久しぶりの外出
「ねえ、まだ目的地につかないの?もう疲れたよ。」
雪はぜえぜえと息を切らしながら何とか目的地を目指していた。
「後ちょっとだからもう少しの辛抱だよ。目的地に着いたらいくらでも休めるから今は頑張ってよ。」
雪は息を切らしながら何とか日向の跡をついて行く。普段運動なんてしない雪にとっては移動するだけでも疲れてしまう。
雪は現在、日向と共に『月の彼方』の展示会に行く途中だった。雪が外に出ることなんてあり得ないないが今回はどうしても外に出ないといけない理由があった。
なぜなら今日からゴールデンウィークで休みが続く為、雪の大好きな『月の彼方』の展示会に行くにはもってこいの日だった。空を見ても雲一つない快晴でまるで雪を祝福しているようだ。
「それにしても雪が学校以外で外に出るなんて考えられないよ。これは雨でも降るんじゃない?」
「大袈裟だってば。私だって機会さえあれば外に出るよ。その機会だけがないだけで。」
雪の周りはみんな外に出ろとうるさいが今の時代に外に出る必要なんてない。
買い物はネットで出来るし友達とだって室内やオンラインで遊べばいい。だからわざわざ精神をすり減らしてまで外に出るなんてバカのやることだ。
「その調子だといつか太るぞ。少しは運動しろ。ほら、ほっぺだってこんなもちもちだし。」
「私は一生インドア派なの。運動したら負けだと思ってるから。だからほっぺをつつくな!」
さっきから日向が雪のほっぺをツンツンしてきて鬱陶しい。それに雪は通勤と体育の時間意外全く運動していないがそれでも何故か太らない体質だ。そのせいで梓からはいつも羨ましそうにされる。
「ふっ、少しくらい触っていいじゃん。雪の触り心地がいいのが悪いんだからな。」
「何やってるの垣根さん?何で垣根さんが渡瀬のほっぺを触っているの?」
目的地に着くとまだ集合時間よりかなり早いというのにすでに梓がいた。梓はなぜか絶望したような目で日向を見ていた。
「違うから。これは別にちょっとした戯れで深い意味はないよ。だからその目で見るのはやめてくれ。」
「ほっぺを触っていたのに?垣根さんは抜け駆けとかしないと思ってたのにな。」
「だから一旦落ち着いてくれよ。それに抜け駆けも何も僕は雪のことをどうも思ってないから。」
何か誤解しているであろう梓を日向は必死に説得していた。
それにしても梓の私服は初めて見たけどとても清楚な感じで似合っていた。梓は軽くメイクまでしていてとてもオシャレだ。雪なんてパーカーだしメイクなんて一切していない。そもそも雪はオシャレに無頓着だった。
「それにしても梓はやっぱり可愛いね。そりゃあよく告白される訳だよ。」
梓は雪の目から見てもとても可愛くてクラスでも梓に片想いしてる人は多いと聞く。学校全体で見ても梓と青葉はとても人気で、そんな二人が何故雪とつるんでいるかが本当に分からなかった。
「えへへ、渡瀬さんに褒められると嬉しいな。それに渡瀬さんだってすごく可愛いよ。渡瀬さんの私服が見れるなんて今日は来れてよかった。」
梓はずっと日向を睨んでいたが雪が誉めると梓はいつも通りの笑顔に戻る。
優しく笑う梓は天使のように可愛くて雪にはとても不釣り合いだ。それに梓に褒められてもお世辞にしか聞こえない。
「あまり揶揄わないでよ。私なんて可愛くないから。」
「そんなことないよ。渡瀬さんは誰よりも可愛いから自信持ってよ。」
雪はずぼらで髪の毛も碌に手入れもしておらず人生でモテたとこなど一度もない。それなのに梓は真剣な眼差しで雪を見つめてくる。
お母さんや流星もよく手入れしたらモテると言っていたがそんな訳がない。素が悪ければどんなに手入れしたって無駄なんだ。
「自信なんて持てないよ。私は可愛いなんて言われたことなかったし。」
中学の頃一度だけ言われたこともあるけどそれも雪にとっては消したい記憶だった。
「それでも私は渡瀬さんのこと可愛いと思ってるからね。だから渡瀬さんはありのままでいて欲しいな?」
「言われなくてもありのままではいるつもりだけど。まあ、少し自信はついたかな。」
梓を見てるとなんだか本当に自信が湧いてくる気がした。梓のこういうところがみんなからモテる理由なんだなと理解した。
「はいはい、二人でイチャイチャしてないで早く中に入るよ。もう既に展示会はやっているんだから。」
雪と梓が二人の世界に入っていると日向が割って入ってくる。雪としたことが今日の目的を忘れるところだった。
「そういえばそうだったよ。そうとなれば早速中に入ろうよ。」
周りを見ると既にたくさんの人がお店の中に入っており、雪達も遅れないように急いで中へと向かうのだった。
「うわあ、見てよ。本当に『月の彼方』展やってるじゃん。」
「そりゃそうでしょ。そのためにここに来たんだから。」
日向の言う通りだが大好きな作品の展示が身近でやってることが信じられなくてこれが嘘なんじゃないかと思えてしまう。
『月の彼方』の展示はショッピングモールの三階でやっており、たくさんの人で賑わっていた。子供から大人まで幅広い年齢層で『月の彼方』の人気度が伺える。
「それじゃあ、早速回ろうよ。ほら、人が多いから手を握るよ。」
「ありがとう。最初はどこから回ろうかな。人が少ないしあっちから回らない?」
雪と日向は普通に会話していただけだったが何故か梓が小刻みに震えていた。
「待って、なんで二人は手を繋いでるの?もしかして二人は付き合ってるの?」
「ああ、昔から私が迷いそうな時は日向が手を握ってくれたんだ。私って方向音痴だからさ。」
雪はもう高校生だが小さい頃の癖でたまに日向の手を握ってしまう。日向は普段からだるそうにしているがなんだかんだ面倒見がいいのだ。
「む、昔の癖で手を握ってるだけだから。別に深い意味なんてないからそんな顔で僕を見ないでくれ。」
「垣根さんは渡瀬さんと幼馴染だからいいよね。私だって幼馴染だったら。」
梓は再びぶつぶつと一人で何か言っていた。梓は時々何を考えているか分からないから困る。もしかして梓も手を繋ぎたかったのだろうか。
「よく分からないけど私でいいなら手を繋ぐよ。それより早く見に行こうよ。」
雪がそう言って手を差し伸べると梓は嬉しそうに手を握る。
「えへへ、渡瀬さんの手はちっちゃくて可愛いね。それじゃあ行こっか。」
雪が梓の手を握るといつも以上の笑顔でとても機嫌が良さそうだった。いまいち梓の情緒が分からないがとりあえず本人が嬉しそうだからいいや。
それと梓の手はとっても大きくて暖かい。雪の手はとても小さいから悲しい気分になる。
「ほっ、機嫌が良くなったみたいでよかったよ。梓は時々おかしくなるからな。」
「あれ、今何か言った?」
「いや、何も言ってないです。」
雪と梓は手を繋いだまま最初の展示である世界観の紹介エリアにやってきた。
そこには『月の彼方』の世界観がざっくりではあるが紹介されていた。
主人公である月が目を覚ますとそこは地球とは全く別の世界であり、そこには地球にはいない生物がたくさんいた。主人公には過去の記憶がなくこの世界には居場所がなかった。しかし不思議な力を手に入れて一人の女の子と出会い旅をすることになる。未知の生物に命を狙われながらも主人公は個性的な人物と共にその世界を生きていく。そんな素晴らしい物語だ。
「やっぱりいいよね。もう一回最初から見るのもいいかも。梓もまたDVD貸すから今度見てよ。」
「うん。とっても面白そうだね。渡瀬さんが好きな物は私も気になるよ。」
『月の彼方』はとっても面白くてどんな年齢層でも楽しめる。雪がこの作品に出会ったのは中学三年の頃だ。
中学の後半の雪は不登校気味で家にいる時間が多かった。だから暇な時はよくアニメやゲームに没頭していたのだがその中で一番大好きだったのだがこの『月の彼方』と言う訳だ。
あの頃の雪はまだ何かに囚われていてずっと辛かった。だから未知の世界を自由に生きる主人公が羨ましくて気づけば夢中になって見ていた。
そのおかげか今の雪は前よりは気楽に生きていると思う。
「ふふっ、渡瀬さんってばとっても楽しそうだね。」
「雪ってばさっきからずっと口元がニヤけてるぞ。」
「嘘、もしかして表情に出てた?」
この作品が大好きが故についつい表情に出てしまう。でもこの作品を見てこうならない方がおかしいと思う。
「とりあえずこのエリアは堪能したから次のエリアに行くよ。このペースだとかなりの時間になるんだから。」
雪は誤魔化す様に次のエリアへと向かった。
次のエリアはアニメの原画ゾーンだった。
雪は原画とかに詳しくはないが素人目線で見てもすごくて自然とテンションが上がる。
アニメの工程を少しずつ見てるみたいでとても興奮する。アニメーターの苦労とかも分かってなんだかとっても楽しい。
どれも書き込み量がすごくてこの作品に対する熱量が分かる。だからこそ雪もこの作品が大好きだしこれからもずっと好きであり続ける。
「ねえ、見てよ。こことかすごい激アツなシーンなんだよ。」
雪は興奮のあまりつい大声で叫んでしまった。すると隣の女の子も楽しそうに話しかけてくれる。
「あっ、そこのシーンいいよね。私もそこのシーンは大好きなんだ。って雪ちゃん?」
「あれ、なんで青葉がここにいるの?」
雪は青葉と目があった瞬間、夢かと思った。何故青葉がこんなところにいるのだろうか?




