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x/x 犬塚 弘

 犬塚 弘は、精神的に重大な欠陥があった。

 しかし、本当に欠陥と呼べるものかどうか誰にも確実な事は言えず、また、特に問題になるようなものでは無いと判断された。


 弘は、先天的に驚かない体質だった。病的と言ってもいい。

 どうやっても、例えいきなり真横でクラッカーを鳴らされたりしたとしても、そちらを振り向きこそするが驚かない。

 両親がそれを確信したのは、弘が幼稚園に入って間もない頃だった。

 もちろんそれ以前にも『ずいぶんと落ち着いた子だ』とは感じていたが、好奇心はあるようだったので、見ていない所で先に一度経験しているのだろうと勝手に思っていた。


 最初は保育士にも特別気にされるような事は無かった。ちょっと驚くまでの反応の遅い子なんて沢山居るからだ。

 だが月日が経つにつれ、次第に感情が欠けている(・・・・・)事が目に付くようになってくる。

 驚かない。それは両親にも伝えられたが、両親はそれだけなら大した問題ではないと思っていた。

 一応念のためにと弘は医者にも見せられたが、医者が見ても原因は不明だった。

 痛かったり悔しかったりすれば泣くし、嫌な事や気に食わない事があれば怒るし、楽しい事やうれしい事があれば笑う。

 でも、決して驚く事は無かった。


 弘の母親は、幼稚園バスの停車所でバスを待っている母親に相談を持ちかけてみた。

 その人が瑞乃枝 小鳥の母親であり、後に弘の母親の友人になるのだが、それは割愛しよう。

 小鳥の母親も色々と話を聞いていたものの、弘の『体質』はとにかく母親二人の頭を悩ませるだけに終わった。

 ちなみに母親二人が頭を悩ませている間、弘は小鳥と少しだけ喋るが、この時は弘が小鳥に対して「あんまり喋らないヤツだな」などと思った程度だった。


 幼稚園も高学年になると、弘の性格が如実に現れるようになって来た。

 と言うのも、その直前に一つだけ事件が起こった。

 歌の時間だったか工作の時間だったか、その辺りは大した問題ではないが、急に教室の至る所で何かがはじける様な音――ラップ音が何度も聞こえ始める。

 余りに大きな音だったので、何が起きてるのか判らずに混乱している園児達は泣いたり逃げたり。それをなだめようと必死に動く保育士の顔も真っ青だった。

 その中でも全く動じる事のなかった弘は、同じく動じる事なく『次に音が鳴る場所』に視線を送る小鳥を見つけた。


 いつも同じバス停で待たされていた二人は、母親が談笑をしている間ほんの少しだが話すぐらいの仲にはなっていた。主に弘が話しかけ、小鳥が一言だけ返事をする程度だったが。

 弘は他の園児達が泣いているこの状況で、何故小鳥が泣いていないのか気になって仕方なかった。

 だから、小鳥に近付いてみた。小鳥はキョロキョロ視線を動かしながら、「そっち?」や「あっち?」と呟いている。

 弘には何が何だか判らなかったから、何を呟いているのか小鳥に尋ねてみた。

 それに対して、小鳥は今までと変わらない調子で言う。


「いっぱい、いっぱい、人が居るの」


 弘も首をぐりんぐりん動かしたり振り向いたりして確認したが、人は園児や保育士しか見当たらない。

 何を言っているのか全く判らなかったが、弘はこの時小鳥の事を面白いヤツだと思った。

 この頃、特に弘はかなり好奇心が強かったので、ラップ音が止んだ頃にまた小鳥に尋ねてみる。

 すると、今のような事は初めてではなく、更に小鳥は弘が見えていないだろう『何か』が見えている事が判った。

 その時から、弘は小鳥が本格的に面白いヤツであると勝手に認識し、積極的に近寄る事になる。


 後日、今まではちょこっと声を掛けていただけの弘と小鳥が急に仲良くなった事に対して、小鳥の母親が何かあったのか弘に訊いた。

 弘は小鳥がいかに『面白い』かを話した。できるだけ小鳥の周りで起きる不可思議な現象を隠そうとしていた小鳥の母親の顔は引きつったが、それを見てなお友達で居てくれると言う弘に僅かな安心感を抱いていた。

 所詮は幼稚園児が言う事なので、本当にこの先友達で居てくれるかは判らない。

 だが、驚く事の無い弘なら、小鳥の周りで起こるこのおかしな現象も気にせず仲良くなってくれそうだと小鳥の母親は思う。

 弘の母親も小鳥の事は聞いていたので、弘のこの好奇心に対して最初はどう反応すれば良いのか判らなかったが、今まで大した事は無かったようなのでそのまま見守っておこうと楽観視していた。


 小学校に上がると、小鳥の周りで起こる現象はより強くなり、小鳥もそれに動じず『何か』に話しかける事も多かったのでクラス内では仲間はずれの対象にされる事が多かった。

 もちろん、最初の頃はそれでも友達になろうとしてくれる人は多かった。

 結果、友達になろうとしてくれた人たちは、半年で小鳥から離れていった。

 残ったのは弘だけだった。小鳥に嫌な噂が立ち、誰もが仲間はずれにしようとする中、弘だけは小鳥から離れなかった。

 理由は単純、『面白いから』。小鳥の近くに居ると起こる怪奇現象を、弘は心の底から面白いと思えていた。


 殆どの人が怖いと思うような状況でも面白いと感じてしまう弘に、両親は一抹の不安を覚える。

 もしかすると、驚かないだけではなく恐怖も感じないのでは無いのか、と。

 しかし、やはり医者に見せても原因は不明。弘自身は小鳥とよく遊んでいる為、小鳥同様仲間はずれにされがちで他に友達は居ない。

 両親としては見守るほか無かった。



 小学校高学年になると、小鳥の噂もほぼ全クラスに広まり、更に陰湿なイジメが起こるようになっていた。

 とは言え、小学生のするような事だ。下駄箱から上履きを隠したり、近寄ると危ないと吹聴して回ったりする程度。

 小鳥はあまり動じていなかったようだが、弘は小鳥が何かやられる度に怒った。

 怒ったとはいえ、犯人を捜したりはしなかったので、弘のした事といえば一緒に上履きを探してやったりするくらいだ。

 いつの間にか弘は、自分より他人を大切にする性格になっていた。

 もしかすると元からだったかもしれないし、両親があまり弘の行動に口を出さなかった事も起因しているかもしれない。


 そして、六年生になり、夏休みが終わった辺りの頃に事件は起こった。

 弘の母親が急に学校に呼び出されたのだ。

 何事か、と急いで行ってみると、そこには弘と半泣きになって恐らく殴られたせいか顔中ぼろぼろの少年が立っていた。

 話は単純だった。小鳥が悪質なイジメを受けたので、弘が犯人を特定しボコボコになるまで殴ったのだ。

 イジメやケンカの現場に居合わせなかったためか、教師の言葉は酷く平易なものだった。「以後気をつけるように」、と。


 流石に、この事について両親は弘にも厳重に注意した。

 いくら友達がイジメに遭っているからとは言え、無闇矢鱈(むやみやたら)に暴力を振るってはいけない、できれば言葉で、もしどうしても手を出さなければいけない状況になるのであれば、相手が動いてからだと言う事。

 弘はきちんと言いつけを守った。だがそれは、決して良い意味ではなく、この頃から何度も両親は学校に呼び出される事となる。


 弘には小鳥を護るという、ある意味での大義名分があった。それに、まず自分からは手を出さない。故に、学校からの注意もそこまで酷くは無かったし停学を食らうことも無かった。

 中学校に上がっても同じ小学校の人間が多く、中学の一年の間小鳥はとにかくある事無い事言われ、その度に弘が粛正を下した。

 弘自身が狙われることは殆ど無かったが、何かにつけ小鳥にちょっかいを出す人間は居た。もちろんそういった人間も、弘の手によってその度合いによった罰を受ける事になる。

 何故弘が狙われ難いのかと言うと、ちょっとした噂に起因しているが、一番は『危うきに近寄らず』といった所だろう。


 母親はとにかく事ある毎に学校に呼び出され、教師の小言を聞かされる。もちろんその場に弘も居たし、決して悪い態度ではなかったので毎回説教を喰らうだけで済んでいた。

 と、言うのも、その中学校は全体的に不良が多く教師の手が回らなかったので弘はまだマシな方だったのだ。


 だが、それは二年の中頃に終わりを告げる。

 弘が廊下を歩いていると、見たこと無いヤツがいきなり謝ってきた。以前ケンカを売られた事は何度かあったが、そのうちの誰かだろうか、などと考える。

 あまり興味を示さなかった弘だったが、ほぼ聞き流した話によるとやはりケンカを売ってきたヤツだった事が判明した。


 なんだかよく判らないが、『そいつ』はそれからしょっちゅう絡んでくるようになった。悪い事ではなく、どちらかと言うと友達になれそうな感じで。

 考えてみれば友達居なかったな、なんて悠長な事を考える弘は、それからそいつとちょこちょこ話をしたりするようになる。

 そいつの名前は、荒山 宗平と言った。


 弘が宗平と友達になってから、小鳥にちょっかいを出す人間は居なくなった。弘はそれを勝手に宗平のお陰かと思っていたが、小鳥にちょっかいを出す人間が居なくなれば、それはそれでどうでもいい事だった。

 ちょっかいを出されることがなくなったからか、その頃からやっと小鳥も段々性格が明るくなり、気付けば宗平とも仲良くなっていた。

 実は宗平と小鳥が元から知り合っていたという事を弘は知らなかったので、気付けば、だ。

 もちろん、その頃から弘も誰かに手を出すことがなくなったので母親が学校に呼ばれることはなくなった。



 しかし、そこから半年もすると弘にとって重大な問題が発生する事になる。

 志望高校の提出。はっきり言って勉強はおざなりだった弘は、適当な高校で良いと思っていた。

 だがこの短い期間に親友と呼べるほど仲良くなった宗平は、弘から見ると遥か上の高校を狙っていると言う。志望校は低い所と言うと、小鳥にも残念な顔をされた。


 宗平は随分高いランクの高校を狙っているし、小鳥にも三人で同じ高校に行きたい、と言われ、勉強せざるを得ない状況を作り出された。

 それから一年の間、弘は血のにじむような努力をした。

 小鳥につきっきりで見てもらい、小鳥が何かある日は宗平に見てもらい、とにかく全力で勉強に打ち込んだ。


 その甲斐あって、無事弘は今の高校に進学することができた。

 正直な話、弘自身受かるとは思っていなかった。それくらいギリギリだったのだ。

 むしろ弘の両親ですら驚いていたのだから、弘がどれだけ今まで勉強していなかったかが(うかが)い知れる。



 高校に入ると、同じ中学校だった人はほぼ居なくなっていた。同じ中学だった人でも、小鳥の噂なんかを全く気にしていないような人だった。言ってしまえば、おとなしい人だ。

 なので、小鳥はこの高校では好き勝手振舞えるようになっていた。部活に入り、テストで良い点を取り、充実した高校生活だ。

 弘はこの時なんとなく、自分はもう必要なくなってしまったのかと心の奥底では不安を感じていた。

 毎日の通学でその不安は段々と解消されてゆくのだが、それと同時に今までの行動理念だった『小鳥を護る』というものまで段々と薄れてゆくことになる。


 そして、ユカが現れた。

 ユカの出現は弘の行動理念を再びゆっくりと心の底から引き上げてゆく事になる。

 驚きを感じず、殆ど恐怖も感じない弘は、簡単に肩代わりを引き受けようとするほどだった。



 だがユカを宗平に見せ、宗平が疲れた顔のまま帰った今、弘は悩んでいる。

 宗平の話を聞いてしまったからというのもあるし、辻褄合わせでどういう結果に終わっても、それは決して良い結果では無い事が判っているから。

 だからと言って、肩代わりをすると今度は小鳥に泣かれる。それは『小鳥を護る』事とは反する事ではないのか、と弘は思う。


 結局、いつでも、いつまでも考えは堂々巡りで、結果が出ることは無かった。

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