雪とゲーム
「それじゃあ、早速始めようぜ。今更怖気付いたからって逃げるのは無しだ。」
「もちろん、私は負けるつもりなんてないので。」
雪は格ゲーの台の椅子に座ると余裕のある顔でヤンキーを見た。ヤンキーも雪には負けないと思っているのかニヤニヤと笑いながら余裕そうにしている。
「わ、渡瀬さん?もし嫌だったから逃げてもいいんだよ?警備員の人を呼んだりだって・・・」
雪とヤンキーが睨み合う中、梓だけは不安そうに雪を見ていた。梓は今も雪を止めようと雪の服の裾をキュッと握っている。
「まあ、見ててよ。私ってば結構強いんだから。」
雪は梓を安心させるために優しく微笑みながらピースした。梓も雪を信じたのか無言で頷く。
神宮町に来てから既にそれなりの時間が経っているのもあってゆっくりはできない。雪はさっさと終わらせる気概でもう一度画面の方に向かい合った。
「二人ともいいぞ!頑張れ!」
「わあ、あの女の子勝てるかな?」
「いや無理だろ。だってアイツらここのゲーセンの中でもかなりの手練れだぜ?」
雪とヤンキーが対戦を始めようとしたその時周りでもたくさんの観客が来て雪達の対戦を見守っていた。このヤンキーもここらでは有名なプレイヤーのようだ。
しかし、それでも雪には一切関係ない。なぜなら雪はプロレベルなのだから。
「じゃあ早速始めるぜ。ルールは先に二勝した方が勝ち。お互いに負けても文句は無しだ。」
「了解。そのルールなら余裕かな。一瞬で終わらせてあげますよ。」
雪は余裕そうに頷くとそのまま格ゲーの台に百円を投入する。すると画面が光出してお馴染みのキャラクター選択画面が映る。この操作感も懐かしい。
「てっめぇ、さっきから俺を舐めやがって。どうなっても知らねえぞ。」
「無駄口叩いてないで早く始めましょうよ。時間が勿体無いので。」
そう言って雪は毎回使っているお気に入りのキャラを選択する。このキャラであれば並大抵のプレイヤーには絶対に負けない。
雪が自信満々で持ちキャラを選択すると周りは何故かざわついていた。
「おい、あのキャラを使うって正気か?」
「嘘だろ、初心者でもアイツは弱いって分かるぞ。本当に勝つ気はあるのか?」
周りの人の反応に雪は首を横に傾げる。このキャラは最強のはずだが何故か周りは弱いと囁いている。雪にとってはこれほどマッチしたキャラはいないというのに。
「ギャハハ、それで俺に勝つってか?口だけも大概にしとけよ。」
「そうだそうだ、コイツには絶対に勝てねえよ。」
ヤンキーとその取り巻きは雪を睨みながら挑発する。ただそんな煽りも雪には聞かない。一々弱いプレイヤーの話を真面目に聞くほど雪は優しくない。
「・・・とりあえず始めましょう?私は早く梓と一緒に遊びたいんだから。それにこのキャラは強いですよ。」
「わ、渡瀬さん、頑張れ!絶対に勝って!」
梓の応援に手を振りかえしながら雪は真剣に画面を見た。ヤンキーもあったまった様子で画面を凝視する。
そして画面にはゲームが始まるアナウンスと共にカウントダウンが表示される。
『start』
その合図と共に雪とヤンキーはお互いに動きだす。とりあえず様子見する雪に対してヤンキーは果敢に攻めてくる。
「おら、さっさと散りやがれ!」
あれだけ豪語するだけあってヤンキーもそれなりには強いが雪の相手になるほどではなかった。
雪はヤンキーの繰り出す攻撃を全て先に読み高速でコマンド入力しながらヤンキーの隙をついて攻撃した。
基本的に雪は敵の攻撃を確実に交わしながら的確にダメージを与えるヒットアンドウェイ戦術が得意だ。
じわじわと雪とヤンキーの体力差は開いていき周りの歓声も凄まじいものになっていた。
「すげえ、あの子あのヤンキーを圧倒してるぞ。」
「しかもあのコントローラー捌き只者じゃねえ。」
雪は余裕な佇まいでヤンキーを追い詰め続ける。観客が盛り上がりヤンキーの顔色が悪くなる中雪だけはいつも通りだった。
「くそっ、どうなってんだ。何でこの俺がこんなやつに。」
ヤンキーの嘆きも意味がなく雪はあっという間にキャラを吹っ飛ばし一勝した。
あと一度勝てば雪の勝ちというリーチ状態で雪は喜ぶこともなくただ無言で画面を見ていた。
「うーん、やっぱり少し訛ってるかも。本当ならもっと早く終わらせれるのに。」
雪は一人で反省しながら周りを見た。周りは既に雪を応援する人しかいない。尊敬の目で雪を見る者もいる。
実際先ほどの雪のプレイは上級者のプレイングで大抵の人が真似できるものではない。しかし、雪からすると久しぶりの格ゲーで少し訛っていた。
「くっ、舐めやがって。次はボコボコにしてやる。」
悔しそうに怒りを露わにするヤンキーを見ながら雪はもう一度深呼吸をして画面に向かい合った。
『start』
すぐに二セット目の試合が始まると共にヤンキーはさっきとは比にならないほどの勢いでこちらに向かってくる。
確かにこのゲームは攻めるのも大事だが前のめりなプレイは死を急ぐだけだ。
「それは読めてる。」
雪が先に入力していたコマンドで少し後ろに下がりながらヤンキーのキャラに確実に重い一撃を入れていく。
最初の試合と同様にヤンキーの体力は少しずつ削れていき既に半分を切っていた。さっきまで盛り上がっていた観客も今では雪の勝利を確信している。
「くそっ、何故なんだ!何故この俺があんな雑魚キャラを使うアイツに勝てない!」
負けそうなヤンキーは焦りと怒りを滲めながら悔しそうに大きな声で叫ぶ。そんなヤンキーの叫びに雪は少し呆れながら呟いた。
「はあ、だから言ってるじゃん。このキャラは強いんだってば。弱いのは貴方達だよ。」
雪の使うキャラは何かに特化している訳ではなく全てを満遍なくこなす型、故に角がなく味のない器用貧乏とも言えファンの間では弱いキャラと扱われていた。
だが逆に言えば完璧に使いこなすことが出来ればそれはどんな対面でも相手できるオールラウンダーとなる。
そして雪は格ゲーのキャラの動きをほぼ完璧に把握しており雪にとってはそのキャラを使いこなすのも容易だ。
雪はそのまま完璧に仕上がったコンボを放ち残り半分近くあった体力ゲージを一瞬にしてゼロにした。その簡単なように思えるコンボも何十時間もプレイして格ゲーを熟知した雪だからこそできる神業だ。
雪があっさりと二勝して画面にYOU WINと表示された瞬間ヤンキー達は絶望したように椅子から崩れ落ち観客も大盛り上がりだった。
誰もが雪を讃え尊敬の眼差しを向けた。
「おい、あの子一体何者だよ!俺も手合わせしたいな。」
「マジでいいもん見たぜ!あんな小さい子がこんなにすごいなんて。」
「・・・というかあのゲームIDどこかで見たような?それにあのプレイングもどこかで。」
ヤンキーを倒した雪には既にここにいる理由も無くなった。観客もジロジロと雪を見ており騒がしいせいか警備員がゲームセンターに寄ってくる。
「ほら、梓こっち来て。早くここから逃げるよ!」
「わ、渡瀬さん?い、いきなり手を握られると恥ずかしいよ。」
「いいから、今はそれどころじゃないってば。ほら、早く逃げるよ!」
雪は慌てて梓の手を掴むとそのまま逃げるように下の階へと走り出した。
「ということで私達はここで。」
「ちょっと、おい待てやコラ!」
ヤンキーから睨まれたが雪と梓は気にすることもなくそのまま別の階へと逃げるのだった。
「はあはあ、ここまで来れば大丈夫なはず。梓も無事だった?」
「う、うん。渡瀬さんのおかげで平気だったよ。本当にありがとう。」
ヤンキーから逃げて二階まで来た雪達はベンチに座りながらゆっくりと休憩することにした。今日の全ての疲れが重なり雪はもうとっくに限界を迎えている。
ゼェハァと息を吐く雪に対して梓は特に疲れている様子もなくふんわりとした笑顔で雪を見ていた。相変わらず梓は強い。
「とりあえず今は休みたいかな。はあ、それにしてもヤンキーに絡まれた時はどうしようかと思ったよ。」
雪はスライムの様に溶けながらぼーっとする。雪は考えることをやめた。
「本当に渡瀬さんが助けてくれたおかげだよ。ふふっ、渡瀬さんはやっぱり私のヒーローだね。」
「やめてよ、何だか恥ずかしいし私はそんなかっこよくないから。」
「ううん、そんなことないよ。今日だって渡瀬さんと初めて会った時だってずっと私を助けてくれたよね。だからその時からずっと渡瀬さんは私にとって世界一カッコいいヒーローなんだよ。」
梓は少し頬を赤らめて恥ずかしそうにしながらも真っ直ぐに雪の顔を見た。そしてそのまま雪の手を握りながら天使の様に優しく笑った。
そんな普段よりも可愛い梓に雪も恥ずかしくなり梓からそっと目を逸らした。恥ずかしいが梓に感謝されて嬉しい気持ちの方が強かった。
雪と梓はお互いに何も喋らずに静かな時間を過ごした。静かな時間も案外悪くはないかもしれない。
「・・・それに渡瀬さんのあの目すごい好きなんだ。」
「私の目?それがどうかしたの。」
沈黙の後、梓はゆっくりと口を開きながら嬉しそうに雪のことを語る。梓のその話を理解できない雪はピンとこずに頭を傾げた。
第一、自分の目のことなど一切気にしたことがない。だから普段との違いなんて分かるわけもない。
「渡瀬さんはね、時々本気の時だけ目つきが変わってかっこよくなるの。さっきもゲームをする時だけ目つきが変わってかっこよかったよ。」
詳しく説明されてもピンとこない雪は再び頭を傾げた。雪がかっこいなんて幻想に決まっている。きっと梓の勘違いなんだ。
「別にいつも通りだったし意識したこともなかったよ。梓ってば混乱してたんじゃない?」
「そんなことないよ。渡瀬さんはカッコいいから。」
頑なに雪のことをカッコいいという梓に困惑しながらも雪はスマホを確認した。神宮町に来てから既にいい時間が経っており既に四時を過ぎていた。
「変なこと言ってないで次の場所に行こうよ。私ゲームショップに行きたいんだ!」
「うん、私ももっと渡瀬さんといろんな場所に回りたいな。」
雪は梓の手を引きながら次の場所に向かうことにした。本来はスムーズに進む筈だったのに。
何はともあれ厄介ごとも無事に解決した雪達は残りの時間を満喫することにした。




