予備知識、そして潜入
「これ、本当に脅威なのか?」
ぼそりと。ルギナスがそう、小さく漏らした。
その言葉は善悪抜きで考えると『物足りない』という意味が入っているので物凄く失礼に当たるのだが、これは仕方がないとも言えた。
なにしろ、実際にそうだったのだ。
4人が泊まっていた宿から西の道を10km、道をそれて森の中を3km程。そんな、人が誰もいないような森のど真ん中にぽつんと教会が建っていた。別に真新しくはないが、古い訳でもない、いたって普通の教会だった。
……まぁ、そこだけを見ればの話だが。
「この教会だけならな。…ルギナス、お前もしかしてこの辺一帯に罠が仕掛けられてたの、分かってなかったのか?」
「んだよっ!その言い方!ちゃんと気付いとるわっ!」
「そうは見えなかったがなぁ?」
敵の陣地だというのに、喧嘩を始めるレゴラスとルギナス。
その中身は半分は本気、半分冗談といったところだろうか。3歩歩けば飛んでくる小刀を器用にも避けながら喧嘩を続けている。さすがに、ここがどこで自分達が何をするべきか、と言うのはしっかり分かっているらしい。……まぁ、半分は本気というのは少し問題ではあるが。
そのまま教会が見えるギリギリの範囲をぐるぐる回っていると、教会から誰か人が出てきた。大方この2人の馬鹿でかい声を聞き付けたのだろう。
アーサーは、その人をじっと見た。人の観察はいつもの癖だった。
身長190cm位の、大柄な男だ。纏う気はそこそこ、実力的には一般人よりはかなり上だろう。大剣を背負っていて戦士タイプのようだが、僅かながらに魔力の波動を感じる。案外魔法も使えるらしい。
更に腰には6本の短剣。歩き方、呼吸の仕方から判断する危険度は中の下。
(さて、どうする?)
アーサーの頭の中によく分からない声が響く。
自分の頭で響いた声だというのに、どこかベールがかかったような感じがすることから、ロイドの魔法であることを判断した。
(うーん………まぁ、迷子の旅人を装って教会に入れてもらう。それから情報収集ってとこだろうね)
この世界には、魔術と魔法がある。どちらも七精龍の力を使って、力を現象に変えるものだ。魔法は『現象を起こす』のに対し、魔術は『そのものを生み出す』ことであり、自由度としては魔術の方が高い。
しかし、魔術を使える人は少ない。世界ごとに制限が掛けられているのだ。
例えば土龍。土龍は、各世界に一人だけしか魔術を行使する権利を与えない。つまり、使える者は世界でオンリーワン。だから大抵魔術者と言うのは国の保護下に置かれていたりする。
この世界で土龍に祝福された者…言い換えれば土の魔術を使えるのは、ロイドだった(つまりはこれからずっと先、土魔術を使える者は産まれないという事だ)。彼はそれを生かして、沢山の魔法を作っている。この『思考伝達』もその一つだった。
閑話休題。
「どうしましたか、我が教会に何か御用が?」
男が低い声で尋ねた。印象としては悪人という感じはしない。
アーサーがそれに裏表の無さそうな笑顔で答える。
「イデアテイルって、どこですかね?いやー、どうも道に迷ってしまって…」
道に迷った。
その言葉を聞いた瞬間、男の顔に一瞬喜びが浮かんだ。しかしそれはすぐに消え元の真面目な顔に戻った。
「ええと………このまま森を西側に出てすぐ先にある道なりに行けばありますが……」
「そうですか。ありがとうございます」
では、と。そう言って歩き出そうとすると、男が慌てて声をかけた。
「し、しかし、その、えー…今日はもう、日も暮れてきたので、わ、我が教会で休まれては?」
男は思った通りのことしか言わないので、レゴラスは笑いを堪えつつ困った風を装ってそれに応える。
「迷惑になりませんか?……しかしまぁ、あなたがそう言うならそうしましょうか」
そうして、潜入に成功した。
厨二くさいのは気にしてはいけない