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ふと目が覚めた。時計を見ると、もうすぐ昼休みになるといった時間だった。
ぶっちゃけ保健室のベッドはあまり寝心地良くなかったが、やっぱり疲れていたのだろう。よく眠れたし、朝と比べると大分気分はスッキリしている。
昼休みのチャイムが鳴る前で良かった。鳴ってから目が覚めてたら、屋上前行くのに時間かかっていただろうし。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
俺の目が覚めたのを見て、保健の先生が訊いてきた。
起きた時に伸びをしている俺を見て、あんまり状態が悪くない事には気が付いたのか随分おざなりな『大丈夫か』だったが。
時間も丁度良いし、このままダラダラとベッドの上でチャイムが鳴るのを待つのは気まずい。
なので、先生には一言感謝の言葉を告げて教室を後にした。
そのまま学食に向かって購買の安いパンを購入。保健室に居ると思われ宗平と入れ違いになるのも面倒だから、教室の近くでチャイムが鳴るのを待つ。
チャイムが鳴り、宗平と合流した俺は「先に上行ってる」と言ってから屋上前に向かう。
教室と購買は少し離れているが、教室から屋上前までは近い。こりゃ少し待つ事になるな、と思ったので先にパンを食べ始める。
一つ目を食べ終え、二つ目の袋を開けた時点で宗平がやって来た。先生の目に付かない辺りから食べながらやって来たようで、手に持つ焼きそばパンは半分程度消えていた。
「待たせたな」
手を上げながら言う宗平に対して、俺も手を上げて返した。
焼きそばパンを食べながら俺の前にどっかり胡坐をかいて座る宗平。それは実に様になっていて、その焼きそばパンは狙って買ってきたのかと聞きたくなる。
むしろいつもなら、爆笑しながら似合いすぎだろ不良かよとか喋っていただろうが、今日は真面目な話があるのでお預けだ。
「で、聞いたんか?」
「ああ、色々あって信用することにした。証拠は無かったけどな」
「証拠ねぇっておめー、本当に信用できんのかよ」
宗平はいやに証拠に拘るな。……いやきっと、それが普通なのか。ユカは見えないし、話して納得とかできないもんな。
ま、いいか。『色々』の部分を話して納得してもらう事にしよう。
そうは思ったが、意外といざ言葉にして考えてみると安っぽいと言うか何と言うか。宗平が納得できないのも頷ける。
しかし、現状それくらいしか方法が無いのでユカの必死だと思った部分や、色々と死神として詳しいと思った部分等を強調して喋った。
聞いてるのか聞いてないのか判らない表情でうんうん頷いていた宗平だったが、最後まで俺が喋り終えると、なるほどと呟いてから言う。
「ま、おめーがなんで信用しようとしたのかは、なんとなくだけど判った」
そして腕を組んで、少し俯く。
「確かに、小鳥ちゃんにゃ……言えねぇな」
「ああ、だろ? どっちにしても言うメリットも無いと思うんだ」
「あ? メリットはあんだろ。オレらより本物か偽者かカンタンに判別できんだろうからな」
そう言われればそうだな、小鳥なら多分一目で判るだろう。
でも、わざわざ小鳥に言ってまで不安を煽る事は無いって部分は、俺と宗平の意見が一致した。
その後、俺は肩代わりについて説明し、ユカが本物なら俺がそれを受ける可能性についても言おうとしたが、途中で遮られる。
「ヒロキ、まさかおめーそれ自分が代わろうと思ってるとか言うんじゃねぇだろうな」
「……いや、その通りだが」
「あぁ!?」
胸倉を掴まれ、強引に立ち上がらされた。
何で宗平がこんなに怒っているのか判らなかったので、俺はそのまま言葉を続ける。
「俺が代われば、小鳥は生きていられる。俺が覚悟を決めれば良いだけの話じゃないのか?」
決して声を荒げることなく、俺は淡々と告げた。
しかし、それが宗平には気に食わなかったらしい。
「っざけんなよ!」
掴まれた胸倉を引っ張り、宗平は右手を握り締め大降りのパンチを放ってくる。
俺はそれを左手で受け流しながら、右手で腹を強く打った。
俺の胸倉を掴んでいた手は離され、宗平が一歩よろけながら下がる。
宗平は殴られた後も多少興奮していたようだが、小刻みに息をした後、大きく深呼吸して言う。
「悪りぃ……。でも、小鳥ちゃんには感謝してんだよ」
宗平は、怒るといきなり殴りかかってくる事がある。言葉より手が出易いタイプだが、まあそこは別に気にしていない。
しかし、そう言うくらいならなおさら俺が犠牲になれば良い事じゃないか。
っていうか、宗平が小鳥に対して感謝しているとか初めて聞いたな。俺の知らない所で何かあったのだろうか。
「でもヒロキ、小鳥ちゃん生きてたとしても、おめーが死んだら小鳥ちゃんどうすんだよ」
「小鳥なら別にどうとでもするだろ、まあ確かに泣かれるとは思うが、アイツは多分宗平が思ってるより芯が強いぞ」
「あぁ? 違っげーよ、っておめーまさか小鳥ちゃんに好かれてるの気付いてねぇの?」
「は?」
好かれてるってお前、懐かれてるとかそう言うのじゃなくて、恋愛対象として見られてるって事か?
小さい頃からイジメに近いことをされる小鳥をずっと護ってたからしょっちゅう近くには居たけど、それと勘違いしているんじゃないのか。
小鳥に手出すヤツに対して結構手段を選ばなかった事もあって、中学辺りからは俺の悪名もそれなりに目立っていた所為か小鳥に手出すヤツは殆ど居なかった。
それに高校に上がってからは同じ中学のヤツも殆ど居なくなった上に小鳥自身もやぶ蛇な発言は控えるようになったから、今では学校生活も満喫できているハズだし、小鳥と一緒に居るのは大体通学路ぐらいだ。
ん、でも待てよ。一緒に居るのは通学路ぐらいだが、小鳥が勝手に一人で学校行ったりはしてないな。俺が遅れても、「待ったよー」とか笑いながら悪態をついてくるくらいだ。
あれ、もしかして宗平の言ってる事は本当なのか? あんまり学校で話してる機会無くなっちゃったから、せめて通学路くらいは、とか思ってるって事か?
放課後、隙を突いてちょこっと話しに来る事もあったか。特に部活の無い日は一緒に帰ろうとかよく言われたし。
そこまで考えて宗平を見ると、宗平は軽く肩をすくめた。
「鈍感過ぎんだろ……」
……全くだな。
しかし、そうなると肩代わりは本気でどうにか考えないといけないって事か。軽く「代わるよ」って言えなくなったって事だもんな。
参ったな、ユカに肩代わりの話を聞いた時、俺としては自然といままで通り小鳥を護らなければと思う程度の気持ちだったのだが。
俺がまた顎に手を掛けて考え出そうとした時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
しまった、思ったより時間過ぎていたのか。
「宗平、お前どうする?」
「今から戻りたかねーよ、オレはサボる。それよりちゃんと小鳥ちゃんの事考えろよ」
「判ってるよ」
ひらひらと顔の前辺りで手を振る宗平に対して、俺は手を上げて答える。
パンの袋を手の中で潰し、俺は教室に戻った。
すいませーん遅れましたー。なんて言いながら教室に入って、自分の席に座る。
先生は怪訝な顔をしていたが、遅れたのは僅か三分ほどだ。特に説教される事もなく授業が再開された。
授業がやってても、頭の中は全然別の事だ。もう昨日からずっとだな、復習はちゃんとやっておかないとなあ。
さて、肩代わりができなくなった、という線で考えるとなると、今度は小鳥が死ぬ可能性が出てくる。
俺としては、これだけは絶対に避けたい。好かれている事に気付いたからとかではなく、昔から小鳥を護っているからっていう意識が強いのだと思う。
そうすると、最後に上がるのはやっぱり辻褄合わせか。
これになってしまうと、誰がどうなるか予想も想像もできない。
運に頼るってのはリスクが大きすぎる。手痛いしっぺ返しを喰らう可能性もある。
結局、それで俺が死ぬっていう可能性すらあるんだしな。それじゃ本末転倒だろう。
ユカも死神として教えられる事は大体教えたと言っていたし、きっとこれ以上増える事はないと思われる。
さて、手詰まりだ。
結局、そこで考えるのをやめて、午後の授業を普通に受け始めた。
ふと何かひらめく可能性も信じていたが、それは無かった。
下校は一人、今日は雨が降っているからかユカは来なかった。
特に寄り道をする気にもならず、そのまま家に向かう。
とにかくユカに言っておかないといけない事や聞きたい事がいくつかある。早いトコそれを消化させないと落ち着かない。
返答次第じゃ余計身動き取れなくなる気もするが。
家に着いて、鍵を開けようとして鍵が開いてる事に気が付いた。
「ただいま」と言って家に入ると、リビングから「おかえりー」と返ってきた。
今日は母さんが休みだったようだ。
そのまま二階に上がろうとする俺を、母さんが引き止める。
「弘ー」
咄嗟にヤバいと感じた。
今朝のなんとなく困った顔と、今日母さんが休みだった事。
そこから察するに、何かが発見された恐れがある。
そう、ユカだ。
出会ってちょっとした頃に、うだうだゴロゴロやっていた事を思い出す。アイツはしっかりしてるように見えて、どこか抜けている気がする。
本人が居れば、抜けてなんてないわよ! って怒るだろうが。
違う、その本人が捕まっている可能性がある。
見つかっていたらどうするか。ユカは仕事が終わればすぐに出て行くだろうし、とりあえず宗平辺りに猫預かってて欲しいって言われたとか言えば良いか。
「なにー?」
数秒で考えを纏めてからリビングへ向かう。
リビングには母さんが座っているだけだった。若干困った顔のままだったが。
「今朝の事なんだけど、何か悩み事があったら、先生に呼ばれる前に母さんに相談して欲しいわ」
「え? あ、うん」
あんまりにも的を得ていない発言だったので、一瞬頭が空っぽになった。
でもなるほど、これで母さんの朝の行動が理解できた。
俺がまた何か悪さもしくは悪巧みしているんじゃないかと思ったのか。
確かに、中学二年近くまでは小鳥を護るって名目でケンカとかばっかりだったし、母さんが放課後学校に呼ばれた回数もそれなりだ。
高校に入ってからはそんな事一切していないが、母さんからすると『もしかすると』程度には思っていたのかもしれない。
母さんや父さんと最近は全然話してないと言うか、そもそも俺がすぐ部屋に行ってしまうので色々と話す機会も無い。
とりあえず、これからもしばらくユカと話すだろうし、悪巧みじゃない事ぐらいは確実にしておかないと。
「大丈夫だよ。今朝も言ったけど、宗平だよ。アイツに色々聞いてるんだ」
「あら、宗ちゃん? あの子なら安心だわ」
ふふ、と笑みをこぼしながら母さんが呟いた。
宗平は友達になってから何度かゲームやりに家に来た事があったが、見た目とは裏腹に目上の人にはめちゃめちゃ礼儀正しくて、最初母さんと会った時は逆に母さんがオロオロしていた記憶がある。
でもなんかやっぱり嘘はつきたくないな。ユカと話すためとは言え、宗平をだしに母さんを騙すのは気が引ける。
まあ、そうでもしないとユカと話していられないし、仕方ないっちゃ仕方ないのか。
しかし母さん、どんな耳してるんだよ……。
疑いも晴れたし、俺は自室へ向かう。
扉を開けると、部屋のど真ん中に大の字に突っ伏しているユカの姿があった。
ユカは驚いて俺を見るが、扉を開けたのが俺だと判るとその体勢のままため息をついた。
やっぱりユカは抜けていると思った瞬間だった。扉を開けたのが母さんだったらどうするつもりだったんだ、ため息をつきたいのはこっちだ。
なんかユカが動きそうも無かったので、横から押してゴロゴロ転がしベッドの下へ押し込む。
押し込まれるところまでは黙っていたが、ベッド下に入った所で抗議の声が聞こえた。
「何すんのよ!」
「着替える」
「あ、ああ。そう」
こう言うと黙るのは面白い。
とは言え、色々と聞きたい事もあるので手早く着替える。
ユカはいつも通り着替えた直後に這い出てきた。
「さて、ユカ、色々聞きたい事と報告がある」
昨日のように訝しげな視線を向けられるが受け流す。
小鳥絡みじゃなくて、宗平絡みだからな。ユカは全然知らないだろうが。
「まず、俺が肩代わりを頼む可能性が若干薄くなった」
「本当!?」
パァッと擬音が聞こえそうなくらい嬉しそうな顔をするユカ。
しかし、あくまでも可能性の話だからな、ときっちり釘を刺しておく。
「で、だ。そうすると、もう残る選択肢は辻褄合わせを待つだけになるんだが……。どうにかして期限延ばしたりとか出来ないのか?」
「出来るならとっくにしてるわよね」
だよなあ。
となると、やっぱり辻褄合わせを待つだけになるのか。
せめて何かしら行動を起こす事が出来れば気も紛れるのに。
「一応、私も何か出来ないか探しておくわ。でも期待はしないでね、今までも何度か試した事だから」
と、ユカは言ってくれた。
今のところ、正直それに頼るしか方法は無いのか。
俺は「頼む」と一言。
何とかして小鳥と引き合わせられればなあ……。
結局俺もユカも浮かない顔をしたまま、俺は勉強用具を机の上に出した。




