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第54話 老朽家屋

作者: 山中幸盛

 幸盛は四つの小学校に通った。一、二学年は佐賀県伊万里市立小学校で、浜辺に行けば天然記念物のカブトガニがうようよいた。三学年は愛知県半田市立小学校で、海に近い埋め立て地の小川まで行って洗面器いっぱいにセイゴを釣った。四学年から六学年二学期までは名古屋市立の小学校で、田んぼを走る用水でザリガニを釣り、冬期には護岸の際でほとんど動かないフナをタモで次々にすくった。そして最後が六学年の三学期だけ通った愛知県海部郡蟹江町立の小学校で、暖かくなると近くの水田用水でフナ釣りを楽しんだ。

 しかし、ふしぎなことに、転校したことで両親を恨んだ記憶はまったくない。無口でおとなしい転校生だったが級友からいじめられた記憶もなく、子ども心に、食べていくには仕方ないこととあきらめていたのだろう。問題なのは最後の転校だ。あとたった三カ月で小学校を卒業するというのに引っ越したのだから。

 だが、それまでが狭いアパート暮らしだったがゆえに、両親の配慮のなさを咎める気持ちにはなれなかった。敷地面積が四十坪もない建売住宅ながら、当初は大邸宅のごとく感じていたし、リンゴ箱に金網を張っただけの簡易な小屋ではあるが、念願の鳩を数羽飼うこともできたのだから。

 という次第で、わが家はもうじき築五十年になる。老母から聞いた話では、幸盛の長男がローンを組むから建て替えればいいと話していたらしいが、仮にそうなると一旦アパートでも借りて大量の荷物を処分したり移動させねばならず、その手間が面倒極まりないので、「南海トラフ大地震よ、今年で米寿になる母があの世に行くまで、どうかもう少し待ってくれ」と心ひそかに願っている。

 この老朽家屋は元は平屋だったのだが、幸盛の結婚が決まった頃に両親が総二階に建て増ししたおかげで、母は一階の和室二間を一人で使っている。だから今年の元旦も、幸盛の妹と弟の家族、そして長男次男夫妻を呼ぶことができた。一人も欠けることなく集まれば総勢十六人にもなるが、今年は仕事や介護等のために三人欠けたので十三人だった。

 年に一度の行事で、老母の部屋に座卓を三つ並べてカセットコンロを三つ置き、主にズワイガニの鍋と寒ブリなどの刺身を十三人でつつくことになる。するとどうだろう、その準備段階から、誰かが歩くたびに、畳が上下に揺れるのだ。きしむなどという生やさしいものでなく、トランポリンのようにぶわんぶわんと揺れている。

 腕の良い大工、と自認する弟が缶ビール片手に言った。

「もうじき五十年になる家だもんで、床下の束柱つかばしらが腐って全然効いとらんのだわ」

 日本酒党の義弟も苦笑する。

「今にも床が抜け落ちそうですね」

 幸盛もさすがに青ざめた。

「いよいよ限界かあ。大地震が来りゃ潰れることは分かっとるけど、それまで何とかもたしたいわなあ。明日は用事があるで、明後日にでも床下にもぐって補強することにするわ」

「車のジャッキで持ち上げるとええで」

 と弟がアドバイスしてくれたので、幸盛は正月三日の朝から準備に取りかかった。こんな時に幸盛の過去の経験が役に立つ。ガス器具販売会社に勤めていた時に、仕事先の家の畳をめくって床下に入ったことが何度かあるからだ。とりあえず物置のどこかにあるはずのジャッキを探した。数年前に四男が幸盛の車で事故って廃車にしてくれたおかげで、その車に装備されていたジャッキを確保しておいたのだ。ただし、物置の中は幸盛の電動バイクや魚釣りの道具のみならず、長男と四男が引っ越しした際に出た大中小の段ボール箱や冷蔵庫に洗濯機、次男の車のスタッドレスタイヤが四本、紐でしばった古雑誌、古新聞、空のポリタンクなどが雑然と押し込んであるので、見つけ出すのに難儀した。

 次に、近所のホームセンターに行き、最低限必要な道具を揃えることにする。普通のノコギリなら買わずとも数本あるが、これらは先端から数センチ離れた所から歯になっているので役に立たない。畳をめくるとクギで打ちつけてある板が敷き詰められているので、その板を切るためには先端から歯になっているノコギリが必要なのだ。

 次に、切断した板をめくって床下にもぐると衣服が汚れるから体の下に敷くビニールシートを探す。そして懐中電灯では心許ないので投光器も必要だ。いずれも間に合わせでいいので一番安いヤツを買った。広いホームセンターでこれらを探し回っているあいだに偶然面白いものを見つけた。金属製の束柱だ。両端がネジになっているので微調整もでき、高さも四種類ほど並べてあった。束柱の代用品としてコンクリートブロックとか太い材木の端材を検討していたのだが、これでバッチリ文句なしだ。

 そしていよいよ作業を始めた。電気絨毯をめくり、家具が乗っていない畳を大きなドライバーでこじってはがす。買ってきたノコギリで錆びたクギの横すれすれに板を切っていき、そしてゆっくり持ち上げると、一方に打ちつけてあるクギが全部難なく折れて易々とめくれた。とりあえず床下に頭だけ突っ込んで投光器で照らしてみる。ぐるりと見回してみて息を呑んだ。なんと、四本もの束柱がボロボロに腐敗して玉石の横に転がっていたのだった。


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