6/27(2)・6/28
ゲームに飽き始めた頃、いつの間にかユカが隣でゲームを見ていた。
流石にあの分厚さの本を読むのに飽きたのだろうか。さっき見ていた速度は尋常じゃなかったが、それでもこの短時間で読みきれるとは思えない。
と、いうか。
「ユカ、あの六法全書どっから持ってきたんだ」
ユカは虚空を眺めながら右前足を口に当てる。いつもの考えるポーズだ。
この猫なら普通に盗んできたとか言いかねない。
「落ちてたのよ」
「戻してきなさい」
回答が判っていたので即答した。
大方、『どこかの本屋に落ちてたのよー』とか言うと思っていたが、ユカはクスクス笑うと実はね、と喋る。
「書斎にあったから持って来たのよ。キミのお父さんのものだと思うわ」
そうか、ってか全く気付かなかったけど父さんこういうの持ってたのか。一家に一冊ってヤツだろうか。
「で、凄いスピードだったけど肝心の内容はちゃんと読んでたのか?」
「もちろん」
ふふん、と相変わらずの調子でユカは胸を張る。
「途中で飽きたわ」
流石にずっこけた。
しばらくユカと話していると、リビングから母親の呼ぶ声が聞こえた。時間的にも夕飯だろう。
流石にユカを連れて行くと色々と厄介そうだったので、テキトーに遊んでてくれと言い残して下に降りる。
夕飯は大抵父さんの帰りが遅いので、母さんと一緒に食べる。
大体いつも録画してあるアイドル番組を眺めながら他愛ない会話をする程度だ。
いっちゃなんだが、俺はこのおかげである程度アイドルや俳優なら知っている。どうでもいいか。
今日もいつも通りの会話で食事を終える。
ユカの猫っぷりから、いつ二階からドタバタ聞こえるか心配でならなかったが、大丈夫だった。
途中母さんに、「またゲーム点けっぱなしで来たの?」とか聞かれた。今日の朝ユカが言っていた事は確かだったようだ。俺はゲームを点けてきてはいないし、音も聞こえない。
部屋に戻ると、ユカが横になってぐったりしていた。
「ムキになって本気出したのよ……」
と、聞きもしない言い訳を呟いている。
画面を見ると俺のハイスコアは全部更新されていた。この猫、その手でどうやってこれを叩き出したんだ。
ユカがぐったりしている分には問題ない、母親が居るのでユカと話しているときっと怪しまれるだろう。その点ではむしろぐったりしていてくれた方が都合が良い。
ユカは気付いたらそのままその場で寝ている。
しばらくゲームやったら俺も寝よう、と思いながら猫に抜かれたハイスコアを再び更新すべく、俺はゲーム画面に向かった。
次の日、無事邪魔をされずに起きる事ができた。時間は俺の本来の休日起床時間なので大体十二時ごろである。
昨日は結局ハイスコアを更新することはできず悔しい思いをする事になったが、それはいつか更新しよう。ライバル誕生だ、相手は猫だが。
さて、ベッドから降りて辺りを見回すといつもの猫もとい、ユカの姿が無い。
おとといからずっと俺の周りであーだこーだやられていたため、急に静かになって不思議な気持ちだ。
多分だが、今日は両親共に家に居るからどこかに隠れているか、それとも俺と出会った時のように町をうろうろしているかしているのだろう。
俺のようにきちんとユカと意思疎通できる人物は極稀らしいが、俺としてはもう一人ぐらい居て欲しい。そんで俺の役目を変わってくれ、頼むから。
いつも通り洗面所で用事を済ませ、リビングへ向かう。
昼食の時は大体いつでもそれなりに面白い番組がやっているので、両親から話しかけてくる事はあまり無い。
流れているテレビ番組を横目に手早く昼食を済ませて、自分の部屋に戻った。
意外とユカの存在は暇つぶしに丁度よかったらしい。なんとなくだが、手持ち無沙汰になった。
ゲームをやる気にもならず、勉強でもしようと机に向かう。
と、消しゴムが小さくなって使いにくくなっている事を思い出した。
「休日はあんまり動きたくないんだがなぁ」
ぼやきつつ、着替えて外に出る準備をする。
消しゴムのほかに必要なものが無かったか確認をして、リビングへ向かう。
リビングでちょっと外に行って来ると親に告げてから、目指すは近所のスーパー。
スーパーまではそんなに遠くない。徒歩で十分といった所か。昔は家を出てすぐの場所にある商店街にも文房具屋があったが、今ではもう商店街自体が機能していないので開いている店は数えるほどしかない。
文房具店がまだやってればなーとか思ったが、別に急いでいるわけではない。しかし、急いでないからと言って寄り道するような気分でもない。
さっさと用事を済ませようと、俺は住宅街を抜けていった。
「あーもう、嫌になっちゃうわよね」
「やっぱ来たか」
「何よ」
「こっちの話だ」
寄り道をしたくなかった理由が案の定やってきた。
一番最初に会った時のように、塀の上をトコトコと歩いている。
愚痴を吐いていたので半分くらい聞いておく。ユカが言うには、色々な場所を駆け回ってみたがやはりユカを見える人間は居なかったらしく、一度戻ってきたらしい。
それどころか、ここらへんの猫は縄張り意識が強いらしい。猫又ともなると一睨みで相手は逃げていくようだが、何度も喧嘩を吹っかけられたと言っていた。
「まあ、どうせキミの家に行っても話してられないだろうから、またいろんな人のところに顔を出してみるつもりよ」
「そうか、見つかると良いな」
それを言われたユカは、キミでももごもごとか何か言っていたが聞こえない振りをした。
ただ、見える人が見つからなかったら夜には戻るから窓の鍵だけ開けといて、と言われた。きっちり閉めておこう。
「そう言えば」
「ん?」
「辻褄合わせが起こるまでの期間なんだけど、多分あと六日って所よ」
ずいぶん急だな。いや、ユカはそのために来たのだから、急なわけではないのか。
でもそっちより気になる事がある。
「なんで急にそんな事を言おうと思ったんだ?」
「もしもの為よ、覚悟って結構大事よ」
もしもの為、か。俺もいざとなったら行動を変える可能性があるって事だろうか。
確かに、期限ギリギリでうじうじ悩むよりは先に情報を知っておいたほうが良いとは思うが、俺が行動を変える可能性ってのが想像できない。
と、いうかむしろこの期限切れまでに俺が何かできないか考えるべきなのだろうか。
できる事、か。何をすべきかすら今のところ全く考え付かないが、六日のうちに納得できるような事があるかもしれない。
顎に手を当てて考える。例えばどんな場合が納得できるのだろうか。
いやでも、ユカが言うにはどうあっても俺が手を下さないと期限切れと同じタイミングにその対象の人物が亡くなる事を信じるしかないのか?
参ったな、堂々巡りだ。
「じゃ、私はまた行くわ」
俺は考えたままだったが、軽く言い残してユカは去って行く。
このまま考えていても、きっと意味はないだろう。
なので期限のことは頭の隅においておく事にして、ポケットから引っ張り出した買い物リストに目を落としてからスーパーへ急ぐことにした。
ちなみに、リストには消しゴムとしか書いていなかったので、『必要なかったな』なんて思いつつポケットに戻した。
その後、スーパーでは特にすることも無かったので、消しゴムとおやつにポテチを買って早々に帰る。
買い物を終えて家に帰ると、そのまま自分の部屋に戻って昨日と同じようにパソコンの電源をつけてから勉強を開始する。
もちろん、さっき買ってきたポテチを食べながらだ。
パリパリ、カリカリと音が続く。心なしか筆圧が強く感じる。
パリパリ、カリカリ。食べ物を食べながら勉強って、頭に入らないよなぁとか思いつつ。
パリパリ、カリカリ。
……カリカリ、カリカリ。
うん、知ってた。この音は文字を書く音ではない。チラッと音のする方を見て、盛大なため息をついた。
窓の鍵を開けてやり、音の正体を家に入れてやる。
ユカは怒り心頭、心ここにあらずといった調子だ。
「私、開けといてって言ったよね。キミ聞いてなかったの!? そんなに私が憎い!? ええ判るわよ! キミにとって凄く嫌な存在でしょうね! でも私はキミしか頼る人が居ないのよ!! キミは良いわよね、選択できて! 私にはその時間も! 頼める人も! 可能性も無いのよ!! それにね――」
途中落ち着くように何度か言ってみたが、俺の声は聞こえていないようだ。それだけユカはショックを受けたらしく早口でまくし立てる。
後半はほぼ鼻声で、目が潤んでいるようだった。『選択できる、か……』今更だが、ユカも別に好きで俺の近くに居るんじゃないんだろうな。状況がそうさせているだけで。
そう考えると、今まで若干ユカが怒りっぽかったのも納得できる気がしてきた。
きっと常に神経をすり減らしてどうすれば良いのか考えていたのだろう。俺が動いてくれるのがベストだったが、動かないからベターな選択肢を探すとかそんな感じで。
締め出しは少し意地悪が過ぎたかもしれない。若干反省しつつ、ユカが落ち着くまでこの悲鳴に近い叫び声を聞いていた。
結構長い時間ユカは叫んでいた。両親がこの怒鳴り声を聞いて俺の部屋に入ってこないという事は、やはりユカの声は両親にも聞こえないのだろう。
ユカの心からの叫びは先ほどまで俺の心を揺らすほどの効果はあったが、何故か今は落ち着いていた。
相手がまともな判断ができない状態だから、自分は冷静になろうと努めるような心理状態だろうか。よく判らないが。少なくともパニックが伝染しているような状況ではない。
ユカはまだ肩で息をしている。俺が落ち着いているからか、ユカの目も次第に焦点がハッキリしてきた。
「……ごめんなさい、いきなり迷惑だったわよね」
大きく数回深呼吸して、ユカも落ち着いたらしい。
そのまま踵を返して窓から出て行こうとするユカを止めた。
「待て待て、何かできるとは思えないけど、他に話せる人が居ないなら俺が手伝うしかないだろ」
ユカは黙って俺を見ている。言ってみたものの、我ながらどうかと思うセリフだ。
手伝うけど犯罪には加担しませんよ、と。おおよそ俺が言いたい事はそうなんだが、ユカとしてはどうあっても犯罪に手を染められるような人間が欲しいはずだ。
それはもうここ二日間でずっと俺が言っていたことだが、さっきの叫びを聞く限りユカは理解していても納得はできていないのだと思う。
そして、俺みたいにユカが見える人間が居たから他に俺より言いくるめやすそうな人を探しに行ったが収穫はゼロだったと。
おそらく、俺と出会うよりずっと前から話せる人間を探していたのだろう。でもどこをどう探せども話せる人間は見つからなかった。だから納得できないが俺の元に居る。
つまりこんな感じなんだろうな。
だから、俺も言葉を続ける。犯罪に関わるような事は絶対にしない。その釘を刺す意味と、何らかの形でユカのサポートができれば良い。そういう意味を込めて。
面倒見が良いと言えば聞こえは良いが、要は何にでも首を突っ込んでしまうタイプなんだ俺は。
「最低でも、話し相手にはなるよ。だから、ここに居て良い」
この時、ユカは何を思っていただろうか。今までのような覇気の無い顔からは考えを読み取る事ができない。
しかし少しもすると、ユカはゆっくり俺の近くに寄って呟いた。
「……ありがと」
それからユカがいつもの調子に戻るまで結構時間がかかったと思う。
俺も特に何かするわけでもなく、寝るつもりは無いもののユカに話しかけづらい雰囲気だったのでベッドに寝転がっていた。
「そう言えばだけど、キミに話して無かったわよね」
「何を?」
「対象人物の名前よ。キミを信用しきれてなかったってのが大きかったわ」
「信用無かったのか、いやでも別に知らないままでも良いんだが」
「知ってた方が便利なのよ、キミ明日から学校でしょ」
「あー、そうだな。って相手は学生なのか?」
そうだとしたら、不憫すぎる。同い年かそれくらいの人が亡くなるのは本気で見たくない。
正直、多少不謹慎でもクスクス笑いながら、違うわよと言ってくれるのを期待していた。
だがユカは、「そう」と言って、その対象の名前を口にした。
「瑞乃枝 小鳥って人よ」
冗談にしてはたちが悪いと思った。その名前は、同姓同名で無ければ……。俺の幼馴染の名前だ。




