3.タビダチ
リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。
カトルシア:カトル。
ログインしたリアを最初に見つけ、街に連れ帰る。
リアを守ると決め、共に旅立った。
「今日はそんなに長く歩かないから。まずはここ、この広場まで行くんだ」
カトルは歩きながら地図を指した。
覗き込んで確認したけど、どれくらいの距離なのかさっぱり。
眉を寄せているとカトルが言った。
「夕方には着く距離だよ、明るい内にテント張ろう。手順も覚えないとだしな」
さすがカトル。
あたしが考えてることがわかったような的確な言葉だった。
「了解しました」
敬礼しながら応えると、なんだそれ?と笑われる。
「敬礼だよ、警察がするでしょう?」
「ケイサツ?」
「…あ、そうか…こっちにはいないんだねぇ」
そうだ、あたしのいた世界とここは違うんだ。
警察の説明をしながら、あたしはそう思った。
「自警団みたいな人達みたいだな。ケイレイかぁ、面白いな」
カトルは敬礼して「了解しましたっ」と笑う。
つられて笑うと、カトルはもっと笑った。
…しかし次の瞬間、彼の顔が凍りついた。
「リア!」
「え…きゃあっ」
ブゥン。
耳元で唸る風。
カトルに突き飛ばされて尻餅をつく。
「リア!立って!」
「え、え…っ」
顔を上げると黒い影が視界に飛び込んできた。
それはどう見ても巨大な蜂で、灰色と黒で彩られた腹から鋭い針が突き出ている。
あたしの頭2つ分程の大きさだろうか。
「は、蜂っ…虫っ…ま、魔物っ?」
「落ち着いて。こいつはそんなに速くないからちゃんと見れば大丈夫だ」
あたし達を黒光りする眼に映して様子を伺う蜂を見据えたまま、カトルが助け起こしてくれる。
「リア、戦えるか?」
「う、うんっ」
カトルは頷くと弓を構えて矢をつがえる。
あたしはゆっくり剣を抜いた。
カチカチカチカチ。
蜂が威嚇する音を発して少し飛び上がった。
「来るぞ!」
ブゥン。
飛んできた蜂をかわしてすぐ向き直る。
「大丈夫か?」
「うん、これなら」
不謹慎かもしれないけど、しいて言うならドッヂボールの球を避けるのと同じ感じ…だろうか。
当たったらいけない緊張感も似ている気がした。
「次に避けたら、打つから」
カトルがキリリと弦を引く。
蜂はまた一瞬だけ飛び上がり、あたし達に向かって突っ込んできた。
それを避けた瞬間、カトルが身を捻り、引き絞った弓から矢を放つ。
…ずばぁん!
矢は見事に蜂を射抜いて離れた木に突き刺さった。
「…」
す、すごい…。
カトルが戦うのを見るのは初めてだった。
あたしは目を見開いてぽかんとしていたに違いない。
「ふう。ん…どうした?」
カトルが弓を背負い直して言った。
あたしははっとして歓声を上げる。
「すごいカトル!」
「えぇ?」
「動いてるのに当てたよ!すごい、すごいよ!」
何だか興奮してしまう。
まくし立てると、カトルは赤くなった。
「や、やめろよっ、あれくらい出来て普通だし…恥ずかしいだろ!」
彼はぷいとあたしから離れ、蜂の方に歩いていく。
「だ、大丈夫なの?」
「もう死んでるよ。…矢は折れなきゃまだ使えるし…余裕がある時は拾うんだ」
「へぇ…」
恐る恐る近付くと、確かに蜂はぴくりともしなかった。
カトルが矢を抜くと、蜂はぽとりと地面に落ちる。
「…大きいね」
「え?蜂なんてこんなもんだろ?」
「あ、そう…なんだ」
うぅ。
ってことは、虫は全部大きいんだろうか?
もしかして蜘蛛や黒いアイツも…。
ごくりと息を呑む。
もし、もしもよ。
もしも、そんなのが出て来たら…!
「リア?」
「きゃあっ!無理!無理よ!嫌っ!」
「うわ、な、何だよ!どうした?」
「はっ……あ、ごめん…ちょっと白昼夢を…」
「変な奴だなぁ。あ、リア、見て」
彼の指が示す方を見る。
そこにはさっきの蜂。
だけど…。
「え…何これ」
蜂の身体がするすると解けていく。
林檎の皮を剥くように、表面がするすると。
でも、なぜか中身は空っぽだ。
そして解けた紐は先の方からさらに分解されて空気に溶けていくのである。
よく目を凝らして見ると、それが何かの記号のようになって消えていくのに気付いた。
「えぇ、カトル、これ何?」
カトルはじっとそれを見ながら言った。
「魔物は死ぬとこうやって溶けて消える。俺達はこれを『還る』って呼ぶんだ」
「かえる…」
「…よし、行こうか」
「あ、はい」
還るのを見送り、歩き出したカトルを追いながら、あたしは考えを廻らせた。
あの記号は…データみたいだった気がする。
それじゃああれって、データが壊れて消却されてるのかしら?
考えて、ふと気が付く。
カプセルが死ぬとどうなるのか…考えたこともなかったと。
そもそもあたし達はこの世界で「死ぬ」ことがあるのだろうか?
「ねぇカトル、カプセルは死ぬとどうなるの?」
「え?あぁ、リアは知らないんだ。…死ぬと魔物と同じ様に溶けて消えるんだ。でもまた別の場所に、同じカプセルが落ちてくるんだって。そのカプセルは何も覚えてないんだ」
「…記憶が無いの?」
「うん」
同じ人が落ちてくるなら、そのカプセルは同一人物に違いない。
でも記憶が無いって…どういうこと?
記憶はあってもロールプレイしているんだろうか…。
RPGを調べていた時、死ぬことの記事は見つからなかったはずだ。
そう考えるとやっぱりロールプレイをしていると考えるのが普通な気がするけど…。
そんなことをするメリットがあるのかしら?
…いや、待って。
ゲームオーバーに関する記載を見た気がする。
つまり、死ぬことよね?
【ゲームオーバーになると、それまでのデータは削除され、新たなデータが必要になります。
ゲームオーバーになった場合、自動的に新たなデータが作成され、ゲームがスタートされます】
そう、そうだ。
じゃあカプセルは死んだらデータを失って、すぐに記憶が無くなった状態でこの世界の別の場所に落ちてくるわけだ。
でもそう考えると。
現実には、RPGをしてゲームオーバーになったっていう記憶は残るはずだよね。
なのに、記憶が無い状態でまたスタートする。
そんなの、有り得るだろうか?
だってそれは…記憶を操作してるとしか考えられなくない?
あたしはぶんぶんと首を振った。
まさか、現実の記憶に干渉するなんてこと、無いよね?
自分の記憶がデータの様に操作出来るなんて、そんなの考えられない。
「うぅ、混乱してきた」
呟くと、カトルが振り返る。
「どうした?」
「なんだか難しいこと考えちゃって」
「難しいこと?」
「うん…記憶が無くなるだなんて、記憶を操作出来るのかなって」
カトルは眉を寄せてうーんと唸る。
「記憶を?俺は出来ないと思うけど…。…そもそも、死んだカプセルがどこかで生き返る方が俺は疑問だなぁ。でもそれはカプセルだから出来るんだよな…」
「…!」
あたしはカトルの言ったことに言葉を返せなかった。
これは、ゲームだから…そう思って、生き返ることを疑問にも思わなかったのだ。
無意識に死んでもやり直しが出来るって考えていたと思うとぞっとする。
「ね、ねぇ。カトル達はどうなの?やっぱり還るの?」
何か言わなくちゃと思ったあたしは、自分の質問に情けなくなった。
死ぬとどうなるか聞くなんて…失礼すぎる。
「ごめんなさい…なんてこと聞いてるんだろうねっ。気にしないで」
ぱたぱた手を振ると、カトルは少し微笑んだ。
「いいよ、リアはきっと…もっとこの世界を知らなくちゃいけないはずだしさ。だからどんどん聞いていいからな!」
カトルの言う通り、夕方になって広場についた。
歩いてきたのは木々が思い思いに根をはった道だったのに、そこは切り取ったようにぽっかりと木々が無い。
広場の周りはぐるりと背の高い柵で囲まれ、出入り口は2つ。
中央には見張り台が組んであって、見張りをたてれるようだ。
「ここは昔、まだカプセルが来て間もない時期に出来た広場なんだ。旅をしながらカプセル達はこういう場所でテントを張って、魔物を退治しながら次の街に向かったんだって」
カトルは目をキラキラさせて言った。
彼の中で、カプセルは英雄なのだ。
まだ何も解決していないけど、いつか…魔物の長を倒して世界を救えたらいいな…。
彼の笑顔を見つめながら、あたしはそう思った。
そのためにはまず首都での登録と、運命に抗うカプセル達の手掛かりを見つけないとね。
「じゃあテント張ろうか!」
…慣れないテント張りにかなり手間取って、へとへとなあたし達。
空にはいつの間にか満天の星が輝いている。
幸い寒さはほとんどなくて、外に居ても気持ちが良い。
テントは小さくて二人入るといっぱいになってしまうくらいのサイズ。
その分持ち運びするのには軽くて楽だった。
かなりコンパクトにまとまるし、旅するのには必需品だろう。
…この広場にも、こんなテントがいくつも張られた時があったのかな…。
「リア、上行ってみないか?」
不意にカトルに呼ばれる。
振り返ると、見張り台の梯子に足をかけるカトルが見えた。
見上げるとだいぶ高い。
…大丈夫かなぁ。
心配を他所にカトルはすいすい上がっていく。
あたしが梯子の下まで来ると、調度上り切ったカトルがひょいと頭を出した。
「いいぞ、上がってこいよー」
「うんー」
…梯子なんて登ったこと無いなぁ。
落ちないかな…。
そうだ、こういう時は下を見ないように、見ないように…。
そんなことを考えているうちに上に着いて、カトルが引き上げてくれた。
「あはは、リアすげー顔してた!高いとこ苦手なの?頑張ったな!」
「やだ、そんな変な顔してた?」
言いながら、あたし達は並んで座る。
「…わぁ…」
見えたのは木々の遥か向こう側。
見渡していると、遠くに小さく見える樹に明かりが燈っているのに気付いた。
「あ、あれって」
「うん、ラシュランだ」
「…あんなとこから歩いてきたんだね」
「そうだな…。なぁリア」
「なぁに?」
振り向いたあたしは、息を飲んだ。
カトルが微笑んでこっちを見ていたのだ。
並んで座ってるんだからもちろん至近距離。
「一緒に来れて良かった…リアのためなら、俺何でもするからな」
あたしは急にドキドキしてすぐ目を逸らしてしまった。
「や、やだ…カトルってば。改まってどうしたの?」
「…言っておきたかったんだ」
「え?」
「父さんも母さんも…本当は俺を送り出すつもりだったんだ。なのに俺は…何も言わないで出てくつもりで。リアがダグラスさんと出ていくのを見つけたのはその時だったんだよ。それでみんなを呼びにいって…戻ってきたらあんなことに」
カトルは痛みの引いたあたしの頬に手を延ばした。
「ごめん。俺は、預言のためにリアを守るつもりだったから…。でも、今は違うよ」
優しく頬を撫でるカトルはあたしから視線を逸らさない。
どうしよう…心臓が破裂しちゃいそう。
「か、カトル…あの…」
「ん?」
「ち、ちか…近い…」
「…え………あっ!」
カトルはあたしから手を離して、あたふたと距離をとった。
「ごめ…い、嫌だった?触るとか…い、いきなりすぎたよな!ごめん!」
「え?あ…ううんっ…違うのっ…その、ドキドキしちゃって」
カトルはそれを聞くと目を見開いた。
「…嫌じゃなかった?」
「う、うん…嫌じゃないけど…って、きゃぁっ」
まだ言い終わらないうちに、彼はいきなりあたしを引き寄せてぎゅうと抱きしめた!
「良かった。あんなことあったから…離れてたら心配でさ。…少しだけこうしてていいか?」
腕の中、あたしはこっくり頷く。
本当はひどく緊張してガチガチで、声が出なかったのだけど。
じっとしていると、ふとカトルの胸から、どきんどきんと心臓の鼓動を感じた。
「カトル…ドキドキしてる」
「ぅえっ!?ば、馬鹿…そういうこと言うのやめろよ」
「えぇ?」
「俺だって…緊張してんだからなっ」
じゃあなんでこんな恋人みたいなことするんだろうと思う。
それがひどく可笑しくてあたしは笑ってしまった。
「あ、わ、笑うなよ!だってリア、なんかふらっといなくなりそうで…」
「でも、だって…ふふふ」
「う…」
カトルはあたしの肩を掴んでぐいと離した。
いきなりだったから、真っ直ぐあたしを見るカトルとばっちり目が合う。
…瞬間、カトルは言い放った。
「俺っ…リアが好きだからっ」
…。
……え。
「…ええっ!?」
「お前、なんか変な奴だし…馬鹿なとこあるしっ…でも、好きなんだっ」
「な…」
「だからっ…えーと…あの…」
変だとか馬鹿とか言いつつ、カトルは目を臥せる。
「…そばで…こうやって…触れてたいんだよ…」
「……」
「……」
お互い沈黙して…辺りがしんと静まり返る。
どきどきと心臓が鼓動して、身体が熱くなった。
きっと真っ赤になっているに違いない。
…もちろんあたしは、カトルが大事と思ってる。
突然プロポーズみたいなことも言われたし、戸惑ったりもしたけど…カトルが大切だ。
だから、好きと言われて嬉しくないことはなかったし…あたしも好き。
でも、なんていうか…もっと知りたいと思った。
…どれくらいそうしてたのか、カトルは居心地悪そうに身じろいだ。
「カトル」
「は、はい…」
「…ゆっくりでいいよね」
「…?」
「あの、あたしも好きだよ?…だから、ゆっくり進みたいっていうか…もっとカトルのこと知りたいし…でも急がなくてもいいっていうか、だから、ええ?」
ちょっと待ってね、と両手でこめかみを押さえる。
な、何て伝えたらいいのかな?
「…ぷっ…あはは、なんでリアが混乱するんだよ?」
カトルは吹き出して笑った。
「あは…な、何でかな?」
「さんきゅ。ごめん、なんか俺、焦っちゃって…いきなりすぎたよな」
カトルはそれだけ言って優しく微笑むと立ち上がった。
「先に降りてるよ。飯用意しとくから!」
…残されたあたしは、ひたすら深呼吸した。
ホントにいきなりすぎる。
…でも…なんか嬉しいな。
あたしもいつかユリさんみたいに子供を生んで、ラシュランで…。
「って、やだっ何考えてるのかなっ」
頬を被って一人で照れていると、カトルの声がした。
「リア、お前一人で降りてこれるかー?」
「うう、ごめんねカトル」
「いいからちゃんと捕まっておいてくれよ?」
頑張ろうとしたけど、あたしはどうしても梯子から動けなくなってしまった。
だって、た、高い…。
こんなとこに垂直に梯子かけるなんて絶対どうかしてるよ!
カトルにしがみつきながらちらりと下を見てゾッとする。
「うぐ…も、もう少しだから、そんなに…く、苦しいリア、大丈夫だから」
「あ…ごめんなさい」
恐怖でカトルの首に回した腕を絞めてしまったようだ。
…地面に着いたけど、あたしは座り込んでしまった。
膝ががくがくしてうまく立てないのだ。
「大丈夫?ごめんな、俺が上行こうなんて言ったから」
「ううんっ!綺麗だったから!そ、それに降りれると思ってたんだよね…」
カトルはそれを聞いて笑った。
「あはは、馬鹿な奴!じゃあ飯にしよう。それで元気出せよ?」
小さなテントに並んで横になって…疲れていたのかカトルはすぐに寝息をたて始めた。
あたしはカトルの告白を思い出してはドキドキしてしまって、何度も寝返りをうつ。
うう、駄目だ。
そっと身体を起こして、カトルを伺う。
規則正しい息遣い。
寝てる…よね。
そう思って、そろそろと手を延ばし、彼の前髪を撫でた時だった。
「…何?」
「ひゃぁっ!」
カトルがぱちりと目を開け、あたしを見たのだ!
「や、やだっ起きてたの?」
「いや、なんかお前がごろごろしてるから気になって…。眠れないのか?」
う、うぅ。
顔が熱くなる。
カトルのこと考えてたなんて言えなかった。
「…リア」
「は、はいっ?」
「焦んなよ。まだ始まったばっかりじゃんか」
カトルはそう言うと、また目を閉じた。
「大丈夫…ゆっくり…」
…すぅ。
またすぐ寝てしまったカトル。
あたしは、少しだけほっとした。
旅のことを言ったのか、あたしとのことを言ったのかはわからないけど、そうだね、まだ始まったばっかりだから。
お読みくださってありがとうございます。
順次更新しますので、
お付き合いいただけたら幸いです。