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17/22

x/x 瑞乃枝 小鳥

 例えば、『物心がつく前くらいの小さな子は幽霊を見やすい』とよく言われる。

 これはカーテンが揺れていたり、何の変哲も無い所を見て喜んだりする事が起因しているのだろうが、実際、それらは殆どただの条件反射である。

 もちろん中には本当に見える子供も居るだろうが、大抵は物心がつくと同時に見えなくなる。


 その中で、瑞乃枝 小鳥は例外だった。全てハッキリと見え、声も聞こえる。完璧な霊感体質を持って生まれた。

 そういう人間には霊が集まりやすい。なので、事ある毎に小鳥の周りでは怪奇現象が起きていた。

 瑞乃枝の両親は、最初は小鳥自身が超能力でも使って物を動かしたりしているのかと思っていた。何せ、彼女が指差したものがズリズリ音を立てながら動いたり、少し浮いたりしていたからだ。


 それが勘違いだと気付いたのは、小鳥が幼稚園に入る少し前の事だ。

 小鳥が拙い言葉で話していた。台所に立っていた母親は、最初父親と話しているものだと思っていた。

 だが、段々おかしいことに気付く。まず、小鳥の言葉に対する返事が無い。父親であるなら、絶対に何かしらの反応を示しているはずだ、と母親は思う。

 なので、一度家事の手を止めて小鳥の様子を見に行く事にした。

 そこには小鳥以外誰も居なかった。だが、小鳥はまだ話し続けている。独り言の可能性は絶対に無いと言い切れた。母親はその光景に戦慄を覚える。


「やめなさい!」


 そう叫んで小鳥の会話を強制的に止め、強く抱きしめその場から離した。

 父親も母親と同じく、てっきり小鳥は母親と話しているのだと思っていた。

 小鳥は、話を止められた理由が判らず、更にいきなり大声を出され怒られた為大きな声で泣く。だが、母親も父親もその判断で間違っていないと感じた。

 

 小鳥はその後も、見えない誰かとよく話していた。その度に母親に叱られるのだが、小鳥としては霊も人間も全く同じように見えるのだから、それの何がいけないのか判らなかった。

 知らない人と話してはいけない。そう念を押されるものの、小鳥には誰が知らない人なのかという区別すらしづらい状況だ。

 そういう経緯があり、小鳥はあまり喋らない子供になってしまった。

 幼稚園バスの停留所では、近くに住んでいる、犬塚 弘という名前の子供が小鳥によく話しかけていたが、小鳥は短く簡単な返事をするだけだった。

 幸いだったのは、それで弘が小鳥から離れなかった事である。単純に同じ乗車場所だったから、が一番の理由ではあったが。


 小鳥は決して弘を拒絶することは無かったが、弘としては毎回バスに乗る時間はつまらなかっただろう。

 だがそれも低学年のうちだけだった。

 高学年の頃の事件を経て、小鳥は自分の霊感体質……と言っても、自分でもよく判っていなかったが。それを怒らず、恐れない人物と初めて会えたと思った。

 それからは積極的に弘と付き合うため努力をした。結局、幼稚園の間にそれが実を結ぶ事は無かった。

 ずっと一言二言で会話を終わらせていた為、喋るのが苦手になってしまっていたのだ。


 小学校に入ってすぐの頃、一つの事件が勃発する。

 弘と一緒に遊んでいた時、部屋を少し離れたらもの凄い勢いで荒らされていたあの事件だ。

 相変わらず弘は黙ってその部屋を見ているだけだったが、小鳥にはその荒らした正体が見えた。いや、見えてしまった(・・・・・・・)

 今までの霊とは天と地ほど差もある、悪意の塊。おおよそ人の形をしておらず、巨大な蟲の様な、それでいて人の顔が覗き見えるような。そんな化け物。

 これまでそういった霊と出会うことが無かったのは、ある意味幸運と言えよう。しかし、この存在に出会って、今まで霊を恐れることの無かった小鳥は、初めて悲鳴を上げた。



 やがて霊媒師を名乗る女性が家にやって来た。父親が呼んだと言う事だったが、話としては要領を得ず、なし崩し的にこの女性が着いて来たとも言っていた。

 周りが胡散臭いと見る中、ただ一人、小鳥にはこの女性が本当の力を持っていて、自分をあの化け物から助けてくれる存在に見えた。

 なぜかと言うと、その女性は一人の霊を従えていたからである。着流しを身につけて、へらへら笑いながらその女性に従っている幽霊。

 この頃にはもう、小鳥は人間と幽霊の区別がなんとかつくようになっていた。


 両親は、最初は女性の事をすぐにでも追い返そうとしていた。

 どう見ても胡散臭すぎるのだ。二十代半ばにしか見えず、どうあっても高名な僧侶とかには見えない人物。

 しかし、何が起こったか、誰が原因か、どう対処しなければいけないかをすぐに把握・説明し、このままでは小鳥は危ないと順序立てて説明され、父親も母親もこの女性の能力を認めざるを得なかった。

 それから暫くの間、小鳥はこの女性に師事する事となる。


 学校には普通に行っていたし日常生活にあまり変化は無かったが、弘と遊ぶ時間は減ってしまった。

 小鳥は、女性の事を先生と呼んでいた。先生は小鳥が出かける時には必ず札を忍ばせてくれたので、あれ以来小鳥が悪霊と出会う事は無かった。


 ちなみに小学校の低学年でも、小鳥の話下手は暫く続いていた。

 ただ、弘は決して小鳥から離れていかず、よく遊ぼうと誘ってくれる。それが小鳥にはよく判らない感覚だった。

 他の人が見えていない『誰か』は、小鳥がいくら離れようとしてもついてくる事が多いのに、その逆は珍しかったというのが一番の原因である。

 それ所か、小鳥の近くに居ると怪奇現象が起きるという事でクラス内で仲間はずれにされたり、無視されたりする事ばかりで、弘以外は誰も近寄ろうとしない。


 いつしか小鳥もその状況が当たり前になってゆき、ちょっとしたイタズラなんかを受けても、ただただ黙っているようになった。

 それが更に、小鳥は根暗であると言う噂を立たせることになり、小学校に居場所は無くなっていくように思える。

 ただ、やはり弘だけは小鳥から離れようとはしない。それが小鳥にとって、唯一の支えだった。


 家では先生が客間を占拠していて、住み込みで小鳥に色々な事を教えてくれた。

 それは小鳥にとって生きていく上で大切な事だと何度か先生が言っていたが、その頃の小鳥には完全に理解する事ができない。ただ、『怖い霊』と『怖くない霊』が居る事はきちんと理解した。


 小学校低学年からそれなりの間先生は客間を占拠していたが、不思議と違和感が無かった。

 先生が遠慮を全く知らない人間だったからかもしれないが、家族とはよく馴染んでいたため、小鳥に教える事をしっかり教えた後先生が居なくなった家は物静かで違和感があった。

 それと、別れ際、最後に先生は言った。


「もう今の貴方なら、ある程度の悪霊は対処できるでしょうけど、妖怪には手を出さないようにね」


 と。それはなぜかと尋ねると、先生の力を持ってしても相手にはしたくないほど恐ろしいものなのだと教えてくれた。

 ついでに、毎日の鍛錬は怠らないようにとも。

 当時の小鳥としては妖怪なんて見た事が無かったので、『ついで』の部分の方が大事だったが、先生でも手を出したくないほどの相手だと聞くと絶対に会いたくないな、とは思っていた。

 もちろん小鳥は先生の力量がどれほどのものか知らないが、悪意のある霊からの防御方法だったり最悪の場合の為にちょっとした退治方法なんかも教えてくれた先生は、小鳥の中で唯一無二の存在だった。


 

 小鳥が霊感を制御できるようになっても、小学校ではイジメが続いた。

 小学校という小さなコミュニティーの中で一度立った噂は消える事無く、小鳥はますます隠れるように過ごす事になる。

 相変わらず、支えは弘だった。

 最初は何かされるたびにこっそり落ち込んでいた小鳥だったが、いつしか弘さえ居れば何も辛いことなど無いのではないかと思うようになっていた。

 常に小鳥が辛いと思った事を口にすると弘がそれをきちんと聞いてくれたり、友達と呼べる人が出来ない小鳥の様子を見守ってくれていたからだろう。


 中学校になっても、同じ小学校の悪意ある人達が小鳥の悪い噂を流し続けた。

 結果、中学校当初はかなり学校に行くのが憂鬱だった記憶がある。

 ちなみに小鳥は、弘が陰ながら復讐を行っている事を知らない。たまにちょっかいを出されるのが続く程度だった。


 だが二年生の半ばで小鳥にとって一大事が発生した。学校きっての不良と呼ばれた、荒山 宗平に拉致されたのだ。

 小鳥は抵抗するが、男の、それもしっかり鍛えている力には流石に敵わず、何よりこの頃は無気力だった為すぐに力尽きてしまった。

 連れ去られる途中、宗平の隣で叫び続けている一人の男性が見えた。それが誰かは判らなかったが、宗平にかかわりのある人物に違いないと小鳥は思った。


 だから、出してやった(・・・・・・)

 先生にはあまり使うなと言われていたが、霊を他の人にも見えるようにする方法をこっそり使って。

 もちろん、縁の無い人物には殆ど効果は無いし、見えることも無い。

 ただ、宗平には効果があったようで、大層驚いていた。


 その後、宗平には色々と相談をされ、小鳥も判る範囲で答えてあげた。

 正直な話、小鳥としては相談をされても困る内容ばかりではあったのだが、宗平の父親を悲痛な叫びを聞いてしまった以上、なんとなく、本当になんとなくだが宗平を手伝いたいと思っていた。

 この頃からちょっかいを出される事も無くなり、宗平と弘が仲良くなり、小鳥も明るくあろうと努力をし始めた。

 

 最初はから回る事が多かったが、その辺りの事は宗平が詳しかった。もともと傍若無人に振舞っていた人だ、『暗い』なんて言葉とは無縁だろう。

 とても良い感じにギブアンドテイクの関係を築き、三年生に上がる頃には小鳥の中で宗平は弘と同じくらい頼れる存在になっていた。宗平がそれ以上に小鳥を信頼している事までは気付かなかったが。


 そんな事もあり、ある日宗平に一つの相談を持ちかける。

 『弘が自分とは別の学校に行ってしまうのが怖い』と。

 それを聞いた宗平はすぐ弘に発破をかけ、上手く誘導して宗平の望むある程度のランクの高校を狙わせるように仕向けてくれた。

 宗平の行動に対し感謝すると同時に、実は今まで気付いてはいなかったが、小鳥自身が弘を好きなのだと初めて認識した。


 お互い別の学校に行く事は、今までの関係が一瞬で崩壊してしまうのでは無いかと思うと、小鳥は居てもたっても居られず何度も宗平に相談をする。

 流石に途中から宗平は苦笑しながらではあったが、小鳥の相談を無下にする事無くきちんと聞いて、安心できるような事を言ってくれた。

 おかげで弘の勉強に甘さを持ち込まず、今の高校に一緒に入ることができた。

 宗平が居なかったら、恐らく途中で弘に言い包められ、勉強の手を止めてしまっていた可能性がある。小鳥は、宗平に感謝してもしきれないなどと思う。



 そして、高校に入ると小鳥の世界は急変した。

 今まで宗平から色々なアドバイスを受けていたためか、はたまた自分に対する畏怖や嫌悪の目が無いからかは判らないが、入学当初から明るく振舞う事ができた。

 興味はあったが、今まで近寄ることの出来なかった部活動にも入ることができた。

 アーチェリー部に入った理由はとても簡単なもので、新入生歓迎会で部に誘ってくれた部長が女性だった事と、凄く格好良く見えたからである。

 自分もこうなりたいと、心から小鳥は思った。

 これは小鳥の知り得ない話だが、部に入ってから作法を覚えると、見た目や雰囲気は部長と対等だと言われるようになっていた。もちろん、技量は部長に及ぶべくも無いが。


 さらに普通の女子高生のように友達もできた。

 今までこっそり望んでいたのに、手に入らなかったものが一気に手に入ったのだ。

 だが、肝心の弘への想いは伝える事が出来ず、たびたび宗平に相談という名の愚痴を吐く事となる。


 しかし、事態は急変する。

 ある日小鳥は、猫又を見かけた。それは心の奥底に眠っていた『妖怪に手を出してはいけない』という先生の言葉と、忘れかけていた悪霊による恐怖を引き戻した。

 猫又は小鳥にに気付いたようだったが、小鳥が無我夢中で張った結界のおかげで小鳥を見失ったように見えた。事実、猫又は踵を返すとそのままどこか別の場所へ消えて行った。


 すぐさま小鳥は家に戻り、先生が「要らないから」と呟いて渡してくれた文献に目を通す。

 それを信じるならば、猫又はそこまで恐ろしい存在では無いように見えた。人を騙したり、ちょっと赤面するような事をして心を弄ぶ。書いてあるのはその程度だった。

 ただ、できるならば先生の言っていた通り関わらない方が良いだろう、と小鳥は手に持ったままの資料を棚に戻す。


 最大の誤算は、その猫又が間違いなく弘に憑いていた事である。

 判った理由は三つ。

 近くで猫又を見た事。弘の霊体と言うべきだろうか、そこに何かおかしい残り香がある事。そして、弘が小鳥の言葉におかしな反応を見せた事、だ。

 なので、小鳥は弘に注意喚起した。一応最後には、頑張れば退治できるかもしれないとも。


 その判断が間違っていた事は数日後に判明する。

 猫又は、恐らく弘の弱みに付け込んで思うように操っているのだ、などと小鳥は思う。

 更に、自分では判っていないようだったが明らかに体力の落ちている弘。小鳥としては見ているのが辛かった。


 その後、作戦を決行した。

 弘の後をつけて、猫又の存在を確認し、出来るなら退治しよう。小鳥は自分の力を信じてそう判断する。

 結局その日、猫又は現れなかった。いつも無意識下で行っている悪霊対策の結界を解き忘れていたのだ、当然の結果だった。


 次の日は宗平が一緒に帰ると言う事で、尾行はやめておいた。

 宗平なら猫又の存在が判らずとも、弘の異変に気付けば相談してくるだろうし、下手なことは起きないだろうと小鳥は思う。

 何より、もしかすると小鳥自身、自分が弄ばれているのではないかと考えてしまい、結局その日は普段通りアーチェリー部に顔を出す事にした。


 そして今日、朝の弘はいやに元気だった。まだ猫又が居るはずなのに、だ。

 それと、小鳥は朝から変な胸騒ぎがずっとしていた。文献にあった猫又はそこまで脅威ではなかったらしいが、もしかするとそれとはまた別なのではないか、と感じていたのだ。

 部活も身が入らず、結局早上がりさせてもらい弘の家へ急いだ。

 何か事が起こる前に、あの猫又を退治しなければならない。何故一週間も放置していたのか、と小鳥は自責の念に駆られる。


 基本的に家から出ない弘だ、この時間なら絶対に居ると確信を持っていた。だが、弘の家には誰も居なかった。

 小鳥は何回か玄関のチャイムを鳴らし、確実に居ない事を確認すると諦めて本格的に弘を探すことにした。


 だが通学路には居ない事は判っている……はずだった。

 実を言うと弘は毎回小鳥に合わせて通学路を決めていた。つまり、弘が一人で帰る時は自分の家への近道を通る事になる。その近道を知らない小鳥は、必然的にあても無く弘を探す事になった。


 霊の存在をある程度感知できる小鳥は、河川敷で何かおかしな反応があったのを見逃さなかった。今までに感じた事の無い感覚だったが、もしこれが妖怪の力なのだと言われれば納得できた。何せ、妖怪と出会った事自体初めてだったのだ。変な感覚があってもなんらおかしな事は無い。

 ただ、出来るならその場に行きたくは無い感覚。しかし、小鳥はそこへ向かって走っていた。

 小鳥が知る限り、今この町にはあの猫又しか居ないはず。

 そして、猫又は弘に憑いている――。

 嫌な予感しかしなかった。


 結局、その後弘が殺される直前に間に合ったのは小鳥にとって幸運だったと言える。

 先生に教えてもらった印を素早く手で結び、大鎌を弾く。


「間に合った……!」


 そう叫んだ小鳥は、目の前に居る大鎌を持つ同い年くらいの女性が猫又の正体だと確信していた。

 更に言えば、極めて危険な存在であるとも。

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