勘違い
「付き合うってどういうこと?私恋人とか興味ないから帰るね。」
雪は屋上に来て早々、山尾に告白されて訳が分からなくなる。今まで山尾と関わったことなんて一度もないのに。
山尾はいつも通り鋭い目つきで少なくとも告白する時の表情ではなかった。
既に限界で早く帰りたい雪はなんとかして山尾から逃げる方法を探しだす。しかし、どんなに考えても今の雪にできることなどなかった。
「まあ、待てよ。ちゃんと説明するからそこに座れ。」
「ひっ、分かったよ。すぐに座るから。」
雪はビクビクしながらも屋上のベンチに座り、静かに山尾の話を聞く。
雪は昔からヤンキーが苦手だった。ヤンキーに直接何かされた訳ではないが雰囲気が怖くて近づきたくなかった。
それにしても相変わらず山尾は見た目が怖くて仕方がない。何でこんなヤンキーが青葉とつるんでいるのだろうか?
「付き合ってくれってのは告白ってことじゃねえよ。ただ相談というか話があるんだ。」
「話って?多分私に相談していいことなんてないよ。それじゃあまたね。」
「だからすぐに逃げようとすんじゃねえ。お前、青葉と今日の朝仲良さそうにしてただろ?だからちょっと聞きたいことがあるんだ。」
やっぱりそのことか。どうせ青葉と話したからとか言ってしばかれるんだ。これだから陽キャとは関わりたくなんてなかった。
雪は顔を俯いてできるだけ山尾の顔を見ないようにする。今の雪には恐怖で前を向くことなんて出来なかった。
「な、なんなの?青葉とは少し話しただけで別に特別な関係とかじゃないから。だから私をしばかないで欲しいな?」
「だからそんなことしないって。さっきからお前はあたしを何だと思ってんだよ?ただどうやって仲良くなったか知りたいってだけだよ。」
山尾の質問に雪は頭を傾げる。
「そんなこと言われてもただ青葉が困ってるから助けただけだよ。それから少し話すようになっただけで特には何もしてないから。」
どうって言われても青葉には勝手に懐かれた訳で雪が特に何かした訳ではない。それに青葉が雪にここまで懐いているなんて雪自身が一番信じられなかった。
クラス一番の人気者が雪のようなクラスの端っこにいる陰キャを認識してる時点であり得ない話だ。
「なるほどな。それにしては青葉はお前にすごい懐いてるように見えたけどな。青葉って意外と人にくっついたりしないんだぜ?」
「そうなの?青葉って誰にでも明るいし、そうは思えないけど。」
それにしては青葉は雪にずっとくっついていた。離してと言ってもなかなか離してくれなかったくらいだ。
「それが意外とそうでもないんだぜ。青葉はアタシにだって全然抱きついてはこないしな。なんか警戒心があるって感じだな。」
「それってただ山尾さんが怖いからでは?」
「ああ、喧嘩売ってんのか?」
山尾を睨みつけられて雪は再び俯いた。やっぱりこの人怖すぎるよ。
でも確かに青葉も昔は暗いって言ってたし意外と人にくっついたりはしないのかもしれない。
だとしたら雪にはべったりなのが余計に分からなくなる。いくら雪が助けたからといってあそこまで恩義を感じる必要もないと思うのだけど。
「そう言えば山尾さんは何でこんなことを私に相談して来たの?やっぱり私のことが気に入らないとか?」
雪は昔から陽キャが苦手で、特に山尾のようなヤンキーにはいい思い出がなかった。
中学の頃とは違うと分かっていてもどうしても体が震える。だから今も山尾に何かされるんじゃないかと身構えてしまう。
「だから違うってば。あたしはただ青葉ともっと仲良くなりたいからお前に話を聞きたいだけなんだ。少しはあたしの話を聞いてくれよ?」
体が大きく震える。怖いし辛くて仕方がない。
雪はもう既に限界がきていた。
「やめて!これ以上近づかないで。」
気がつけば雪は無意識のうちに山尾を突き飛ばしていた。昔のトラウマで勝手に手が動いていた。
「わ、悪い。そうだよな、いきなり近づき過ぎたよな。ごめん、一旦戻るわ。」
「待って!ごめん、今のは私が悪かったから。」
山尾は申し訳なさそうな表情で雪を見つめるとそのまま屋上を出ていってしまった。もしかしたら雪は山尾を勘違いしていたのかもしれない。
屋上に一人取り残された雪はただその場で崩れることしか出来なかった。
「はあ、何でこんなことになったんだろう?」
雪は屋上で一人ボソッと呟く。この嘆きだって誰にも届くことはない。
山尾を怒らせたのは明らかに雪のせいだ。山尾が別に雪に対して何かした訳ではない。
それでもあの表情で見つめられると昔を思い出す。どうしても何かされるんじゃないかと不安でいっぱいになる。
「だからあれも正当防衛なんだ。私は別に悪いことはしていないんだよ。」
雪は自分にそう言い聞かせて屋上を出た。ずっとくよくよしてたってどうにかなる訳ではない。だから今日のことは全部忘れることにした。
そもそも陽キャと関わること自体が間違いだったんだ。
山尾も青葉も雪とは違う世界に住んでいて、最初から関わらないことが正解だったんだ。ただこの前のように日向と梓と三人で過ごす学校生活が一番楽しいんだ。
雪は一度荷物を取るために教室へと戻った。しかしそこには何人かの女子生徒がおり雪を見つけるとこちらに向かって来た。
「ねえ、渡瀬さんって朝比奈さんと話してたよね?どういう関係なの?」
よく見ると朝の時間に雪を見ていた人達だった。雪を見るその目は明らかに悪意がこもっていた。
「特に深い関係じゃないよ。ただちょっとお話しするくらいだから。それより私はこの後予定があるから。」
女子のグループはクスクスと笑いながらこちらを見てくる。雪は既に居た堪れなくて早く教室を出ようとした。しかし女子生徒の一人に腕を掴まれて逃げられなくなった。
「逃す訳ないでしょ?アンタなんかが朝比奈さんと仲良さそうにしてうざいんですけど。」
「そうよ、アンタみたいな奴は陰でコソコソしとけばいいんだよ。」
そんなの雪自信が一番理解している。人前に出るのは苦手だし人が少ない方が落ち着く。
実際今まではそうやって生きてきた。だから今まで通りにやればいいだけだ。別に青葉と関わらなくたって私はいつも通り生活できる筈なんだ。
「ねえ、分かった?貴方はもう朝比奈さんと関わらないでよね。」
「嫌だ。それでも青葉は私の友達だから。そんなに羨ましいなら貴方達も青葉と話せばいいじゃん。」
雪は自分の放った言葉に驚いた。今までの雪であればこんなこと絶対に言わなかった筈だ。
それでも雪にとって青葉はもう友達のような存在だった。
「はあ?お前マジでうざいんだけど?」
「それな、コイツくらいやっちゃってもバレないでしょ?」
女子生徒は雪に対して思いっきり手を振りかざした。結局中学と同様にこの後はつまらない学校生活になるんだ。
雪は目を瞑って痛みがくるのを待っていたがいつまで待っても痛みはこなかった。
雪が恐る恐る目を開くとそこには何故か山尾の姿があった。
「おい、お前らいい加減にしろよ。渡瀬が困ってるだろ?」
山尾は女子生徒の腕を掴むと冷たい目で女子生徒を見下ろした。
「や、山尾さんがどうしてここに?私達はただ仲良く渡瀬さんとお話ししてただけだよ。そうだよね、渡瀬さん?」
女子生徒は山尾が来た途端にいきなり弱気になる。それにしても山尾に対して酷いことをしたのに何で助けてくれるのだろうか?
「お話し?あたしには集団で弱いものいじめしてるようにしか見えなかったけど?とりあえずあたしは渡瀬に用があるから。次同じことやったら許さないからな。」
山尾はそう言って女子生徒達を睨んだ後、雪の手を掴んでそのまま教室を出た。
「ちょっと、山尾さんどこに行くの?そんな急に引っ張らないでよ。」
「いいから。アタシはもっと渡瀬と話したいんだ。」
雪は断ることもできないまま無理やり山尾に連れて行かれるのだった。
「はあ、またここに戻って来ちまったな。それより大丈夫だったか?」
「う、うん特に怪我とかはないかな。あんなことしたのに助けてくれてありがとう。」
まさか山尾が助けてくれるとは思わなかった。山尾が助けてくれなかったらどうなっていたか分からないから本当に感謝してる。
「いや、アタシこそ突然触って悪かったよ。それに渡瀬とは初めて話すのに青葉の話ばっかりで困惑したよな。改めてアタシと友達になってくれないか?」
少し恥ずかしそうに顔を赤くして手を差し伸べる山尾に雪は自然と笑みが溢れる。
「うん。私も山尾さんと仲良くなりたい。」
雪の方こそ山尾がヤンキーだからといって怖がっていた。山尾を見た目だけで判断していたのがとても恥ずかしい。
「アタシは見た目がこれだからよく誤解されるんだよ。渡瀬にも危害を加えるつもりなんて本当になかったんだ。」
「私の方こそ山尾さんのことを勘違いしていたよ。それに私もいきなりでびっくりしたけど別に嫌ではなかったから。」
静かな屋上で二人きりなため、何ともいえない空気感が漂っている。最初の怖い印象の山尾は既になくて今はただ助けてくれたことに感謝している。
今まで陽キャを毛嫌いしてきたけど青葉や山尾のような優しい人がいることに気がつけた。
「ハハっ、それはよかった。今日はもう遅いから帰るけどまた今度いっぱい話そうな。」
太陽のように明るく笑う山尾を見ると今までの悩みが全て吹き飛ぶように感じる。
どうやら雪は大きな勘違いをしていたようだ。
「そうだね。それじゃあまた今度話そうよ。私も楽しみにしてるから。」
「おう、それじゃあまたな。」
山尾はそれだけ言って手を振るとそのまま屋上を出ていった。
屋上には雪だけが残るが今の雪の心はものすごく澄んでいた。




