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50.ルキア編:【過去の後悔 失われた光】



 その後も順調に、グレイスはルキアとの学園祭のみで起こる小イベントを回収していく。

 

 音楽祭の始まりを告げる鐘が鳴らず困ったところに現れ、二人で原因を取り除く【共同作業】。

 迷子の子どもに遭遇し、その子の親を探す【両親はどこ?】、飾っていた作品の絵画がわずかに破られ、犯人を捜してみればまさかの仔猫だった【小さな犯人】など。


 夜の重要なイベントを起こす上で、この学園祭でのイベント回収は必須になっている。


 そして遂に、この日のメインイベントが発生する時間になった。



 学園祭一日目が幕を閉じようとしている頃、生徒会員だけに許されると言われている屋上へと、グレイスはルキアに連れられていた。


「少し頭を休めたい時は、よく来ているんだ。とはいっても、出入りしているのは実質僕だけだろうけど」


 ルキアが扉を開ける鍵を取り出しながらそう言う。


「でも、セヴラン様やロアン様は……」

「セヴランは休憩のためにわざわざ生徒会室から離れた場所に行くのは、移動する時間が無駄だって思っているし。ロアンに関しては、そもそも屋上に入れることは伝えていない。言ったらきっと、ここでずっとサボってしまうだろうから。だから彼にはグレイス嬢も内緒にしててね」


 ゲームでもなるほどと納得できたルキアの台詞は、今回も当然大いに同意できる。

 グレイスが【こくりと頷く】と、ルキアはいい子だねと笑って軽く頭を撫でた。


 ルキアがそっとドアを押し開けると、夜風が涼しくグレイスの頬を撫でる。


 喧騒から離れているためか、遠くの賑わいはここまで届かない。

 静かな夜――月明かりと淡い灯火だけが、二人の影を長く伸ばしている。


 ここでグレイスは申し訳なさそうな声で言葉を漏らす。


「でも、【本当に私をここに連れてきてよかったんですか?】ルキア様が唯一この学園で気兼ねなく一人になれる場所なんじゃ……」

 

 すると柵のそばまで足を進めたルキアは、夜空を仰ぎ見たまま、グレイスを振り返らずに静かに言った。


「だからだよ。……ここなら、君との時間を邪魔されない。誰にもね」


 まるで独占の宣言のように。


 その瞬間、空に大輪の光が咲く。

 花火の音が遅れて響き、色彩が夜を切り裂くように散った。


 この世界の花火も、美しいのに変わりはない。


「綺麗……ですね」


 ポツリと本音を漏らしながら隣に並ぶグレイスに、ルキアも頷く。


「美しいだろう。どんな暗闇も照らす光だ」


 そっと横顔を伺うと、金の瞳に、花火の火が映り込む。

 

「花火は綺麗だけど……散ってしまう。一瞬輝いて、手に入らないまま消える」

「そういうものです。少し、悲しいですけど。私も昔、あの光を瓶に閉じ込められたらって思ったことがあります。だけどそんなことは勿論できなくて……」


 グレイスがそう漏らすと、ルキアは嬉しそうに笑った。


「同じだね。だけど――僕は諦めたくはなかった」


 彼の指先が柵から離れ、グレイスへと伸びる。


「僕は、幼い頃から今まで、ずっと願っていたんだ。美しく永遠に消えない光が欲しい、と」


 そのまま、ルキアはグレイスの手を取り、指を絡める。


 ゲームではドキリと高鳴ったグレイスの胸。


 けれど今の彼女は復讐者。

 恋の動作のはずのそれに、心が動くことはない。


 そのままルキアはグレイスの手を握り、ぼんやりと夜を照らす花火を見つめたまま、ゆっくりと語り始めた。


「……昔ね、ある一人の生徒が生徒会にいたんだ。皆が認めるほどに優秀で、誠実で、その心は優しくも気高くて……まるで光のような存在だった」


 名前は出さない。

 だが誰のことか、分かってしまう。


 グレイスは内心を指先から悟られないよう、早くなりそうな鼓動をひっそりと抑えながら、恐る恐る尋ねる。


「え、っと、その方は、今は……」


 グレイスの問いに、ルキアは笑った。

 けれどそれは普段の彼とは違い、どこか傷を抱えたような、痛々しい笑みだった。


 まるで、その彼のことを本気で悼み、罪悪感にのまれているのではと勘違いしてしまいそうな顔。

 グレイスが孤児院を出る時に捨てたはずの良心が、チクリと胸を刺す。


「僕のかけた期待が大きすぎてしまったんだろうね。彼は……燃え尽きて、散ってしまった」


 花火が大輪を描き、空に儚く消える。

 まるでアレクの影が、夜に滲むようだった。


「壊れた光は、もう誰にも届かないところにいってしまったよ」


 悲しげにルキアの口から漏れる声。


 ……それを聞いてしまったからだろうか。

 グレイスの口から、ゲームにはなかった台詞が思わず飛び出した。


「……ルキア様は、その光のことを、どう思っているんですか?」


 光を――アレクを。


 聞いてどうするのかとグレイスの中でも心が葛藤している。

 どの答えをされたところで、もう後戻りはできないというのに。


 けれど、本当にもしもルキアがアレクに対して、アレクを知る他の生徒達のようにほんの少しでも何かを感じてくれているのなら……。


 すると彼は心底不思議そうに首を傾げると、何の感情も持たない顔で小さく笑った。


「消えた光に興味はないよ」


 ――ルキアはどこまでいっても、グレイスの考えた通りのルキアだった。


 光を求め、光を愛し、それ以外に興味を持たない、残酷な王子。

 

 やはり彼が悔やんでいるのは、光がなくなり、自分の理想を証明できなくなったことだけ。


 グレイスの心が急激に冷めていく。

 これまで以上に、グレイスの中心が冷たい感情で覆い尽くされる。


 それでもグレイスは、乙女ゲームのヒロインのように微笑むと、ゲームのシナリオに戻すための台詞を吐き出す。


「ルキア様。私はどこへも行きません」

「グレイス嬢……」

「前に言ったじゃないですか。【私は絶対に壊れません】、って」


 たとえ選択肢通りであろうと。

 ――この言葉だけは、本心だ。


 壊れない。  

 壊させない。


 仮初のヒロインとしてあり続けるためにも、ルキアの罪を証明するためにも。


「ルキア様、聞いてください。まだ私はできないこともたくさんあって、それでもこの学園に来て、一つ目標ができたんです。……ルキア様の話を聞いて、余計に強く思いました」


 グレイスは一度だけゆっくりと呼吸をすると、意を決したようにルキアを見つめて言った。


「私、【どんな時も明るく周りを照らす光を目指します!】 暗闇にも影にも何にも負けない、そんな唯一無二の眩しい光を。それでいつか、ルキア様の理想とする未来を照らすお手伝いが出来たらいいなって、そう思うんです……って、ご、ごめんなさい、なんだか偉そうなこと言ってしまって」


 ルキアの瞳が震える。

 指がしっかりと絡められ、引き寄せられた身体が花火の下で重なる。


「そうか。壊れない……そんな光なら、ずっと僕の側にいられるね」


 ルキアの唇がグレイスのそれに触れる。

 まるで、支配の誓いのように。


 その甘さを、グレイスは拒まない。

 むしろ――利用するように、ヒロインのようにはにかむような顔をしながら、そっと目を閉じた。



 寮に戻ったグレイスは、自室で一人、夜空を見上げていた。


 この世界でも、一度だけ花火を見たことがある。

 孤児院の近くで十年に一度の大きな祭りがあり、その時に夜空に大輪の花を咲かせていた花火。


 まだ子供だったアレクと二人、窓の前に並んで、あの光を捕まえられたらいいのにねと話していた。

 ルキアに話したことは、あながち間違いではないのだ。


 だが、それは無理な話だった。


 彼もきっとそれが分かる時が来る。

 もう間もなく、グレイスの手によって。


 明日は学園祭の二日目だ。

 まだやることはたくさん残っている。


 グレイスはカーテンを閉じると、ベッドに入り、そっと目を瞑った。



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