ダイナミック・エントリー
『その先の扉に全部で5人のお客さんにゃ。クラッカーの準備はいいかにゃー?』
「了解。……にしても、何かテンション高くなってないか?あと、客はこっちだろう」
相も変わらず、爆走中なエリザ。風のような速度で駆け回っているのにも関わらず、疲労の色は薄い。アーサーの奇妙な訓練のおかげだろう。…まぁ彼女自身は、そんな奇妙な練習をしたくはないのだろうが。
ばったばった人を凪ぎ倒しつつ、緊張感の無くなってきた会話を続ける。
『うーん、それもそうにゃ。じゃ、“奴らは歓迎してくれるらしいにゃ。してくれるからには、しっかりとお返しをしにゃいといけないにゃ”!』
「わざわざ言い直すな、もう倒したぞ。…まぁいいや。あとどれくらいだ?この研究所、人が居すぎだろう」
『あぁ、あと少しにゃ。この先の重要書庫前のセキュリティルーム(無効化済み)に15…いや、18人居るらしいにゃ。しっかり陣を組んで、お出迎え迎え準備完了しているから、一気に行くのにゃ!』
その声に彼女は応、と男らしい返事を返し、目の前の扉に跳び蹴りをぶちかました。
ロックすらかかっていないその鉄扉が彼女の人外(そもそもエルフだけど)キックを受けて無事であるはずは、もちろんなく。容易くその形をくの字に変化させる。
それだけでも勢いを殺しきれず扉は大破、文字通り吹き飛んだ。
そして、くの字ドアはエリザを乗せたまま、相手が組んだ陣のど真ん中で図ったかのようにピタリと止まり。
一瞬にも満たない、僅かな静寂をつくり出す。その静寂は殺気と言うよりも、むしろ茫然。相手からしてみれば、出口から敵が来ると思っていたのに、いつの間にか横に居たかのような感じだから、当たり前の反応ではあった。
『ダイナミック・エントリー!』
それに続くのは、あまりにもアホらしい、その場を粉々に壊すその言葉。目の前の敵である少女が喋ってもいないのに聞こえたその声は、相手を更なる混乱に突き落とすかとも思えたが、さすがに相手はそこまで馬鹿ではなかったようだ。
何人かの者は、我に返ったように彼女へと銃の標準を突きつけ、引き金を引こうとした。
エリザは現在、敵の集団のど真ん中にいる。四方八方を敵に囲まれ、その敵は全員最新式の銃を持っていた。絶体絶命、そうも見える。
が、彼女は計画無しに扉を蹴破る真似はしない。しっかりとした計算の上で、正々堂々馬鹿正直に蹴破るのだ。
そもそも、相手にとって彼女は未知数の戦闘力を持つ存在だ。正確な情報が得られず、ただ厳重なセキュリティを突破してきたと言う事しか分からない。
その認識が、敵に最悪の想像を抱かせる。『もし、彼女が避けて奥の味方に当たったら?』と。彼らが構える銃の射線上には、必ずエリザと奥にいる彼らの味方がいた。ピッタリと、絶対図っただろと言いたくなるほど1mmの狂いもない、直線上に。
もし、エリザが避けてしまったら、絶対に味方に当たる。その思考は、引き金を引く指を僅かながらに錆び付かせ。
それが、命取りになる。
「うらぁっ!」
気付いた時にはもう遅い。彼らの手に握られるのは、空気のみ。エリザに比較的近かった8人の銃が、一斉に主の手を離れた。
エリザは、ただ単に回し蹴りをしただけである。ただし、前動作無しで、であるが。華奢な体からは想像もつかない呆れるような爆発力は、強烈な旋風を巻き起こす。
「ほらほら。ボケッとしてると、体の風の通りが良くなっても知らないぞ?」
「ぜっ…全員、射撃!」
射出されるのは、無数の弾丸。
これをエリザが避けるのは、実に容易いことである。しかし、彼女が避けてしまえば後ろの敵に当たる。普段の戦闘ならそれでもいいのだが、今回は『無傷で』気絶をさせることが条件だ。今避ければ、後から雷よりも恐ろしいものが落ちてくる。
だから。
「…『紅い血の誓い』」
彼女は、言葉を紡ぐ。触れたモノを消失させる、何とも恐ろしい魔法を。
この魔法、効果時間はほんの一瞬だが、その間だけは完全に対象の者を守ることが出来る。僅かな時間を見切れる者にとっては、かなり重宝される魔法であった。
彼女の言葉と共に現れる、半透明の紅い壁。その壁は、現れるとほぼ同時にそこを通過しようとした弾を、『消失』させた。敵側から見れば弾は確かに壁をすり抜けていったのだが、エリザから見ればそこにはもう、何もない。
敵からしてみればそれは、もう何度目かも分からない異常事態だった。
自分達の非常識は、彼女の常識である。その驚きは彼らの頭を更に鈍らせ、恐怖すらも感じにくくさせていく。
故に。彼らの内の一人が味方に当たるのも気にしないとばかりに、凶弾を雨のように降らせようとしたのも、仕方のないことで。
それを予測したエリザが、まだ銃を持っている敵へと駆けたのもまた、仕方のないことである。
「とやぁっ!」
敵の引き金が引かれると同時、エリザは右手でその銃を持つ手を横に逸らした。あらぬ方向へ弾を吐き出す銃。撃たれてから避けるのでは無く、撃たれる前に銃口を自分から逸らすその技は、彼女が師と戦う時に使っている武道のカタチと同じであった。
もちろん、右手がそんな巧妙な動きをしている間、左手はその敵の腹へと吸い込まれていき。
そこからは、あっという間だった。人数差をものともしないエリザは、最後の一人が倒れるのを見届け、一息つく。
「やれやれ。これで全員か?」
『うん、これで全部……じゃないにゃ。書庫に一人だけいるのにゃ』
「ん?…一人だと?」
今の今まで必ず団体でいた敵が、一人だけとは、どういうことだろうか。そう思い、彼女が黒猫に尋ねてみると黒猫は少しだけ困惑したように、こう答えた。
『そうにゃ。ルギナスの話によると“その子”は特別だから、連れて帰って来てほしいとのことにゃ。…ルギナスがお持ち帰りとはまた珍しい…』
「いや違うだろ」
他の奴はあるのかよ、と言う突っ込みはしなかった。どうせはぐらかされるだけだと判断したのだろう。
「ま、とにかく最後だし気を引き締めて行きますかね」
『…強そうだし、気をつけるにゃよー?』
そして、見た目だけしか機能していない扉を開き。
エリザがその暗闇で見たのは、18もいっていないであろう、小さな少女だった。