蒼天の柱と神の竜
ふと、目を開けるとアーサーの目の前には広い空間が広がっていた。
淡い色を発し、明滅を繰り返す沢山の世界。人間でいる時はひたすらに広かったその世界は、神としての力を解放した今は、手のひらサイズ。
そして、その世界同士を結び付ける様に真ん中に位置するのは、蒼い柱。
まぁ、柱と言っても実体を持っている訳ではない。蒼い半透明の『何か』が柱の形をとっているだけだ。それは、絶えず動きながら力を放出している。その姿は生き物よりも儚く、それでありながら燃え上がる様な力強さを持ち、見ただけでどんなに上がっていたいかなる気持ちも落ち着いていく。
“あら?アーサーじゃないの”
「ん、神龍か」
後ろから掛けられたその声。いや、声と言うよりは直接頭に語りかけてくるような、それ。そして振り返らなくても感じるこの膨大な力の量。
この系統の世界の事実上のトップ、神龍だ。神龍もまた彼らの創造主の同じく、『何か』の力の集まりである。が、こちらの場合、その『何か』は実体を持っている。
“遊びに来たのなら帰って欲しいのだけど……どうやら違うようね…”
そこで彼女は一旦言葉を区切りアーサーの目の前に回り込んだ。
アーサーの視界に写った彼女は、言うなれば、それは武神。
神龍は一切武器を所持して無いのにも関わらず、全身から『刀』の如き鋭い雰囲気をかもし出していた。
彼女に対峙する。たったそれだけで、万を越える『敗北』を観る。が、それはいつものことなのであまり気にならなかった。
そして彼らの創造主の色と同じ蒼い眼がアーサーの瞳をじっと見つめること、僅か1秒。神龍は楽しそうに軽く頷いた。
“……ふふっ、成る程ね。中々面白いことになってるじゃないの”
「………別に記憶を勝手に見た事をどうこう言える立場じゃないから、それについては何も言わないでおくが……今の状況を面白い、ってねぇ。こちとら結構苦労してんだが?」
神龍は全ての存在において、最もこの系列の世界を愛していると言っても決して過言ではない。が、下級管理者が扱う問題に対しては他人事で楽しもうとする癖がある。それは彼女がアーサーなどより圧倒的に強いからであり、この位の問題など彼女が本気を出せば、根本的に無かったことにすること位は無意識の内に出来てしまうからである。
“はいはい、そうですか。ご苦労ご苦労。―――あ、それと管理者の権利の解放についてだけど、勝手にしていいわよ”
「……おい、今、あんた色んな手順をぶっ飛ばしただろ」
“だって、めんどくさいじゃないの。ねぇ?”
「……はぁ」
彼女から発された投げやりな言葉に呆れはすれど、もはや驚きはしない。慣れというのはいささか恐ろしいものである。
“じゃ、派手に暴れてきなさい。面白いものを見せてくれることを、期待だけならしといてあげるから”
「……相変わらず話を纏めるのが早いなぁ。…んま、暴れはしないけど、失敗しない様には頑張るさ」
宣言と同時、アーサーの視界が薄れていく。
この空間での『自分』が溶けて消えて。
あの世界の『自分』へと同化していくのを感じた。
“………さてさて、今回はどんな勇者物語が語られるのかしらねぇ”
意味ありげに発された神龍の言葉は宙に掻き消えて。誰にも届くことは無かった。
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再び目を開けると、今度は見慣れた天井が見えた。
いつもの世界に戻ってきた。その事実はアーサーに安堵を覚えさせる。
そして、朝特有の静けさに浸ろうとし………
「――――ってな訳で、何か質問ある奴手挙げて?」
「はいはいルギナス質問だにゃ。そんな大きな仕掛けはどうやって施すにゃ?」
「…………」
「に、にゃ……?」
「………がんばる」
「はいぃ!?それ答えじゃないですよね!?そんな適当にも程があるくらいの幼稚園児レベルの思考で、あそこに侵入しろとは言わないですよね!?」
「おわわわわわわぁ、嘘、嘘だから!エリザ首閉めるな!謝るから!俺死ぬぅ!?」
……開けっぱなしのドアから聞こえた、隣の部屋の喧騒。
アーサーは来ることのない静けさに、ため息をつき。座っていた椅子から立ち上がり、その部屋に入った。
「お前らなぁ……」
そこには、アーサーの想像通りの光景が広がっていた。エリザが机から身を乗り出し、ルギナスの首を掴んでゆさゆさ揺すって。黒猫はやれやれ、とばかりにポーズをとって。ルギナスは揺さぶられながらも謝罪を試みて。
「あ、起きたんですか」
「あぁ、たった今起きた。さっきの話、例の作戦のやつか?」
「ん、そうだ。死ぬかと思ったぜ……」
首を開放されて、返事をするルギナス。それを呆れた目で見ながらエリザが言う。
「そんな、ばればれで中途半端な嘘をつくからですよ……」
「ありゃ。ばれてた?」
「当たり前じゃないですか!さ、早く言って下さい。作戦はしっかり頭に入れておきたいんです」
「ほいきた!…で、まずはだな―――」
「真面目だねぇ………」
こうして、再び侵入作戦が開始されようとしていた。