俺以外のヤツみたら、ちゅう100回の刑っ!
正直、どうしてこうなったか、よく覚えてない。
うーん。
初対面の強面男子に“付き合え”と言われて、どこに連れていかれるのか、ぞっとしたのがはじまり。
あたしが泣きべそをかいたら、彼が、河川敷の蒲公英を摘んでね。照れくさそうに差し出すものだから、こちらまで、赤くなってしまったのよ。
☆☆☆
「夏休みも、もう終わりか。三智くんにもっと色々なことしてあげたかったな」
はっ。大急ぎで言葉を付け足す。
「お弁当作ってあげたり、遊園地デートしたりっ!」
三智くんが、どかりと座ってソファを沈ませた。足閉じてよ。太股が当たるじゃない。
隣の三智くんは、気にすることなく少し意地悪い顔をする。
「真香もお年頃になったな」
「何よ、ガキんちょ」
「六ヶ月早く産まれただけで、偉そうだぞ」
いつも、こんな調子。赤髪の悪人面。だけどね、なんだか可愛い。付き合ってる実感?ないない。やんちゃな弟ってとこかな。
だから、彼が黙ってしまって、なんだか、居心地が悪く思えたの。
テレビの野球中継だけが彼のワンルームに取り残されている。
何かしゃべってよ。怒ってるわけじゃないのは、わかってる。でも、あたし、なんか、やだな。三智くんのことは好きだけど、やっぱり、まだ、やだな。
突然、彼が覆い被さろうとするものだから、思わず、目をきゅっと瞑って唇を強く結んでしまったの。
ジェットコースターで撮られた写真と、どっちが酷かったかな。
三智くんは、それ依頼。あたしに、触れようとしなくなった。
☆☆☆
今日は、最悪なバースデーになりそうな予感。
三智くんが来ない。駅前の時計台の下で、絵に書いたような待ちぼうけ。小説なら、そこで、新たなドラマが生まれるのよね。でも、現実は、ただ紫外線ダメージが増えるだけなんて。家を出るときは、日傘なんて必要ないと思ったのに。30分早く着いたって、あたしが待たされたことは一度もなかったから。
スマフォ持ってないってほんとうかな。男の子の部屋って、もっと汚れているものだと思ってた。そういえば、三智くん、自分の話したがらなかったな。
なにも知らない。彼のこと。
ねえ、
あたしたち、付き合ってたのかな。
☆☆☆
しつこい!
「オネエサン!なにしてンの?」
「いえ、あの……」
近づかないでよ。ずばっと言わなくちゃ。でも、頭が上げられない。
怖い。どうしてこうなの。おニューのワンピースは、おじさんにナンパされるために卸したんじゃないんだから!
「おい」
あっ。聞きなれた重低音。
「おっさん、こんなとこに、蚊が止まってるよ」
「あがががががががが」
目に飛び込んできたのは、三智くんが涼しい顔で、おじさんの腕をひねりあげている光景だった。
「いやー!やめてやめて!おじさんの腕がもげちゃう」
男の人は、一瞬の隙をついて駅の人ごみに消えていった。
三智くんが人殺しになるかと思ったよ。ふう。
「ごめん一人にして。こんなに時間がかかるなんて思わな……」
次の瞬間、あたしは、彼の胸に突進していた。人の目や羞恥心や、そんなもの知らない。
おかしいな。涙が止まらないや。
☆☆☆
遊園地には悪いけれど、平日の活気ないパークを闊歩するのがこの上なく好き。
でも今、隣を歩いてくれている人の方がもっと好き。
「手を繋ぐことは許可したけど、恋人繋ぎはNGよ」
あらあら。むっとしちゃって。頭ひとつ分デカイのに、まったくお子ちゃまだな。
可愛いやつめ。
「大人しくしてたら、お姉さんが後でソフトクリーム奢ったげる」
「なあにが、お姉さんだ。さっきまでびーびー泣きじゃくってたくせして」
こら、人が必死にプライドを立て直しているというに。
「あ、三智くん、汚しちゃったね」
ウォータープルーフのマスカラもあたしの涙には負けたようだ。Vネックのシャツに模様が加わってしまった。
「あそこのキャラクターTシャツ買ってあげるね」
「いらん」
「悪かったわよ」
彼は、妙に、にたにた笑って、スプレーで横に流していたあたしの前髪をくしゃりと握った。なっ。何おう?!
「お愛顧」
☆☆☆
ベンチの足元に二つの影が伸びている。もう、こんな時間?いくら待ち合わせが遅れたからって早すぎるよ。
「はい。誕生日プレゼントにこれを渡したかったんだ」
スマートフォンが二台?
「俺が黒で真香がピンクね。一言、遅れるって、連絡できないんじゃ、時代錯誤もいいとこだな。悪い」
三智くん専用機。胸の奥がほかほかしてきた。
そっか。行ったことがないなら、ケータイショップの待ち時間を知らなくても無理ないね。しかも、これ、話題の最新モデルだよ。
ふと爽やかな風に目を奪われた。
あたしたちより少し大人の美男美女が幸せを振り撒くように前を横切ったのだ。
「何見てんだよ」
ほえ。
「俺といるのに、何で他の男を見るんだ」
いや、あたしは、仲睦まじいカップルをね。
「お前、今から他の男を見たら、ちゅう100回の刑な」
「な 、な、な、てか、目ー開けたまま帰れないじゃん」
「だから、俺に引っ付いてればいいんだよ」
何視線そらせちゃって。夕日より真っ赤になっちゃって。
「三智くん、ほら、あそこをゆくは、将来を期待できそうなイケメン小学生だ。おお、今、ダンディなお爺様がお化け屋敷に入ったぞ」
ちょっとからかいすぎかな。だって、可愛いんだもん。
「真香、俺を選べよ」
心のずっと奥で何かがきゅんと弾けとんだ。
「この先、良い男はいても、こんなに真香を愛せるのは俺だけだぞ」
「なら、ちゅう一万回、いや十万回の刑くらいなくちゃね。何きょとんとしてるの!人生たった100回分で終わらせないでよ?」
「す、する!今から」
三智くんは、小鳥のように身体を震わせて、なんだか可愛くて、あたしからそっと顔を近づけた。
「じゃ、帰るわよ!」
ぷいと立ち上がって、そのまま華麗なフォームで観覧車横をダッシュ。サンダル壊れてないよね。ああ。あれをキスといったら、笑われる。鼻が当たっただけなんてね。
ハンドバッグの底から馴染みのないスマートフォンのアラームに気づいて立ち止まった。いけ、勇気の1タッチだ。
『三智くん……?』
『今、後ろから抱き締めちゃだめ?』
『足早いよ』
『真香が遅いの』
『むう』
『百万回のキスをしよう。もう絶対、離したりしないから』