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2.カプセル

リア:主人公。兄を探すと決め、RPGにログインすることを決めた。


カトルシア:カトル。

ログインしたリアを最初に見つけ、街に連れ帰る。


エルシア:カトルの父。


ユリ:カトルの母。

リアと話したがっているけれどそれは…。

 カトルのお父さんが営むレストランで食事をして、町を観てから家に戻ったあたし達。

 カトルはあたしにユリさんと話すよう言って、気を使ったのか出て行った


 私は言われたとおり、そろそろとユリさんのもとへと顔を出す。


「あのぅ……」

「あ、リア。丁度お茶を入れるところよ。……座って」

「は、はい」


 おそらくリビングにあたる場所。

 光沢のある木の温もりたっぷりのテーブルに、同じ素材の椅子が4脚。

 そのひとつに腰掛けると、ユリさんは紅茶のような飲み物と、クッキーを出してくれた。

「……歳は?」

「22です」

「そう、カトルと同じね。……続きを話しましょうか」


 さっきとは違って、優しい笑顔。

 あたしは思わず彼女を見つめてしまう。

 ユリさんは知ってか知らずかお茶をひとくち飲むと、はにかんだ。


「……何、食べたの?」

「あ、ユリさん直伝のオムライスです。……あの、美味しかったです」

「ふふ、でしょう? ……あれは私の大好物でね。……現実世界でよく食べた」

「……え!?」


 ユリさんは服の襟元をずらし、肩を見せてくれる。

 そこに、あたしのカプセルの印と似た印があって……。


「……ゆ、ユリさん! 貴女……」

「そう、私はカプセル。貴女と一緒。……現実では……死んだか植物人間か、よ」

「じゃあやっぱり……ここに残ってるっていうカプセル達はみんな…」

「知ってたのかしら?なら話は早いわね…本題に入りましょう。リア、貴女は何故ここに?RPGは法律で禁止されたはずじゃ?」

「…あたしは…」


 兄が植物人間になったこと、あたし宛ての手紙があったこと、そして……カプセルは兄がRPG開発の研究員で自分専用のものを持っていたこと。


 それを引き取り、設置したこと…。


 調べれば調べるほど事実は見えず、あたしはカプセルに入ることを決めたこと。


 それを話すと、ユリさんはゆっくり頷いた。


「……そう、お兄さんがカプセルなのね。じゃあ話は戻るけれど、貴女は現実世界の植物人間がまだこの世界にいると予想して来たの?」


「いいえ……。リンクに関する資料は一切無くて、現実世界のカプセルから出た時点でリンクが切れると思っていたんです。だから植物状態の人は、リンクが切れていると考えていました。その予想は、カトルがこの世界のカプセルはみんな登録してるって言ったから思いついて……」


「成る程。わかりにくいから、リンクに使用するカプセをログインカプセルとしましょう。……RPGが禁止されていなかった頃、リンクはこっちの世界からログインカプセルを使用することで切れていたわ。こっちの世界のログインカプセルには、現実世界のものと違って種類がある。それぞれに印があるのよ。私や貴女についている印がそう。その印が同じログインカプセルでしか、リンクを切ることは出来ないの。そして、自分が最初に入っていたログインカプセルは、必ず同じ印を持ってるわ。セーブポイント、と言ったら解りやすいかしら……」


「……じゃあ、自分が入っていたログインカプセルでしかリンクを切れないんですか?」


「いいえ、同じ印のログインカプセルが世界に点在するの。それは同じ印を持つ人が入っていたログインカプセルだったものよ」

「同じ印の人がいるんですね……」


「そう。その印は最初に自動で決定され、同じ印のカプセルは世界のあらゆる場所に分けられて降った。そしてリンクを切ると今の身体は一度分解されて、次のログインの時再構築されるの」


「再構築……?」


 難しい話よね、とユリさんは笑った。


「私にもよくわからないけど……問題なのはリンクを切る時に、現実世界のログインカプセルに自分の身体がないといけないことなの」


「……なるほど」


 ……つまり植物人間になった人は、まだリンクしているのを無理矢理ログインカプセルから出された人達だったのだ。


「だから、開発者達はログイン出来る時間の限界を1日と定めていた。そしてその1日に必要な栄養は、ログインカプセル内で自動的に得ることが出来るようにしていたの。しばらくはそれは守られた。けれど」


「時間を守らない人達が出てきた……それで植物人間になったと判断されて……?」


 ユリさんは頷いた。


「ただ時間を守らないのではなく、同じ印のログインカプセルが見つからなくて戻れない人、自分から戻らなかった人、それは様々よ。開発者は戻れない人の家族に身体をログインカプセルに戻すよう取り合ったけど駄目だった。現実世界では混乱がおきた。……でも、リア」


「はい」

「私はここで生きて、子供も授かった。今の私が本当の私。カトルも、仮想ではなく、本当に生きている。それはわかってほしい……。そして貴女はまだ知るべきことがある」


「知るべき、こと……?」


「この世界のどこかで、まだ運命に抗うカプセル達がいるわ。彼等はこの世界の滅亡を阻止しようとしてる。貴女が真実を知りたいなら、探しなさい。……もしかしたら、お兄さんのこともわかるかもしれないわ。でも……ごめんなさい…私にはここまでしか話せないの。それから、貴女のログインカプセルを……壊さなければならない」


「え?」


「……私達カプセルは、ここで新しい法を造ったの。ログインカプセルは、この世界の脅威とされている……。それを壊しても脅威は何も去らないわ。だけど…この世界の人はそれで安心する。それが決まりなのよ。だから、他のログインカプセルはもう殆ど残っていないはず。つまり……貴女のログインカプセルを壊したら、貴女も…植物人間か死体になってしまう可能性が高い……」


「……」


「だから、決めなさい。帰るか、残るか。帰れば貴女の生活は元通りよ。残っても印の合うログインカプセルがまだあるかはわからない。貴女の現実世界の身体がどうなるかもわからない。ただ、運命に抗うカプセル達は、まだ全部のログインカプセルを保存していると聞いたわ。それは伝えておくわね。……明後日の昼まで待つから、それまでに答えを決めて?」


 ……あたしは、ユリさんを見た。


「ユリさん、貴女は望んでこの世界に残ったんですか?」


「……ええ。私には愛する人が出来たから……」


「……それなら、望んで残ったわけではない人達は、どうしてるんでしょう……」


「それは……わからない。ただ、運命に抗うカプセル達のところに、初期開発者がいたはずよ。だから、帰る方法も考えているかもしれない……」


「!」


 そうか、資料を破棄し植物人間になった2人もこの世界に……。


「ありがとう、ユリさん。考えてみます……。あの、それから……一応ログインカプセルを見ることって出来ますか?」


「えぇ。カトルに案内させるわね。……リア」

「はい?」


「後で、ちょっとだけ話がしたいわ。こんな難しいことじゃなくて、今どんな服が流行っているのか、とかね」


 ユリさんはぱちりとウインクして笑った。

 あたしはなんだか温かい気持ちになって、一緒に笑う。

 すっかり冷めた紅茶から、果物の香りがした。




 紅くなった空。

 カトルはユリさんに呼ばれたのか、両手いっぱいに果物や野菜を抱えて案外早く戻ってきた。


「わ、すごい沢山! どうしたの?」

「畑で採ってきたんだよ。今日はご馳走作ってもらおうな!」


 にっと笑うカトル。


「で、どこか行きたいんだろ?どこに…」

「ログインカプセルに行きたいんだ」

「!」


 ぼとぼとっと果物がこぼれ落ちる。


「いけねっ……」

 カトルは明らかに動揺したみたいだった。


 あたしは果物を拾うのを手伝いながら、カトルを窺う。

 彼の表情は悲痛で、あたしはなぜか胸がぎゅっとした。


「……置いてくるから、ちょっと待ってろよ!」


 無理矢理笑うカトル。


 ……あたしは彼の背中を見つめながら漠然と考えていた。

 彼等は、やっぱり生きているんだと。


「お待たせ! ほら、これ」


 彼が差し出したのはランプだった。

 ぼんやり薄緑に光るそれ。

 中に入っているのは火ではなくて……。


「何これ……む、虫??」


「あはは、そっか、リアは初めてなんだな。こいつはルッピー。発光虫の一種で飼いやすいんだ! 火は危ないからなぁ」

「あ、なるほどー」


 ここは樹上の町。火は1番危険なのだろう。


 ルッピーとやらは大きな綿毛のような虫だった。

 よく見るとその毛みたいなところが一本一本光っている。


「……綺麗だね」

「……だな」


 カトルはあたしの手を引き、進んだ。

 最初こそ戸惑ったけど、彼の手がないと危ない場所がたくさんある。


 慣れていないあたしの為なんだと思った。


 あたしは初めてその手を握り返す。


「……わ、どうした?」

「……え、と。なんかこの方が自然かなって……」

「はは、変な奴!」


 ……温かい。

 力強い、手。


 ユリさんが言う通り、彼も……他の人も、みんな生きていると思えてくる。


 紅から蒼へと空が塗り変わる美しい時間を、あたしはカトルと歩いた。


「……なぁ」

「うん?」

「……帰るのか? リア」

「え?」


 カトルは少し前を歩いていて、表情は見えなかった。

 あたしは、その手に少し強い力が加わったのを感じる。


「母さんも、カプセルなんだ」


「うん、聞いたよ」


「でも母さんは、町に残るって決めた。何度聞いても俺、難しい話はわからないけど……。でも、この世界は壊れない……きっと預言が正しいって思ってるんだ、俺」


「……」


「だから、もし……預言のカプセルがいたら、絶対助けるって決めてたんだ。……そこに……そこに、リアが来てくれた。きっとリアが……。いや、うう……ごめん。一方的だなぁ、俺。リアにも家族だっているよな……」


 あたしは、カトルの手を強く握って、立ち止まる。

 急に止まったせいで、カトルは驚いて振り返った。


「あたし……帰らないよ、あそこには」

「えぇ?」

「帰らない。あたしには……兄さんがいるの……この世界に」

「それ……どういう……?」

「あたし、兄さんが起きない原因を探しに来たのよ。でも、兄さん自身がここにいるなら、探しに行く」

「……」

「それで、この世界も勢いで守っちゃおう!」

「え、リア……」


 カトルは眉を寄せ、困惑した面持ちで言った。


「ご、ごめん……いいんだ、目的が他にあるなんて知らなかったから、俺」

「大丈夫だよ」


 あたしは笑ってみせた。


「カトル、カトルが生きているって、あたし実感したよ! だから、この世界を守る」


「生きて……?」


「うん、最初は……カトルは作られた人で、話す内容も行き先もだいたい決まってると思ってたの。でも、全然違うの。あたしには、カトルが生きているようにしか……」


 ぎゅっ

 カトルがあたしの手を両手で包み、あたしを見つめる。

 彼の腰に固定されたランプが、美しく光をはなっていた。


「……リア」

「は、はい」


「俺、お前を助けてよかった。ちゃんと責任とるから……だから」


「ち、ちょっと待って! 責任はいいよっ! 会ってすぐなのよ? ふ、普通はもっと、えっと、キャッキャウフフなことを……してですねっ」

「は、はぁ? ……ホントにお前、何言ってるかわからないぞ。キャッキャウフフってなんだよ?」


 カトルはいぶかしげだ。

 うう、でも。初日にプロポーズ? されても!


 あたしは混乱して目茶苦茶なことを言った。


「だ、抱きしめたりっ、キスしたり! あーんしたり! もろにいちゃいちゃべたべたよ! 好きにならなくちゃっ恋愛的な意味でっ」」


「……」


 カトルはぽかんとあたしを見ている。


 そもそもカトルは格好いい。

 それなのに、勿体ない!


「カトルは、好きな人とかっ……いないの?」


「お、俺? いや……歳の近い女の子っていなかったし……それにさっ」


 彼は少しだけあたしから目を逸らした。


「……お前を見つけた時、ほ、ホントにどきどきしたんだぞ……。あのとき……」


 あたしはそれを聞いて爆発しそうになった。


「き、きゃあ! お、思い出さないで! だ、だめーっ!」

「うわっうわ! あ、暴れるなよっ」

「でもっ!だって!っきゃ……」

「あ!」


 がしっ

 体勢を崩したあたしはカトルに支えられた。


 お、お約束すぎやしませんか!

 この世界、いったいなんなの……!


 どきどきと心臓が鳴る。


「馬鹿、暴れるからだぞ」

「う……うん……ごめんなさい…」


 離れようとするあたしを、カトルはそのまま抱きしめた。


「ひゃ……え、ちょっと……!」

「……動くな。魔物だ」

「え……!」





 しばらくじっとしていた。

 あたしはカトルの腕に包まれて何も見えない。

 カトルの胸から、緊張のためかどきどきと心臓の音がする。


「……行ったみたいだ」


「よ、良かった……」


見上げると、あたしを見下ろすカトルと目が合う。


「あっ!ごめんっ……」


 カトルはそう言ってがばっと身体を引く。

 薄い緑の光に照らされた顔がぼんやり赤い。


「い、今のは魔物の中でも弱い奴。動きに反応するタイプなんだ」

「今のって言われても……あたしカトルで見えなかった……」

「え……」

「弱い奴だったら良かった、カトルどきどきしてたから、危ないのかな……って」

「……!」


 カトルは驚いた顔をした。


「それはっ……一応、リアは女の子だし……だから」


 ……。あ、もしかして照れてたのかな?


 あたしは笑った。


「ありがとう」

「え?」

「あたしを守ってくれたんだよね」

「う……は、反則……っ」

「な、何、反則って……」


「リア……さぁ。やっぱり、その……いろんな人……と、つ、付き合ったり、とか……や、やっぱり何でもない! もうすぐカプセルがある。行こう」





「うわぁ、変なとこにあるのね」


 ログインカプセルは村のある樹とは別の樹上にあった。

 3メートルくらい上だろうか。

 蔦を使えば上れそうだ。


「……んしょっと」

「って、おい、リア?」

「待ってて、少し調べてみたいの」

「あ、あぁ……」


 このくらいなら、と思ったけど、意外に登り応えがある。

 必死に登ると、ログインカプセルの表面に花のような印があるのに気付いた。


「これ……」

 あたしと同じ印だ。


 ユリさんの言った通りだった。


「……よ、いしょっ」

 登りきって、中に入る。


 ……操作方法は同じなのかな。


 パネル配置を確認して、あたしはカプセルの中、少し横になった。


 ……。


 これを使えば、私は帰れる。

 でも、兄さんはこの世界にいるんだ……なら、あたしもそうしてもいいはずだ。


 兄さんは運命に抗うカプセル達といるんじゃないだろうか。

 そこに初期開発者がいるとしたら、兄さんも手伝っている可能性が高いはずだし…。


 確信があるわけじゃないけど……今のところ手掛かりはこれだけだし。

 だったら……。


 ……でも、カトルは…。


 目を閉じて考えていた。


 黒髪のカトルが、エメラルドのようなキラキラした眼であたしを見下ろす様。


 カトルは、あたしと一緒に来てくれるだろうか……。


 ふわ。


「……?」


 あたしは目を開ける。

 何かが優しく髪を撫でたからだ。


 ……想像した通りのカトルが、あたしを見下ろしていた。


「……」

 カトルは、ほーっと息を吐き出して、とても優しく微笑む。


「良かった。静かだから、お前が帰っちゃったと思った」


「……っ! ひゃあ!」

 あたしはその瞬間我に返って跳ね起きた。


「うぇっ……ちょ、うわあ!」

「あーっ危ないっ」


 がしっっ


 ログインカプセルの外側へとのけ反った彼を、あたしはしがみついて引っ張る。


「――っ!」


 どさどさぁっ


「……って~……大丈夫か?リア」

「んぅ……いたた」


 勢いよくカプセルに倒れ込んだあたし達。

 どういうわけかカトルはあたしの下敷きになっていた。


「危ないなぁ……あんなに驚かなくてもいいだろ」

「だ、だって……う」


 ち、近い。

 慌てて身体を起こそうとすると、彼はあたしをぎゅっと抱きしめた。


 どき。


 ま、また魔物かな。


「……なあ。いなくなったら、俺どうしたらいいのかな」

「え?」

「村や……父さんや母さんが……滅びてしまいそうなのに……お前がいなくなったら、俺どうしたらいいんだろ……」

「カトル……?」


 あたしは顔を上げ、彼を見た。


 彼は、不安そうで、泣きそうで……子供のようだった。

 彼は、ホントに村や家族を憂いているんだ。


「ごめんね」

 あたしはカトルの胸に頬を寄せ、囁いた。


「大丈夫、カトルのこと考えてただけだから。いなくならないよ」

 

「……えっ! あっ! わ、ごめんっ俺っあれ!?」

 急に我に返った彼は、あたしを抱いていた腕をほどいた。


「こ、こんなことするつもりじゃ……わ、悪い……」

 あたしは身体を起こしてカトルの上からどいた。


「……あの、俺のこと考えてた……って?」


「あぁ、カトルはどうするのかなって」


「え?」


「あたしはこの村に留まるわけじゃないから……カプセルを手伝いたいならどうするのかなってこと」


「あ、そういうこと……」


 カトルは少しだけ不満そうな顔をして、言った。


「リアと一緒に行く……とか、駄目なのか?」

「えっ……」


 身体を起こして、カトルはあたしを見た。


「俺がリアを守るとか、駄目なのか?」

「……」


 半分ふてくされて、半分照れてるような顔でカトルは言った。


 辺りは真っ暗になっていて、ランプの明かりだけの中、あたし達は見つめ合う。


「責任とかじゃなくてもいい。でも、俺……リアを守りたい」

「か、カトル……」


 嬉しかった。そして、異常なほど恥ずかしかった。

 ま、守りたいなんて、一生かけても言ってもらえることないんじゃないかと思ってたし。


「駄目……か?」


 そっと……カトルがあたしの髪を撫でる。


 どき。

 心臓が跳ね上がる。


 彼らは、こういう行為に対して、なんというか躊躇いがない。

 ここの人たちは、そういうものなんだろうけど……心臓がもたないよ……。


「あ、あたし……は……嬉しいけど」


「ホントか! ……良かった! 俺、リアのそばにいる」


「ち、ちょっとカトル。あの、か、軽々しく守るとかそばにいるって言っちゃ駄目。それは、大切な人に言うの。わかる?」


「……馬鹿だな、お前」


「へっ?」


「もう、俺にとってリアは大切だよ。会って1日目だとか、そんなの関係ないんだ」


 ……。

 今のは…あれ?


 世界を救うカプセル……だからとか。そういう意味だよね……。


「そろそろ戻ろう。まずは父さんと母さんに許可を貰わないと」

「あ、あ……うん。そう、だね」



 あたしはまだわかっていなかった。

 ううん。ゲーム感覚だったんだ。


 この世界は、あたしのいた世界じゃない。

 そんな場所を旅するのが、どれほど危険なことなのか……。



「おかえり、2人とも。ほら、ご馳走でしょう?」

 ユリさんが笑顔で迎えてくれる。


 そして言葉通りテーブルにはいっぱいに料理が並んでいた。

 それはとてもいい匂いで、あたしのお腹はきゅうと鳴く。


「うわぁ、美味しそう」


 思わず歓声をあげると、奥からカトルのお父さんが出てきた。


「だろう! さぁ、冷めないうちに召し上がれ?」

 ……そのご飯はとっても美味しくて、あたしは家族の温かさを知る。


 みんなあたしにも優しかった。

 やがて食事が大体済みデザートが出てくる。


 そこにユリさんが声をかけた。


「リア、なんだかすっきりした顔してるけど……決めたの?」


「はい。あたし、帰りません。兄を探します」


「そう……じゃあ、提案があるのだけど」


「え?」


「一度帰りなさい。そして3日以内に人が訪ねてくるよう仕向けて。貴女の身体は守れるわ」


「あ……」


「もし帰れる日がきても、身体が死んでいたら帰れないもの。そうね、お母さんやお父さんに来てもらうとか」


「……」


 あたしは、デザートをつついていたスプーンを下ろした。


「両親は……いません」

「え?」


 声をあげたのは隣にいたカトルだった。


 あたしの母は子離れ……しいて言うなら兄離れ出来ない人でした。

 あたしは可愛がられた覚えはありません……。


 兄が植物人間になった時、あたしはあの人の意識にすら残らなかった。


 やがて精神を病んだ母はあっという間に弱り、亡くなりました。


 ……残った父は、全てをあたしのせいにしました。


 そして帰ってこなくなってから数日後、事故で亡くなったと連絡が……。


 生活は保険金で賄うことが出来ました。

 兄にも補償が出ましたし……。


 でも、兄だけはいつもあたしの味方でした。

 兄が植物人間になる時、あたしに宛てた手紙があったのも……ここに誘う為だったのかもしれません。


 あの現実からあたしを救うために……。



「ごめんね、リア」

 ユリさんが席を立ち、あたしを優しく包み込んだ。


「痛かったね……そんな辛いことがあるなんて。さぁ、いらっしゃい、可哀相に……よし、よし」

「……ユリさん」


 お母さんは……こんな風に温かいもの……なのかな。

 胸がきゅう、とする。


「ありがとうございます……」


「っ父さん! 母さん!」

 突然、カトルが声を上げた。


「俺、リアを手伝いたい!」

「え?」


 カトルのお父さんが言うと、カトルはテーブルに両手をついて身を乗り出した。


「リアを守りたい。一緒に行きたいんだ」


「……カトル、お前、わかっているのか? ここらはまだいいけど、少し離れればそこは魔物の巣窟だ」


「わかってる! それに……リアは行かなくちゃいけないじゃないか。一人で行かせるなんて、俺……嫌だよ」


「一人じゃ行かせない。どっちにしてもまず首都に登録しに行かなくちゃならないだろう? 古い知り合いがいるから、呼び寄せて一緒に行ってもらうよ」


 だから、落ち着きなさい。

 カトルのお父さんはそう言って、あたしを見た。


「君は、まだこの世界の現状を知らないね。……本当に魔物は存在するし、危険だ。死ぬかもしれない。でも、行かなくちゃならないのかい?」


「は、はい。あたし、兄を探すために、まず運命に抗うカプセル達を探そうと思います」


「成る程。……カトル」


「……はい」


「預言があるから、お前はリアと行きたいんだろう?」


「それは……」


「……それなら行かせられない。お前はカプセルじゃない。それに、カプセル全員が世界を守らないといけないわけでもない。リアはお兄さんを探しに行くんだ。生き方は、リアが自分で決めるんだよ」


「でもっ」


「許可は出さない。お前は村に残りなさい」

 カトルのお父さんは真剣な顔でこっちを見た。


「リア、私達は、君も行かせたくはない。聞いての通り危険すぎるんだ……だから、一応提案する。私達と、ここで暮らさないかい?」


 え……。


 あたしは目を見開いた。


 ここで、一緒に?

 びっくりしてカトルを見てしまった。

 カトルもあたしを見ていた。


 でも……。


「……あ、あの、あたしっ……う、嬉しいです。でも……」


 ユリさんが微笑む。


「わかってるわ。行くのよね。じゃあ……覚えていてリア、私達は貴女の味方よ。……家族と思ってもいいわ、私は嬉しいし」


「ユリさん……」

 ありがとうございます、と言うしか出来なかった。


 カトルは黙ったまま、何も言わない。


 ……そうだ、ここは危険なんだ……。だから、軽々しく一緒に行けるなんて思ってはいけなかったんだ。


「……じゃあ、迎えに来てくれるよう連絡をとるよ。出発は2週間程先になるだろう。それまでここでゆっくりしていくんだよ、リア」


「……はい」




 あたしはまず一度リンクを切った。

 そして兄さんのいる病院を訪ね、親しい看護婦さんにお願いをした。


「え? 明日……?」


「はい……何時でもいいです、私の家に来ていただけませんか」


「……いいけど……どうかしたの?」


「……理由は言えません……迷惑になるのも間違いないです。でも……」

「何かあるのね……。わかった、いいわ。他でもない理亜ちゃんの頼みだもの!」


「ありがとう……あと、ごめんなさい……」


 それから、兄さんの顔を見に病室に行った。

 そしてすぐ会いに行くねと声をかける。


 あたしは家に帰ると一筆認めた。


「私が植物人間になった場合、この通帳から入院費を賄って下さい。兄の医療費もここに毎月支払われます。暗証番号は……」


 そこに拇印を押し、封をする。


 印鑑と通帳を預ける旨も書いて拇印を押した。


 これだけで認められるとは思わないが、無いよりはマシだろう。


「よし……と」


 誰もいない家。……二度と戻らないかもしれない。

 それでも、未練はなかった。


 それからもう一つやることがある。

 ユリさんのことだ。


 植物人間になり、RPG事件として扱われている人の中に、「ユリ」という女性がいるかもしれない。


 調べると、一人それらしい人が見つかった。


 植物人間になったのは24年前だ。

 RPGが実験的に始められたばかりの頃である。


 ほとんどの事件は今から10年遡るくらいの間に発生し、3年前に法で禁止されるに至った。


 つまり、ユリさんは初期の段階ですでに残る選択をしたことになる。


「……ユリさん……凄いんだな」


 住所は簡単に調べられて、かつ余り遠くない。

 あたしはユリさんかどうか確認することにした。



 ユリさんは個室で眠っていた。


 機械が彼女を生かしているのだと思う。

 すっかり痩衰えた顔は白かった。


「ユリ……さん……」


 そこに、一人のおばあさんが入ってきた。


「あら。お客さん……じゃないわよね。お部屋をお間違えかい?」


「えっ……と……あの、ユリさんの……?」


「あぁ、母親です。貴女は?」


「あ……」


 そこであたしは、何て言うのがいいのか迷ってしまった。


 そうだ、ユリさんがいなくなった当時、あたしは産まれてすらいない。


「……あの、信じてもらえないかもしれないけど、あたしユリさんに、お世話になって!」


「……?」


「詳しくは言えません。でも、あたしユリさんに会って……とても優しくて……だから」


「あの、もしかして、貴女RPGのことを言っているの……?」


「……あ、えと」


「……ユリは、元気だったかしら?」


「えっ」


「あの娘は、RPGの世界に行くと言っていた。……馬鹿ね、私はそれでも、あの娘を信じなかった。」


 ……え?


「そうしたら、2度と戻らないと怒られたわ。その通りになった、あの娘は目覚めなかった」


「あの……」


「その後で、RPGの研究員が訪ねてきた。あの娘は別の場所で生きている、信じてくれと。……信じたわ、だってユリはそう言ったもの! ……RPGは禁止になってしまったわね。貴女は3年前の法改正頃にユリに?」


 知っている……。

 この人は、彼女がそこにいると知っている!


「違います……あたし、法を犯して昨日までユリさんといたんです……。そしてあたしも、あっちに行くことを決めました……」


「え……?」




 あたしは、ユリさんのお母さんと今までの話をした。

 お婆さんは泣きながらあたしの話を聞き、言った。


「私も、行けたらねぇ……。もっと若かったら、どこに落ちてもあの娘を探せたもしれないのにねぇ……」


「……」

 そして、しわしわになった手があたしの手を握る。


「ありがとう、来てくれて。ありがとう……。ユリに伝えてくれるかい? 私は大丈夫、こっちに帰ってこなくてもいいから、幸せでいてくれと……」

「…はい」

お婆さんは、にこりと笑うと付け足した。


「理亜ちゃんと言ったわね、安心なさい。貴女も、お兄さんも…私が生きて動ける間は面倒を見るわ。…身体を拭いたりしか出来ないけれど。安心してお行き」

「ありがとうございます」


あたしはお婆さんを抱きしめて、泣いた。

嬉しくて…切なくて。


「さぁ、今日中に帰るのでしょう?もうお行き」

あたしは住所と名前、病院を記した紙を渡し、いってきますと言ってその場を後にした。






「リア!」

 戻ると、そこにカトルがいた。


「待ってて、くれたの?」

「遅いから心配で……って、どうした? どこか痛いのか?」

 胸がいっぱいだった。


 あたしの目からは涙が溢れる。

 同じ場所に来れるなら、あたしはお節介でもお婆さんを連れてきたはずだ。


 でもカプセルがどこに落ちるかわからなくて…連れてくることが出来なかった。


「カトルごめん……ごめんなさい」

「リア……? 大丈夫だよ、俺がいる。ほら」


 カトルはあたしを抱きしめた。

 その温もりと力強さに、あたしは身体を預ける。


「ごめんね……ごめんなさい」

 カトルは何も言わず、優しくあたしを撫でた。




「おかえり、リア……? どうしたの。何かあったの!?」

 迎えてくれたユリさんは、血色の良い顔で。


 あたしは飛び付いた。


「ユリさん……あたし、勝手なことしました! でも、でも……」

「リア? ……いいのよ、貴女はきっと悪いことはしてない。私にはわかるわ。だから、ほら、落ち着きなさい?」


 うん、と頷くと、ユリさんはカトルに言った。


「お茶を入れてくるから、リアをよろしくね?」

「うん」


 カトルはソファーにあたしを座らせ、自分も隣に座る。

 ユリさんが出ていくと、彼はそっとあたしの手を握った。


「嫌なら言えよ? ……こうしたら、安心かなっ……て思ってしてるんだから」

「カトル……うん。ありがと」


 彼は少し赤くなって目を逸らす。

 ユリさんが来るまで、彼はそうしていてくれた。




 何があったか話すと、ユリさんはやがて泣いてしまった。

 泣きじゃくるとかじゃなく、堪えたものが零れたような……大人の泣き方で。


「そう……母さんが」

「ごめんなさい……あたし勝手なこと、しました」

「ううん、いいのよ。いいの……リア」


 彼女はお婆さんがしたようにあたしの手を握り、あたしに言った。


「本当はずっと、気にしていたの。……母さんは、あたしを思ってくれているのね……ありがとう、リア。こんな嬉しいこと、ないわ」


 あたしはその言葉に胸が熱くなる。

 そして、切なくなる。

 ……カトルは、やっぱり家族といてほしい、そう思ったから。

 あたしのせいで家族と離れるなんてしてほしくなかった。


 ユリさんはあたしをよしよしと撫で、

「明日ログインカプセルを壊すわ」

 と、静かに呟いた……。






 コンコン。

「あ、はい」

 その夜、ベッドに横になったあたしのところにやってきたのはカトルだった。


「どうしたの?」

「ちょっと話があって」

 彼の手には温かいミルクのカップが2つ。


 ほんわり湯気が立ち上り消えていく。

 あたしは部屋の中に招き入れて、一緒にテーブルについた。


「リア、俺」

「うん」

「預言があるから、一緒に行きたいんじゃないんだ」

 話し始めたカトルはあたしを見ようとしない。


「……いや、全然ないかって言われたら、そんなことないけど……でもさ。リア一人放り出すなんてやっぱり出来ないんだ」

「カトル……」

「必ず行くから……だから、首都で待っててくれないか!」

「え?」

「俺、絶対お前を追い掛けるから。守るから! 父さんや母さんが何て言っても、俺は」

「カトル」

「……ん」

「貴方は来ちゃ駄目」

「っ……な、なんで……」

「危ないって聞いたからよ。あたし、甘く見てた……。もし貴方が怪我したら……まして死んだりしたら、あたしどうしたらいいの? ユリさんやおじさんに何て言うの? それに、こんな素敵な家族がいるのに、それが離れ離れになるのはおかしいよ……」

「……」

「あたし、一人でちゃんと行けるから。首都までは誰かいてくれるし、その間に強くなるから」

「……っ馬鹿! じゃあ……お前が怪我したら? 死んだら?ら一緒にいなかったら、俺はどうしたらいいんだよ!」

「でもカトルにはこんな大切な家族がっ!」

「お前だって大切だよ!」


 ……。

 あたしは言葉を失った。


「なんだよ……リアは一緒に行きたくないのかよ……俺は、家族もお前も……なのに…っ」


 バタンッ!


 カトルは勢いよく扉を開け、出ていってしまった。


 これで良かったんだよね……。

 たとえカトルが傷付いたとしても、ここにいたら彼は幸せなはずだもん。


 テーブルの上、カトルのカップが寂しく湯気を立ち上らせていた……。




 それから、あたしの迎えの人が来るまでの日々は戦う練習や薬草学を学ぶ時間になった。


 たくさんの武器で多くの課題をこなして、細身の剣が合っているようだと判断されたあたしはそれの扱い方を徹底的に叩き込まれ、薬草学では自分で薬草を探して薬を調合することを教わった。


 でも……その間、カトルはあたしの近くに来てくれなかったの。


 寂しい気持ちはあったけど、これで良かったんだよね……と毎日自分に言い聞かせた。



 そして、とうとうあたしの迎えがやってきた。



 あたしは一人、部屋に入った。


 他の人はおじさんのお店で待っている。

 あたしを送り出すためのパーティーを開いてくれるのだ。


「よろしくお願いします…」


「お前がカプセルか」


 目の吊り上がった細いおじさんはそう吐き捨てた。


 頬は窪んで眉間にはシワがよっている。

 正直、とても歓迎されてなんていないように感じた。


「ふん。厄介事ばかり持ち込むな? 金さえ貰えればいいがな」

「……」

 その人は短い黒髪を撫で付け、あたしをじろじろ見た。


「俺はダグラスだ。いいか、ダグラス様と呼べ。すぐ出発だ」

「え……あ、は、はい」

 あたしが荷物を抱えると、ダグラスと名乗ったおじさんは後ろも見ずに歩き出た。


「こんな場所に用はない。お前を送るパーティーなど必要もない。行くぞ」

「……」

 慌てて着いていくあたしに、その人は追い打ちをかける。


「カプセルなんて、滅んでもかまわないんだ」

「え……」

「救世主気取りのクズめ」

「そんな! そんな言い方……」

「黙れ!」


 バチッ


「きゃあっ」


 短い鞭のようなものがあたしの頬を打つ。

 勢いで倒れたあたしは焼けるように痛む頬を押さえた。


「――っ」

「文句があるのか?」

「……カプセルにだって――っ」


 ビシィッ


 再び、同じ場所に被せるように鞭を打たれる。

 あたしはその痛みに身体を丸め、声すらあげられなくなった。


「俺は甘くない。俺に従わないならその辺から捨ててやる」

「……っ」


 な、何なの? 何でこんな……!


 あたしは立ち上がるのも忘れ、呆然と男を見上げていた。


 カプセルだから?

 あたしが、この世界の人じゃないから?


 こんな仕打ちを受けるなんて思ってもみなかった。

 これが今までのカプセルがしたことの報いとでも?


「立て」

「……」

「ほお、まだわからないのか」


 ビシッ


 びくんと身体が跳ねる。

 男は自分の横の枝に鞭を打ったのに、あたしは恐怖感に駆られた。


「立て」

「……っ」


 ゆっくり立ち上がる。


 でも……怖くて歩けなかった。


 何故か母や父に男が重なる。

 ここまでされたことはなかったけど、でも。


「っいい加減にしろ!」

「や、いやぁっっ!!」


 振りかざされる鞭。

 お前のせいだと罵るお父さんがフラッシュバックする。


 あたしのせいじゃない……!!


「リアっ!!」


 バシィッ


 鞭の音と、あたしを呼ぶ声が同時に聞こえた。

 目を見開いたあたしの前に、少し長い黒髪の青年。


「あ、あ……」


 声がうまく出せなくて…空気がうまく吸えなくて…動けないあたしを、彼はかばっていた。


「許さない! リアをこんな目に合わせやがって……!」

「……お前……カトルシアか」

「そうだっ!」


「……」


 男は一瞬だけ憂いた表情をしたけど、すぐに眉を寄せる。


「どけ」

「どかない! リアは俺が守る!」

「……ふ」


 え……。


 ダグラスは笑った。

 そこにユリさんやおじさん、街の人が走ってくる。


「リア! 大丈夫!?」

「リアっ……おいダグラス! どういうことだ!」


 口々にあたしの名前を呼んでくれる人々。

 あたしは少しだけほっとした。


「カプセルに現を抜かす、か。血は争えないな」


 ダグラスはそう言うとじゃらりとお金を――きっとあたしを首都へ連れて行くための報酬だ――ばらまいた。


「もっとマシな頼みを持ってこい。俺はカプセルは嫌いだ」



 去ったダグラス。

 それでも動けないあたしに気を使い、みんな家に帰ったようだ。


 残ったのはカトルだった。


「ごめんリア。やっぱりそばにいるべきだったんだ……!」

「……カトル……う、うぅ」

「どうした? 痛む? リア……わっ!」


 抱き着いて、あたしは泣いた。


「うわぁぁんっカトルぅっ」


 まるで子供みたいにわんわんと。


 ……涙が傷に染みる。

 あたしの頬はみみず腫れになって熱を帯びていた。


「リア……恐かっただろ……ごめん。ごめん……!」

 カトルはあたしを強く抱きしめて…謝った。


「そばにいるよ……だからもう大丈夫だリア。……ごめんな、リア」


 彼の身体が小さく震える。


 あたしを抱き締める腕に力がこもる。


 カトル……泣いてる……。

 気付いて、胸がぎゅっと締め付けられた。


「一緒にいたらよかった。そしたら、お前にこんなことさせなかった……」


 ……あぁ。あたし、カトルを辛い目に合わせたんだ……。


 あたしがもっと素直だったらこんなことにならなかったかもしれないのに。


「一緒がいい……」

「……え?」

「あたしもカトルと一緒がいいよぉ……。一緒に行きたいよぉ……でも、でもね……ユリさんや、おじさんも……カトルといたいよ! だから……だから」


「うん……うん。そうだな。なのに俺……怒って側を離れた。だからリアはこんな……」


 カトルは少し身体を離し、あたしを見つめた。


 美しいエメラルドの瞳は濡れて、映ったあたしも揺らいでいた。


「もう大丈夫。俺……離れないよリア。……行こう。ちゃんと向き合うから」


 カトルの温かい手があたしの手を握る。


 あたしは頷いて、一緒に歩きだした。



「リア、カトル! もう大丈夫か?」

 おじさんのお店でみんな待っていてくれた。


 ……うれしい。


 ぎゅうとカトルの手を握る。

 カトルは優しく握り返してくれた。


 そしてゆっくりみんなを見渡すと、すっと息を吸って言った。


「父さん、母さん……それから、みんなに、お願いがあるんだ。俺、確かに今まで預言のことばかり考えてたかもしれない。でも今、わかったんだ! 俺、俺は、リアと一緒にいたい。俺がそばで守りたい! だから一緒に行くことを許してほしいんだ」


 その言葉。守りたいと何度も言われてたのに……なぜか今までで1番うれしかった。


「あ……あたしも、カトルと一緒に行きたい……です。安全の保証なんてないけど……どれだけ危険かわからないけど……カトルとならきっと頑張れます! だから」


 思わず言うと、ユリさんがあたしの前にやってきた。


「リア。ごめんね、恐かったわね」

「え……」

 よしよし、と頭を撫でられる。


 彼女はにこりと微笑むと、あたしを抱きしめた。


「私は、貴女もカトルシアも大切よ。だって家族ですもの! でもね」

 その後は、あたしにしか聞こえないような囁き声。


 小さくて柔らかい声。


「時に家族は、旅立ちを祝わないといけないんだわ」

 ユリさんの……気持ち。


 あたしはユリさんを強く抱きしめ返す。


「ユリさん……」


「カトルをよろしくね、リア」


 カトルははっと顔をあげた。


「母さん……」

「……全く。ユリはまた勝手にそんなことを」

「あら、貴方はカトルより強引で勝手だった気がするわ?」

「そ、それは手厳しいな……」


 周りの人達が笑い出す。


 カトルは黙っておじさんを見ていた。


「カトルシア」

「はい」

「リアを守りたいか」

「はい!」

「預言のためか?」

「違う。ただリアのそばにいたい」

「そうか」


 おじさんは微笑むと、おもむろに首から下げていたペンダントを外した。


「さぁ、カトル」

 そして、そのままカトルの首にかける。


「え? これは?」

「村を支える樹で作ったお守りだ。これをして行きなさい」

「父さん……!」

「さぁリア。貴女には私のを」


 ユリさんがあたしの首によく似たペンダントを下げてくれる。


 あたしとカトルはそれを手に取ってお互いを見た。


「辛い時、苦しい時、少し疲れた時……いつでもいい、休みにおいで」

「……おじさん……」

 零れかけた涙を堪え、唇を噛み締める。


 あたしは、なんてすばらしい人達に出会ったんだろう!

 おじさんが大きな手で優しくあたしを撫でる。

 あたしはとうとう涙を落としてしまった。


「大丈夫だよリア。私達はいつでもここにいる。お前達の味方だ」

「――っう、うぅ~っっ」

 涙は止まらなくて、ありがとうも言えない。


 カトルがあたしの手を握り、おじさんとユリさんがあたし達を優しく包む。


 村のみんなの啜り泣きが聞こえて、やがて静かになった。


「さぁ、出発のパーティーをしよう。今日は好きなだけ飲み食いしようじゃないか!」


 エルシアおじさんの明るい声に、みんなが歓声をあげる。


 カトルがあたしの隣、静かに微笑んでいた。

 その綺麗な瞳から、大粒の雫が零れたのを……あたしは気付かないフリをした。



 パーティーは終盤に差し掛かった。

 みんなが食事をし、お酒を飲み、思い思いの贈り物をくれた。


 お金や薬草、干した肉等…全てがとても役に立つ物ばかりだ。


 あたしとカトルはお礼を述べ、別々にそれを分けた。

 しばらくするとエルシアおじさんがあたし達を2階に呼んだ。


 そこには……。


「これは……鎧?」


 鞣した革の鎧が置いてある。

 隣にはプレートの胸当てがあった。


 使い込んであるようだけど……。


「これは、私が着ていた鎧よ」

 待っていたユリさんが笑った。


「さぁ、いらっしゃいリア」

「え?」

「何もないよりは安全なはずだわ。服は用意したから、着替えましょう」


 ユリさんはあたしを急かして隣の部屋に移動して、用意した服と鎧を持ってきた。


 上着は黒いタートルネック。

 長い袖には肩から手首までに白い紐が通っていて、短く絞れるようだ。


 その上に革の鎧をまとう。


 下はスカートに見せかけた茶の短いパンツに足首までの黒いスパッツ、膝下までの革のブーツだった。


「鎧の上からベルトをして、そこに剣を挿すの。あとはポーチをつけて、ここにお金やよく使う物を入れるのよ」

「う、うん……わぁ、なんかすごい。登山家みたい」

「ふふ、そうね。冒険者だもの! さぁ、いいわよ」


 ユリさんはあたしの髪を高く結い上げると満足そうに言う。

 姿鏡に映るあたしは、まさに冒険者だった。


「首都についたら手紙を送るのよ。まずはカプセルとして登録するのに時間がかかると思うわ」

あたしはユリさんに微笑んだ。

「はい」



 出てきたカトルはまじまじとあたしを見ていた。

 あたしもカトルをまじまじと見てしまう。


 あたしと同じ黒いタートルネック。

 胸には白銀のプレート。

 ベルトにもプレートが下がっていて、細身のズボンの脚がすらりとのびている。

 背中には弓を背負い、腰には短剣が挿してあった。


「すごいね」

 思わず言うとカトルは笑った。


「リアもかわらないじゃんか!」

「そっか、そうだよね」


 一緒に旅に出るんだとあらためて思う。


 危険だってわかっていても、それがどんなものかはまだわからない。

 だから、あたしは自分に誓った。

 カトルはあたしを守るというけれど、あたしも、カトルを守れるようになるんだ。


「そうだ……一つだけ話しておくよ」


 エルシアおじさんはそう言うと、あたしのみみずばれをそっと撫でた。


「ダグラスのことだ。あいつは昔、共に旅をした仲間でね……」




 聞くと、ダグラスはエルシアおじさんと旅をしていて、その途中でユリさんのログインカプセルに遭遇したという。


 二人は預言を信じ、ユリさんをサポートした。


 そして恋に落ちたエルシアおじさんとユリさんを祝福してくれたらしい。


 ……しかし悲劇は起こった。

 ダグラスの娘が、カプセルに襲われて……精神を病んでしまったのだ。


 しかもカプセルを信じ、家に泊めたのは他でもないダグラス本人だったという。


「かわいそう……」

 思わず呟くと、エルシアおじさんは俯いた。


「そう……あいつも被害者だったんだ。それなのにリアの護衛を頼むなんて……私はどうかしていたな。すまなかった、リア」


「……」

 もしかしたら……おじさんは、あたしをダグラスと行かせることで、彼を元に戻したかったんじゃないだろうか。


「平気です。ダグラスさんに比べたらこんな痛みなんて」


 鞭は痛かったし恐かった。

 でも……それ以上にあの人は痛かったんだ。


「リア、カトル。ダグラスの家の住所を渡しておく。何かの役に立つかもしれないし……立たないかもしれない。自分達で決めるんだよ」


「わかった。リア、大丈夫か?」

「あっ、うん」


 無意識にみみず腫れに触れていたあたしはカトルに返事をして笑ってみせた。


「……じゃあ行こうか、リア」

「うん」


 あたし達は村のみんなとユリさん、エルシアおじさんに挨拶して村を後にした。


 行ってきます、とだけ伝えて……。


お読みくださってありがとうございます。


まだまだ序盤ですが、

お付き合いいただけたら幸いです。

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