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ヒロインが『復讐者』になった理由 ―乙女ゲームのヒロインは、大切な人のために復讐を誓う―  作者: 春樹凜
第9章 復讐の果てに掴む未来

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85.グレイス編︰終『光の傍で闇を抱いて』



 学園を去り、グレイスが孤児院へ戻ってから一年ほどが過ぎた。

 彼女はエルミナ地方局員として働きながら、孤児院の手伝いもし、忙しくも充実した日々を送っていた。


 アレクもまた、他のシスターや子ども達に支えられながら、新米院長として奮闘している。


 そんなある日、エルミナの街は普段よりも活気づいていた。


 十年に一度この街で開かれる、大きな祭り。

 昼間はたくさんの屋台や店が大通り沿いに所狭しと並び、夜にはエルミナの夜空に花が咲く。

 かつてアレクとグレイスが幼い身体を並べ、窓辺から見上げた……あの魔法のような光が打ち上がるのだ。


 孤児院も昼は店を出しており、子ども達が手作りした小物はバザーで全て売り切れた。

 夜は皆で花火を見る約束になっている。


 夕食を終え、子ども達や、遊びに来ていた元院長、シスターの面々と二階へ上がる。


「まだ?」

「もう上がる?」

「わたし、はなびってみるのはじめて!」

「すんげぇキレイんだろう!?」


 そんな、そわそわした声が飛び交う中、誰かがそっとグレイスの腕を引いた。


「どうしたの? アレク兄さん」

「……少しいいかな。ちょっとだけ、グレイスと話をしたくて」


 月に照らされたアレクの頬が、わずかに赤い。


 と、ここで子ども達が声を上げる。


「あっ! アレク兄がグレイス姉をひとりじめしようとしてるー!」

「あれじゃない? きっと告白だよ。だってさっき帰りに花買ってたし……」

「うん、花屋のお兄さんに、好きな子に渡すんだって言ってたもんね」

「あの後ろに持ってるのそうじゃねぇか!?」


 子ども達の声は一気に騒がしさを増していく。


「っ、ちょ、な、なんでみんな……っていうか、僕が花買ってたところ見てたの!?」


 アレクが慌てふためいたように、目を白黒させながら子ども達に顔を向ける。

 グレイスはそんなアレクを見つめ、嬉しいと同時に、胸が締め付けられる。


 いつか、こんな日が来るかもしれないと、覚悟はしていた。

 

 その時が来たらどうするべきか、ずっと考え、けれど答えは出ている。


「ええと、アレク兄さん……?」


 グレイスが戸惑いがちに声を出すと、隣の部屋を指さす。

 

 アレクが赤い顔で頷き、二人で並んで退出する後ろから、子ども達の歓声と大人達の柔らかい視線が降ってくる。


「がんばってねーアレク兄ちゃん!」

「フラれたら慰めてやっから!」

「そうそう、美味しいクッキーも焼いてあげるね!」

「なんで君達は僕がフラれること前提なのかな!?」


 そんな彼らに半分泣きそうな声でそう返しながら、扉を閉め、隣の部屋へ入る。


 閉めた扉の向こうからは、まだざわめきが聞こえる。


 けれど、二人きりになった部屋の空気は、少し涼しく、どこか胸に触れるように静かだった。

 薄暗い部屋の窓からは、夜風が静かに流れ込み、遠くの祭りの灯りが揺れている。


 アレクは何も言わず、けれど何か言いたげに唇を軽く噛む。

 グレイスはそんな彼を黙って見つめる。


 やがて――二人の静寂を切り裂くような音とともに、空が震えた。


 ドン、と低い音を上げながら、花火が夜に咲く。

 光の破片が窓から差し込み、二人の頬に淡い色を落とす。


 アレクはその光を浴びながら、ほんの少し息を整えるように沈黙し、やがて意を決したように口を開いた。


「グレイス。僕は……ずっと君に、言いたかったことがあるんだ」


 アレクは窓の外の花火を一度見て、そしてグレイスを見つめた。


「君にとって、僕は兄のような存在かもしれない。けど……」


 その言葉を切るように、アレクは後ろ手に隠していた、小さな花束を胸の前に取り出した。

 白い、細い花弁。

 控えめに香る、静かな香り。


「これって、スズラン……?」


 グレイスの呟きに、アレクは頷く。

 そしてグレイス自身を青の瞳に映し、顔を赤らめながらもまっすぐに言った。


「グレイス……僕はずっと君のことが好きだった」


 静かに、まるで自分の鼓動さえ押し殺すように言葉を紡ぐ。


「学園を卒業したら、この気持ちを伝えるつもりだった。だけど僕は半年で退学しちゃって……。こんな僕じゃ、グレイスに好きだって伝えちゃいけないと思った。でも、僕は少しずつ、戻れた。完全に前の僕ってわけにはいかないけど、それでも今僕は、君の隣にいても恥じないような自分になれたって思ってる」


 ここでアレクははにかみながら笑い、グレイスの前にスズランの花束を差し出す。


「これの花言葉……『再び幸せが訪れる』。僕が君と一緒に過ごす時間は昔からずっと、幸せそのものだったんだ。僕は君とこれからも、幸せな時間を刻んでいきたい」

 

 打ち上げられた花火の光が、二人を包む。

 赤、青、金、白――瞬きのたびにアレクの表情が違って見える。


「だからグレイス。これから僕と、一緒に生きていってほしい」


 優しすぎる声。

 痛いほどの温度。

 花火の光とともに、アレクのまっすぐな光が胸に突き刺さる。


 何も知らないままでいれば、闇に染まる前であれば、純粋に喜べていた言葉。

 けれど今のグレイスは、もうあの頃の彼女ではない。


 ルキアの光を折り、セヴランに心を与えて壊し、ロアンの生きる方向を捻じ曲げた。

 アレクを信じきれず、彼を壊れた存在として扱った。


 罪は、消えていない。

 許されもしない。

 誰かを地獄に落として得る幸福に、価値などあるはずがない。


 アレクは何も知らないのだ。

 グレイスが復讐者として歩いた地獄も、三人が闇に落ちた理由も。

 

 だからこそ、その言葉は光そのもので、今のグレイスには眩しすぎた。

 グレイスは、幸せを選ぶことは許されないから。


 だが、アレクを幸せにすることは、グレイスの『義務』でもある。

 彼の幸せを――光を守ることが、今のグレイスにできる、アレクへの『償い』。


 だから。


「……うん、アレク兄さん」


 グレイスは震える指で、差し出されたその花を取った。


「私……アレク兄さんを、必ず幸せにするからね」


 心の奥で別の言葉を呟く。


 ――これは私の責任。

 ――私の罪の代償だと。


 そんなグレイスには気づかず、アレクは満ち足りた微笑みを浮かべ、温かい手のひらで彼女の手を包む。


「違うよグレイス。一緒に幸せになるんだ。二人で」


 幸せな言葉だった。

 それなのに、どうしようもなく苦かった。

 花火が一段と高く咲く。


 その光に照らされながら、アレクがそっと顔を寄せた。

 

 アレクの未来だけは守る。

 どんな闇が待っていようと、必ず。

 だがアレクがいなくなったその先は。


 ――私は、本当の闇へと落ちていく。


 その覚悟を胸に、グレイスはそっと目を閉じた。

 唇が触れ合い、世界の音が遠くなる。


 最後の花火が消えた夜空には、もう光はない。

 けれどグレイスの胸の奥では、別の決意が静かに燃えていた。

 

 復讐者の物語は終わった。

 だが罪は、終わらない。

 

 闇に堕ちた乙女は、光を守るために生きる道を選ぶ。


 ――そしていつか訪れる未来の罰を見つめながら、グレイスはアレクの手を強く、強く握り返した。



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― 新着の感想 ―
アレクの告白の後に出る花火の色がグレイスがこれまで告白と共に差し出された花の色と順番まで同じで、おぉ…となりました
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