79.新年度の始まり
春の光の中、学園に再び活気が戻ってきた。
けれど、これまでの学園とは明らかに違う。
昨年までの張りつめていた空気は薄れ、今年の学園には少し柔らかな風が吹いている。
生徒会室には、かつての中心人物三名――ルキア、セヴラン、ロアン――の姿がない。
その事実だけで、学内の空気はまるで別の学園になったかのようだった。
グレイスは松葉杖をつきながら、廊下をゆっくり進む。
怪我はほとんど治っているが、完全回復まではもう少し時間がかかる。
すれ違う生徒が何人も足を止めた。
「グレイスさん! 怪我は大丈夫なの?」
「無理しないでくださいね、生徒会の仕事は俺たちも手伝いますから!」
「また一緒に頑張ろうね!」
その声には以前の崇拝めいた熱はなく、温かな距離感だけが残っていた。
グレイスは彼らを利用し、三人の破滅への足掛かりにした。
胸の奥が小さく軋む。それでもグレイスは前に進むしかない。
彼女は柔らかく笑いながらも、心の奥の鈍い痛みを抱えたまま、生徒会室の扉を開いた。
三人が卒業し、役員としてグレイス一人しか残らなかった生徒会室には、誰もいなかった。机の数だけが寂しげに並んでいる。
ルキアは卒業後すぐ体調を崩し、現在は離宮で静養している。
セヴランは父の仕事を手伝っているが、その判断力に疑問の声が上がり始めていた。
ロアンは勾留された後、戦地へ送られたという噂だけが残っている。
だが、それらはもうグレイスの関与できる範囲ではない。
卒業した今、もうここに戻る理由は誰にもない。
いや、戻ることはできない。
しかし、学園の管理、書類確認、教務連携……さすがにグレイス一人の手には余る。
既にルキアたちはいない。
追加で生徒会の人員補充の申請をしても問題はないだろうと、グレイスが教員室の元へ足を踏み出しかけた時だった。
部屋に響き渡るほどの、大きなノック音が響いた。
がちゃりと扉を開けると、そこには見知った生徒達の姿があった。
「グレイスさん! 何かお困りごとはない?」
「えっと、そう、ですね、少し片づけなければいけない書類が多いかもしれない、という」
皆の圧に押され素直にそう吐露すると、彼らの顔に笑みが浮かぶ。
「なら、私達を生徒会の役員に入れてくれない?」
「え……?」
戸惑いの音を漏らし、目をぱちくりとさせるグレイスに、彼らから次々と言葉の洪水が流れ込む。
「僕らもグレイスさんの手伝いしたいなって思って」
「だってルキア様達も卒業されましたし。誰も手伝うなって言われましたけど、今更とやかく言われる筋合いはないっていうか」
皆が一斉に言葉を重ね、部屋の空気が一瞬で明るくなる。
「そもそもあんな少人数で回すこと自体がおかしいんだって! ルキア様達が入る前はもっと人数いたらしいんだから」
「この際もっと役職増やして人も入れて、それぞれの負担が減るように回していこうよ!」
「そうそう! グレイスさん一人が全部抱える必要はないんだって」
彼らは一様に、まっすぐな瞳をグレイスに向けていた。
彼女を支えたいという意思がはっきりとそこにあった。
実際問題、これを一人でこなすのは不可能だ。人手はあるに越したことはない。
グレイスの負担を減らす意味でも、もう一つの目的を円滑に達成するためにも。
グレイスは小さく笑うと、彼らに向かって頭を下げた。
「……分かりました。では、皆さん、お願いします、力を貸してください!」




