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 学校、学校だ。憂鬱だ。

 俺は制服に着替えながらそんな事を思う。

 ユカは俺が制服に着替えようとしていたからかなんなのか、ベッドの下に潜っている。


「ユカ、学校にもついてくるのか?」

「ついて行くわけないじゃない」


 ベッドの下からそう返答があった。結構動き回るユカにしては珍しい、そう思っていたが、ユカは続けて言った。


「猫が学校に入って行ったら、どうなるかぐらい判るでしょ」


 だ、そうだ。なるほど確かに、猫が校舎内に居たらもみくちゃのしわしわだろう。あるいは、心無いヤツに石か何か投げられるかもしれない。

 俺が納得していると、ユカはベッドの下から這い出てきた。着替え終えた気配を察知したようだ。

 

「って事で私は適当にぶらぶらしてくるわ、前みたいにね」

「それなら鍵は開けといた方が良いな。できれば閉めたいが」

「ああ、防犯なら任せて。多分誰か入ってくれば判るわ」


 強盗なんか入って来た場合、ユカに何かできるだろうか。死神とは言え、見た目は猫だからなぁ、適当にあしらわれて終わりな気もするけど……。

 なんて考えていると、またジトッと見られた。信用してないわけじゃないんだけどな。防犯となるとまあいいかとは言えない事なので、引くわけには行かない。

 それに誰か入ってきた事が判るのだとしても、ユカ自身瞬間移動のようなものはできないだろう、多分。できるならぶらぶら歩く必要は無いはずだと思うんだが。


「何か防犯になるような事ができるのか?」


 そう聞くと、ユカはベッド前から一瞬で俺の隣に移動した。どうやら瞬間移動はできるようだ。というか俺の心を読んだようなタイミングでの瞬間移動、やるね。

 ん? ちょっと待て。瞬間移動できるなら鍵関係ないだろ。

 それをユカに聞くと、「これも思ったほど万能じゃないのよ」と返された。そんなもんか。

 でもそれだけじゃあまり意味は無い、犯人を追い払えないと意味が無いんだから。そういう視線をこめて俺は肩をすくめる。

 ユカは「判ってるわよ」と一言だけ呟くと、軽く跳躍した。

 そのまま、降りてこない。具体的に言うと天井に張り付いている。どうなってんだアレは。

 天井に張り付くだけかと思ったがそうではないようで、ユカが軽く全身に力を篭めてから別の壁に向かって跳躍した。

 その速さは、『バトルマンガかよ』と思えるほどのスピードで、しかし別の壁にはしっかりと音もなく着地する。張り付くと言った方が正しいかもしれない。

 それを縦横無尽に数回繰り返した後、俺の目の前に着地した。


「どう、ぶち当たれば相当痛いわよ」

「ぶち当たるって、お前の骨とか大丈夫なのか?」

「もちろん、どう当たろうが大丈夫よ。キミずっと私の事ネコだとか言ってるけど、本来私は死神なんだからね?」


 まさか妖怪だの幽霊だの以上にファンタジーなモノをこの目で見る事ができるとは思えなかった。

 まぁ防犯面はこれなら大丈夫だろう。確かに今までずっとただの猫だと思っていたが、本気を見ると凄いもんだな。まずあり得ないと思うけど、その凶弾が俺にぶち当たらない事を祈るよ。


 その後、時間も時間だったのでユカと一言二言交わしてリビングへ降りる。

 リビングで軽く朝食を取り、「行って来ます」と挨拶してから外に出た。



 

 通学路には、示し合わせたように小鳥が居た。つっても家が歩いて五分程と近いので、小さい頃から一緒に学校に通っている。

 最初こそ時間を決めて合わせていたものの、今ではお互い家を出るタイミングが判っている為集合時間とか特に決めていない。

 俺は小鳥に向かって片手を揚げて挨拶する。


「ヒロ、つかれてるね」


 いきなりバレた。いや、『疲れてる』かもしれない。ここんとこ色々と考えづくしだったからな。


「何か悪いモノ……猫又辺りかな?」


 やっぱりバレてた。しかも何に憑かれてるのかまで当てる、見事な解答だ。

 まぁ、道をふらふらしているユカを見た事があるのかもしれないけども。昔に小鳥自身が、妖怪は滅多に見ないよとか言ってたし。

 でも多分ユカは悪いモノじゃないんじゃないかな。なんて思いつつとりあえずどう答えるか考える。と、すぐまた小鳥が口を開いた。


「当たりだね。ヒロ、隠し事しようとするとすぐにそっぽ向いて空眺めるし」


 マジか、確かに言われればそうだなって自覚はあるけどそれ衝撃の新事実なんだが。じゃあ何か、今まで色々隠し事してたの大体バレてたのか。

 いや、このタイミングで言うって事は最近俺のこのクセについて確信を持ったのかもしれない。

 なら今までの隠し事はバレてない! そう、きっとバレてない!


「おーい、聞いてる?」

「ああ、聞いてる聞いてる」


 適当に返しておく。バレてるとしても、別にユカの事は喋る気無いし。

 それに今までの傾向からすると、ユカは悪くないなんて言った日には凄い勢いでまくし立てられる気がする。

 妖怪とか幽霊って危ないんだから! とかって言われて。


「猫又は人を騙すよ。念のためだけど、気をつけて」


 耳を疑った。猫又は人を騙す、ユカが俺を騙してるのか?

 いやでも……。


「って言うか、困ったら私に言って。頑張れば退治できると思うし。猫又は飽きっぽい性格だから害はあんまりないだろうしね」

「判った」


 さっき小鳥に言われたので、そっぽ向かないよう心がける。

 そう言ったが、逆に絶対に言わない事を心に決めた。ユカの言い分を信じているってのもあるが、本当にユカが死神だったら小鳥と接触させるのは危険すぎる。

 それに小鳥が『害はあんまり無い』って言うほどだから、ユカが死神の真似事をして俺を弄んでいるんだとしても俺が疲れてハイ終わり、ってな具合だろう。

 でも、問題は本当に死神だった場合なんだよなぁ……。


 その後は、猫又に関する注意点なんかを聞いて登校する事になった。

 なにより驚いたのは、小鳥が猫又に関して詳しかった事だ。過去騙された経験でもあるのだろうか。

 そしてユカは、おおよそ聞いた限り猫又だった。




 午前中、俺の親友である宗平に相談があるとだけ告げておく。「小鳥ちゃんとケンカでもしたのかよ」と茶化されたが無視してやった。いつもの事だ。

 授業は頭に入らない。宗平にはどう説明しようかとか、ユカは本当にただの猫又だったのかとか色々と言葉が頭の中をぐるぐる回る。

 結局、俺の脳内議論は、回りくどい言い方をしないでそのままぶっちゃけた方が楽だし早いという結論に終わった。


 昼休みには宗平と購買パンを持って屋上前の踊り場に座りこむ。


「で、相談ってなんだ」


 パンの包みを開けながら宗平は聞いてくる。話がある時はいつもこの屋上前なのだが、宗平は金髪で短髪、耳にはピアス。相変わらず屋上前って言うポジションがもの凄く似合うヤツだ。

 先ほど俺はぶっちゃけた方が早いと結論付けたので、そのまま金曜の帰りに起きたことから説明していった。

 ユカと出会った事、ユカが死神だと名乗った事、小鳥が危険だという事、小鳥が言うにはただの猫又の遊びだろうという事など。一応、肩代わりについては伏せておく事にした。

 宗平はパンを食べながら聞いていたが、俺が話し終わると開口一番、俺の行動を全否定した。


「ってゆーか、なんでヒロキはそのユカってヤツ信じてんだよ」

「は?」


 言われてみれば確かにそうなんだが。


「そりゃおめー、小鳥ちゃんが言ってるのを信じるのは可笑しかねぇと思うけどよ、ヒロキが言ってるユカってヤツは本当に死神だとかそういった証拠はあんのかよ?」


 証拠か……見たこと無いな。俺は全部ユカが言ってる事を片っ端から信じていただけだ。

 そう言えば初めっから疑ってすらいない事に今更気付いた。ユカと言う見えないはずのものが見えたから、ってのが一番大きかっただろう。

 それに見た目は猫又でも俺にはそういった知識はほぼ無い。そんな中『死神だ』と名乗られれば信じざるを得ない。

 でもそれとは別に、ユカを信じたいと言う気持ちもあった。小鳥も『猫又は人を平然と騙すよ』ぐらい言っていたが、ユカはそういう感じではなく、なんというか必死だったからだ。

 俺みたいに騙し易いヤツに対して、演技をするとしてもあそこまでわざわざ必死を装うだろうか。いや、そこまで計算ずくなのか?

 あーダメだ、また堂々巡りに陥る。

 一通り俺が考え終わった事を確認したのか、宗平は言った。


「ユカってヤツに直接聞いてやれよ。証拠はあんのかってな」

「それは小鳥が言ってた『刺激させちゃいけないランキング』に入るんだが」

「あーそりゃまた難儀だなぁおい」

「でもユカなら、あれはあれで結構人間っぽい所あるから話は通じそうだし、聞いてみるか」

「おー、聞け聞け。んで何かあったら骨ぐらい拾ってやんよ」

「やめろよ縁起でも無い……つーかお前に拾われるくらいなら砕いてもらうわ」


 笑いながら軽口を言い合ってから、俺は「そう言えば」と言わないといけない事を思い出した。


「小鳥には言わないでくれよ」

「あ? おめー小鳥ちゃんが一番心配してんじゃねぇのかよ」

「可能性の話だよ、心配してくれてるのは嬉しいけどな。平気だったらそりゃすぐ言うさ」


 宗平はすぐ納得してくれた。俺も小鳥に心配を掛けたくないので、宗平の理解の早さは素直に助かる。

 「ま、明日もこの場所で昼飯だな」なんて宗平の面倒見のよさに感謝しつつ俺達は教室に戻った。


 午後はまぁ、いつも通りだった。宗平もさっきまでの話は気にしていないようで、普通に授業を受けている。あるいは、俺が行動を起こさないと進展も何もないと察しているからか。

 とりあえずユカに話を聞かないとなぁ。ぶっちゃけ今まで信用していた分、「お前実は騙してたの?」とか聞くのは辛い。

 出来るだけオブラートに包んで聞くか? とも思ったが、今までの経験上ユカは頭が良いからオブラートに包むと逆に怒りそうだ。良いから要点を言え、ぐらいの勢いで。

 っていうか、例え証拠を見せられたとしてもそれが本物だって俺に判るワケないよなぁ。いやいや、大事なのは聞く勇気だ。


 カバンに荷物をつめ、帰る準備をする。登校は小鳥と一緒だけど、帰りは一人だ。俺は帰宅部なので特に寄る所はないが、小鳥はアーチェリー部に入っているので一緒に帰ることは滅多にない。

 少しユカの事を聞きたい気持ちもあったが、今聞いても多分小鳥は「ユカを信用するな」の一言で終わらせてしまう気がする。

 そのまま帰るか、と靴を履き替えて校門を出る。


 しばらく歩いていると、ユカがやってきた。相変わらず塀の上を跳ねるのが好きなヤツだ。

 二人とも無言で歩いているが、こうユカに張り付かれていると小鳥の話と宗平の話のせいで監視されている気分になる。

 家でゆっくり聞こうかと思ったが、疑いを早く晴らせるならそっちの方が良いかと思いユカに話しかけようとする。


「なあ」

「ねぇ」


 被った。無言が嫌だったのはユカも一緒だったのかもしれない。

 

「おう」

「なんか気まずいと思ったから声をかけただけよ」

「ああ、俺も似たようなもんだ」


 とは言ってみたものの、話題が思い浮かばない。

 ユカは真面目だからなぁ、思えばこうやって歩きながら会話していたものは全部『死神の仕事』の話ばっかりだった気がする。


「面白い話題あるか?」

「……こっちが聞きたいわよ」


 だよな。俺もユカもテレビは殆ど見ないからそういった話題は出ないし。楽しい話題となると中々……あ。


「なあユカ、そう言えばお前ゲーマーなのか?」


 先日俺の渾身のハイスコアを全部見事に塗り替えられていた事を思い出した。

 あのスコアはゲームをやった事ないヤツが出せるようなスコアじゃない。

 ましてや猫が出せるようなスコアじゃない。


「うーん」


 一旦止まり、ユカは右前足を口に当てる。この考えるポーズは久々に見たな。


「世間一般の言うようなゲーマーじゃないと思うわよ? ほら、朝もやったように私は動体視力良いから」

「なるほど」

「ああ、でもキミの好きそうなあのゲームのコツは掴んだわね。例えば――」


 家に着くまでユカのゲーム談義は続いた。猫だとは思えないゲームパターンの知識量、やっぱりお前ゲーマーだろ。


 自分の部屋に入って私服に着替える。相変わらずユカは着替えるタイミングにベッドの下へ潜る。別に猫に見られるくらい構わないんだけどなぁ。

 そして、「真面目な話がある」とユカを座らせて、俺もユカの前に座った。


「まず前置きとしてだな、ユカを信用してないわけじゃないからそこの所は勘違いしないでくれ」


 それだけで訝しげな視線を送られる。信用してないわけじゃないって言う時点で信用してないと思ってるようなもんだもんな、それくらい判る。


「猫又は人を騙すって聞いたんだが、ユカが死神としての証拠とかあるか?」

「瑞乃枝さんに言ったの!?」


 信じられない、と言った顔だ。むしろ怒っている節がある。

 あれだけ心配するから言うなと言ってくれていた分、この怒りは納得できる。でも違う、言ったんじゃなくてバレたんだ。


「バレたんだよ、向こうが『猫又に憑かれてるね』って言ってきたんだ。ユカが死神云々は全く喋ってない」


 ……宗平には話したんだけどな。でもアイツはまあ小鳥みたいに特別じゃないからノーカンだろう。

 俺が言うと、ユカは「そう」と呟いて俯く。そしてそのまま動かなくなった。

 悩んでいるのか判らない。それに今までの考えるポーズじゃないから声をかけづらい。

 やはりユカは長考癖があるようだ。さっき俯いてから五分近くは経っている。しかし、やがて口を開いた。


「証拠は、今は無いわ」


 無いものは無いのだからしょうがない、と開き直ったような声色だった。そして、そのままの声色で続ける。

 

「前にも言ったけど、日が悪いのよ。と言っても、『騙す』って思われちゃってるなら私が何を言っても無駄でしょ?」

「確かにな」


 言葉だけならいくらでも騙せる、それに演技が入ればなおさらだ。

 でもだ。


「俺はユカを信用してないわけじゃないとは言った」

「だから?」


 絶対に言葉の選択を間違えてはいけない気がした。

 少なからずさっきの声色には諦めが混じっていた。そして今、俺の目をしっかりと見据えている。

 このユカの威圧の仕方が、俺に対して怒り狂った時に似ているからと言うのもあるが、ここで言葉を間違えればきっとユカはもう俺の前に現れなくなる。そう心から思えたからだ。


「できるだけ死神の事を教えてくれないか? こっちもできるだけ情報を提供する。だから、俺を心からユカを死神だと信用させてくれ」


 ユカは「ふぅん」とだけ言ってそっぽを向いた。出て行こうとする気配は無い。

 だがその後、うーんと言う唸り声といつもの考えるポーズをした。


「残念だけど、死神としてキミに教えられる事はもう殆ど教えたわよ?」

「え、マジか」


 確かに色々聞いたけど、あれで全部だったのか。


「じゃあ逆に私から聞かせて貰っても良いかしら」


 ユカは考えるポーズのまま言ってきた。俺はもちろんと頷く。


「瑞乃枝さんの事、教えてもらえる?」


 右前足で隠されたはずの口元が、若干歪んだ気がする。

 はっきり言って、俺は選択を間違えたのかもしれない……。

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