25.ルキア編 :【理想に滲む微熱】
グレイスの攻略は着々と進んでいる。
ゲーム通りの選択肢を選び、ヒロインとしての努力を惜しまない。
そして今日もまた、三人を少しずつグレイスという『沼』へと堕としていく――。
◆
「失礼します、終わりましたので確認お願いします」
その声が響いた瞬間、生徒会室の空気がわずかに変わった。
ルキアは手を止め、顔を上げる。
そこには整然とまとめられた会議資料を抱えたグレイスが立っていた。
角がぴたりと揃えられた紙束。
注釈の一つ一つまで丁寧に扱われた跡。
まるで一つの作品のように美しい。
「……こんなに整っているのか? これは……」
ページをめくった瞬間、ルキアの胸に驚きが走る。
構成は緻密で、論点は明瞭。
読み手がつまずかないように貼られた付箋の位置までもが計算されている。
完璧という言葉では足りないほどだった。
ルキアは気づかぬうちに、頬が緩む。
「足りない部分があれば教えてください! すぐに改善しますので」
控えめでありながら、責任感に満ちた声。
その健気さに、ルキアは一瞬、胸の奥がざわついた。
――アレクの面影が掠ったような気がした。
しかし、すぐに否定する。
いや、彼女の方が……上だ。
グレイスは完璧な成果を出してなお、改善を求める向上心を持っている。
アレクのように焦りや迷いの影がない。
むしろ、誇りと意志のある強さが透けて見える。
「グレイス嬢。これは本当に素晴らしい出来だよ」
資料を閉じる手が自然と優しくなる。
「君は、孤児院出身でありながら……ここまでできるのか。君の存在は、きっと多くの生徒に希望を与えるだろう」
するとグレイスは、【恥ずかしそうに頬を染めて微笑む】。
「そんな……私はただ、任された仕事をしているだけです」
その笑顔を見た瞬間、ルキアはふと息を呑んだ。
……美しい、と思ってしまった。
思った瞬間、自分でも驚き、微かに鼓動が跳ねた。
もちろん、それは外見ではなく、彼女の内側から滲み出る誠実さや芯の強さに対してのものだ。
だが、ほんの一瞬でも個人としての好ましさを感じた自分に、ルキアは戸惑いを覚える。
――いや、そんなわけがない。これは敬意や期待であって、浮ついた感情ではない。
ルキアはそう、胸に去来した想いを打ち消した。
それほどまでにその笑顔は柔らかく、謙虚で、穏やかで、その奥には、折れない芯があったのだ。
つまり彼女は――本物だ。
ルキアの中で、評価が確かな形を得た。
彼女なら、自分の描く理想を共に背負っていける。
アレクの時のような失敗は起こらない。
孤児院育ち。
けれどその環境に負けず、心はまっすぐで、優しくて、努力家で……そして強い。
そんな確信めいた予感が胸に満ちていく。
「グレイス嬢、これからも君のこと、頼りにしていいかな?」
期待と信頼を込めた問い。
「ほ、本当に私でいいんですか!?」
「勿論」
【「わ、分かりました。あまり自信はありませんが、お役に立てるように精いっぱい頑張りますっ!」】
やはり、彼女は光だ。
再び現れた希望。
自分の理想を肯定し、形にしてくれる存在。
無邪気な笑顔とともに返されたその言葉に、ルキアの視線は無意識に、さらに熱を帯びていくのだった。




