたりしながら顔を近付けて歌を紡いでいるようなのだ。

うっとり…ってこういうことを言うのかしら。

女性達を見ながら、あたしはそう思った。

黙って近くに行くと、ルーシアが気がついて笑う。

「リアちゃん!」

嬉しそうに名前を呼ばないでほしい…。

集まった女性が一斉に振り返り、心なしか恐い顔でこっちを見たのだ。

「…」

カトルが黙ってあたしの肩を抱き寄せる。

誤解されたくない雰囲気なのは明らかだ。

ルーシアは理解したのかしてないのか、短い挨拶を曲にのせ、足元に何か小さなケースを置く。

するとそのケースはあっという間にお金…いわゆる「おひねり」でいっぱいになった。

ルーシアはありがとうとそれをしまい、

「さ、行こうか!」

とカトルとあたしの背を押して礼拝堂に向かう。

「え、え、いいの?」

もちろん集まった女の子達のことを言ってるんだけど…ルーシアはにこにこしながらいいのいいのと言う。

ほ、ホントかなぁ…。



「よかったー、ここにいれば来ると思ったんだー」

上機嫌のルーシアは、磨かれて鏡のようになった廊下でやっと立ち止まった。

「うん、あたし達もだけど…ルーシアが歌ってたからびっくりしたよ」

「はは、一応詩人やってるからね~、買い出し分稼いでおかないとー」

さらりと言うと、ルーシアはカトルをまじまじ見ながら続けた。

「どう?カトルも練習して一緒にやらないー?いい線行くと思うんだけどー」

「えっ俺!?っていうか、お前、いつもこうやってお金稼いでるのか?」

「ん?そうだよー。魔物退治して賞金もらうこともあるけど、危ないしー?まして俺は一人旅だったからさ、いざって時近くに仲間がいないでしょー。それってホントに危険だと思うんだよねー」

あたしもカトルもそれには驚いた。

「す、すごいね…ルーシア」

それなら、この先旅の資金には困らないかも…。

うう、やましい。

首を振ると、ばつが悪そうなカトルと目が合う。

似たようなこと考えてたんだろう。


気を取り直し、あたしは礼拝堂に目を見張った。

うわぁ…。

美しい天使達の彫刻が見下ろす白い空間は中央の円い台が一番低くなっていて、そこから外に行く程高くなるすり鉢状の造りだった。

椅子が何列かに分かれて並べられ自由に座ることが出来るようになっていて、ここに式を見に来た人や礼拝しに来た人が座るんだろうと思いを馳せる。

「素敵…」

思わずため息が漏れる。

入口から中央に向かって赤い絨毯が延びているのは、きっとバージンロードになるのだろう。

もちろん人がいっぱい居てゆっくり見れる雰囲気じゃなかったけど、気持ちはとても満たされた。

外に出る頃には夢見心地で、あたしはうっとりしていた。

「…思ったより時間経っちゃったな~、カトル、リアちゃん、ユグドラっていう宿を取っておくから登録に行っておいで。間に合わなくなっちゃう。待ち合わせは宿でね~」

「あ…そっか、さんきゅルーシア!さっさと行ってくるな。リア、行こう」

「はい!」

あたしとカトルはルーシアと別れ、役所に向かった。

「もしかしたらさ、ルーシア、俺達に息抜きさせようとしてくれたのかもな」

「え?」

「…思ったより時間が経ったって言ってたろ?最初からあそこに行くつもりだったのかなと思ってさ」

「…うん、はぐれたのもわざとで、あたし達に気を使ってくれたのかな」

「馬鹿な奴…でも、綺麗だったな」

微笑むカトル。

あたしは頷いた。

ルーシアには感謝しないといけないな、と思う。

しばらく歩くと、カトルが「そうだ」と口を開いた。

「母さん達に手紙出しておこうか。実はユーファで用意しておいたんだ」

「あ、そうだね!…でもユーファって…。そんな早くに書いてたんだ」

カトルは郵便屋さんを見つけると、お金を払って手紙を渡した。

「何て書いたの?」

「これから登録です。また連絡します」

「ええ、それだけ?」

「な、なんか恥ずかしいだろ?」

あたしは笑ってしまった。

カトルは恥ずかしそうにうつむいた後、付け加えた。

「次は…冒険のこととか、ルーシアのこととか…もうちょっと書くよ」

「うん!」

そうこうしている内に、役所らしき場所が見えてきた。

カトルは何故か緊張した面持ちで、口を開く。

「リア、登録の時、何か嫌なことされたら言えよ?」

「え?嫌なこと…?」

「…うん、こんな言い方したくないけど…カプセルだから」

「…」

あたしは少し不安になった。

そっか…登録が簡単にいかないかもなんて考えてもいなかった。



役所は一際大きかったけど、余計な装飾は無く、煉瓦で出来たシンプルなものだった。

最初の窓口で「カプセルの登録場所」を聞くと、受け付けの小柄な女の人が訝しげな顔をする。

「カプセル…ですか?」

「は、はい」

「…お待ち下さい」




案内されたのは小さな部屋で、机を挟んで椅子が一つずつある以外は何も無く殺風景だった。

「…ここで登録ねぇ」

一緒に来たカトルが眉をひそめる。

「もう何年も新しいカプセルの登録は無かったはずだからね…」

話していると、大柄な男の人が入ってきた。

腰に剣を挿し、深いブルーで袖に白いラインが1本装飾された軍服を着ていた。

軍の人だ。

蛙のような顔をしたその人は黙って椅子に座り、どっちがカプセルか聞いてくる。

声までなんだか蛙を連想させるねちっこい感じで、少し気持ち悪い。

「あたしです」

答えると、座るよう促された。

そして、カトルに退室を命じる。

「悪いが登録は個人情報なんでな。出ていろ」

その態度は偉そうで、不快だった。

「…」

カトルは嫌な顔をし、返事もせず出ていく。

「さて」

カトルが出たのを確認すると、男の人は顎を摩りにやにやと笑った。

「まずはカプセルの印を見せろ」

…。

あたしは言われた通り服を引き下げ、胸元のマークを見せた。

男の人は舌なめずりをして、あたしに言った。

「よく見えんなぁ。その鎧を脱いで見せろ」

「え…」

ぞっとした。

だって…あんなに引き下げたのだ。見えないはずがない。

「いや…それは後だな。先にこの書類を書け」

ばさ。

「…」

あたしはいざとなったらカトルを呼ぼうと身構えながら、書類に必要事項を記入した。

名前や、ログインカプセルが落ちた場所、普段滞在するであろう場所…。

書き終わったのを確認した男はにやにやと気持ち悪い笑いを漏らし、立ち上がる。

「さぁ、服を脱いで見せろ」

でないと登録出来ないし、俺の一声でお前は処分されてしまうぞ。

男の囁きに困惑する。

どうしよう、このままじゃ…。

お尋ね者になってはいけないと頭ではわかってるけど…。

「連れを呼んで下さい」

あたしは精一杯冷静さを装って言った。

「なんだと?」

「連れがいるなら、鎧を脱ぎましょう」

「…お前、反抗するのか」

「そんな、滅相もありません。鎧を一人で脱げないのですが、あたしはカプセルです。貴方様に鎧を脱ぐ手伝いはさせられません」

「……」

男の人は眉を寄せる。

しかし、すぐに鼻で笑った。

「頭は回るようだな。しかし残念だったな。ここじゃカプセルを自由にしていいと決まりがある」

「…!」

いきなり掴み掛かってきたそいつを、あたしはとっさに身を捻りかわしていた。

稽古をつけてもらったせいか、自分でも驚く程自然に体が動く。

「この…!」

しかし一度腕を掴まれると一瞬で床に叩きつけられ、乱暴に鎧を掴まれる。

「か、カトル!!嫌!助けて!」

思わず叫ぶ。

「リア!」

ばあんと扉が開け放たれ、入ってきたのは2人だった。

一人はカトルだったけど…もう一人はすぐにはわからなかった。

細身で、歳もいっている男の人…。

「おっお前…」

あたしは、その人を見たことがあった。

何が何だかわからないながらも、あたしは必死に声を上げる。

「だ、ダグラス…さんっ!?」

「何をしている?軍人ともあろうものが」

ビシィッ!

あたしはダグラスさんの短い鞭が壁を打つ音に縮み上がった。

「だ、ダグラス…。お前、こ、こいつと知り合いなのか?」

何故か軍人の男はあたしを押さえつけた腕を放し、しどろもどろで立ち上がる。

「…」

あたしは無言のダグラスさんを横目に体を起こした。

「お、俺は何もしてないぞ…し、書類は預かった!か、帰れカプセルっ」

吐き捨て、蛙男はおたおたと出ていく。

後に残されたあたし達は、しばらく身動き一つしなかった。

…何故ダグラスさんがここにいるのかはわからない。

まるで物語の一部だと思い、あたしは首を振った。

ここは存在する世界だ。

物語上でRPGをしているのではない。

「……」

ダグラスさんはやがて何も言わないまま踵を返した。

あたしははっとして思わず呼びとめる。

「ま、待って下さい!ユーファで手紙を預かりました!」

「…何?」

慌ててポーチから手紙を出す。

大事に持っていたのに、さっきの一悶着で封筒はくしゃくしゃになっていた。

「…あの、ダグラスさん…ありがとうございました」

頭を下げ、手紙を差し出す。

ダグラスさんは黙って手紙を受け取ると、さっさと部屋を出ていってしまう。

残されたあたしとカトルはしばらく何も言うことが出来なかった…。



「俺が部屋を出てすぐ、ダグラスさんが来たんだ。俺を見つけると、一瞬立ち止まってからあの人は黙って隣に立った…」

急すぎて心の準備も出来なくて、声もかけられなかったとカトルは呟く。

あたしはその隣で聞きながら、考えていた。

ダグラスさんがいた理由がなんであれ、カトルの側にいたのはああなるのがわかっていたからだろう。

つまり、助けてくれたのだ。

…娘さんが襲われたのとあたしが陥るであろう状況がだぶったのかもしれない。

「…明日、訪ねてみようか」

カトルの呟きに、あたしは力いっぱい頷いた。

なんにせよ、ダグラスさんはまだカプセルを嫌いになりきれてない。

何か力になれるかもしれなかった。






宿に着く頃には、空は暗くなっていた。

ユグドラは小さいけど味のある素敵な宿で、所々を蔦が覆い隠し、窓からは柔らかい明かりが漏れている。

入口に掲げられたランプはぼんやりと緑に光っていて、あたしはすぐにぴんときた。

「あ、ルッピー!」

「お、よく覚えてたな」

カトルが笑う。

ランプの中では、綿毛のような生き物がゆらゆらと光を放っていた。

ラシュランで見た発光する生物だ。

「火事になる心配が無いから、ルッピーはいろんなところで飼われてるんだ」

言いながら、カトルは宿のドアを開けた。

からんからん。

ドアについているベルが鳴り、中から「いらっしゃいませ」と鈴の音みたいに明るい声がした。

いい匂いもするもんだから、あたしのお腹はきゅうと鳴く。

う、は、恥ずかしい。

思わずカトルを見ると、彼はにやにやしてあたしを見下ろしていた。

「…き、聞こえた?」

「ふふ、なーんにも?」

「嘘だぁ!聞こえたんでしょー」

そんなことを言いながら中に入る。

と、カトルが前を見て立ち止まった。

「いらっしゃいませお客様!お部屋はいくつご用意いたしますか?」

そこにいた女の人は、さっき聞いた鈴の音の声の持ち主だった。

腰まである銀の髪はまるでシルクみたいに滑らか。

サファイアみたいな蒼い瞳はぱっちりと大きく、長い睫毛がそれをさらに引き立てる。

背は少し高めで、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだという完璧なスタイルだ。

「…わ、綺麗…」

思わず呟いてしまった。

同性でも見とれてしまうくらいに綺麗なんだもん。

カトルは彼女を見たまま、釘付けだ。

あたしは少しだけ、胸がちくりとした。

「…お客様?」

にこりと微笑まれて、カトルがはっと我に返ったのがわかる。

「あ、ルーシアって人が先に来てると思うんですが…」

「あぁ、ルーシアの。こっちよ、どうぞ」

ルーシアと聞いて彼女は親しげに言うと、踵を返した。



案内の間も、カトルはぼんやりと女の人を見ていた。

うう、何だろうこのもやもやした気持ち…。

妬いてるっていうのはこういう気持ちなのかな?

そう考えて首を振る。

その気持ちが、とてもやましいものに思えた。

「ルーシア、来たわよ」

話し掛け、ドアを開ける女の人。

中ではルーシアが本を読んでいた。

「あ、お疲れ様二人ともー。ありがとうクシィ」

「いいえ、何かあったら呼んでね。お二人も、何でも言ってね」

ふんわりした笑顔。

笑いかけられたカトルは赤面して「はい」と応える。

ちくちくする…。

無意識に胸の辺りを押さえたあたしに、ルーシアが眉を寄せた。

「リアちゃん?どうかした?」

「あ、う、ううん…何でもないの」

「大丈夫?もしかして登録の時何かされた?」

「…それは…」

言いかけると、ルーシアは察したように表情を曇らせた。



ダグラスさんのことも兼ねて話終えると、ルーシアは腕組みして言った。

「カトル、首都にいる間はリアちゃんを一人にしない方がいいかもしれないね」

「…」

「カトル?」

「えっ?あぁ、うん」

…。

上の空のカトルに、また胸がちくちく。

考えてみたら、カトルは歳の近い女の人を知らない。

だからたまたまあたしがそこに来たというだけで、無条件に好きになったのかも…。

ちくん。

あれ、どうしよう。

苦しいな…。

「…リアちゃん、ちょっと」

「うん?」

「カトル、悪いんだけど留守番しててねー。買い忘れたものがあるんだ」

「あ、あぁ」

ルーシアはあたしの腕を掴み、部屋を出た。

少し強引なルーシアに、ちょっぴり感謝する。

カトルといたら、もやもやして呼吸困難になるんじゃないかと思ったから…。


ルーシアは外には行かず、食堂に入った。

そこで何故かケーキを頼むと、隅っこの席に座る。

「ルーシア?」

「はい、座って」

「は、はい」

そこにケーキと紅茶が運ばれてくる。

丸いケーキには、見たこともない星形の果物がちょこんと乗っていた。

「食べよー!」

「えぇ?」

「いいから。ほら、食べて」

「う、うん…ありがと」

頬張ると、それはとっても甘くて美味しかった。

ふわふわのスポンジ、ひんやりした生クリーム…。

食べているうちに、なんだか堪えられなくて、ぽとんと涙が落ちる。

「…ぅ」

ルーシアは優しい笑顔で、そんなあたしを見守っていた。

隅っこの席を選んだのは、こうなるのがわかっていたからだ…。

「ふ…ぅ…っく…おいひぃ…」

「でしょ?好きなだけ食べていいからね」

ルーシアはそう言って、ぽんぽんとあたしの頭を撫でる。



しばらく泣いていると、あたしの気持ちも落ち着いていった。

初めてのことで、どうしていいかわからなかったのだ。

「全く…リアちゃんにこんな顔させるなんてー。カトルにはお灸を据えてやらないとねー」

ルーシアには全てお見通しみたい。

「ううん…いいのルーシア。カトルは、きっと悪くないよ」

「リアちゃん…」

「あたししか、同年代のこを知らないみたいだし…だから仕方ないんじゃないかな」

笑ってみせると、彼は微笑んだ。

「リアちゃんはいいこだねー。たまには俺に甘えていいんだよ?」

「あは…ありがとうルーシア」

「よし、じゃあ戻ろうかー」

ルーシアの優しさが身に染みる。

こうやって気にかけてくれたのが、今はすごく有り難かった…。



「あ…」

ドアを開けようとしたルーシアが戸惑うのがわかる。

顔を上げると、調度「クシィ」と呼ばれていた女の人の声が部屋から聞こえた。

「あら、ルーシアとあの女の子は出掛けたの?食事は部屋に運ぶよう言われたんだけど」

「あ、そこに置いておいて下さい」

カトルが話している。

どきどきと心臓が鳴り、胸が締め付けられた。

「…私はクシィ。えぇと…」

「俺はカトルシアです」

「そう。カトルシア、いい名前ね」

「ありがとう…カトルでいいですよ」

「…カトル、ルーシアとは何処で?もう一人の女の子は貴方の彼女なのかしら?」

「え、…いや…違います。彼女は旅の連れで。ルーシアとは温泉郷ユーファで会いました。…クシィさん、聞きたいことがあるんです…付き合ってる人いますか?」

…え。

あたしは凍り付いた。

寒くもないのにがたがたと震えてきて、苦しくなる。

突然、ルーシアがけたたましくドアを開いた。

「カトル…!お前…何言ってるんだよ…リアちゃんに謝れよ」

ルーシアが怒っているのがわかった。

「る、ルーシア!…ち、違うよ、俺は…」

カトルが慌てる。

ルーシアの背中越しに、カトルと目が合った。

「あ…り、リア…」

「あ、あたし…っ」

駄目だ…堪えられない。

あたしは一目散に逃げ出してしまった。

空気が上手く吸えない。

まるで水の中みたい。

「お、おい!待って!リア!違うんだ…リア!」

「カトル、見損なった。リアちゃんは俺が追う」

「ち、ちがっ…ルーシアっ…リア!」





宿を飛び出してとにかく走ると、耳に残っていたカトルやルーシアの声が溶けて街の喧騒に紛れた。

あたしはざわざわとした音の中で、一人だけ孤立したような気持ちを感じていた。

ただ、動揺しているせいか涙は出ない。

気が付くと自分のいる場所がどこなのか全くわからなくなっていた。

「…」

通りは明るく、人がたくさん行き交っている。

バーやレストランが立ち並んだ場所で、あちこちから威勢のいい呼び込みが聞こえた。

あたしはそこを、切り離された気持ちで抜けていく…。

この世界に一人ぼっちなんじゃないかとさえ思った。

しかしその時間はそう長くなかった。

「リアちゃん!」

はっとして振り返る。

人込みを掻き分けながら、ルーシアが必死な顔で辺りを見回していたのだ。

「ルーシア…」

ルーシアはあたしを見つけると、ほっとしたように口元を緩めた。

「良かった…!」

懸命に探してくれたのか、息が荒い。

腕で額の汗を拭い、彼はあたしの隣まで来ると微笑んだ。

「そんな顔しないでリアちゃん…」

「…」

ルーシアはあたしの手を握り、細い路地に入った。

路地は薄暗く、喧騒が遠くなる。

「嫌だったら言っていいからね。こうするしか思い付かなくてさ…」

そして彼はそおっとあたしを抱き寄せた。

「驚いたはずだから、今は戸惑ってるんだよ」

それは、強く抱きしめる感じじゃなく、もっと優しいもので。

ぽんぽんと頭を撫でられると、急に悲しい気持ちが溢れてきた。

「う…うぅ…うわあぁん」

ルーシアの肩に顔を埋め、あたしは泣き出した。

悲しくて苦しくて、消えてしまいたかった。

「よしよし…俺がいるよ…。大丈夫だよ、リアちゃん」

ぐじゅぐじゅと鼻を鳴らし泣きじゃくるあたしを、ルーシアは優しく包んでいてくれる。

一人じゃないって伝えようとしてくれる。


やがて、彼は小さい声で言った。

「俺、大人げ無いなー。ごめんリアちゃん…。カトルは理由があるみたいだったよね。だから大丈夫、きっと裏切ったりしてないよ。一緒に聞きに行ける?」

「え?」

「ごめんね…。可愛いからつい俺が慰められたらいいなって思っちゃったよ」

困った顔で微笑むと、ルーシアは最後に少しだけ強くあたしを抱きしめる。

「でも…俺のことも頼ってね」

それがなんだかすごく温かかった。

「ありがと…ルーシア」

その時通りに誰かが立ったのが見えた。

通りの明かりに照らされたシルエットが、こっちに向かってくる。

「リア!」

「!」

その声は間違いなく、カトルのものだった。

こっちまでやってくると、走り回ったのか肩で息をしながらカトルはルーシアをキッと睨んだ。

「リアから離れろよルーシアっ」

「来るなりそれは手厳しいよーカトル」

「元々お前が勘違いしたんだろ!」

「きゃっ…」

ぐいと引っ張られ、あたしはカトルに抱き留められた。

どきどきと胸が鳴る。

「泣いてたのか?…何だよ、勝手に逃げたりして…。ちゃんと聞いて、リア…」

ぎゅう。

抱きしめられて見上げたあたしの目を真っ直ぐ見て、カトルは言った。

後ろでルーシアが笑ったのがわかる。

「だってさ、あんな言い方、許せなかったんだよー」

「う。それはっ…ごめん…俺も悪かったんだ。2人に話してからにしたら良かった」

「全く…カトルがそんないい奴じゃなかったら、俺…。いや、いっかー。ほら、帰ろー」

ルーシアが先に歩きだすと、カトルはあたしを見て小さな声で言った。

「あーぁ、ひどい顔。…リア、ごめんな。心配いらないから。俺、リアが…」

「ほらー、早く帰るよー。俺、お腹空いちゃったよ」

ルーシアに被され、最後は言わずにカトルは笑った。

「…行こうか!」


お読みくださってありがとうございます。


順次更新しますので、

お付き合いいただけたら幸いです。

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