平穏な日々
昨日は本当に疲れた。
まさか青葉を助けた上に一緒に帰ることになるとは。もし今日また青葉に会ったらどう反応すればいいのか分からない。まあ、青葉は昨日のことなんて忘れてるかもだけど。
外にいると疲れるだけだしやっぱり布団は落ち着く。今日は遅刻ギリギリまで布団にいるんだ。もう陽キャとは当分会いたくもない。
雪がいつも通り布団に包まっているとコンコンと扉をノックする音が聞こえる。その数秒後にガチャっと扉が開いた。
「おい、今日も学校だろ?何ぐーたらしてんだよ?」
雪がベットの上でゴロゴロしていると流星が部屋に勝手に入って布団を剥がしてくる。せっかくの至高の時間が。
「だからその起こし方はやめてってば。何でみんな布団を剥ぐの?」
雪は無神経に部屋に入ってくる兄を睨みつける。いくら兄弟とはいえ女子の部屋に勝手に入ってこないで欲しい。
「お前が全く起きないからだろ。お母さんが苦労するのも分かるわ。」
流星は雪の兄で今は大学生だ。雪の唯一の兄弟であり仲はそこまで悪くはない。しかし基本的に流星は無神経で雪はうんざりしている。
「別に学校には行くんだからいいじゃん。それよりお母さんは今日いないの?」
基本的に流星は自分の部屋におり、滅多に顔を見せない。そのため大体はお母さんが起こしに来るというのに今日は珍しい。
「お母さんは昨日の夜からずっと帰ってないぞ。何でも同僚との飲み会だってよ。」
だから代わりに流星が起こしに来たのか。お母さんは普段は真面目な人だけどお酒を飲むと何をしでかすか分からない。
「だからってお母さんみたいなことしなくていいのに。それにお兄ちゃんだって大学あるでしょ。」
流星はおせっかいだから困る。こういうのを世間ではシスコンと言うのでは?
「今日は午後からなんだよ。なのにお母さんはまだ帰って来ねえしお前はずっとぐーたらしてるから困っちまうよ。とりあえず簡単な飯は作っといたから早く食えよ。」
流星はこう見えて家事が出来る上に容姿もかなりのイケメンなためよくモテる。さらに雪とは真逆の明るい性格なためよく兄弟と言うと驚かれてしまう。
「分かったよ。準備するから下で待ってて。」
「はいはい、ちゃんと顔も洗えよ。」
雪はめんどくさいと思いつつも学校の準備をすることにした。
憂鬱ながら学校に行ってるだけ褒めて欲しい。特に昨日はいつも以上に疲れたから本当はもう少し休みたかった。
パシャパシャと顔を洗ってからお茶の間へと向かう。
お茶の間には既にご飯が並んでおり、流星が座って待っていた。そういえば流星とは朝も夜も別々にご飯を食べてるためこうやって二人でご飯を食べるのは久しぶりだ。
「ほら、お前の好きな鮭のムニエルだぞ。ちゃんと噛んで食べろよ。」
「やったー、ありがとうお兄ちゃん。それじゃあいただきます。」
雪は早速好物の鮭を頬張る。流星のご飯はやはり美味しい。それに美味しいだけでなく栄養までちゃんと計算してあった。雪よりも圧倒的に女子力が高い。
「どうだ、美味しいか?」
「うん、お兄ちゃんのご飯はやっぱり美味しいよ。それにしても今日のお兄ちゃんはいつもより機嫌が良さそうだね。もしかして蛍さんとデートでもするの?」
雪がそう口にすると流星は頬を赤らめた。図星で顔を赤くするなんて何てシャイなのだろうか。
「バカ、別にデートはしねえよ。ただ大学が始まるまでの間ここで勉強会をするだけだ。」
蛍さんというのは流星の彼女であり日向のお姉さんだ。日向の姉と言うこともあり小さい頃からよく遊んでおり、今も時折会っては話す仲だ。蛍さんはとてもおっとりしていて優しいから好きだった。
「ふーん、そんなこと言って蛍さんと会えるのが嬉しいんでしょ?」
雪は恥ずかしそうにする流星を見てニヤつく。人を揶揄うのは楽しい。
「うるせえ、そう言うお前は付き合ってる人とか好きな人とかいないのかよ?雪だってもう高校生だろ。」
「そんなのいないよ。私恋愛に興味なんてないもん。私は一人の方が好きなんだから。」
恋愛なんて雪にとって全くといっていいほど縁のない言葉だ。基本的に一人でいる方が落ち着くし、何より自分のことを好きになる人なんていないと思う。それなのにお母さんも流星も時々彼氏がいないか聞いてくるから困ったものだ。
「はあ、お前はもっと他人に興味を持てよな。それとチャイムがなってるぞ。日向じゃないのか?」
流星の言う通りチャイムが鳴っており、その数秒後に日向が家の中に入ってくる。
「おはよう、日向。今日は一緒に行けるんだね。」
「まあ、部活の課題は昨日で終わったからな。それにしてもまだ準備してないの?早くしないと遅刻するよ?」
本当なら通学しているような時間にまだご飯を食べてる雪を日向は呆れた様子で見ていた。
ちなみに日向が忙しくない時は一緒に学校に向かっている。いつも日向が迎えに来てくれる上に日向はお母さんとも仲がいい為、何故か家の鍵を持っている。
「だって学校に行くの面倒くさいもん。すぐに準備するからちょっと待ってて。」
雪は最後の一口を頬張りすぐに学校に行く準備をする。この時間が一番鬱だ。
「日向も大変だな。こんなやつの世話をして疲れねえのかよ?」
「まあ、大変だけど慣れてるからな。それと姉貴ももうすぐ来ると思うから。」
「おっ、マジか。それじゃあ俺も準備してくるから雪を頼むな。」
そう言って流星は自分の部屋へ向かっていった。
雪はカバンに必要なものを詰め込めて制服へと着替える。
後は髪を整えれば完璧だ。しかし雪は寝癖が酷く毎日髪を梳かすのに時間が掛かる。
「おーい、まだ終わらないの?そろそろ行かないと遅刻するんだけど。」
「待って、あと五分で終わるから。」
雪はバタバタしながらも準備をして日向と学校へ向かった。
「いやー、それにしてもギリギリ間に合ったね。」
学校の敷地内に着いたが外にはほとんど人がおらずとても静かだった。この時間帯の通学路は人がほとんどいないから安心して登校できる。
「雪がダラダラしてるからじゃん。早く教室に行くよ。」
「ごめんってば。いつもありがとうね。」
日向は本当にしっかりしている。雪は日向と会話しながら教室を目指す。一年三組の教室は三階の一番奥にある為、地味に移動が面倒くさい。
外とは違い廊下にはたくさんの生徒がおり、それぞれ会話をしていたりして賑やかだった。
「もうすぐゴールデンウィークだけど何か予定ある?」
日向に言われてハッとする。そういえば来週からゴールデンウィークだった。ということは誰にも邪魔されずにゆっくりできるではないか。
「特に予定はないかな。ずっと家でゲームしてると思うよ。」
「そっか、せっかく雪とどこか出かけたかったってのに。」
「悪いけど他の人を誘って。私は外に出たくないから。」
日向には悪いがせっかくの連休なら外には出ずダラダラするに限る。休みだというのに外に出て無駄に体力を使うだけなんてごめんだ。
「そっか、せっかく『月の彼方』の展示があるってのに雪はいかないんだな。」
「嘘でしょ?『月の彼方』の展示は別だよ。絶対に行きたい!」
日向の発言に雪はすごい勢いで食いついた。
『月の彼方』は雪の大好きなアニメで日向とよく語り合っていた。
『月の彼方』は別の世界に迷い込んだ少女がいろんな人と出会い冒険する物語なのだが本当に面白くて何回も見ていた。
好きなアニメの為なら何が何でも外に出る。それがオタクというものだ。
「すごい食いつくじゃん。それなら梓も誘って三人で行こうぜ。」
「うん、絶対に行く!今から楽しみで仕方ないよ。」
「それじゃあ梓も待っているだろうし教室の中に入るか。」
雪と日向が盛り上がっているとすぐに目的地へと着いた。今の雪には辛いことなどなかった。昨日までの疲れも全て吹き飛んだ。
雪は教室に入るといつも通り自分の席でゆっくりしようとする。しかし自分の席に着く途中で青葉と目が合ってしまった。
「あっ、雪ちゃんだ。おはよう、今日も元気?」
青葉は無邪気に挨拶をする。その瞬間クラスのみんなの視線が雪に集まる。
何でこの二人が?見たいな目線で見てくる為、雪はとても居たたまれない。隣にいる日向も変な目で見つめてくる。
「お、おはよう。朝から元気だね。」
当の本人はというと何も気にしてる様子なく雪に近づいて手を握ってくる。
「えへへ、昨日は助けてくれてありがとう。雪ちゃんともっとお話ししたいと思っていたから嬉しいよ。」
何とも気にしていない青葉に雪はただ後悔することしか出来ない。よく考えたら青葉のような明るい性格であればこうなることも全然ありえた。教室では話さないでと忠告するべきだった。
「何で渡瀬さんが朝比奈さんと?」
「二人ってどんな関係なんだ?」
クラスのみんながずっと変な目で見てくるせいで雪は早くここから逃げ出したい気分だった。しかも青葉はクラスの人気者のせいでヘイトを買うことになってしまう。
「どうしたの?もしかして私と喋るの嫌だった?」
戸惑うことしか出来ない雪に青葉は首を傾げる。その純粋な眼差しが余計に雪に刺さる。
「ち、違うよ。ただもうすぐチャイムが鳴るから一旦席に座りたいかなって。」
雪はなんとか角が立たないように話を進める。この場で変なことをしたら後で噂になってしまう。いや、それはもう手遅れかもだけど。
「そっか、急に話しかけてごめんね?それじゃあまた後でね。」
青葉はそれだけ言って自分の席へと戻っていった。とりあえずはこれで一安心だ。
雪は心臓をバクバクしながら自分の席に着く。まさか朝からこんなことになるとは思っていなかった。
教室はまだ少しざわついており、雪のことを見る人がたくさんいた。しかし、雪は全て無視して日向と梓とおしゃべりすることにした。
「わ、渡瀬さんと朝比奈さんはどういう関係なの?詳しく教えて?」
自分の席に着くと何故かものすごい震えながら梓が質問してくる。もしかして梓も青葉ファンなのだろうか?
「べ、別にそんな親しい関係ではないから。ただ、昨日青葉が困っていたから助けただけだよ。」
「なるほどね、だからあんなに距離が近いんだ。突然だったから驚いたよ。」
日向は納得したのかそれ以上は何も聞いてこなかった。
「じゃ、じゃあ朝比奈さんとは何もないんだね?」
「本当に何もないから。だから安心していいよ?」
「そっか、それならよかった。心配したよ。」
もしかして梓って青葉のことがそんなに好きなのだろうか?だとしたら余計に青葉とあまり関わらない方がいいではないか。
雪は学校に来たばかりだというのに既に家に帰りたくて仕方なかった。




