表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

7/3

 夢を見ていた。

 別になんて事は無い。『これは夢だ』と何故かきちんと把握している感覚のある夢。

 でも自分が動くことはできず、定点カメラのようになった視界には部屋が映っていた。

 どこか懐かしい気持ちにさせられる部屋。だが、これが誰の部屋だか判らない。なんとなく頭にもやが掛かっているような感覚を覚える。


 部屋に動く様な物は置いておらず、何だか静止した画面を眺めているような気分だった。

 何時間こうして眺めていただろうか、時間の感覚が掴めない。もしかするとまだ数分しか経っていないのかも知れないが、こう動かない部屋を眺め続けるのは辛い。

 これは悪夢かと思った瞬間、何かに思いっきり引っ張られる感覚があり、同時にブツッ、と意識が途絶えた。


 暫く真っ暗だったが、急に全く同じ光景が映る。違うのは『何か』がそこに存在している事だけ。

 それも何なのか、何故か認識が出来ない。

 また同じようなこの光景をずっと見続けるのか、なんて思ったが、再び何かに思いっきり引っ張られる感覚で意識が途絶えた。


 引っ張られる感覚はもう勘弁願いたい。これはかなり神経に障る。不安感とか、気持ち悪さとか、そういった感じの。

 体全体を押し出される感じではなくて、手首をグイッと引っ張られる感覚だ。

 痛さこそ無いものの、不意打ちになるため心臓にも悪い。

 真っ暗な視界がまた場面転換する。同時に、また何かよく判らないものを延々と見続けるのかとうんざりした。


 だが今回は違った。今までときっと同じ部屋だろう、存在している『何か』も同じだろう。俺はそれを認識する事ができた。

 ここは小鳥の部屋だ。相当昔だが、何度か遊びに行った事がある。それとさっきから存在し、ちょこちょこ動いているのは子供だった。小鳥と……俺か。

 さっき動いていたのは一つだけだったように見えたので、おそらく小鳥か俺のどちらかが今回追加されたのだろう。


 まあそれはどうでも良いか、なんて考えていると急に妙な感覚に陥った。

 俺はこの光景をうっすらと覚えている。

 確か、そう。小鳥の家に行けなくなった理由だ。

 自分の視点じゃないから言い切れないが、これはその時の記憶だろう。

 夢だからこの後全然関係の無い展開になるのかもしれないが、ほぼ覚えていない記憶をちゃんと俺が思い出すように、事実をゆっくりとなぞっているような慎重さが窺える。


 この頃はいつだったか、小学校上がってすぐくらいの事だったかな。

 小鳥の部屋は歳相応と言ったところで、引き出し付きの机と一人用のベッドや小学校で使う辞書なんかが入っている本棚、後はおもちゃ箱ぐらいしか無かった。

 それでも一応ごっこ遊びはそこそこ面白かったし、俺の持ってないタイプの(いわゆる女の子用の)玩具は新鮮で楽しかった記憶がある。


 すると、急に子供の小鳥と俺がこちらを向いて口を開いた。と、同時に向かってくる。

 何事かと思ったが、どうやら俺が居る場所にドアがあるらしい。そう言えばそんな間取りだったな。

 どうやら俺は視界を動かせないだけでなく、音も聞こえないようだ。きっとさっきのは何らかの返事だろう。

 ああ、思い出した。小鳥の家に行くと毎回おやつが何かしら出てきたんだ。小鳥のおばさんが手作りのお菓子を作るのが上手かったんだよな。さっきのはその返事か。


 で、だ。この後起こる事の想像がついた。小鳥の部屋の方ではなく、俺の身に起こる事だ。

 決して動かない体に力を込めて衝撃に耐える。

 案の定、思いっきり引っ張られて意識が途絶えた。ちなみに、力を込めようが何しようが衝撃は変わらないようだった。



 暗転すると、やはり『あの光景』がいきなり視界に飛び込んできた。

 部屋が一回転したのではないかと思える状況。全ての家具が逆さまになっている。唯一無事なのはカーペットで、これだけはさっきと全く同じ位置に敷いてあった。

 形的に上下が逆になると倒れてしまうような物はもちろん倒れ、中に入っていたものを床に散乱させている。

 夢で見ている俺には聞こえないが、この時は珍しく小鳥が悲鳴を上げた。こういった事では初めてだったかもしれない。悲鳴を聞きつけた小鳥のおばさんがこれは流石にまずいと思ったのだろう、俺と小鳥をこの部屋に入れないようにした。


 その後の事を俺は知らない。

 しばらく小鳥と遊べなくなったのは覚えている。その時は『なんでこの程度の事で』と思っていたが、小鳥が悲鳴を上げるほどだったんだもんな、おばさんの判断はきっと正しかったのだろう。

 思えば、この悲鳴がきっかけだったのかもしれない。今まで不可思議な現象が身の回りで起きているのに平然としていた小鳥が急に弱々しく見えて、何故だか俺は小鳥を護らないとって思ったんだったな。

 友達と呼べる人が小鳥しか居なかったからなのか、小鳥の狼狽振りに危機感を覚えたからなのかは判らない。

 でも、そうだ。俺は小鳥を今までずっと護っていた。

 今でも護る必要があるのか? と訊かれても、もちろんイエスと答えるだろう。高校に入ってすっかり忘れていた感覚だ。

 何故かは未だに判らない。そもそも俺が人の役に立っていないと満足できない性格だからとか、その程度のレベルなのかもしれないが……。いや、違うな。


 俺は初めて小鳥の周りで起きた現象を見た時『面白い』と思ったし、それから小鳥と話してて面白いヤツだと思えたし、小鳥がクラスから浮いている時頼られて凄く嬉しかった。

 多分、そういったのがどんどん積み重なって、いつの間にかすごく強い気持ちになったんだと思う。




 パッチリ目が覚めた。夢の内容はしっかり覚えている。

 しかしこのタイミングでこういう夢を見るうえ覚えているって、何らかの不思議な力を疑う。つまり、ユカなんかがどうやってか俺の夢に干渉してきた可能性だ。

 

「ユカ」


 寝転がったまま、首だけ動かしてユカの寝ているだろう場所を見る。が、誰も居なかった。

 頭にクエスチョンマークを浮かべながら、ベッドから降りてベッド下を覗き込んでみる。

 両方の前足で顔を抑えるようにして、ユカはそこで寝ていた。


「ユーカー」


 触ると怒りそうだから、ユカを眺めながらさっきより少しだけ大きめの声で呼んでみる。

 ピクリと体を震わせてから、緩慢な動作で前足を地面に下ろす。頭を二、三度振ってからこちらを向いた。朝呼ぶ事なんて無かったため、寝ぼけ眼にも見える。

 なによって顔だ。起き抜けに声を出すのは嫌だもんな。


 そんなユカを気にする事無く、俺はユカに告げた。


「肩代わり、頼めるか」


 と。

 一瞬何を言われたのか判らなかったらしい、首を僅かに傾げる。

 少しもすると今までに無かったほどの強烈な怒気が突き刺さった。

 

「キミ、肩代わりはしないって――」

「あくまで可能性があるって言っただけだ」


 ユカがそう言うだろう事は判っていたので、俺は言葉を遮って言った。

 でもこれで判ったが、どうやら俺にあの夢を見せていたのはユカでは無いようだ。

 そもそも、小鳥のために俺が犠牲になる事をまた選択するような夢を見せるようなヤツじゃないしな。


 俺は強い意思を持って、じっと視線をユカに送り続ける。やがて、ユカが折れた。

 嘆息し、そっぽを向いてから呟いた。

 

「なら今日やるわ……。キミは、言うべき人達にお別れを言って来なさい」


 それはそれで困る気がする。できれば早いうちにすぱっと肩代わりさせてもらいたいのだが。

 俺が黙って座り込んでいると、俺の言いたい事に気が付いたのかユカは未だにそっぽを向いたまま説明をした。


「日は良いのだけど、時間が悪いわ。だからお別れを言うくらいならできるってわけ」

「時間まで決まってるのか?」

「正確に決まってるわけじゃないのよ、ただ、日が暮れる時間くらいがベストってだけ。私がね」


 日が暮れる時間、逢魔が時ってヤツだろうか。かなり妖怪じみてるなと苦笑する。

 しかし今日がまさにユカの言っていた『良い日』だとは、運が良いんだか悪いんだか。夢のせいで肩代わりをする事に決めたのだから、単純に運の問題ではない気もするが。

 だがそれくらいの時間になるのであれば、学校に顔を出して宗平には言っておいた方が良いだろう。

 宗平は昨日ユカに会ったのだから、余計きちんと話をしておかないといけない気がする。


 ちなみにあの後、宗平は「なんか、悪りぃ事したな」と一言だけ告げて帰った。

 謝る事は無い、ちょっとした好奇心から宗平をウチに呼び出したりして、悪い事をしたのは俺の方だ。


 それはそれとして、やっぱり問題は小鳥か。

 登校の時間に顔を出さないのはまずいし、言い包められるならとっくにやってる。


「ちょっとお話をさせて欲しいの」


 ユカにしては珍しく改まった態度で、俺の前に座った。

 夢のせいか、今日も早く起きてしまったため時間はある。

 とは言え、こうしっかり構えられると、こちらもかなり気張ってしまう。


「ああ、そんな身構えないで大丈夫よ」


 表情は真剣だが、声は明るい。

 俺は、頷いてからベッドに腰掛けた。するとユカは右前足を口に当て虚空を眺める。

 今回は初めから何を言うかなんとなく考えていたのだろう。こちらに向き直るのは早かった。


「まずね、キミから生気を少しだけ吸い取ってたのを謝らないとって思って」

「生気って……。あのいわゆる体力みたいな?」

「そうね、上手い例えが見つからないけれど、ここ数日、少し疲れやすかったでしょう?」


 ああ、そう言われればそうだな。少しどころじゃなかった日もあったが。

 でもそうか。睡眠不足とかずっと色々考えていたからかと思ったけど、そういう事だったか。


「でも、なんでそんな事したんだ?」

「うーん。私はね、『絶好調』の周期があるんだけど、それを少しでも早めようと思ってたの」

「何かあったのか?」

「『あった』じゃなくて『なくしたかった』のよ。私が絶好調なのは一日、長くて二日なんだけど、その時に力を使わなくても通常の力に戻っちゃうの」


 ふむ、つまり、早いうちに絶好調ではなくなりたかったわけだ。

 俺は数日間色々と悩んでいたし、確かその間ユカは一度も絶好調になるまでの日数を教えてはくれなかった。

 と、言う事はやっぱり……。


「そう、キミが肩代わりを選択出来ないようにしたかったの」


 そう言う事か。確かに、思えば疲れを確実に感じ始めたのはユカが小鳥の事を知ってからだし、あらかじめ対処しておこうと思ったのだろう。

 思えば最初から肩代わりについては口にしたくなたったようだしな。……しかし、そもそも肩代わりについて言わなきゃ良かったんじゃないだろうか。

 嫌そうにしながらも言っていたって事は、言わなければいけなかったのか、はたまた隠し事が苦手か嫌いか、って所か。

 ふむ、そうか、なんて頷いていると、ユカは自分自身に喋っているかのように口を開いた。


「最初はね、私が自分で瑞乃枝さんを手に掛けられれば、と思ってたの」


 とんでもない事を言い出したので、俺はユカへ視線を戻す。

 ユカは未だに真剣な面持ちだったが、俺の方は向いていなかった。本当に、自分自身の行動を思い返しながら呟いているのだろう。


「でも、最初に絶好調になった時にそれは無理だって判ったわ。ジャミングの効果は絶大だったわけね」


 はあ、と大きくため息をついてから、再び前足を口に当ててから、下ろす。

 一呼吸分置いてから、ユカは俺をまた見た。


「そう、で、本筋に戻すけど、私がキミの生気を吸い取ってたから瑞乃枝さんに私の存在がバレたのだと思うわ」


 なるほど、妙にズバズバ当ててくると思っていたが、そういうカラクリだったのか。

 結局、小鳥は俺が生気を吸い取られていることに気付いていたから、しょっちゅう「大丈夫?」なんて訊いて来たんだな。

 

「これは私の最大のミスだったわ……。正直な話、それでバレるとは思ってなかったのよ。結局、それで余計な負担をキミにも強いる事になっちゃったし」


 確かに、小鳥はずっと心配してくれていたのだし、鬱陶しいとは思わなかったが、毎回どうやって誤魔化すか考えていた節がある。

 それはでも、小鳥にバレようがバレまいが俺としては事実を隠しながら色々と考えなければならなかっただろうから、あまり変わりは無い気もする。


「で、ね。ここからが本題。キミは、自分の命を捨ててまで本当に彼女を護りたいの?」


 真っ直ぐに、俺の心の底を覗き見るようにして、ユカはその言葉を口に出した。

 だから俺もしっかり答える。ユカをきちんと見て、ゆっくり頷いた。

 ユカはそれを確認して嘆息すると、また呟く。


「せっかく話せる人と知り合えたと思ったのにね、いつもこう……。キミみたいな人しか私を見る事ができないのかしら」


 諦めたように首を振り、ユカは後ろを向いて少し俺から離れる。

 再び大きなため息が聞こえた。

 肩代わりを露骨に嫌がっていたが、やっぱり過去に同じような事があったのだろう。少なくとも、呟きからはそう取れた。


「最初に言ったように、今日の日暮れに肩代わりの儀式をするわ。だから、言える範囲でお別れを言ってきなさい」


 こっちを見ないでそれだけ言うと、ユカはゆっくりと窓からすり抜けるように出て行った。

 出て行く時ユカの背中には悲壮感が漂っていて、とてもじゃないが呼び止められなかった。

 時計を見るといつも行く時間より少しだけ遅れている。

 俺は、とりあえず宗平にだけでもきちんと話して来ようと、急いで制服に着替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ