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夜の肴

 日が沈み、月の優しい光が大地を照らす夜。

 草原にポツンと建つ大きな建物の屋上に1つの影があった。


「独り、屋上で酒を飲むとはアーサーは寂しい奴だな。」


「ほっとけ。」


 その男は突然現れた少女にも驚かず、ただ月を見上げ酒を飲んでいた。少女は、どこから出したのかグラスを無言で男に差し出し、酒を注いでもらう。そして、ありがとうと言い、同じく酒を飲み始めた。

 暫しの沈黙の後、少女が口を開いた。


「――どの位で気付いた?」


「…エリザがグラスを持って部屋を出たとき。」


 その言葉にエリザはがっくりと肩を落としまた一口、酒を飲む。


「そうか……うーん、これでも気配を消す練習したんだけどなぁ。」


「いやいや、それで充分でしょ。普通の人だったら目の前にいても意識しなけりゃわからんレベルだぞ?」


「それじゃあ駄目だ。アーサーに勝つのが目標だからな。」


「そうか。んじゃ、まだまだ練習が必要だな!俺が修行つけてや――」


「いらん、やるな。…と言うかむしろやらないで下さい、お願いだから。」


「えー、そんなに嫌かー?」


 アーサーはぶー、と口を尖らせ聞いてくる。エリザはそれに輝くような笑みを返した。


「ああ、嫌だな。――少なくともやると言ったら、アーサー2回分くらい殺したくなる位には。」


「ひどっ!?普通に1回目で死ぬからな!?」


 本当は死なないのだが、エリザの前ではあくまで『なんか異常な一般人』なのだ。人間にしては異常に長生きだが、生き物の輪から絶対外れることの出来ない、そんな一般人。


「……ちょっと訓練のこと思い出したら斬りたくなったな。」


「え?ちょ、ちょい、酒!酒がこぼれ――って、ぅぉわっ!」


 言葉を遮るように走る、一閃。異常なスピードで繰り出されたそれは、一見余裕が無さそうなのに加え、酒を手に持ったままであるはずのアーサーに簡単に避けられた。

 その光景を見て、エリザは呆れたようにため息をつきながらグラスに入った酒を全て飲み干し、その辺に投げ捨てた。


「どうせ変態的に強いんだから、アーサーはそれ持って戦え。サンドバッグになってくれれば一番ありがたいが。――シッ!」


「とわっ!誰がなるか!てか、変態って言うなよ!!」


「じゃあ、馬鹿みたい?それとも阿呆――かッ!?」


「そぉっ!それも嫌だ!!って何でマイナス方向のものしか無いの!?」


 両者言葉を掛け合いながら、斬って避けて、斬って避けてを何度も何度も繰り返す。片や若干ふざけながら、片や半ば本気で殺すつもりで。


「ふっ!全く、こんだけ当たらなけりゃ変態だろ――っ!」


「しっ!失礼な。これでもまだ一応常識範囲内だと主張する!」


「ダウト、絶対ダウトだろ。アーサーは全てにおいて常識範囲を大きく越えている。」


「え~、酷い言われようだなぁ。っと隙あり~、破ッ!」


「――っかぁっ!?」


 本気の相手に対して呑気でいられる。その辺が経験の差と言うものなのだろう。少しずつ動きにキレが無くなってきたエリザに出来た隙を、アーサーは見逃さず軽い反撃を加える。

 軽いと言っても、エリザにとっては重いもの。突き出された拳は正確に彼女の腹部を直撃し、突発的に起こったこの勝負をアーサーの一方的勝利で終わらせた。


「――っうぅ、くぅっ。痛い。……なぜわざわざ拳に気を溜めて、増幅させて体に流すんだよぉ。しかもちゃんと律儀にまだ酒持ってるし。」


「いやいや、そうしないと止まらんでしょ。さすがに斬られるのは勘弁。ってか前まであれ喰らったら1分位気を失ってたのに、復活すんの早くなったなぁ。」


 それなりに動いたはずなのに、まだまだ余裕そうな師匠にエリザはため息をまた1つ。


「はぁ。じゃあまた、明日から訓練よろしくってことで、な。」


「うむうむ、よろしい。」


「……何かイラッと来たから、体が痛いがもう1ラウンド。」


「えぇっ!?無理すんなよ!?」


 夜はまだまだ続く。

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