体育祭の苦悩
「い、一度休ませて。せめて水だけでも飲ませて!」
「何言ってるの。早く立ち上がって!このままじゃみんなの笑い物にされるから!」
いつものように太陽が出てジリジリと暑い日々に雪と木下はグランドの真ん中で騒がしくしていた。
足を繋いだまま喧嘩し合うその様子は周りから見るとお笑いでしかない。そんな中で雪と木下はギャーギャーと騒ぎ続けていた。
雪は干からびたゾンビのように枯れ果てて木下は今の状況に文句ばかりを口にしていた。そんな地獄絵図に周りもどよめいていた。
その中で雪達の付き添いで来た青葉と梓と蓮は保護者のような眼差しで二人を見ていた。
「おーい、二人とも一旦休んだらどうだ?雪が死にそうだぞ。」
「絶対ダメ!このままじゃ時間がいくらあっても足りない。」
「二人とも頑張って!私も二人が一位を取れるように精一杯応援するから!」
蓮は完全に呆れて乾いた笑いで雪達を見つめる。逆に青葉はいつものように天真爛漫で明らかに相性の悪い二人を明るく応援していた。
「ほら、渡瀬さんの為に水を買って来たよ。あと少しでいいから頑張ってみたら?」
「む、無理。だって私が二人三脚で一位になれる訳ないじゃん!」
急いで水を買って来た梓はゾンビと化した雪の口に水を放り込んだ。しかし、雪はそれでも死にかけのままで弱音しか吐かない。
「はあ、何でこんなことに。今日はバイトがないからってここに来たアタシがバカだった。」
そんな状況の中、蓮は嘆くように大きなため息を吐いた。
こうなったのも全ては体育祭の競技である二人三脚が原因だった。
過去に戻ること一時間前。雪がいつものように学校が終わって急いで家に帰ろうとした時のことだった。
「やった、これで学校も終わったし今日は部活もないから早く帰れるよ!」
「本当に?ふふっ、今日はやっと渡瀬さんと一緒に帰れるんだ。」
雪が帰りの支度をしていると真っ先に梓がやって来る。今日は特別暑いからか髪を可愛らしく結んでいた。
「よーし、そう言うことだし早く帰ろうよ。今日は昨日買ったゲームを遊ぶって決めてたんだから。」
雪と梓は嬉しそうな表情で帰りの支度をする。日向は今日も部活があり先に一人で行ってしまった。
その為、今日は梓と二人で帰ることになる。梓は雪と一緒に帰れることが嬉しいのか鼻歌を歌いながら楽しそうにしていた。
梓はふわふわとした眼差しで雪を見ながらそっと雪の服の袖を掴んでいた。梓と二人きりで帰るのもかなり久々である。
「よーし、それじゃあ早速・・・」
「おい、渡瀬と木下はいるか?体育祭のことで言っておきたいことがあるんだが。」
雪が帰ろうと教室の扉を開けようとした瞬間に体育教師である中島が突然教室に入って来る。そしてそのまま雪と木下を大きな声で呼び出した。
その瞬間、雪はすでに嫌な予感がしていた。先生に呼ばれる時は基本的に碌でもないことが起きる。
雪は本能で梓の後ろに隠れた。雪は前から中島のことが苦手で仕方なかった。
「おい、二人とも何逃げようとしている!今日という今日は絶対に逃さないぞ。」
雪は梓と一緒にこっそりと逃げようとしたが木下と一緒に捕まるとそのまま中島に強く睨まれた。雪はともかく木下も捕まるとは何事だろうか。
今回に限っては雪は特に何もしておらず怒られる見当もつかなかった。木下も同じ様子で二人揃って不思議に思っていると中島は震えた声で怒り出す。
「あと一週間したら体育祭も本番だ。俺達赤組は当然優勝を目指している。」
「は、はあ。それと今私が呼ばれているのに何か関係があるんですか?」
中島は熱血教師ということもあり当然今回の体育祭にもかなりの力を入れていた。
体育祭は四チームあり雪達のクラスは赤組だった。そして悲しいことに中島が担任をしている二年一組も同じ赤組だったのだ。
周りのほとんどがやる気の中、雪だけはそんなこともなくのほほんとしていた。そんな呑気な雪を見て中島は震えていた。
「関係あるに決まっているだろ!お前ら二人が体育祭で足を引っ張らないか心配で仕方ないんだ。特に渡瀬は徒競走に出るだろ?だから今からでも練習をしろ!」
中島の怒涛の説教に雪はビクビクする。そんなことを言われても徒競走に出たくて出た訳ではないというのに。
「そ、それはそうですけど流石に今から練習しろと言うのは流石に。」
「そうですよ。私はもう帰りたいのでそれでは。」
雪と木下に熱量などは一切なく全くやる気がなかった。それどころか早く帰りたくてうずうずしている。
しかし、雪と木下の態度が中島の逆鱗に触れてしまった。
「ダメだ、二人とも今日は下校時間になるまでグランドで練習していろ!じゃないと成績を下げるからな。」
中島はそれだけ言い残すとドアを勢いよく閉めて職員室へと戻って行った。突然の出来事に雪はその場で崩れ落ちた。
「そんな・・・あんまりだよ!こんなのってないよ!」
いくら雪が体力がなくやる気がないからといって流石にこれはやりすぎだ。雪は心の中で絶対に訴えてやると誓った。
「・・・そんな、中島のやつ許さない。」
木下も絶望した顔でボソボソと呟いていた。中島の暴れっぷりにクラスメイトもドン引きして哀れみの目で雪達を見ていた。
雪の目にはもはや真っ暗な闇しか写っておらず、このまま閉ざされていくと誰もが思っていた。
しかし突如雪の目の前から眩しい光が差す。眩しすぎて目が失明しそうだ。
「大丈夫、渡瀬さん?私も手伝うよ。」
「えへへ、私も雪ちゃんと那月ちゃんの助けになりたいな?」
「そう言うことだ。アタシ達も手伝うから二人とも頑張れよ。」
いつものように梓と青葉と蓮が雪達の前に現れて手を差し伸べてくれる。やはり持つべきは友達だ。日向のような薄情者と違う。
雪は目をキラキラとさせながら三人の手を取って立ち上がった。
「うぅ、三人ともありがとう。梓ってばやっぱり天使だよ。」
「わ、渡瀬さん?急に抱きつかれると照れちゃうな。」
雪は感極まって梓を思いっきり抱きしめた。梓はどんな時も雪に寄り添ってくれる。時折梓は天使の生まれ変わりなんじゃないかと思う時がある。
梓は顔を真っ赤にしながらも満更でも無さそうに照れていた。その様子を見た青葉も同じように雪を抱きしめた。
「むぅ、日野さんだけずるい!私だって雪ちゃんを手伝うからぎゅってしよっ?」
「ちょっと、青葉ってば急に抱きつかないでよ!ほら、みんな見てるから。」
教室にはまだたくさんの生徒がいてみんなが雪と青葉を見ていた。それに木下の眼差しが痛くて怖い。
「そんなことしてないで早く行こう。私はこんなこと早く終わらせたいから。」
「那月の言う通りだな。・・・はあ、そう言うことだから三人ともちゃんとついて来てくれないか?」
冷静な木下と蓮とは違い雪達は三人でわちゃわちゃとしていた。
一つ分かることはこのメンツではうまくいかないということだった。
蓮の呆れ顔も雪達の目には一切映っていなかった。
「よし、グランドに来たし早速運動するか。とりあえず二人の参加する競技を教えてくれ。」
グランドに来た雪達は体操服に着替えて早速運動することにした。一番運動が出来て頼り甲斐のある蓮がこの場を仕切ることになった。
外は暑くたくさんの部活動の人が雪達を見ていた。雪自身は知らないが雪も最近はこの学校で話題になりつつあった。
「えっと、私は借り物競走と二人三脚と徒競走だけど。」
「私は玉入れと綱引きと二人三脚。・・・ってまさか。」
「嘘でしょ。そんな訳ないよね?」
雪と木下はお互いに顔を合わせて真っ青になる。もうすでに嫌な予感がする。
「私は二人三脚の三番手だけど?」
雪がそう答えると木下は全てを諦めたような顔で拳を握っていた。そしてそのまま全力で舌打ちをする。
「チッッ、何でよりにもよって渡瀬と一緒に走らないといけないの?絶対に出たくない!」
どうやら雪の嫌な予感は当たっていたようだ。ただでさえ人と合わせるのが苦手な雪が木下と協力など出来るはずがない。
「わ、私だって嫌だよ。というかやっぱり体育祭は休むから!」
雪と木下の相性が悪いことは周知の事実だった。ただでさえ協力が大事な二人三脚で体力がなく協力もできないこのコンビが最下位になることは確定事項だ。
「とりあえず落ち着いてくれ!確かに今のままじゃやばいかもしれないけど練習すれば何とかなるさ。」
「蓮ちゃんの言う通りだよ。その為に私達がいるってもんだからね。」
青葉は可愛いポーズを取りながらウインクをした。
青葉達の励ましに力を貰いながらも雪は半ば諦めていた。二人三脚とは二人のコンビネーションが重要であり、木下にやる気がないと意味がない。
「そう言うことだから木下さんも頑張ろうよ。ほら、一位は無理でも三位くらいならいけるかもだから。」
「いや、私は・・・」
「そうだよ!那月ちゃんと雪ちゃんには協力して欲しいな?」
青葉は木下の手をぎゅっと握りしめながらキラキラとした眼差しで木下を見た。あの何にも興味がなさそうな木下も青葉にだけは弱かった。
木下はほんの少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「はあ、青葉がそう言うなら少しだけやる。ただし、やるからには一位を取るから。」
木下は覚悟を決めたように真剣な顔つきになった。雪も少し微笑みながら雪と木下は早速足に紐をつけた。
きっちりと左足と右足を結ばれて自由に動けなくなる。ただでさえ苦手な運動がこれ以上どうなるか想像もつかなかった。
「よし、それじゃあとりあえず走ってみてくれ。」
「任せて。出来るだけすぐに終わらせるから。」
「渡瀬、足引っ張ったら許さないから。」
木下はそう言いつつニヤッと笑った。この前の体育祭の準備や先生に呼ばれたことを考えると木下も相当体力がないはずだ。だが今は木下を信じることにした。
「よーい、ドン!」
木下の力がどの程度かも分からないまま蓮の合図とともに雪と木下は走り出した。
いや、正確には走り出そうとした。ただお互いに同じ足を上げたことによりバランスが崩れてそのまま地面へとダイブした。
それまでの時間は僅か二秒。もはや即落ち二コマともいえる速度で雪達の一発目の二人三脚は幕を閉じた。
この速度にはある程度オチが分かっていた梓や蓮ですら呆れていた。
「ちょっ、何やってるの?早く退いてよ!」
「そっちこそ早く右足をあげてよ!というか変なところを触らないで。」
雪達はゴールもできずに途中で喧嘩をするというカオスな状況と化していた。もはや体力云々は関係なく連携の問題だった。
周りの部活をしている人からも笑いの対象となり完全に見せ物状態だった。
「こ、これはひどいな。アタシ達でどうにか出来るか?」
「む、無理なんじゃないかな?渡瀬さんと木下さんじゃ絶望的に合わないというか。」
「そんなことないよ!雪ちゃんと那月ちゃんならきっと一位も目指せるよ。ほら、二人とも頑張って。」
雪達本人も含めてみんなが諦めている中で青葉だけは一生懸命応援していた。
青葉の明るくて優しいところが好きだった。青葉がいると少しだけやる気が湧いてしまう。
雪は青葉にそっと手を振った。青葉もすぐにこちらに気づいて優しく手を振り返してくれる。
「渡瀬まだいけるよね。この程度でバテた訳ではないでしょ?」
「も、もちろんだよ。・・・ただ一つだけいいかな。」
青葉のおかげもあり二人の闘志は完全には消えていなかった。
ただ雪は一度その場で倒れたままグランド全体に聞こえるほどの大声で叫んだ。
「い、一度休ませて。せめて水だけでも飲ませて!」




