エピローグ
「最後の特攻っすね」
ペケJに跨りながら翔太がニヤリとした。
「気合い入れてくぞ」
俺はメットを被るとZⅡのキーを捻った。
いつもの自由な夜とは違って昼の道路は窮屈だった。
でも今日は、今日からはその窮屈なルールを守ろうと翔太と誓った。
目指すは警察。
それも交通機動隊、狂犬飯島だ。
約束は取り付けていた。
俺たちが交機の玄関前にバイクを停めると飯島が直々に出迎えに来た。
今、飯島を目に前にすると拍子抜けするくらい優しい顔をしていた。
俺たちとやり合っていた時のお巡りらしからぬ荒っぽさも何も無かった。
俺が毒気を抜かれたように突っ立てると「中に入れ」と案内された。
取調室みたいなとこに行くのかと思っていたら職員室みたいな事務所へ連れて行かれた。
パーテーションで仕切られた応接室でソファーに座った。
オレンジジュースが出てきた。
(ガキ扱いかよ)
そう思ったが美味かった。
飯島はほうじ茶だった。
少し呼吸を整えた。
決心は揺らいではいない。
「俺たちチームを抜けます」と飯島に伝えた。
飯島は「そっか」と素っ気なかった。
「俺は抜けることに興味は無いんだ。大抵の連中は少年Aじゃなくなった途端に逃げて引退すっからな」
辛辣だった。
正直喜ぶと思った。
予想外の反応は更に予想外の言葉で上書きされた。
「俺の興味はお前たちの未来だ。なにかやりたいことは無いのか?」
その言葉に素早く反応したのは翔太だった。
「俺、警察なりたいっす」
「警察になって俺みたいなヤツをどうにかしたいっす」
まとめてから話せよと思ったが、それだけに翔太の本音と本気の言葉なのだろうと思った。
「シュン、お前は?」
柔和だった飯島の表情が引き締まった。
「俺は大検取って大学行って、歴史を教える先生になりたいです」
飯島は俺たちの頭を撫でると「翔太は交機で勉強しろ。手の空いてる隊員が交代でみっちり教えてやる」と言った。
俺にはNPO団体を教えてくれた。
俺みたいな連中に勉強を教えてくれるらしい。
そして最後に「京には話したのか?」と尋ねた。
鹿屋から帰ったあの日。
8月がもう終わろうとしていた。
間もなく東京駅に着く。
アナウンスが終点を告げていた。
川崎か大崎か、その辺を過ぎて明らかに速度が落ちていた。
いつだって全てに終わりがある。
終わらざるを得なかった者。
終わらさなければならない物。
俺は何度か飲み込んだ言葉を言う決心をつけた。
「京さん。俺と翔太、抜けます」
「ケジメはつけます」
翔太が続けて言った。
「ケジメ...か。半端な覚悟で言ってるんじゃないよな」
(あ、これ詰んだ)
京さんの険しい表情に俺たちは終わったと思った。
俺は生唾を飲み込んだ。
もう腹を括るしかないんだ。
「はい」
京さんの目を見た。
「嘉三郎くんに恥ずかしいことはするなよ。それがケジメだ」
京さんはそう言って明かりが灯り始めた窓の外に顔を向けた。
ガラスに映るその表情はどこか嬉しそうだった。
駅での別れ際、最後に言葉は交さなかった。
ただ三人で拳を合わせた。
「だからママ、七生報国だってばぁ」
雑踏の中、遠くで声が聞こえた。
俺たちはお互いの顔を見て驚き、笑った。
さよなら夏の日。
蝉時雨はもう聞こえなかった。
-了-




