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落下

 次の日、スケジュールを再調整したアシヒコとカルカラは、先生の待つベースへと足を運んだ。

「先生、スケジュールに対して何の返事もくれてないけど、一体どうしたんだろう?」

 昨夜のうちにスケジュールを提出し承認を待っていたのだが、一晩待っても先生から連絡がなく、仕方ないのでセンターまで直接確認しに行くことにしたのだ。

「今までこんな事なかったからな……。かと言って、特にラインに不具合はなかったし、先生の側で何かあったとしか思えない」

 二人は足早にセンターへと急いだ。

 誤龍は、二人に何かあった場合の保険として、ベース近くで待機させてあった。状況によっては緊急の手段が必要になるかもしれないからだ。

 それはすなわち二人の身に起きる危険を考慮してのものだ。

こうした不測の事態が起こった場合、誤龍だけは死守する必要がある。二人の信号が途絶えた時点で、誤龍はセントラルと言われるプレートの中心部へ向かうよう設定してあった。

アシヒコやカルカラは、セントラルにはたくさんのヒトがいて、様々な誤龍と交信し、この星の秩序を保っているのだと聞かされていた。それが事実かどうかは不明だったが、確かにセントラルに大量のヒトがいるというのは確からしく、誤龍にも僅かにそういった類のメモリが残されていた。

アシヒコは自身とカルカラ以外のヒトをしらない。カルカラは自身とアシヒコ以外のヒトを知らない。だから、たくさんのヒトがいるといっても、実感も興味も湧かなかった。

アシヒコの興味は地上にしかなく、カルカラにはアシヒコしかいなかった。

 センター内の照明は全て落ちており、昼間だというのに伽藍とした、獏寂とした闇だけがねっとりと施設内に張り付いている。

アシヒコとカルカラは互いに頷きあい、暗闇の中、歩みを進めた。

ふいに、ごと、と、石と石をぶつけたような得体の知れない音がした。

「カルカラ? 何かにぶつかった?」

「いや? だけど今、何か変な音がしたな」

 辺りを確認してみるものの、やはり特別何かが落ちたわけでも、ぶつかったわけでもなさそうだった。

 気を取り直して先へ進もうとすると、ごとり。やはり音が聞こえる。

 今度の音はよりはっきりと聞こえ、その発生源がどこだったのか明確になった。

 恐る恐るアシヒコは天井を見上げた。薄ぼんやりとだが、天井に何かがくっついているのが見える。

 カルカラもアシヒコの視線の先を縫うかのように、天井の暗がりに目を凝らした。

 徐々に見えてきたその全貌は、果たして雑に分解された先生の姿だった。

 バラバラにされた先生の一部が天井にめり込み、構成部品の一つであろう歯車が回転を続けて淡々と壁を打ち鳴らしていた。

「ぅあ」

 アシヒコは短く呻いただけで、思考停止した。

 カルカラは一言も発さずに、入り口へ引き返そうとアシヒコの腕を掴み、素早く踵を返す。

 だが動けたのはそこまでだった。突然先生をバラバラにした〝何か″の気配が部屋の中に充満し、自然と身体が硬直する。

 皮膚に纏わりつく粘着な空気。そして嗅いだことのないような僅かな臭気。

 きっと、動けば〝何か〟は間近に迫ってくるだろう。

 危機的状況に焦りながら、それでも冷静に思考を巡らせた。すると突然、何を思ったのかアシヒコが歩き出した。

「アシヒコ、ダメだ、今はじっとしているんだ」

「待っていたって、きっと先生みたいにされてしまうよ、だったら自分から動いた方が」

 言いかけて間もなく〝何か″がアシヒコに迫った。

 気配を察知したカルカラは、神懸かった反射速度でアシヒコの腕を引いて身体を打ち倒し、〝何か″からの襲撃を躱す事に成功する。一か八かの判断だったが、そのまま出鱈目な体制で出口に向かって走った。

施設を出てから後ろを確認しても〝何か〟が追ってきている様子は見受けられなかった。

しばらく悄然としていたが、やがてアシヒコが口を開く。

「カルカラ、あれは何だったんだろう?」

「推測でしかないけど、たぶん、先生は復元したんだよ……」

 それはカルカラだけでなく、アシヒコにも本来覚えがあるはずだったが、度重なる自己調整によって、記憶に欠損がでてきているのかもしれない。

「復元って、先生が何を?」

「地上で住んでいたころのヒト、旧態だよ」

「何で先生が……そんな事したら、ここだって汚染されてしまうじゃないか」

「いや、恐らく汚染はもう始まってると見た方が良さそうだ。本来感じないはずの臭気を施設内で感じたしな。セントラルに報告すればきっと汚染度を遠隔で確認して分断してくれるはずだ」

 エリアごとプレートからパージし、地上へ自然落下させる。そうして汚染区域が出る度に、切り離すことでの対処は、古くから行われている常套手段だった。

「だけど、このエリアをパージされてしまったら、船が……」

 アシヒコがカルカラに依頼していた制作物、それを二人は〝船〟と呼んでいた。

 寿命が尽きる前に、誤龍に記憶を移植し、自分達は作成した船に乗って、地上に降りる。その船を操縦する為に、アシヒコは自己調整を繰り返し、適応できるように準備していた。それは無論、誰にも口外せず秘密裡に行う計画であり、アシヒコにとって唯一の希望だった。そしてカルカラはそれに応えようと、船の作成を続けていたが、肝心の船はエリアの地下にある、廃路に隠してある。

「大丈夫だ、最初から作成しても間に合うさ、基礎が完成していたのに勿体ないとは思うが……」

 カルカラは自分を騙すように、そういってのける。

「カルカラ、時間は無いよ。本当は分かっているんだろう?  僕はらは少なからず旧態と接触した。既に汚染対象だ」

 つまり、セントラルに報告すれば、アシヒコ達ごとプレートから分断する選択が取られるはずだ。その選択には、個であるヒトは逆らうことはできない。

 カルカラ自身、自分が汚染されつつある事に自覚があった。まだ支障が出るほどではなかったが視界に、断続的なノイズが発生する。

「分かった、どうせなら、船を始動させると言うんだろ?  それが恐かったんだが、仕方ないな。結果が同じなら、やってみようか」

 二人は待機させていた誤龍に戻り、状況をセントラルに情報を送信し、自分達の履歴を誤龍に残した。

 ほどなくして、エリアが分断される通達が成され、案の定そこに二人共残るように指示が返ってきた。

 誤龍をセントラルまで単独で飛ぶようにルートを設定し直し、二人は地下廃路を目指した。

 途中、また旧態と出くわすことにならないよう、周囲を警戒しながら慎重に進んだ。

「カルカラ、汚染って、結局なんだっただろうね」

 アシヒコは純然たる疑問を口にした。

「そんなの分からないさ、少なくとも、身体の機能に障害が出るっていうのは本当らしいけど」

 カルカラの視界を遮るノイズは、既に頻繁な度合となっていた。アシヒコには、どういった症状が出ているのだろうと、カルカラは疑問に思う。

「そうなんだ、まだ、僕は何ともないや。調整がうまくいっていたのかもしれない。それで、船はどのぐらい完成しているの?」

「実際のところ七~八割だろう。いずれにしても無事に地上に降りることはできないだろう……エリアが地上に落下していく様を眺めるぐらいの対空時間を稼ぐぐらいはできそうだが」

 船は、大きな扇型の布と棒状の関節で組み上げており、それを各種の素材補強し、関節部部には誤龍に使用していた機材を仕込むことで、空中でもある程度操作が可能なよう、システムで管理が可能なようにした。こうして船自体を盾に落下する事で自分達の身体を風圧から護る算段だ。生身で落下するような事があれば、アシヒコやカルカラのような通常のヒトであれば、数秒で分解に至るぐらい脆弱だった。

「それでも十分だよ、本当は降りることができたら最高だったけど、中途半端にしては上出来だと思う」

 やがて、エリア全体が振動を始めた。本格的な分断まで時間は少ないだろう。

「さあ、船を外に出そう、地上まであと少しだ」

 二人は残された時間、懸命に船をセッティングし、崩壊しつつあるエリアの上部から飛び立とうとしていた。

「あっ」

 突如、カルカラがバランスを崩し、その場にへたりこんだ。

「ごめん、アシヒコ、意識はまだあるけど、触覚と視界がとうとうダメになったみたいだ、自分の状態がよく解らない」

 汚染の顕著な影響だったが、アシヒコには何の症状も現れていなかった。

「そんな、あと少しなのに……。聴覚はまだ大丈夫なの?」

「ああ、そっちはまだ何とか保っているが、思ったより症状の進行が速い。たぶん、すぐダメになるだろう」

 アシヒコは愕然としながらも、カルカラを抱えて船の上に運んだ。

 一人黙々と、最後の設定を終え、アシヒコは船を作動させた。

 僅かな間ならば、誤龍と同じような浮遊が可能で、それで一旦エリアから離れ、空中移動し、ゆるやかに落下する算段だ。

「よし、発進するよカルカラ」

 返事は既になかったが、船は地上に向けて落下をはじめる。

 同時に、エリアの分断が開始され、奇しくも同じタイミングで地上へ落下する事になった。

 徐々に落下速度が上がり、雲に突入しようとする。

 憧れた地上まで、あと少し。

 本当の最期に、良かった。僅かな時間だったけど、この世界に発生できて。

 アシヒコはカルカラの手を強く握りながら、希望に満ちた最期に向かって静かに落ちていった。

 

 

 

 





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