プロローグ
――2001年 8月
赤道直下にして、夏真っ盛りという某国。
木陰にいて尚、汗が垂れるこの気温。
その狙撃手は崖の上に構えていた。
既にこの場に居座って13時間。
気まぐれに吹く風に紅い髪を揺らしながらも、動く素振りは見せない。
まるで人形であるかのような彼女。
スコープを覗き、見つめるのは一軒の家。
この国の大統領が住む家だ。
何時出てくるともしれないターゲットを、ただ只管に待つ。
彼女を癒す物は、細いチューブを通して吸える水のみ。
それ以外は何一つない。
陽から護ってくれる木すらも。
そして、そんな彼女の根気は状況を動かした。
「ターゲット確認――狙撃開始――」
これほどまでに拓けた場所故の油断か。
ターゲットはあろう事か窓際でティーブレイクを始めたのだ。
慢心――気分転換――。
理由は何でもよかった。
紅い狙撃手は口の端を上げる。
口元に浮かべたのは笑み。
しかし、目は一撃必殺を狙う獰猛な虎。
指に力を入れていく。
あくまでも撃たないように。
僅かな動きで撃てるように。
彼女は待っているのだ。
ターゲットが窓の方を向くのを。
僅かでも窓を向いた時が彼の最期である。
「byebye……」
彼女が呟くと同時に、ターゲットは窓から外を見る。
その刹那。
―パンッ
辺りに乾いた音が響き渡った。