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60.アレクからの手紙



 卒業パーティーの準備に追われる、ある日の放課後。


「グレイスさん、手紙届いてたよ」

「ありがとうございます!」


 寮母から手渡されたのは、見慣れた封筒。

 緋色の蝋印で封を閉じられた手紙の差出人は、ルノワール孤児院の院長。


 グレイスは現在ルノワール孤児院の所属ということになっている。

 定期連絡という形で彼女と手紙をやり取りしていると思われているが、実際はエルミナ孤児院の院長ともやり取りを行っている。


 しかし、手紙であっても細心の注意が払われている。


 ルノワール孤児院から実際に届けられたものであることはもちろんのこと、封筒は二重構造になっており、見た目にはルノワール孤児院の院長ただ一人からの便箋しか入っていないように見える。


 自室へのと戻ったグレイスは、手慣れた仕草で封を切ると、まずはルノワール院長からの文面を目で追う。


 彼女と時間を共にしたのは半年足らず。

 当たり障りのない言葉で綴られてはいるが、それでもグレイスの心を慮っているのが文字からでも伝わってくる。


 グレイスはささくれ立つ心がわずかに和らぐと同時に小さな棘が刺さった感覚に陥るが、それを飲み込み、二重封筒を開く。


 だが、エルミナ院長からの便箋に添えられた付箋に書かれた文字を目にした時、グレイスはわずかに息を止める。


 グレイスは、孤児院の子どもたちに言っていた。

 立派な人間になるために、卒業までは誰からの手紙も受け取らない と。

 読んでしまえば寂しくて、すぐに帰ってしまいたくなるからと、もっともらしい理由をつけて。


 けれど。


『どうしても渡してほしいと、彼から』

 

 それだけで、誰の手紙か理解できた。


 封筒の中に残されたもう一つの小さく折り畳まれた便箋を開くと、中には、かすかに震える筆跡で書かれた文面があった。






『 グレイスへ


 手紙を受け取らないと言っていたのに、

 勝手に送ってしまった僕を許してね。


 久しぶりに文字を書けるようになったんだ。

 だから、どうしても伝えたいことがあって。


 君が学園で頑張っているのは、

 見えていなくても誰より分かっているはずなのに。

 それでも僕は心配ばかりしてしまうんだ。


 昔の僕みたいに、

 無理をしすぎていないだろうか。

 君が辛い思いをしていないかと。


 困ったことがあったらすぐに言ってね。

 君の居場所はここだから。

 もし何かあったらいつでも、

 君は帰ってきていいんだからね。


 僕はまだたくさん仕事をすることはできないけど、

 今は孤児院の手伝いをしているよ。


 前みたいに子どもたちに本を読んだり、

 掃除をしたり、洗濯をしたり、料理をしたり。

 そんな日々がとても楽しいんだ。


 院長先生は、僕になら将来孤児院を任せられると

 言ってくれたんだ。

 信じられないけど、少しだけ嬉しいよ。


 でも気負い過ぎないように、無理をしないようにと、  

 僕は毎回釘を刺されてしまって。


 グレイスもいつもそうだったよね。

 真剣に叱ってくれた君の顔が懐かしい。


 まだ人と比べると遅い僕だけど。

 君に胸を張れる大人になりたいと、そう思ってる。


 グレイスが毎日笑っていますように。

 それだけが、今の僕にとって一番の願いだよ。


 では、体に気を付けて。    


                 アレクより 』

 




「……っ」


 読み終えた瞬間、グレイスの体の奥深くに刺すような熱が広がる。

 唇から、声にならない声が漏れる。


 孤児院を出てもうすぐ一年。

 あの頃は、まだ文字を書けるほどに回復していなかったのに。


 今のアレクの文字は、少し歪んでいることろはあっても、驚くほどまっすぐで、温かった。


 アレクが回復している……グレイスにとってそれは、何よりも喜ばしいことだった。


 彼は、バラバラになりそうな心と体を引きずって、自分の足で孤児院に帰ってきた。


 生気の抜けた表情で、過去の自分が弱かったと責め、泣きながら、苦しみながら……。


 それでもアレクは、壊れまいと、必死に戦っていた。


 そして、前へ向かうため、もう一度立ち上がろうとしている。

 

「アレク……兄、さん……!」


 手紙を握りしめ、グレイスは思わず、喉の奥から絞り出した声で名を呼ぶ。

 

 ――君に胸を張れる大人になりたい。


 それは、アレクが前を向いて生きているという、何よりの証だった。


 けれど同時に、その言葉は、グレイスの復讐を阻む言葉でもあった。

 

 彼が前を向いて歩き出したなら。

 もし彼が幸せになれる未来があるなら。

 

 この復讐は、何のために?


 ひどく、どこかが痛む。

 けれど、泣かない。


 彼女は部屋を出ると、手紙を手に寮の談話室へ向かった。


 暖炉には小さな火が赤く揺れている。

 以前捨てたノートのように手紙を炎に触れさせると、紙が静かに丸まり、アレクの文字が、光の中で黒く溶けていった。


 グレイスは、今までも、これからも、自らの手で罪を選ぶ。


 アレクが壊れていないと知る、その上で。

 復讐のため、彼が『壊れてしまった存在』として、あの三人の前で、彼女はアレクを扱うのだ。

 

 そしてその復讐すらも、もう一つの願いを叶えるための手段でしかない。


 燃え尽きた灰を見届けると、グレイスはその場を立ち去る。

 一度も、振り向かなかった。


 涙ではなく、決意の温度だけを宿したまま、グレイスは心の中で静かに復讐への覚悟を固めた。



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― 新着の感想 ―
私は、このアレクが壊れてない展開は、好きです 救いはあって欲しいと思っているので "壊れてない"からこそ、主人公が進める道だとも思います しかし、あの3人、ほんとに貴族的ですよね 上から目線の偽善的…
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