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80.浮上する光



 新生徒会長には、グレイスが就任することになった。


「三年生の先輩方を差し置いて、私が会長でいいのでしょうか……」


 そう言うと、皆がグレイスに対し、問題ないとばかりに頷いた。


「むしろグレイスさん以外誰がやるんだよっていうね」

「分かりました、では、生徒会長を務めさせていただきます!」


 そうしてグレイスを頂点として、新たに十名の役員を加えて始まった新年度の生徒会活動だが、業務を分担することで、驚くほど早く、正確に事が進んでいく。

 皆慣れていない中でも、得意不得意の分野を互いにカバーし合い、去年とは全く違う、穏やかで明るい空気で生徒会室は包まれていた。


 そのうちに、ある声が彼らの中から上がるようになった。


「この仕組み、誰かが作ったんだよな……すごいな。もしかしてグレイスさんが?」

「いえ、私が入った時には既に出来上がっていました」

「ならセヴラン様あたりかな……いや、でも完璧主義者のあの人がこんなやり方を……かといってルキア様でもなさそうだし」

「ロアン様はもっとありえねぇ」

「引継ぎノートもびっくりするくらい丁寧だよね。分かりやすいし」

「資料整理用の分類表も……なあ、そういやぁこのアレクって名前、よく出てくるな」

「ならもしかしてこのノートも? ……確かに、字が一緒だ」

「他にもこれも……そうじゃないか?」


 アレクの残した数々の仕事と工夫が、生徒の間で自然と話題になり始めていた。


 それは、グレイスが意図的に生徒達に気づかせるように仕向けた導線の成果だった。


 こっそりと、アレクのノートが見つかりやすい場所へ置き直し、彼が関わった仕事を引き継ぐ生徒達へ自然に触れさせるように動いていた。


 それは復讐と同時進行で行ってきた、もう一つの目的――アレクの名誉回復のために。


 新しい役員達が資料整理を進める中、ふと一人が声を上げる。


「なあ……このアレクって人、やっぱりすごくないか?」


 別の生徒が頷く。


「この効率化シートもそうだろ? すごくよく考えてある……」


 指がページをめくる音だけが静かに響く。


「でもさ……これ全部、一人でやってたのか……?」

「やばいよな……さすがに業務オーバーじゃないのか? しかもこれだけ丁寧に作るって……」

「確か体調不良での退学、だよな。でもそれってもしかして」

「グレイスさんもすごい量の業務を振られて大変そうだったし、アレクって人もそうだったのかもって噂あったよな?」

 

 生徒会室に漂う空気が、少しずつ変わっていく。

 驚き、疑問、そして気づき。

 

 グレイスは、彼らの会話を黙って聞いていた。

 机の上の古びたノートに視線を落としながら、すこし迷って――やがて、静かに口を開いた。


「……私も、去年、思っていたんです」


 生徒たちが一斉に顔を向ける。

 彼らは水を打ったように静まり、グレイスの言葉を待つ。


「アレク様が退学した理由……ただの体調不良による退学だと、私もルキア様達から聞かされていましたけれど……」


 グレイスは、ノートの表紙をそっと撫でる。


「実はアレク様が生徒会に在籍時の記録を、棚の奥の方でいくつか見つけたんです。それを見る限り……アレク様は、ずっと業務を抱え続けていたんだと思います。自分の限界を超えながら。それに去年の学園祭のチケットの考案者も、本当はアレク様だったみたいで……」

「え!? でも、あれ、生徒会の役員が発案したって……。てっきりルキア様達かと」

「だよね。まるで自分達が考えた、みたいな感じで説明されたし」

「すみません。私があそこで声を上げられたらよかったんですが……」


 グレイスが本物の後悔を滲ませた声で言葉を落とす。

 

 あの場では、あの時には言えなかった。

 あれはアレクの考えたものだと。

 グレイスは、三人がその事実を消し去り、当たり前のように運用していたのを目の当たりにしていたのに。


 するとグレイスの隣にいた生徒が、そっと彼女の肩を抱く。


「グレイスちゃんは、悪くない……。三人の前でそんなこと指摘できるわけないよ。それよりも、ずっとそんな気持ちを抱えていて、その方が辛かったよね」


 触れられた手は温かい。

 他の生徒も、優しい眼差しをグレイスに向ける。


 彼らの心に触れ、グレイスはそっと目を閉じると、一瞬だけその温度に体を委ねる。

 

 けれどすぐに瞼を開いて体を起こし、悲しげに口元をわずかに歪ませる。


 と、生徒の一人が、そっと呟く。


「……じゃあさ、その先輩……潰されちゃった、ってことなんじゃない?」

「誰に……?」

「……聞くまでも、ないだろう」

「そんな、ひどいよ、こんなことって……」


 詰問ではない。

 ただ、静かに真実へ落ちていくような声。


 グレイスは目を伏せる。


「……それは、もう分からないです。でも、彼の記録を見れば……努力も成果も、本物です。彼はきっと、誰よりも、学園のために働いていた人でした」

 

 誰も反論しなかった。

 むしろ、深い沈黙だけが広がった。

 

 やがて誰かが、小さく言った。


「……アレクさん、すごかったんだな」

「俺達、知らなかっただけだったんだ……」


 アレクのことを直接知らない学年の生徒達がそう言うと、彼のことを知る生徒が声を上げる。


「……アレクさんが大変そうなの知ってたのに。声をかけても大丈夫だって言ってたから、それを信じちゃったけど」

「グレイスさんの時みたいに、あの時助けてあげられたら」

 

 その声はまっすぐで、静かで、温かかった。

 グレイスは胸に手を当てる。

 誰にも気づかれぬよう、細く、深く、息を吐いた。



 生徒会の人間を中心となって、生徒達がアレクの業績を語り、噂は瞬く間に広がった。


 そして、自然とこう付け加えられるようになった。


「アレクさんは不当に追い詰められていた」

「やっぱり本当に悪いのは、あの三人だったんじゃないか?」


 一年生の時に撒いていた種。

 生徒達の中では、それはもはや確定事項となっていた。


 グレイスは否定も肯定もしない。

 ただ静かに、胸の奥で苦い痛みを噛みしめた。


 ――ようやくアレクを、本当の意味で光に戻せた。

 彼の努力を、名誉を、誇りを。

 

 復讐は終わった。

 そして、もう一つの目的――名誉回復も果たした。

 それでも胸の内には、晴れない闇が残る。

 

 あの三人を破滅させたのは紛れもなく自分。

 そして、アレクはさも壊れてしまったかのように告げた。

 その黒い部分は、決して消えない。

 

 グレイスはそっと胸に手を置き、誰に語るでもなくそっと呟いた。


「……私は光でも闇でもない。ただ、あなたと笑い合っていたかっただけなのにね、アレク兄さん」

 

 その声を聞く者は、誰もいなかった。



 その後も、生徒会は新しい仲間と共に健全に回り続ける。

 仕事は分担され、グレイスの負担は大きく減った。

 彼女は、生徒会長として精神的な柱として立ち続ける。

 彼女の近くには、支えたいと願う仲間ができた。

 アレクを知ろうとする生徒達が増えた。

 

 そしてついに、アレクは自ら体を崩していなくなった愚かな人間ではなく、『学園を支えた優秀な生徒』として語られるようになった。


 ――アレク兄さん。

 私は自ら闇に堕ちた。

 でも……それでしか届かない光も、確かにあるよね。


 グレイスは小さく笑い、校舎の中を歩き出す。

 その姿は、光でも闇でもない。

 ただ、真実のために戦い続けた一人の少女がいただけだった。



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― 新着の感想 ―
「復讐」ではあるけど、グレイスが動かず、ルキア達が歪めてしまった生徒会システムがもしそのまま続いていたら…権力の頂点の彼らがもしそのまま国を治めていけば…むしろバッドエンドでは… もし彼らがこの先アレ…
もともと誰れもが、光でもなく闇でもなく、ただの個としてそこに在り、ただの個としてお互いに尊重し合えばいいだけなのにね。 関わりあう中で、時に光に見え、また違う角度から見れば、闇に見えるだけなのだから。…
復讐自体は闇ではないと思うけどねえ
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