外伝サンドラルート02 徳と恐怖
国王ルロイの処刑から1週間後。サンドラは共和クラブの総本山、ベリーズ演劇場を訪れた。この古びた建物は市民議会が開かれていた場所であると同時に、サンドラが革命運動の拠点としていた場所だ。圧政に苦しみ詰めかけた民衆たちは、市民議員の演説を聞いて怒りを燃え上がらせていた。だが、その演劇場も今は水を打ったように静かだ。まるで、国王ルロイの首が落ちた時のように。
「…………」
一つの歴史が終ったと感じた。同時に、新しい時代の幕が開いた。これからは、自分たちで考え、自分たちの幸福のために戦わなければならない。
そのためには、まずは大掃除が必要だ。国の中枢で市民の血を啜っていた害虫同然の貴族議員。共和派の活動に便乗して、自爆を繰り返していた緑化教徒。自分たちに権力が来たと感じると、方針を転換することさえ許容するエセ共和主義者ども。全て消毒しなければならない。
そのためには何が必要か。力か、それとも権力か。――否。圧倒的な恐怖である。
「サンドラ」
背後から、聞きなれた男の声。警備兵を伴って現れたのは山脈派リーダーであり、次期ローゼリア共和国首相のグルーテスだ。
「お忙しい中、ありがとうございます。グルーテス代表」
「こんな場所に呼び出して、一体どういうつもりだ。記者を集めて新内閣を発表すると伝えていただろう」
「その前に、どうしてもここで話がしたかったのです。覚えておられますか? 我々の革命、その始まりの場所です」
「今はそのような感傷に浸っている時間はない。革命は道半ば、やるべきことが山積だ。君もすぐにベリーズ宮殿に来たまえ」
不機嫌さを隠そうとしないグルーテスが、舌打ちして吐き捨てる。サンドラはじっとグルーテスを見据える。
「グルーテス代表。今、ここで、お尋ねしたいことがあるのですが」
「……良いだろう。ならば私も一つ、聞いておきたいことがある。極めて大事なことだ」
「奇遇ですね。では、代表からお先にどうぞ」
グルーテスの表情は険しい。付き従う警備兵たちからも殺気を感じる。下手な返答は許されない。グルーテスは同志であろうとも、粛清を躊躇するような男ではない。既に脱落者や内通者を何十人と殺している。無論、サンドラも手にかけた。この手は赤く汚れている。
「ルロイの処刑のことだ。私は君に処刑を執行するように命じていたな。だが、手を下したのはミツバだった。その理由を聞かせてもらおうか。元貴族の奴をわざわざ表舞台にあげる必要は全くない。君が貴族に阿ることなどないと信じているが、真意を知りたいのだ」
「ミツバは使えます。彼女が備えている、人から恐怖されるという資質。あれは、これからのローゼリアに必要なものです」
サンドラの言葉を聞き、怪訝そうな表情を浮かべるグルーテス。
「ほう? それはなぜかね」
「恐怖ですよ、代表。ミツバを上手く使えば、最小限の血で、全てを解決できます。革命を円滑に進めるためには是非とも利用すべきです」
「恐怖を利用するだと? 私にはいささか理解しかねるが。あれはただの小娘ではないのか」
「私は貴方から法務大臣の地位を用意していただきました。私は王都の治安を取り締まる組織を新設します。その新組織を、ミツバに任せるつもりです。彼女は治安維持局の経験もあります」
「馬鹿なことを。危険すぎる。奴は腐っても七杖家の人間だ」
グルーテスが首を横に振るが、サンドラも譲るつもりはない。さらに説得を続ける。
「私もそう思っていました。私とて、当初は始末することを考えていたのですから。ですが考えを改めました。あの処刑に立ち会った民衆は、未来永劫、あの赤い雨の記憶と、恐怖を忘れることはない。国王ですら逃れられないと、その手で証明して見せたのですから。……その恐怖を利用して、この混乱を鎮め革命を推進します」
それはサンドラとて例外ではない。この偉そうにしているグルーテスも言葉を失い、顔を青褪めさせていたのだから。確実に脳裏に刻まれているはずだ。
そのグルーテスはあのときのことを忘れたかのように、鼻で笑った。
「ふん。恐怖よりも、嫌悪の方が勝るのではないかね? 私にはそう感じられたがね。そちら側に転べば混乱を助長する存在となる。第一、彼女に王都の治安を維持できるだけの能力、経験があるとは私にはとても思えん。そもそもあの小娘は貴族の出身、認めるわけにはいかん」
グルーテスが嫌悪の表情を見せる。どうしても理解できないらしい。ミツバへの恐怖を嫌悪に置き換える人間もいると、サンドラは士官学校時代に目撃している。そして、その連中がどうなったのかも知っている。呪いや祟りなどは信じないが、碌でもない最期を遂げることだけは間違いない。
「そんなことよりだ。あんな小娘にかまっている暇はないぞ、サンドラ。これからさらに忙しくなる。共和国成立宣言が行われた以上、足踏みしている時間はない。まずは、亡命貴族たちの財産を差し押さえる。諸外国の干渉に備えて大規模な徴兵もしなければならん。税制改革に紙幣の混乱もある」
話を逸らされてしまい、サンドラはこれ以上の説得を控えざるを得ない。あまり強硬に主張すれば、貴族に阿っているとレッテルを張られる。いずれまた説得するしかないだろう。
それに、忙しくなるというのも本当のことだ。ローゼリア共和国はすでに成立が宣言された。当然ながら近隣諸国はそれを無視、あるいは非難してきた。近いうちに戦争になるだろう。
だが、まだ内閣が組閣されていない。人事に想定以上に時間がかかっているのだ。代表の一存で、当初の予定から変更を加えたからなのだが。
「分かっています。私も、全力で対処にあたります。この国は、我々ローゼリア国民のものですから」
「その通りだ。故に、今は内輪で争いをしている余裕はない。王党派と反革命派は全て粛清するがな」
グルーテスが意味ありげな言葉を用いた。反革命派という言葉は、サンドラは聞き覚えがない。恐らく、そういうレッテルを張って粛清してしまおうということだ。
国王処刑に反対した平原派は、一気に主流派から転げ落ちた。大地派など見る影もない。処刑に賛成した連中は平原派を脱兎のごとく離脱し山脈派に合流済。反対した連中は今頃逃げ支度を整えている頃合いだろう。
法務全般を任されたサンドラは、反対した議員の名をまとめたビラを現在作成中だ。これがばらまかれれば、議員から一気に反革命主義者へと転落だ。『革命を邪魔する連中は全て消せ』、グルーテスからはそう命じられている。
だが、そのビラの作成中に横やりが入った。特定の人物たちの名前を乗せるなと、強引に書き換えられたのだ。それは、平原派のヴィクトルとその一派だ。これでは邪魔な連中の根こそぎ排除ができない。シーベルの大地派などいつでも潰せるが、ヴィクトルは直ちに処罰せねばならない。あの男には人を惹きつける魅力と弁舌の能力がある。必ず革命の障害となる。王政の残滓を一掃するためにも、絶対に殺すべきだ。
「それは承知しています。では私もお尋ねしますが、作成したビラに修正を加えるよう命じたのはなぜです?」
「無論、ローゼリア共和国のために修正させた。それだけだ」
「私には理解できません。ヴィクトルとその取り巻きは共和国には不要です。奴はあの裁判で、国王を生かすべきと唱えていた。貴方も裁判後は全て排除すべきと言っていたはずです。なぜ自論を曲げられたのか」
裁判後、グルーテスとヴィクトルが会談の時間を設けていたことを、サンドラは後から聞かされた。知っていたならば、全力で阻止していただろうが後の祭りだ。
「お互いに腹を割って話しただけのこと。私とヴィクトルは立場は違えど、共和クラブから政治活動を始め、ともに議論を交わしてきた間柄。国を良くしたいという意思は同じだった。……既にルロイは死んだのだ。思想に多少の違いはあるがそれは許容できる。ゆえに、彼には外務大臣として私の右腕になってもらう。左腕はもちろん君だ」
自信に満ち溢れたグルーテスが、意気揚々と持論を述べている。
サンドラはそれを内心呆れながら聞いていた。つい先日まで直ちに死ぬべきだと言い放っていたのに、この変わりようだ。すっかりヴィクトルの弁舌に丸め込まれてしまったらしい。舌の根も乾かぬうちとはこのことだ。
サンドラはグルーテスの扇動能力、調整能力は認めていたが、指導者の器があるかは最近疑問を感じている。堂々とした態度と大言壮語で人を惹きつけるが、簡単に言葉を翻し悪びれもしない。交わした約束を、都合の良い方向に捻じ曲げる悪癖もある。言葉が軽く、最後の最後で信用できないのだ。
「……代表。ヴィクトルたちは、反革命派ではないのですか?」
「全く違う、彼らは我々の同志だ。粛清するのはヒルード派、正道派の特権階級を中心とする。その次は大地派の連中だ。言っておくが、我々の邪魔をするならばミツバとその一派も例外ではないぞ。私はまだ奴を同志とは認めてはいない」
「お言葉を返すようですが、私はミツバより先にヴィクトルを排除すべきと考えます。奴らの正体は隠れ王政支持派です。いずれ、必ずレッドローズの血を引く者を呼び戻し、旧体制の復活を企みます。外務大臣などととんでもない。今、ただちに駆除すべきです」
ヴィクトルが王妃マリアンヌと連絡を取り合っているという噂もある。国王を助けるためにと、極秘裏に援助を受けていた噂もある。
そんな連中と手を取り合っていけるわけがない。ヴィクトルたちを許すなど、支持してくれた市民たちも納得しない。どうしてそれが分からないのか。しかも外務大臣など任せれば、他国とどんな交渉をするのか分かったものではない。
「くどいぞサンドラ。そうならないように私や君がいるのだ。アントンをはじめとする幹部たちも私に賛成してくれた。国内の掃除はすぐに終わらせ、外敵に備えるのが肝要だ。意見が違うからと言って、全て排除していては何も回らない」
「ご再考の余地は」
「ない! 既に決めたことだ!」
「……そうですか。分かりました」
グルーテスが怒鳴るように言い切った。もはや翻意は不可能だろうと、サンドラはやむを得ず小さく頷いた。幹部連中が賛成している以上、今はどうすることもできない。急進的な山脈派にも、人間愛を説き寛容を掲げるアントンのごとき輩もいる。自らの意見を通したいならば、多数派にならなければいけない。もしくは――。
グルーテスの後に続きながら、サンドラはこれからのことを思案しはじめるのであった。この国が革命を更に推し進めるためには、二つの力が必要だ。グルーテスがそれを備えているだろうか。……答えは否だろう。彼にできるのは『妥協』と『寛容』を繰り返す政治に違いない。ヴィクトル一派の抱え込みの方針から見てとれる。それではとてもではないが、この荒波を乗り越えることはできない。
民衆を正しく導くために必要な力。それは、『徳』と『恐怖』である。サンドラはあの処刑を見て、改めて確信したのだ。
サンドラルートのif外伝はここまでです。末路はアレです。本編に入れなかったのは没ルートだったからです。あのお祭りでミツバが大人しくしているとは思えなかったので没となりました。よって検索除外。




