第1章:四十九日の夜、夫が突きつけた裏切りの紙
「ごめんね……。あなたの人生を、奪ってしまったね。……ありがとう」
それが、義母が最後に遺した言葉だった。
長く、本当に長く過酷な日々だった。
事の発端は10年前、義父が脳梗塞で倒れたことだった。当初は義母が中心となって介護を担っていた。だが数年後、無理がたたった義母が転倒し、下半身を不自由にしてしまう。その頃から認知症の症状が一気に進行した。
限界を迎えた我が家は義父を施設へ入所させ、私は義母の介護を一手に引き受けることになった。
義父の施設入所が決まった時、夫の拓海と義母は私にこう言ったのだ。
「お前は長男の嫁なんだから、母さんの面倒は頼むよ」
「結衣さんしかいないのよ」
有無を言わさぬその呪いの言葉に縛られ、私の20代後半から30代までの約10年間は、すべて義母の介護に費やされた。
加えて、義父の施設費用は高額で家計を圧迫しており、最近は認知症も進んだことで、施設側から「今後の対応」について相談され始めていた。
私はずっと、義母を恨んでいた。
私の青春を、キャリアを、自由を奪ったこの人を。
けれど、最期の最期。奇跡のようにふと正気を取り戻した義母の、あの涙に濡れた笑顔を見たとき、私の心にあった黒い感情は、静かに昇華されていった。
同時に、ふと思ったのだ。
――本当に私の人生を奪ったのは、誰だったのだろう、と。
義母の四十九日法要を無事に終えた、その日の夜。
喪服から着替え、静まり返ったリビングで温かいお茶を飲んでいた私は、ふと肩の荷が下りたような、不思議な開放感と虚脱感に包まれていた。
「結衣、ちょっといいか」
静寂を破ったのは、夫の拓海だった。
彼は私の向かいに座ると、テーブルの上に一枚の紙を滑らせた。
「……これ、なに?」
緑色の縁取りがされた、見慣れない、けれど誰もが知っているその用紙。
『離婚届』という文字が、私の目に飛び込んできた。
「俺を、解放してくれないか」
拓海は、まるで日常の些細な頼みごとをするかのように、淡々と言ってのけた。
「……え? 解放って、どういうこと? お義母さんの四十九日が終わったばかりよ? これから、やっと自分の人生を取り戻せると思っていたのに……」
混乱する私を遮るように、拓海は小さくため息をついた。
その顔には、10年間も実の親たちの介護問題から目を背け、私に丸投げしてきた人間が持つべき「罪悪感」など、微塵も存在していなかった。
「母さんの介護は本当に感謝してるよ。親父の施設の費用だって馬鹿にならないし、お前には苦労をかけたと思ってる」
言葉とは裏腹に、彼の瞳はどこまでも冷ややかだった。
「でも、俺にはどうしても一緒になりたい人がいるんだ。……もう、お前には愛情が湧かないんだよ」
頭の中が真っ白になった。
愛情が湧かない? 一緒になりたい人がいる?
私が、あなたの両親のために自分のすべてを犠牲にして地獄のような日々を耐え抜いている間、この人は何を考えていたというのか。
「……どうしても一緒になりたい人って、誰。……一体、いつからなの?」
震える声で問い詰める私に対し、拓海は悪びれる様子など一切見せなかった。
それどころか、彼の口元には、どこか薄ら笑いのようなものすら浮かんでいた。
「いつからって……8年前からだよ」
息が、止まった。
あぁ、それとね。向こうにはもう、俺との子供がいるんだ。今年で6歳になる。
嬉しそうに、まるで自慢話でもするかのように語る夫の顔。
10年の介護生活のうち、8年。
私が排泄物にまみれ、泣きながら義母を宥めていたあの地獄のような日々の裏で、夫は別の女と愛を育み、あまつさえ新しい命までもうけていたというのか。
(本当に私の人生を奪ったのは、誰だったのだろう)
数時間前にふと感じたあの疑問の答えが、今、最悪の形で目の前に突きつけられていた。
悲しみでも、怒りでもなかった。
私の前にいるのは、8年間も夫の顔をしていた、見知らぬ化け物だった。




