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70.ロアン編:『誇りの凋落』 その1

 


 約束した時間にグレイスが最上階の扉を開けると、放課後の風が、彼女の体を横切っていく。


 練習場が真下に見える場所。

 花火を見たあの時と同じ塔の上。


 下からは剣のぶつかる音や掛け声が響いてきていて――たとえば叫び声を出せば届く距離に人がいる。

 

 グレイスは改めてそのことを確かめてから、扉の鍵を開けた状態で待ち人の元へと足を進める。


 赤茶の髪を揺らして人懐っこい笑顔を浮かべるロアンは、グレイスの姿を視界に入れた瞬間、手を上げた。


「よう、グレイス! 来てくれてありがとなー」


 グレイスは、普段彼の前で見せるように気さくな口調で答える。


「だって呼び出されたんだし、そりゃ来るって! ……にしても超寒いんだけど! なんでこんなとこに呼び出すかなー。どっかの教室とかでもよくない?」


 冷たい風が吹きすさぶ場所。

 なぜここを選んだか。

 それは、ロアンにとってはグレイスの唇を奪った、思い出の場所だから。


 ロアンはわずかに緊張した面持ちで、胸元から大ぶりの花を取り出した。


 季節外れの鮮やかな黄色い――ヒマワリ。

 意味は、崇拝。あなたを見つめる。

 ひとりの太陽だけを盲目的に追い続ける花。


 表向きには、周囲をぱっと明るくする雰囲気を持つロアン。

 その内面は、誰かを守る自分という太陽だけを見上げ続ける男。

 まさにロアンにピッタリの花だ。


 冷たく嗤うグレイスに気づかないロアンは、その花を握りしめ、口を開いた。


「なあ、この間の……覚えてるか?」


 頬を赤くしながら、ロアンは笑おうとしている。

 強さとも素朴さとも言えない、不器用な誠実さが滲む表情で。

 グレイスはとぼけるような素振りで答える。


「えーと、あれかな? あの告白っぽい話?」

「茶化すなって……!」


 照れながらも、ロアンは真剣な目でグレイスを見つめた。


「俺さ、お前ってすごい奴だって思ってた。でもそれだけじゃねぇ。俺が守りたいって、心から思えた……初めての人なんだ」


 風が止まったかのようだった。

 塔の上に、彼の声だけが残される。


「グレイスが笑っていられるなら、それでいい。どんな危険だって、どんな敵だって、俺が全部倒す。それで……お前がそばにいてくれたら、俺は、もっと強くなれる。誰よりも騎士らしくいられる。俺にはお前が必要だ。だから――」


 彼の手からヒマワリが差し出される。


「お前が好きだ。お前を守らせてほしい。ずっと俺の隣にいてくれ」


 下から届く練習の声が、遠い。

 視界の端で、風に揺れたヒマワリの花弁が震えている。


 ――守りたいのは、グレイス自身ではない。

 彼は、守れる自分という幻想を保つためにグレイスを求めている。


 そのためにグレイスが必要だと、ロアンははっきり口にした。


 そう、彼の言葉には彼の本心全てが込められている。


 何が守るだ。

 壊しているのは他ならぬロアン自身なのに。


 アレクが壊れたのは、ロアンが彼に依存し、面倒事を全て押し付けたから。

 それなのにアレクが助けを求めても、それ以外のことで守ると、己の守りたい理由でしか守ろうとしない男。

 自分勝手で浅ましい人間。


 そんな己に気づかずに、ロアンは笑っている。


 アレクは今、昔の彼のように心から笑えないというのに。

 だからこそ、これからロアンの無邪気な笑みをグレイスは壊す。

 

 グレイスは、わざとゲームで告白を受け入れるヒロインのような無垢な笑顔を浮かべる。


 ロアンの顔が一瞬期待で輝く。

 それを確認し、グレイスは崩さぬ顔のまま答えた。


「あはっ、絶対に嫌」


 その瞬間、ロアンの動きが止まる。

 まるで思考が固まったようで、けれど目だけが虚ろに揺れた。

 塔の上を吹き抜ける風が、ロアンの手に握られたヒマワリの花弁を揺らす。

 

 長い沈黙の末、ロアンは笑顔で拒絶された意味が理解できないと言わんばかりに、震える唇で言葉を探しながら、


「は……? な、なんで……」


 それだけ口にした。


 まだ彼は現実を理解していない。

 

 その顔を見て、グレイスは静かに口を開いた。


「それに答える前にね。ロアン様、先に私から質問、してもいい?」


 ロアンはゆっくりと、ぎこちない動作でグレイスを見る。


「な、なんだよ……?」


 ここからだ。

 彼の誇りを、根本から折るのは。


「ロアン様、さっき私のこと好きだって言ったじゃない?」

「お、おう、言った」

「私のことも助けるとかって言って、荷物持ってくれたり」

「当たり前だ! グレイスが困ってたら助けるのが俺の役目だし、それに俺はお前の」

「『騎士だから』だよね? 最初はね、私もロアン様に守ってもらってるーって思ってたんだよ。だけど……」


 ここでグレイスは小首を傾げると、困ったように眉根をひそめる。


「なんていうか、別に全然重くない荷物でも持ったりとか、手伝おうとしてくれる他の生徒に手出しさせないようにしてくるとか。あと訓練場に私が見学に行ったら、危ないから下がってろってありえない距離まで下げさせられて」

「そんなの、危険から遠ざけたいって思ったからで」

「剣は木剣で危なくないし、柵だってあるじゃん。なのに過剰に反応しすぎじゃないかって」

「そんなの、お前にもしものことがあったらって、俺としては当然の判断で」

「なら、男子生徒とただ喋ってただけなのに、その人達が私に危害を加えるって決めつけて、怖い顔で追っ払ったりするのはなんで? 最近は女子生徒に対してもそうだったよね」

「……ああいう笑顔で近付いてくる連中が一番怪しいんだ。俺はお前を守るって約束したから、少しでも怪しいって思ったら排除する。当然のことだろう!?」


 この言葉に、グレイスは確信を得たように頷くと、はっきりと言葉にした。


「今のでもう決定的だね。それってさ、私のためにっていうより、ロアン様が誰かを守れている自分、っていうのを守ってるみたいじゃん?」


 ロアンはグレイスを目的ではなく、自身の誇りを維持するための手段としてグレイスを利用している。


 そうグレイスが指摘すると、ロアンは即座に否定する。


「違うっ! 俺は本気でお前を守ってた!」

「本当に? 守ってやってる自分を壊されたくないから、皆を遠ざけたりしたんじゃないの?」

「んなわけねぇだろう! 全部お前を守るためだ!」


 ロアンの瞳はどこまでもまっすぐだ。

 この男は本気で、自分がグレイスを都合よく扱っていることに気が付いていないのだ。

 

 純粋ゆえに、厄介な男。


 グレイスはいったんは分かった、という顔をすると、ロアンの顔にほっとしたような表情が戻る。


 しかし、この程度で追撃の手を緩めるつもりはない。


「じゃあ次の質問」

「っ! まだあるのかよ!」

「うん」


 グレイスはそう答えると、次の矢を繰り出した。



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