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11/22

7/1

 寝ていた。

 うん、こう言うと凄く普通に聞こえるから不思議だな。

 どんな格好で寝ていたかと言うと、机に突っ伏してそのままぐっすりだ。晩御飯を食べるか聞きに来た親は、俺が記憶に無いところで追い返していたらしい。

 布団から引っ張り出して掛けてくれただろうタオルケットが俺の動きで落ちる。

 最近、本当に調子が悪いのだろうか。いつも随分眠い気がするし、心なしかダルい。

 昨日も寝た原因は勉強を一通り済ませて、小鳥の事をどうするか考えていたら段々眠くなって、そのままダウンだった気がする。

 やっぱり、想像以上に心身に負担が掛かっているのだろうか。


 ちなみに、ユカは俺の布団でぐっすり眠っていた。

 起こしてくれよと思ったが、当然の事ながらユカは俺を起こそうとしただろう。何日か前のように何度起こしても無理だったから、諦めてああやって寝ているんだと思う。

 

 体が凝り固まっていた気がしたので伸びをすると、体の節々がとても痛かった。

 無理な姿勢で長時間寝たからだとは思うが、これを続けたら骨とか色々おかしくなりそうだ。気をつけるべきだな。


 とりあえず出しっぱなしの教科書やノートをカバンに突っ込んで、学校の支度をする。

 なんだかんだ言って、起きるにはまだ早い時間だった。

 っても、俺のベッドは死神様が占拠してるし、体の節々が痛くて寝る気にならない。

 時計のアラームを止め、だらだら朝の準備を進める事にする。


 洗面所から戻ってくると、ユカがけだるそうにゴロゴロしていた。

 寝ぼけ眼で「随分早く起きたのね」なんて言ってる。ベッドを占拠されたのが悔しかったので、さっき落ちたタオルケットを上から被せてやった。

 暫く中でもぞもぞ動いていたが、ユカは割りと早く諦めてまた眠りについた。頭からタオルケットを被ってる状態なんだが、寝苦しくは無いのだろうか。



 カバンを持ってリビングへ。やはり随分早い時間だ。

 母さんは当然のように起きて朝食を作っていたので、俺もイスに座ってボーっとする。


「あら弘、随分早いのね」

「まあ、凄く寝辛い姿勢だったから……」


 一旦手を止めてこっちを向く母さんだったが、またすぐに朝食を作りに戻った。

 お腹空いてるならちょっと多めに作るけど? と言われたが、いつも通りで平気だよと返しておく。

 そのまま、なんとなく付きっぱなしのテレビに映ってるニュースを頬杖を付きながら聞き流す。

 まあ、世間はいつも通り特に大事件も無く、平々凡々、だ。


 ふと、殺人事件なんかも死神が関与してるのかな、なんて思うが、すぐに考えるのをやめた。

 関与してようがしてまいが、あんまり考えたくない事だ。特にユカにはそういったイメージは無い。


 やがて父さんもリビングに来て、俺が先にイスに座ってる事に珍しいと言ってから新聞を広げた。

 少しすると朝食が机に並べられる。この辺りはもういつもの時間だ。

 俺は手早く朝食を済ませ、家を出る。



 通学路には既に小鳥が居た。まあいつもの事なんだが、宗平の話を聞いた以上なんとなく顔を合わせ辛い。

 おざなりに手を上げて近付く。

 少し歩いた時点で、小鳥は異変に気付いたらしい。

 俺の前にトンッと一歩で躍り出て、振り返り目を見てくる。流石に俺もたじろいだ。


「まーた猫又に何か言われたの?」

「え、あ、いや、これは――」


 宗平が、と言おうとして踏みとどまった。それはそれで地雷を踏み抜きそうな気がする。

 なんと言ったら良いものか。

 ここ最近ずっと小鳥の前では特に悩みっぱなしと言うか、良い言葉が見つかって無い気がする。

 今回は特別ってのもあるんだが。……宗平め、余計な事を言いやがって。


 小鳥は俺がずっと悩んでいる事に対してため息をついた。もう恒例だな、すまん小鳥。

 そして、猫又がどうのこうのぶつぶつ呟いている。怖い、それは怖いぞ。あとついでに冤罪被せてすまんユカ。

 仕方ないので、ちょっと宗平の話題を出してみた。


「そう言えば宗平がお前に感謝してるとか言ってたけど、何かやったのか?」

「え、宗平君が!? あ、いや、あの、へ、変な事言われて無いよね!?」


 あからさま過ぎる動揺だ。俺の質問も完全に無視されている。

 昨日の宗平の口ぶりからして、宗平は小鳥に色々と相談でも持ちかけられていたんだろうか。

 それならまあ、鈍感すぎると言われたのも完璧に納得だ。

 真っ赤になってわたわたしている小鳥を見ていると和む。そのお陰で小鳥を変に意識する事はなくなった。

 「ちょっと話題に上がっただけ」と小鳥に言ってやり、俺たちは学校に向かった。



 学校では、まず宗平に今日は相談がない事を告げる。それと小鳥に糾弾される可能性があるという事も一応追加しておいた。

 何かあったとしても小鳥の勘違いだ、きっと大丈夫だろう。

 そうでなかったら、小鳥とユカだけでなく宗平にもすまんと思わなくちゃならなくなる。

 まあ、宗平はいいか。


 さて、今日は久々にまともに授業を受けられそうな気がする。

 なにせ今までずっとあれやこれや考えていたものが、一応今のところはだけど考える必要が無くなったのだ。

 色々と問題は残っているが、暫く考えたくない。

 ユカが動いてくれるって言ってる間は、とりあえずユカに任せよう。

 

 でもアレだな、二日真面目に授業を受けなかっただけなのに、サボり癖と言うか、そんな感じのがついてしまってる気がする。

 授業内容が全く頭に入ってこない。ノートこそ取っているものの、先生の言葉は右から左へ流れてゆく。

 とは言え、流石にこのまままた寝たり別の事を考えていたりすると次のテストが本気でヤバい事になりそうだから頑張る。

 ……まあ、辻褄合わせがあっても生きていればの話だけどな。


 そう言えば、宗平とかその辺りはどう思っているんだろうか。

 一応俺なりに辻褄合わせについて説明したはずだから、自分が対象になる可能性も考慮している筈だ。

 それでもその時は別に何も言わなかったし、なんとなく何か思案している風だった。

 俺の説明程度で、宗平が辻褄合わせを回避する方方が思い浮かぶなら、きっとユカもとっくに思いついているだろう。

 だからきっと何か考えてはいたんだろうけど宗平からそれを言う事はなかったし、今日相談は無いと言った時に簡単に了承した事から、宗平が考えていた事は小鳥とかユカとはまた別の事だろう。

 そうなると俺の考えが及ばないような事だろうから、気にする事は無いか。

 相談されるようなら、きちんと聞いてやればいいだけだしな。


 と、そんな事を考えている暇は無い。勉強勉強。

 意気込んでみたが、やはり先生の言葉は右から左に流れていった。



 やがて元から切れ続けていた集中力に止めが刺されそうになった頃、やっと昼休みのチャイムが鳴った。

 さてどうするか、と思ったところで宗平にアイコンタクトと手招きで呼び出される。かなり困った顔だった。

 珍しい……なんてドアの方を見ると小鳥が立っていた。

 なるほど「宗平君、ちょっとこっち来ようか?」ってな感じで突っ立っているところを見ると、案の定朝の事を宗平に問いただす気だろう。んで、俺に助けを求めたと。

 俺としては宗平を見捨ててもいいわけだが、そこから万が一ユカの情報が出ると困る。

 仕方ない、久々に皆で昼飯食べるか。


 今日は小鳥も居るから、学食でそのまま食べる事にした。俺はラーメン、小鳥は定食、宗平は相変わらずパンだ。

 ちなみにこのラーメン、恐ろしいくらいまずい。あの、あれだ。海の家の海補正が掛かっていない海の家のラーメンだな。いやもちろん、海の家にもラーメンがおいしい所はあるんだろうが。

 でも今日はとにかくラーメンを食べたい気分だった。仕方ないんだ。甘んじて俺はこのまずさを受け入れるしかないんだ。

 そうやってラーメンと視線で格闘していると、小鳥に残念な目で見られた。


 三人でこうやって学食に来たのは随分久しぶりな気がする。

 基本的には小鳥と二人か、宗平と屋上前で二人だからな。小鳥はたまに他の友達と昼飯食べに行ったりするし、宗平もそれなりに気の合う仲間(ツレ)と食ったりして……あれ、俺実は友達少ないんじゃ。

 まあ、それは別にいいか。問題は、さっきからちょこちょこ小鳥が宗平に「何でヒロ連れてきたの?」って無言の圧力を掛けている事くらいか。許してやれよ。

 しかも宗平はさっきからずっと苦笑い気味だ。他の人に対してはぶっきらぼうな所が多い事を考えると、おそらくこの前言ってた『感謝』の度合いが、きっと小鳥には頭が上がらないレベルなのだろう。

 俺から見るとわりと完璧な宗平が、小鳥に対して頭が上がらないって……マジで何をしたんだ小鳥。

 ざっと長い付き合いの経験から考えてみるが、昔の小鳥が他の人に特別感謝されるような事をしていたとは思えない。

 強いて言えば勉強ぐらいだけど、それは俺が手伝ってもらってただけだし。宗平も別の所で勉強手伝ってもらっていたんだとしたら効率が悪すぎる。三人で勉強した方が教える側としても楽なはずだ。


 俺が頭をひねりながらラーメンを啜っていると、小鳥と宗平が話し始めた。

 俺も参加しようと思ったが、参加の糸口がつかめない。昨日のテレビの話とかにはついて行けんよ。

 宗平って意外にもコミュニケーションの足がかりになりそうなものはしっかり抑えてるんだよな。


 俺が一人参加できない事を二人に気付かれたが、共通の話題となるとなかなか難しい。主に俺が。と言うか、最近は特にユカが家に居る事もあって、話せるような面白い話題とか無いんだよな。

 わかる話題だったらちょこっと参加し、それ以外は相槌をうったりしつつ、昼食を終えた。

 その後もチャイムが鳴る直前まで話し込んでいたが、誰もユカの話題に振れる事は無く、ある意味無事に昼休みを終える事ができたと言える。

 全員がユカを知ってる事を認知しているのは俺だけだし、そういう話題が出ないのは当然と言えば当然だったが。



 午後も相変わらず、言葉は右から左へ……と思ったが、そうでもなかった。

 午前中なんとか集中しようと頑張った結果が出てくれたようだ。

 

 授業に集中できると時間が過ぎるのは随分早いもので、気が付けば下校時間だ。短い休み時間にする事なんて得に無いしな。

 さあ帰るべなんて思いつつ、教科書やらノートやらをカバンに詰めて、廊下に出る。


 流石に、昼休みの時のように宗平に引き止められる事はなかった。

 宗平も俺と一緒で帰宅部だし、なにより家が逆の方向だから一緒に帰る事はまず無い。

 というか、宗平は確かバイトしてるんだったな。何のバイトかは言わないし、聞いてないから知らないけど。


 下駄箱で靴を履き替えて、外へ出る。

 暫く歩いていたが、なんかいつもと雰囲気が違う。いつもならこの辺りで、ユカが何か言いながら出てくるはずだ。

 ユカを探すついでに辺りを見回してみると、サッと物陰に隠れる人物が目に映った。

 あの隠れ方からして明らかに尾行されてる感じなんだが、こういった時はどう対応すればいいのだろうか。

 何より、俺が尾行されるような事をした記憶は無い。中学の半ばからはもうケンカもしなくなったし、高校でも目立つような事はしていない。

 俺が振り向いて隠れるくらいだから、多分俺を尾行してるんだよな。尾行してる事がばれるくらいおざなりな尾行だけども。


 しかし、いきなり襲われたら厄介だ。

 素手ならまあ、ある程度何とかなるだろう。最悪逃げればいいんだし。でも、武器を持っていたらまずい。

 さて、どうするか。

 大体俺が読むようなマンガだと、この先の曲がり角なんかで物陰に隠れてやり過ごすのだが。それまでに襲われる可能性もゼロじゃないしなあ。

 俺の帰宅路は結構閑散としていて人気(ひとけ)が少ない。それもあって、どうにも動く事が出来ない。


 俺は後ろを向いてから、腕を組んで完璧に立ち止まった。近寄るのは危険だし、無視するのも危険だ。

 立ち止まって相手の居そうな辺りを凝視していれば、相手に動きがあれば動ける。それでなければ、ユカが来るまで待っていれば相手が判るって寸法だ。

 これは持久戦になりそうだな、なんて思っていたのも束の間。相手は思ったより辛抱強くなかったらしい。

 チラッとこっちを見ようとしたのか、一瞬体が隠れている場所からはみ出た。同じ学校の制服で、スカートが見えた。


 つまり、女生徒で、俺の帰宅ルートを知っていて、あの背丈。どう見ても小鳥だ。

 なんで後をつけているのか判らないが、隠れているって事は何かわけがあるのか、それとも俺の反応を見て遊んでいるだけか。でもまあ、どちらにせよ小鳥なら安全だろう。


 俺はその正体を見なかった事にして、再び振り返って歩き出した。

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