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さよなら夏の日  作者: 浅見カフカ


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第1話 邂逅

翔太のペケJのバックファイヤーが深夜にこだまする。

俺はしつこく追い回すパトカーの前でフルブレーキをかけた。

キキーッ!!

ゴムが溶ける異臭とけたたましい金属音。

激しく擦れて鉄粉がホイールにまとわりつく。

後ろで激しい衝突音がした。

ミラー越しに複数のパトカーがドアやボンネットを凹ませて煙を噴いていた。


俺は手首を捻ると再びアクセルを開けてZⅡの咆哮を響かせて翔太のペケJを追った。

先の信号は赤だったが往来する車は居ない。

翔太達がきっちり仕事をしているようだ。

俺がリズミカルにアクセルを煽ると両車線をバイクの集団で塞ぐ翔太達が同じようにアクセルで応えた。

それを合図に翔太達が交差点の封鎖を解除して俺に続く。

せき止められた川の水のように押し寄せる車。

赤色を回して追尾するパトカーも遮られてミラーから消えた。


短くキレのあるアクセルのコールが遠くに聞こえる。

やがて音が大きくなるにつれてガソリンとオイルの焼ける匂いが強くなる。

京さんのケッチの匂いだ。

2ストのコール音と匂いだ。

俺たちは京さんの本隊目指して夜を駆けた。


少し先に道路を埋め尽くすように蛇行する赤い光が無数に見えた。

京さんの本隊に違いない。

今この関東でこれだけの台数を呼べるチームは他に無い。

俺はこのチームで特攻隊ぶっこみを務める自分を誇りに思っていた。

............そう、この夏までは。


突然黒と白のツートンが路地から飛び込んできた。

躱しきれなかった数台が弾き飛ばされて火花を上げて路上を滑っていった。

一緒に吹き飛んだパトカーのドアが仲間のバイクを潰した。

呆然とする俺たちの前にソイツはそのまま回り込むとようやく赤色を点灯させた。

交機の狂犬、飯島だった。

一斉に他の路地からもパトカーが押し寄せる。

俺と翔太は京さんとの合流目前で分断された。

「上等じゃねぇか」

俺は飯島の真正面でアクセルを煽った。

激しい咆哮が夜にこだました。

飯島はハイビームを俺に浴びせて挑発していた。

俺はタンクにペイントした日章旗を撫でた。

「特攻隊一番機、舐めてんじゃねーぞポリ公!!」

全開にしたスロットルで一気に突っ込む。

仲間のバイクを押し潰したドアに前輪が乗り上げた瞬間にZⅡがウィリーした。

そのままアクセルを開け続けてジャンプすると、飯島のフロントガラスにリアから着地した。

フロントタイヤはパトランプを踏み抜いてそのまま止まった。

俺は拳を突き上げた。

捕まった連中の歓喜の声が響いた。

膝をついたままの姿で拳を突き上げる奴もいた。

そのままパトカーを駆け下りた。

リアガラスがミシミシと音を立て、トランクが大きく凹んだ。

俺は飯島に背を向けたまま中指を立てると、仲間を押さえているお巡りたち目掛けて突っ込んだ。

蜘蛛の子を散らすようにお巡りが逃げる。

翔太は包囲の薄い場所のお巡りを蹴散らすと、そのまま一気に走り抜けた。

これで全員逃げられたか?

俺と翔太は車の入れない路地裏を選んで走った。

さびれたバーの裏口や、廃墟のような公住を縫うように抜けた先にソイツは居た。


ZⅡのヘッドライトがスポットライトのように、ソイツを照らした。

路上でうつ伏せに倒れるソイツを。

前後タイヤが煙と悲鳴をあげる。

フルブレーキだった。

後ろを走る翔太も超反応だった。

俺とソイツをギリギリ躱して止まった。

場末の路地裏、こんな酔っ払っいが居てもおかしくは無い。

でもソイツは何かおかしかった。

瞬彌しゅんじさん、轢いたんすか?」

ZⅡに跨ったままソイツを見下ろす俺に翔太が言った。

「轢いてねーよ。ってかコイツどこのチームだ?」

「見たことない特攻服とっぷくですね」

「まぁ俺らのシマに特攻服着て転がってるんだ、ちょっと分からせてやらんとな」

「マジで言ってます?飯島来ちゃいますって」

翔太が焦って俺を止める。

「いや、飯島なら俺らがこの路地から出てくるのを環七で待ってるさ」

飯島は狂犬だが猟犬だ。

確実に俺らを狩りに来るだろう。

それならこのまま路地にバイクを隠して夜に紛れるのが正解だ。

「さっきの公住、空き部屋だらけだろ」

そう言うと翔太は察して路上の越境者を引き摺って歩いた。

バイクは先輩の飲み屋の裏に預けることにした。


適当にドアノブを壊して入った部屋はカビ臭く、思わず腕で鼻と口を覆った。

翔太はソイツを部屋に転がすと「起きろや」と両頬を平手で数回打った。

スマホのライトの中でソイツは意識を取り戻すと半ば焦点の合わない目でこちらを見ていた。

そして徐々に目に光が戻ると「ここは?」と呑気に弱々しく言った。

「ここは?じゃねぇよ。てめぇどこのチームだ」

翔太が両手で胸ぐらを掴んで凄んだ。

次の瞬間、鼻から血を流した翔太がうつ伏せに組み伏せられていた。

ソイツは胸ぐらを掴む翔太の鼻から眉間にかけて強烈な頭突きをすると、怯んだほんの一瞬で手首をキメて組み敷いた。

「嘘...だろ」

翔太は空手の有段者だ。

喧嘩で空手を使ったことを理由に破門されたが、チーム内でも猛者のひとりだった。

それがさっきまで軽々と引きずっていた相手に一瞬でやられた。

「なんだてめぇ」

俺はソイツを睨みつけたが、ソイツの目を見た俺は背中にとてつもない悪寒が走った。

強さもそうだったがソイツの目は今まで生きてきて見たことも無い目だった。

陳腐な言い回しをすれば『地獄を見てきた...いや、地獄の住人の目』だった。


「ここは何処だ、お前達は日本人か?」

少しの睨みあいのあとにソイツは静かに言った。

翔太の手首と頚椎はソイツの支配下にあった。

「ここは東京だよ。板橋の...細かい住所は分からない」

俺がそう言うとソイツは翔太からよろよろと離れて「どうしてどうして」と頭を抱えてうずくまった。

拘束の解けた翔太が襲いかかろうとしたが肩を掴んで制止した。

次は首を折られるのがオチだ。

俺は翔太に食い物と飲み物を買って来るように言って財布を渡した。


「なぁ、オマエ名前は?俺は瞬彌。シュンって呼ばれてる」

俺は混乱しているソイツに声を掛けた。

「自分は坂上嘉三郎、故郷くには広島だ」

「国?まぁよく分からんけど嘉三郎...かっちゃんな」

俺は右手を差し出した。

きっとそうするのが正解だと思った。

かっちゃんは俺の右手を握ると初めて頬を緩めた。

そうして張り詰めた糸を切ったように再び気を失って崩れた。


かっちゃんが目を覚ました頃にはもう夜が明けていた。

俺たちは窓と玄関を開けて換気をした。

鼻はもうすっかり慣れてしまってカビ臭さは分からなくなっていた。

かっちゃんは翔太がコンビニで適当に買って来た弁当とお茶を美味い美味いと全て食べてしまった。

すっかり落ち着いてからかっちゃんは翔太に深々と頭を下げて謝った。

翔太は「俺が弱いから負けただけだ」と憮然とした面持ちだった。

それからかっちゃんは妙なことを言い始めた。

いや、最初から出身地を言い出したりして妙なヤツだったが。

「東京駅は空襲で焼けたと聞いたが鹿屋へはどうやって戻ったらいい?」

俺たちは顔を見合わせた。

「くうしゅうって九州か?」

「鹿屋は九州にあるけど空襲は空襲以外無いだろ」

「B29が来ただろ」

呆れ顔のかっちゃんが続けて言った。

そこで俺は中学の授業で聞いた東京大空襲を思い出した。

「かっちゃん、東京が焼け野原になったのは何十年も昔のことだよ」

そう言うとかっちゃんの目が大きく開いた。

「つまらん冗談は言うもんじゃない。今も戦友はお国の為に命を捧げてる!」

かっちゃんが声を荒げた。


おかしい。

言動もそうだがこの特攻服。

なんだあのエンブレム?

錨のエンブレムのチームなんて聞いたことも無い。

それに明るくなって分かったけど、かっちゃんの顔の白いのは塩か?

まるで波飛沫が乾いた跡だ。

それにこの足に巻いてる包帯みたいなのは何だ?


「かっちゃん、かっちゃんは何年生まれの何歳だ?」

「自分は昭和3年生まれ、数えで18になる」

...マジで言ってるんだろうか?

「かっちゃん、今は昭和から平成に元号が変わって、さらに令和って時代に変わった未来の世界なんだ」

俺は翔太から財布を返して貰うと小銭を広げて見せた。


「令和、平成....おっ昭和48年」

かっちゃんは首を捻りながらも納得したようだった。

そこで翔太の腹が鳴った。

そうだ俺たちの分もかっちゃんが食べたんだった。

さすがにもう飯島は居ないだろう。

俺たちはバイクを引き取ったついでに先輩からメットを借りた。

かっちゃんの分だ。

そして俺たちはかっちゃんを乗せてファミレスに向かった。


「腹はいっぱいだ」と言うかっちゃんにドリンクバーと適当にポテトを選んだ。

その後運ばれてきた俺たちのデミソースハンバーグとカルボナーラをマジマジと見て来るので一口あげたらそのまま半分食われた。

俺たちは腹も立たずに笑ってしまった。

そしてかっちゃんは「勝ったんだな、大日本帝国は米英に勝ったんだな」と泣きながらコーラを飲んでむせてまた泣いた。

翔太はここに来てまだ理解していなくて「WBC?」とか言っていた。

「かっちゃん...」

俺は言葉を選ぼうと思ったがどう言っていいか分からずに「負けた」と最も直接的な言葉を使ってしまった。

「なんでじゃ!?これが敗戦国なわけなかろうが。こんな豊かで美味いものが食えて、ここまでの道中も車や人で溢れてバカ高いビルだらけじゃ。これが敗戦国なんて有り得ん。米英の連中から戦勝領土と賠償金をたんまり取って一等国になったんだろ?」

周りの客が一斉に俺たちを見た。

店員もチラチラとこちらを見ながらインカムで何か連絡している。

「かっちゃん、目立つから落ち着いてくれ」

俺はかっちゃんをなだめると、とりあえずかっちゃんがどういう人で何をしていたかを聞くことにした。

タイムスリップだなんて、きっとどこかでボロが出るだろう。

ほんの気まぐれの暇つぶしだった。

でもどこかで退屈な日常を壊してみたい俺がいた。



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