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4.ルーシア

リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。


カトルシア:カトル。

ログインしたリアを最初に見つけ、街に連れ帰る。

リアを守ると決め、共に旅立った。


ルーシア:オレンジの髪、ルビーのような紅い瞳。

訳あって旅をしているようだ。


…次の日はひたすらに歩いた。


朝出発して昼を過ぎ、今は時間でいうと3時くらいかな。

あたし達は木々が好き勝手に生えていた道を抜け、木が疎らな草地に出ていた。

見晴らしが良くて魔物は少ないよ、とカトルは言ったけど、たまに遠くに黒い影を見た。

どうやらそれは大人しいタイプの魔物で、滅多に襲ってこないらしい。

でも、今あたしは別の敵と戦っている。

…足が棒になるって言うけど、本当だったんだ。

うう、自分の足のはずなのに、うまく動かない。

「大丈夫か?」

「うん…頑張る…」

「あはは、答えになってないぞ」

口数も段々減ってきたし、歩くってこんなに大変だったんだ…。

「少し休もうか」

「えっ…さっきも休んでくれたじゃない。だ、大丈夫だよ?」

「いいの。俺が疲れたの!」

カトルはそう言って近くの木の下に腰を下ろす。

「…」

あたしは素直にその隣に座った。

重い足を投げ出すと随分楽になる。

「水はまだあるか?」

「うん…」

「ちゃんと水分はとるんだぞ」

「わかった」

…こくん、と水を飲む。

水筒には途中の川で水を汲んだから、冷たい水がまだたくさん入っていた。

草地に出てからはしばらく川は無いとカトルが言ってたから、大事に飲まなくちゃね。

「見て」

カトルの声に振り向くと、彼は地図を指差している。

昨日の広場から北東…小さな小屋の印がついている。

「今日はここに向かってるんだ。ここは…まぁ行けばわかるか。もう少しだから、頑張って」

「うん」

返事も弱々しく、あたしは立ち上がった。

とにかく早く休みたい。

カトルは地図をしまい、歩き出す。

その足取りは心なしかゆっくりで、気を使ってくれてるのがわかる。

あたしは長距離を歩くことに早く慣れないと、と感じた。



やがて木の柵で囲まれた場所が見えてきた。

その場所の向こうは森になっているみたいだ。

「着いたらリアには嬉しい場所があるよ」

「…?」

返事をする元気が無いのを察してか、カトルはそのまま歩いていく。

何だろう…?

近付くと、どうやら小さな村のようだとわかった。

ただ、あちこちから湯気みたいなのが上がっているみたい。

門まで来ると、門の上に見張り台と鐘があって、そこにいた人が声をかけてきた。

「旅人かァ?」

「はい!樹上の街ラシュランから来ました」

「あぁラシュランからかァ。大変だったなァ!ほら、入れ!」

門番らしきその人は色黒のマッチョなおじさん。

村を守る自警団なのだろうか?

カラァン、カラァン!

マッチョなおじさんは豪快に鐘を鳴らして門を開けてくれる。

その瞬間、むっとした臭いを感じた。

「…この臭い…もしかして温泉?」

「そ!すぐ宿を取ろう。休みたいだろ?」

「う、うんっ!」

カトルいわく、正面に見える大きな建物が、村長さんの家謙宿屋らしい。

木で造られた暖かい雰囲気の建物は左右に広く、いくつも窓が列んでいる。

その建物を囲むように民家が建っていて、さらにその周りは簡素な牧場になっていた。

そこでは豚や鶏が放牧されていて、村の大切な資源なのだろうと思う。

そして、温泉…。

村のあちこちから湯気が立ち上っているのは、村に水路が張り巡らされてそこに温泉が流れているからだった。

「ここは温泉郷ユーファ。ここの人達は温泉と共に生きてきたんだ。ラシュランともいい付き合いをしてる村で、父さんも良くしてもらってる」

カトルは言いながら、宿屋の扉に手をかける。

「ようこそ!」

迎えてくれたのは優しそうなお爺さん。

長い若草色のローブに、蓄えた白い髭が印象的だ。

「村長さん、お久しぶりです。宿を取りたいんですけど…」

「…おぉ?…おぉ、カトルシアか?」

「はい!良かった、覚えていてくれたんですね」

「おぉ、もちろんじゃとも!エルシアとは若い時からの付き合いじゃしの…はて、お前は嫁をもらっていたかの?」

「えっ!いや、ち、違います!あー、彼女はリア。旅の連れで…」

「おぉ、旅の連れとな?…ふむ、なるほど。おぉ、立ち話もなんじゃから、まぁ取り敢えず入りなさい」

村長さんはにこやかに笑うとさぁさぁとあたし達を中に招き入れてくれた。



通されたのは村長さんの部屋のようだ。

広いけど質素で、使い込まれた家具と本棚いっぱいの本が目を引く。

「部屋は空いてるから焦らんでもいいじゃろ。おぉ、食事はまだか?用意しよう」

「ありがとうございます」

中央の丸テーブルに椅子は4つ。

あたしとカトルはそこに腰を降ろし、村長さんはここで働いているらしい女の人に食事の用意を申し付けてから座った。

「して…ユリさんは元気かな?」

「はい。母さんは元気です」

「そうか、良かった。おぉ、そうじゃ、リアさんと言うのかの?」

「…えっ…あ、はい、リアです、よろしくお願いします」

急に話を振られ、慌ててぺこりと頭を下げて答えると、村長さんの琥珀のような瞳がきらりと光った。

「ふむ、良い子じゃ」

「そうでしょう?」

カトルが笑う。

あたしは意味がわからず困惑した。

「君はカプセルじゃの」

「えっ」

思わずカトルを見ると、カトルは優しく笑って頷いた。

混乱しながら村長さんに視線を戻すと、村長さんは目を細める。

「…大丈夫、老いぼれは良い子がわかるもんなんじゃ」

な、なんでわかったんだろう?

あたしもカトルも、そのことは言ってないはずだ。

「知りたそうじゃの!おぉ、理由は簡単、わしはカプセルを見分けることが出来るのじゃ」

「えっ!」

「何故かはわからないんじゃが、わしはある条件下でカプセルを見ると、その一部が記号に見えるのじゃ」

「…記号?」

「正確には記号の集合体かの…何か意味のある羅列なのかはわしにはわからないんじゃが…」

あたしはそれを聞いて瞬時に魔物が『還る』のを想像していた。

魔物が還る時、その身体から解けた記号の集合体が空中に溶けていくのを見た…。

あたしの予想では、それは魔物の死によって破棄されるデータだ。

もしかして村長さんはこの世界を構成するデータを見ることが出来るのだろうか?

「…あの…あたしのどこが記号に見えているんでしょうか?教えていただけませんか!」

「おぉ、良いとも。ほら、そこじゃよ」

「!」

村長さんはあたしの頬を指差した。

そこには…ダグラスさんの鞭のあとが残っている。

あたしはさらに質問を重ねた。

「…もしかして、怪我をしているカプセルを見ると、そこが記号に見えるのですか?」

「おぉ、頭も良い子じゃの。その通りじゃ。わしは怪我をしているカプセルであれば見分けることが出来る」

…怪我をしているのは、その部分のデータが破損していると考えられないだろうか?

理由はわからないけど、その破損したデータ部分が、村長さんには見えるのだ。

「あの、それじゃ魔物も…」

「おぉ、そうじゃ。魔物も傷を負っていれば同じように見えるのぉ。他のものはそう見えたことはないがの」

「そう…ですか」

じゃあ、やっぱり。

この世界はデータなんかじゃないんだ!

あたしのいた現実世界と同じ、ちゃんと存在するどこか他の場所なのよ!

こんこん。

「失礼いたします」

そこに食事が運ばれてくる。

とても良い匂い。

この料理も、この匂いも、本物…!

あたしは嬉しくてにやにやしてしまった。

ここに生きる人達は本物なんだわ。

こんな素晴らしいこと無いよね!

「どうしたんだリア?にやにやして…」

「えへへ、嬉しくて!」

「…?そんなに腹減ってたのか?しょうがない奴だなぁ」

違うよと言おうとしたけど、言葉を飲んだ。

村長さんもいるし、まさかみんなデータだと思っていたなんて今言うことじゃないよね。

「おぉ、待たせてすまなかったの。さぁ、食べよう」



「♪、♪」

ふんふんと鼻歌を歌いながら、足を伸ばす。

「ふぁー、気持ちいいー」

今日泊まっているのはあたし達ともう一人だけで、その人は若い男性なのだそうだ。

つまり温泉の女湯は貸し切りだった。

露天風呂で浴槽は岩。

ざらざらした手触りもまた一興。

空には満天の星で、文句なしの景色だ。

「はぁー幸せー」

思わず独り言を連発してしまう。

…それにしても…。

まだ疑問はたくさん残っていた。

あたしの身体が送り込まれたデータなのは理解が出来るとして…魔物がデータなのは何故だろう?

リアルな感触はあたしの理解出来ない技術で再現されているんだろうと片付けたけど、魔物のことはわからなかった。

歴史からしても、魔物は随分昔からいたことになるはずだ…それこそ、RPGが開発される前から。

それから、これは余談だけど…あたしが食べた物はあたしの中でどうなってるんだろう…。

トイレだって行きたくなるし、あたしの身体の中で分解してるのは間違いなさそうだった。

…やっぱりこれも、あたしの理解出来ない技術でデータに書き換えられて、それっぽく排出…。

うぅ、考えない方が良さそうだ。

…そして、ここが存在する世界だとしたら、なぜあたし達カプセルが送り込まれたのか。

そりゃ、身体はデータでも構わないけど…ゲームだと偽ってまでそんなことしなくても。

旅行とかでいいじゃない。

そう考えると、2人の預言者からして怪しくなってくる。

カプセルが来るのを預言した人達…それは誰?

何故カプセルが来ると知っていたの?

「…一からやり直しな気がしてきちゃったな」

また独り言。

…と、くすくすと笑い声がした。

男湯との仕切りは巨大な岩。

その向こうからの声なわけだから…。

「…?カトル、いるの?」

声をかける。

すると…。

「俺、そんな名前じゃないよ。君の連れはどうやら向こうで身体を洗ってるみたいだね!」

「!」

あたしはびくりとした。

返ってきたのは別の男性の声だったからだ!

「すっ…すみませんっ」

もう一人の宿泊客だろうか。

まさか入ってるなんて思ってなかったから、恥ずかしくなる。

絶対独り言聞かれてたんだ!

「いいよ別にー!それよりさ、俺と入らない?」

「…は、はぁ?」

「一緒に入ろうよっ!折角の露天風呂だよ?一人じゃ勿体ないって!」

「な、何を…」

ひたっ。

「!」

あたしは驚いた。

な、なんか、登ってない!?

「ち、ちょっとっ…か、カトル~っっ!」

「いいじゃん!一緒に……って、うわぁぁっ!」

ばっしゃあん!

派手な水音が響き渡る。

「な、何してんだよお前!」

向こうでカトルの大声がした。

「うぇっ、げほげほ。いいだろー、俺は男より女の子と入りたいんだよ!」

「ばっ…馬鹿言うな!リアは駄目!絶対駄目だからなっ」

「リア?リアっていうんだ!可愛い名前だね、リアちゃん!俺ルーシアっていうんだー!」

「だっ…な、何勝手に呼んでんだよ!うわっ、だから登るなってば!」

「なんだよーうるさいぞカトル!お前だって女の子と入りたいだろ!」

「!?お前、俺まで勝手に…って、待てったら!」

ばっしゃばっしゃ。

………。

あたしはぽかんとしていた。

な、何かが起きている。

どうやら、カトルとルーシア?が、岩の向こうで争っているらしい。

……。

「あの…あたしもう出るから…」

「えっ!ま、待ってよリアちゃん!カトル、悪いなっ」

「っうぐ…う、うわぁっ」

ばしゃーん!

「今行くからねリアちゃーんっ」

え。

ええーっ!?

ひょいと岩山から派手なオレンジ頭が覗いたと思ったら、それはみるみる上半身までを突き出した。

「ルーシア、いっきまーす!」

「このっ待てえぇぇ!」

「げっ、か、カトル!?う、うわああああっ!」

ばっしゃあああぁーん!

…!

……!!

あたしは落ちてきた二人を正面から見据える形になった。

二人はお湯からざばんと顔を出し、あたしと目が合うと、呆然とした。

「な、な…なんでタオル巻いてるんだよリアちゃんーー!!」

弾かれたように立ち上がるオレンジ頭に、あたしはくるりと背を向ける。

男の人の裸を直視出来るはずがない。

「じっとしてたわけないでしょう!もう出ますっ」

あたしは不安になってバスタオルをとってきてぐるりと巻いていたのだ。

まったく…折角の露天風呂なのになぁ…。




「いてて…」

「もー、カトルもあたしの裸に期待してたんじゃないでしょうね?」

部屋に戻ったあたしを追うようにカトルが帰ってきた。

彼は腕を擦りむいていたので、座らせて薬を塗っているところだ。

「別に俺はっ…」

真っ赤になる彼に、あたしは笑った。

「あはは、そうだよね!カトルってばリアは駄目!とか言ってたもん」

薬を塗り終わり、片付けたあたしを見て、カトルが言う。

「う…だってさ!あいつリア見に行こうとしてるし!俺はやだったの!」

ふて腐れるカトルが、とても可愛い。

あたしは彼の濡れた髪にタオルをかけて、ごしごしと拭いた。

「うぷ…リア?」

「カトルがちゃんと止めに入ってくれたから、ご褒美です」

タオルごしに、ぽんぽんと撫でると、カトルは黙ってしまった。

「…カトル?」

「お、お前、かわいすぎ…」

さっきからずっと真っ赤になっている彼が愛おしい。

耳まで茹で蛸みたいだ。

恋って…こんな感じなのかな。

ふと思って、あたしは気付いた。

そ、そっか、あんまり考えないようにしてたけど、カトルはあたしの…彼ってことになるんだよね?

カトルを見ていると、カトルは急にあたしを見た。

「…俺、お前の胸元、見えた」

「…はい?」

…いきなりすぎて何だかわからなかった。

カトルは立ち上がると、がっとあたしの両肩を掴んだ。

「きゃ!」

「印…!カプセルの印!あいつも見たはずだ」

「うん、見たよ」

え!

あたし達は弾かれたように振り返る。

いつからいたのか、ドアを開け、ルーシアが微笑んでいた。


「お前…まだ何か用?」

カトルはあたしを背中にかばってルーシアに言った。

ルーシアはドアを閉め、そこに寄り掛かる。

「怒らないでよカトル。俺、謝りに来たんだからさ!」

「だから、勝手に呼ぶな」

「えー?いいじゃんか!不本意だけど、俺達裸の付き合いじゃない」

「や、やめろよ気持ち悪いなぁ」

カトルはため息をついて言った。

「なんなんだよ…」

ルーシアはカトルの警戒が解けたのを確認して、待ってましたとばかりにこっちに来て後ろ手に隠していた瓶を出した。

「ご飯、温泉、っときたらこれでしょ!お酒!」

「は、はぁ?」

「成人してるよね?俺は28だから大丈夫!ほら、コップも持ってきちゃったよ!」

と、年上…。

あたしは呆れてしまった。

でも、不思議と悪意は感じない。

彼は悪い人ではなさそうだ。

常識からは程遠いけどね…。



ルーシア。

全体的に長く、結べる程のオレンジの髪に燃えるような赤い瞳。

すらりと細長い手足とはっきりした顔立ちで、まるでモデルのような容姿。

彼は世界を旅する詩人だと名乗った。

「女の子はいつも俺にインスピレーションを与えてくれるんだー。だから俺、女の子って大好きなんだよー」

お酒を飲みながら彼は明るく笑う。

何だかすごい発言をしているのは笑ってスルーした。

ずいぶん出来上がっているようだしね。

彼の持ってきた果物のお酒は梅酒のような味で飲みやすい。

梅酒よりまろやかで口当たりが良く、あたしはすぐに気に入った。

「リアちゃん気に入ったー?はい、ついであげるねー」

「あ、ありがとう」

ついでもらってこくこくと飲むと、どんどん気持ち良くなった。

「んん、おいしい」

「ほらほらー、カトルも飲んだ飲んだ!」

「……」

カトルは黙ってコップを差し出し、つがれた分を一気に飲み干した。

「おいルーシア!さっきからリアにベタベタして。あんまりちょっかい出すなよな」

そしてまくし立てると、急にあたしを抱き寄せる。

「か、カトル?」

驚いて見上げると、カトルはさらに続けた。

「駄目だからなっ…リアは、俺のなんだからなっ」

その顔は赤らんで、心なしかまぶたが重そうだ。

「わかったわかった、だから、はい、そこに座って?はいもう一杯!」

ルーシアはカトルを引きはがし、お酒を勧める。

「ちょっと…カトル大丈夫?無理しない方が…」

「大丈夫っ」

カトルはそれをさらに一気に飲み干して、しばらくするとぱったりと寝てしまった。

「もうカトルったら…だから言ったのに」

タオルケットを取ってきてかけてあげる。

その時、驚くほど耳元でルーシアの声がした。

「ふふ、やっと二人きりだね」

「っ!」

振り返ると、間近に顔を寄せたルーシアと目が合う。

び、びっくりした…。

「お、脅かさないでルーシア」

「ふふ」

距離をとろうとすると、彼はあたしの手を掴んだ。

「待ってリアちゃん。話があるんだ」

「え?」


ルーシアは躊躇った後、口を開いた。

「…リアちゃんはカプセルなんだよね?運命に抗うカプセル達を知らない?」

「…え?」

「俺、そこに…その、会いたい人がいるんだよね。手掛かりは掴んだけど、接触する術がないんだ」

「…」

「…もし知ってたら、紹介とか出来ない?…俺、なんでもするからさ!」

酔っているように見えたのは演技だったのかと思うほど、ルーシアの表情は真面目。

あたしは空いている椅子に座って、ルーシアも座るよう促した。

「カトルが起きてたらまずいの?」

「いや…俺、女の子大好きだからさ?本当に会いたい人はいるんだけど…でもやっぱりこうやって…」

「っ!きゃあ!」

いきなり肩を抱かれる。

「…女の子をぎゅってするのはやめたくないんだよねー、カトルが起きてたらリアちゃん触れないでしょ?」

ルーシアはするりと離れ笑った。

会いたい人がいるのに女の子が好きとか…それってどうなの?

「あ、その顔傷つくなぁ。会いたい人がいるのに他の女の子にべたべたすんな!って顔だよー」

綺麗な指があたしの頬を突く。

でもあたしは反応に困った。

「だって…女として言わせてもらうと、あたしはそういうの…」

すっ…。

「!」

「…お願い。それ以上は言わないでよ」

ルーシアはあたしの唇に人差し指をそっと宛て、顔を寄せて囁いた。

急にぐっと色気を感じて、ドキッとする。

「わかってる。でもやっぱり女の子は可愛いんだ。女の子がいるから、俺は詩が紡げるんだよ」

あたしには、何故かそれが本気だと思えた。

しかも、女垂らしとかそういうものじゃなくて…もっと違う感じ。

何か理由があって、全ての女性を愛でているような…そんな感じだ。

「で、リアちゃん!話は戻るけど、もしかして運命に抗うカプセル達を知ってる?」

ぱったりと元の雰囲気に戻ったルーシアはにこにこと言う。

あたしは考えたけど、事情を少しだけ話すことにした。


「へぇ…お兄さんを。そっか、リアちゃんも運命に抗うカプセル達を探してたんだね」

ルーシアはいたわるように言った。

その手がそっと延ばされて、あたしの頭をよしよしと撫でる。

とても優しい感じ。

あたしは返事もせずにその手の温もりをぼんやり感じていた。

「…リアちゃん?」

「えっ?あ、ごめんルーシア、ぼーっとしちゃった」

「ふふ、可愛いね、リアちゃんはー」

「!」

こういうこと面と向かってさらっと言うんだもんね…。

ルーシアが特別なことをしなくても、周りにはいっぱい女の子が集まっていたんじゃなかろうか。

「あれ、照れてる?」

にこにこするルーシア。

あたしは首を振った。

「ううん…歓心してた」

「え?」

「ルーシアはもてるでしょう?」

聞くと、彼は目を丸くした。

「えっ…そう見えるの?」

見えるもなにも…。

あたしは眉を寄せていたに違いない。

ルーシアは困った顔をすると言った。

「いや…ごめんね。なんかこうするのがいいと…俺、うーん…ねぇ!」

「えっ?な、何?」

今度は何、と身構えると、ルーシアは立ち上がり窓を指差した。

「散歩行こう」


突然すぎるけど、ルーシアが何か言いたそうだったから、あたしは一緒に行くことにした。

カトルには悪いけどそのまま寝ていてもらうことに。

今何時くらいだろう…外に人は見当たらないが、あちこちの家から明かりが漏れている。

あたし達は民家から少し離れた場所に置かれていた木材に座った。

すると、ルーシアが何かを取り出す。

…どこに持っていたのか、それは小さな竪琴のようだ。

…ポロン。

ルーシアの指が優しく弦を弾く。

とても綺麗な音。

彼はあたしを見て微笑むと、滑らかに指を踊らせる。


遥か祖国 我が命の還る場所

ア・レ サンドラ 王の住まいよ

空は高く 緑は深く

花は香り 心は踊る

ア・レ サンドラ 風の都よ


うわぁ…。

あたしはルーシアを見つめた。

綺麗な声で紡ぐ詩は自分の祖国を詩っているようだ。

ルーシアは見つめるあたしに気が付くと、曲調を変える。

あれ…この曲…。

「ねこふんじゃった…?」

「ふふ。さぁ、リア?」

「ええ?」

「ねこふんじゃった!ねこふんじゃった~」

ルーシアは楽しそうに歌いだす。

さっきまであんなに綺麗だったのに。

それにねこふんじゃったなんて、なんだか可笑しくなる。

「あはは、ルーシアってば、どうしてねこふんじゃったなの?」

「ねこ…あ、リアも歌うんだよー?ほらほら」

「えっあたしも?わ、わ…ねこふんじゃった、ねこ…」

あれ。

歌いかけてとまる。

「ねこふんじゃった…って、この世界でも有名なの…?」

あたしが疑問を口にすると、ルーシアは竪琴を弾くのを辞めて微笑む。

「よく気が付いたね。言ったでしょー?大事な人が運命に抗うカプセル達といるんだって」

「あ、あぁ、そっか!じゃあ、その人はカプセル…」

そっか、そうだよね!

今まで気付かない方がおかしい。

ルーシアの大事な人はカプセルなんだ!

「…そ。この歌も教えてもらったんだよ。ねぇリアちゃん、聞いてくれるかな?

答えを待たずに、ルーシアはぽろんと竪琴を弾いた。



風の街サンドラ。

風に愛されたサンドラは、男しか産まれない街でした。

そのため隣街や周辺地域から年に2度女性を招き、街の男と結婚させて子孫を残していたのです。

男達は自分の子孫を残すため、女性をとても愛しました。

街には普段女性はいません。

結婚した者は街を出て、女性と暮らす掟でした。

そして産まれた男の子は小さい内にサンドラに預けられるのです。

なので、男達は女性をとても大切にすることを教えられ、実践するのです。


ぽろん。


どこか悲しげな曲調で、ルーシアは語る。

あたしは聞きながら、ルーシアが女の子を好きと言っていたのを思った。

ルーシアが女の子を大切にするのは、街に女の子がいないからなのだ。

「そんな時、近くにカプセルが降ってきたんだ」

…想像を巡らせる。

「中は女の子。可愛いそのこはまだ小さくて…俺達サンドラの人は大切に扱った。数年の間、彼女はサンドラにいたんだ」

飛来したログインカプセル。

中は女の子…。

きっとルーシアがそうするように、街をあげて女の子に優しくしたのだろう。

「…でもカプセルの悪い噂が世界中に溢れ、彼女がいるという理由だけで、近隣の街から拒否されて女性を招けなくなってしまった」

それは悲劇に違いない。

男しか産まれないサンドラにカプセルが一人いるだけで、それは滅亡の原因になりかねなかったのだろう。

「だから彼女は結婚を望んだ。そうすればサンドラを出て暮らせるから…」

それを聞いて、なんだかちょっと素敵に思う。

うん、それならサンドラに迷惑をかけず、幸せになる方法だよね。

「そんな矢先に…男のカプセルがサンドラにやってきた。彼女とそのカプセルは一晩中何かを話して…次の日、居なくなったんだ。結婚したいって言ってたのに…誰にも理由を言わないまま…」

ふぅ、とため息をつくルーシア。

その彼女は、ルーシアと結婚の約束をしていたんだろうか?

「…彼女を探してもう3年…やっと手掛かりを見つけたのに」

え、3年…?

それって…RPGが法で禁止された時…?

「ルーシア、その人…ログアウトしたりしてた?」

聞くと、ルーシアは訝しげな顔をした。

「ろぐ…何?」

あ、そっか…この言葉は通じないんだ。

「えっと…そうだな…降ってきたカプセルに入って、消えたりしていた?」

「あぁ、うん…そうだね、一日に一回は必ずそうしてたかな?あれで栄養補給してるって彼女は言ってたけど」

「そう…」

もしかして、そのカプセルは現実世界に帰ったんじゃないだろうか。

一晩中話していたのは、RPGが禁止されるっていう話で…。

だとしたら、もうこの世界には…。

「…どうかした?」

「あ、ううん!…見つかるといいね」

本心だった。

そのカプセルが残っていて、出会えたらいいと思う。

…たとえ現実世界で体が朽ちようとも。

「ありがとリアちゃん!っと、そっか、こういうの駄目なのかな」

両手を拡げたルーシアは、ばつの悪い顔をしてそれを引っ込めた。

抱き着くつもりだったのかな。

「ふふ、ルーシアの街はそうやって教えるんだよね」

「…ねぇ、リアちゃん」

「うん?」

「俺、カプセルが悪いなんて思わない。酷いことをしたカプセルがいたのは確かみたいだけど、だからって全てのカプセルを魔物みたいに扱うなんて俺は嫌だよ」

「…ルーシア…」

「その頬、鞭の傷だよね。俺、そういうの分かるんだ」

「あ…これは…」

「あー、いいよ、聞きたいんじゃないんだー。俺は、そういう風にしないよって言いたかっただけだよー」

彼は長めの髪をふわりとなびかせ微笑む。

「うん…ありがとう」

「そろそろ戻ろうか。カトルには明日改めて話しようかな。リアちゃん隠すの嫌でしょー?」

「うん、そうだね」

「わかった、じゃあ明日改めて。さぁ、戻ろう」



あたしを部屋まで送り、ルーシアはおやすみと優しくささやいた。

…む、無駄に色気があるから困る。

あたしはおやすみと応えてドアを閉め、はぁと息をつく。

なんなんだろう、男の人だけの街で育つとフェロモンがいっぱい出るのかなぁ。

もう一度息をついて顔をあげてみると、カトルは散歩に出た時と同じ体勢でテーブルにつっぷしていた。

「カトル、ねぇ、ちゃんとベッドで寝なさい?ほら」

さらさらの黒髪はもう乾いていて、あたしはそのすべすべした感触に微笑んだ。

「んん…うぅん…リア…?」

「うん。…大丈夫?水飲む?」

「ん…大丈夫…ちょっとトイレ…」

怠そうに目を開けて、カトルはふらふらとトイレに向かう。

一応水を用意しておくと、戻ってきたカトルはそれを飲み干した。

「うー、すっきりした…。ごめん、俺眠っちゃったんだよな」

どうやらお酒が抜けるのは早いほうらしい。

「大丈夫だよ。ほら、ベッドで寝てね?」

部屋の隅にはベッドが2つ並んでいる。

カトルは大人しくベッドに横になった。

「…ルーシアは?」

「戻ったよ。明日、もう一度話がしたいって」

「そか…リア」

カトルはあたしに手招きをする。

「ん、なぁに?…っ」

ぎゅ。

カトルはいきなり手を握り、横になったままあたしを見つめた。

心臓がきゅんとなって、あたしはしどろもどろになる。

「あ、あ…あのっ」

「…リア…俺、リアのこと…」

「え?う、あ、うんっなぁに?」

どきどきどき。

頬が熱くなって、苦しいくらいに息が詰まる。

カトルは熱っぽくあたしを見つめたまま、あたしの手を引いて顔を寄せ、目を閉じようとする。

「リア……」

え…えっ、こ、これって?

あたしはカトルの行動に戸惑いながらも、ぎゅっと目を閉じた。


…すぅ…すぅ。


「え、カトル…?」

規則正しい吐息が聞こえて目を開ける。

カトルはすやすやと寝ていて、呼び掛けてもまったく起きる気配がなかった。

もしかして、まだお酒抜けてなかったんだろうか…。

早いと思ったんだけど、実際は抜けたように見えただけだったのかも…。

「もう…まぎらわしいんだから…」

あたしはカトルの腕をそっと降ろしてタオルケットをかけ、ランプを消して隣のベッドに横になった。

「…おやすみ、カトル」


お読みくださってありがとうございます。


順次更新しますので、

お付き合いいただけたら幸いです。

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