外伝サンドラルート01 真っ赤な薔薇が咲いた
みつばものがたり本編、第六十一話 HAPPY BIRTHDAY の分岐SSです。
没にしたいわゆるサンドラルートです。ポイするのももったいないので、検索除外で掲載します。
国王ルロイ陛下の処刑が決定してから半日が経った。ベリーズ宮殿の前の広場――革命広場には既に大勢の市民が集まっている。その中央には、私が作ったギロチンと粗末な揺りかごがぽつんと設置されている。私がこの世界に生み出したとはいえ、同じ歴史を辿ることになるとはなんだか感慨深い。
ちなみにそんなに待つことになったのは、ルロイさんに司教さんを呼んであげて神様への祈りを捧げる、罪を悔い改めさせるなどという儀式があったから。
山脈派の議員さんたちも大輪教会を信仰しているから、最後の情けというやつかな。
もし大輪教の神様が見ているなら、今すぐルロイさんを助けてあげればいいのに。たくさん寄付してたし、一杯お祈りもしてた。教会には免税特権まであげてたのにね。こういう結末になるということは、神様はいないのだ。もしくは不介入主義なのかな? 人の皮を被った悪魔は一杯いるのに、残念なことだね!
と、そんなことを議会の一室でぼーっと考えていたら、サンドラに見つかってしまった。
「……この忙しいときに、お前はなにをしているんだ?」
「陛下のために最後のお祈りを。神様が助けてくれなくて残念でしたねって」
「それは祈りとは言わん。ただ、憐れんでいるだけだ」
「そうかもしれません。ちなみにサンドラは神様を信じてますか?」
「さてな。祈るだけで誰もが救われる世の中ならばよかったが」
適当に誤魔化されてしまった。でも、サンドラがこっそり祈りを捧げていることは知っている。一杯他人のことを考えてるけど、どこかで自分も救われたいと思っているのかも。なら、私がサンドラを助けてあげるから、代わりに私を救ってほしい。
「ところで、お前に任せたい仕事があるんだが」
「なんですか、そんなに改まって」
「国王ルロイの処刑を、お前に執行してもらいたい」
「はい?」
「処刑の執行後、グルーテス代表が共和国成立を表明する段取りだ。党員たちに革命成就を祝福させるから、お前はただ執行するだけでいい」
処刑と同時にローゼリア王国から共和国へと移行するらしい。本当に急だけどのんびりしている暇もないか。国王を殺すんだから、次の代表をさっさと決めないとね。……まぁ、それはいいとして。
「私に国王殺しの悪名がつくんですけど。緑化教徒だけじゃなく、王党派の皆さんから標的にされちゃいますよね。というか、本職の執行人がいるんじゃないですか?」
「国王の処刑担当だけは勘弁願いたいと、命じる前に辞退してきた。職務怠慢など許される話ではないが、全員処罰すれば今後に差し支える」
王国に仕えてた人たちだし、いきなり国王を処刑しろといわれても嫌だよね。
「他の山脈派の人は?」
「……情けない話だが、誰もやりたがらない。普段は勇ましい連中も腰が引けている有様だ。私とグルーテス代表は、演説をしなければならない」
確実に王党派に狙われるだろうしね。普通の思考だと、悪名だけが残る貧乏くじで良いことはないよ。グルーテスとサンドラだって、本心は分からない。国王を殺せと叫んでたって、はいどうぞと言われたら躊躇しちゃうかも。それが普通の人間だし。
私としては歴史に名前が残るので全く問題なし。むしろ立候補したいくらい。でも簡単に引き受けると面白くないので一度はゴネてみよう。
「うーん。私も緊張で手が震えちゃうから難しいですね。ほら私って結構人見知りなんで」
「……ならば、段取りは悪くなるが私がやるからいい。無理強いはできん」
「あ、やっぱりやります。ギロチンの製造者責任がありますしね。ちょっきんとやりましょう」
やらなくていいよと言われるとやりたくなる。それが天邪鬼というやつだ。でも、タダでやるにはちょっとリスクが大きい。少し我儘を聞いてもらおうかな。
「……そうか。そうしてくれると助かる」
「でも、ちょっとお願いが」
「なんだ。執行手当なら支給するが、ロゼリア紙幣でだぞ。落ち着いたら一気に整理するがな」
「そうじゃなくて。次の国――共和国の代表は誰になるんですか?」
「先ほどの一件で、議会の主導権は我々が完全に握った。グルーテス代表がそのまま国家指導者になるだろう。私もそれなりの役職につく。無論、お前もだ」
財務大臣とか、法務大臣とかになるのかな。凄い大出世である。流石は若手のホープだ。
そういえばクローネは何をしてるかな。もう大佐ぐらいにあがっていてもおかしくない。彼女には才能があるから。
「私が処刑の指揮を取ったら、確実に命を狙われるじゃないですか。だから、先手を打って取り締まれる組織を作ってほしいんです。そして、その組織に私を置いてください」
組織を作るかどうか。私を長にするか、しないか。グルーテスの考えがこれで分かる。邪魔な厄介者としか思われてないから、とりあえず押し込んでそのうち暗殺者でも送ってくるかもね。
「警備を置くから、そのような心配はいらん」
「受け身じゃなくて、積極的に潰さないと駄目ですよ。自爆してくる連中もいますし。私やサンドラはこれからは沢山狙われる立場になるんです。あと、隊員はウチから活きの良い人たちを出しますので。忠誠心もバッチリです」
「……前向きに検討しよう。代表の許可が必要だからここで返事はできない」
「ありがとうございます。期待してますね」
私がお礼を言うと、サンドラが苦笑する。
「本当は、もっと違う役職を考えていたんだ。国民の教育全般を監督するような。もしくは、士官学校の学長とかな」
思わず吹き出しそうになる。私が学長とか色々と面白過ぎるから止めた方が良い。
「何かの冗談ですか? 私に教育なんて無理ですよ」
「そんなことはない。その年で軍人、議員、難民収容までやってのけた人間などいない。なにより、お前は頭が良く、人を惹きつける才能がある。その力で、次世代の人間を育てて欲しかった」
「凄い褒めますね。でもよく私を馬鹿にしてますよね」
「ああ。馬鹿と天才は紙一重だからな」
「なるほど。凄く納得しました」
扉をノックする音が聞こえる。時間になった。話をしながら、二人でベリーズ宮殿を出る。外は夜だというのに、凄い賑わいだ。魔光石を用いたランプが煌々と革命広場を照らしている。夜の空には月や星は全く見えない。真黒な雲が全てを覆いつくしている。
太鼓と笛の音が聞こえる。祭囃子みたいで、気分が明るくなる。中央のギロチンがまるで、盆踊りとかで見かける櫓みたいに見えてきた。処刑は止めて皆でダンスでもした方が楽しそうだけど。
そんなことを考えていたら、群衆が一斉に大歓声をあげた。後ろの人は全然見えないだろうに、勢いは凄まじい。代表のグルーテスが現れ、偉そうに演説を開始したみたいだね。何を言っているのかよく聞こえないけど、多分景気の良いことを言っているんだろう。別に知りたくもないけど。
私はあの人との相性が破滅的に良くない。向こうが嫌悪感丸出しだからね。私も仲良くしたくない。
というわけで、さっきの新組織の話は、先手をうって自分の左遷先を用意しただけである。サンドラが共和国の要職に就けてくれても、難癖つけられて絶対左遷されるからだ。私は空気が読めちゃうのである。
それに現場でカビや王党派相手に大暴れするのは楽しそうだし。でも、いつまでも大人しくしてると思ったら大間違いだ。好意には好意を、悪意には悪意を。それが私だからね!
「大罪人ルロイ・レッドローズ・ローゼリアスを連行しました!」
そんなことを考えていたら警備兵がルロイさんを連行してきた。髪はぼさぼさ、両手は後ろでに結ばれてうなだれている。装束だけは国王仕様の豪奢なものだが、これは敢えてだろう。その方が敵役として盛り上がるからである。
ルロイさんの顔は酷くやつれており、幽閉生活の苦労がうかがえる。確か、塔に押し込められてたんだっけ。まぁ、幽閉にかけては私の方が先輩である。やることがなくて本当に暇なんだよね。気が狂うのも分かる。元から狂ってる人は更におかしくなるかもね!
サンドラが哀れなルロイさんを無表情で一瞥すると、私に合図してくる。
「――ご苦労。ミツバ、こいつの縄を持て。万が一抵抗したら武力で制圧して構わん。だが顔を殴るのはやめておけ。市民から判別できなくては意味がない」
「はい。分かりました」
「…………ミツバ?」
「はい、そうですよ」
ルロイさんが顔を上げる。私はこんばんはと会釈しておいた。どんなときでも挨拶は大事である。
「ああ、こんばんは。本当に久しいな、ミツバ。息災だったかね」
「はい、陛下。それなりに元気でやってました。前線に行ったり、議員にさせられたりと色々大変でしたけど」
「そうかそうか。少し背が伸びたんじゃないか?」
「今日が私の誕生日なんです。13歳になりました」
私の言葉に微笑むルロイさん。大罪人と呼ばれていたが、どう見ても世間話を楽しむ人の良いおじさんである。もうすぐ死んじゃうのが嘘みたい。
「ほう、それはめでたいな。私の息子はまだ10歳だよ。だが、ミツバと同じくらいに元気でね。毎日とても賑やかだった」
「私に似てしまうのは良くないですね。無条件で嫌われたり悪口を言われたりしますし」
「ははは。有象無象の陰口など気にすることはないさ。信頼できる友人はいるのだろう?」
「はい、陛下」
これから処刑されるというのに、気楽な感じで話を続けるルロイさん。サンドラは苦々しく見ているが、口は挟んでこない。緊張感が足らないのはいつもの事だしね。
「ところで、私の処刑を執行するのは、君なのかね?」
「はい」
「……そうか。もし迷惑ならば、自分の手でやるが。君のギロチンを少し改造すればできるのではないか?」
「うーん。まぁできるとは思いますけど」
死刑囚自らレバーを下せるようにすれば可能だ。縄を伸ばすとか? でもそれは多分認められない。共和派の手で断罪するというのが目的だと思うし。何よりサンドラが許さない。私にだけ分かるように首を横に振ってる。
「いえ、これでもブルーローズ家当主ですから。私がちゃんとやります」
「……そうか。最期まで面倒を掛けるね。ギルモア卿にも色々と助けてもらったが、まさか娘の君にまで迷惑をかけてしまうとは。向こうで会えたならば、しっかり詫びねばなるまい」
「その時は、私が謝っていたと伝えてください。ブルーローズ家に汚点を残しちゃってごめんなさいと」
「ははは。君はギルモア卿の自慢の娘だよ。間違いない。……これからのローゼリアのこと、よろしく頼む。愚かな私には、この国の舵取りは重すぎたようだ。未来は君たち若者の手に掛かっている」
民衆から大声が上がる。またグルーテスが扇動したようだ。実に喧しくて鬱陶しい。やっぱり脳天に弾丸ぶちこむべきだったかな。苛々をかみ殺しながら、ルロイさんに返事をする。
「はい、できるだけ頑張りますね。それじゃあ、行きましょうか。あっちの演説が終わったみたいです」
「ああ、よろしく頼むよ」
私が恭しく一礼すると、ルロイさんは楽しそうに笑った。これからダンスでもしてくれそうな雰囲気である。和やかな感じで、私と陛下は警備兵に囲まれながらギロチンへと向かう。
サンドラが腕を挙げて大声で煽りだす。サンドラは人を煽るのが上手いから、もう市民のボルテージも最高潮だ。死刑死刑の連呼である。
『これより、大罪人、ルロイ・レッドローズ・ローゼリアスの処刑を執行する!!』
サンドラの号令の直後、地割れのような大歓声が鳴り響く。私とルロイさんがギロチンの側に立つ。一度深々とお辞儀をしてから、周囲を睨みつけるように見渡す。私はどうでもいいのだが、享楽派の私が苛々しているようだ。実に珍しい。面白いことが大好きなのが私なのに。ルロイさんに同情しているのかな? 私のことだけど良く分からないね!
「…………」
さっきまでの大歓声はざわめきに代わり、やがて水を打ったように一斉に静まり返った。私の殺意が伝播したのかな? 知らないけど。
――怖いくらいにひたすら無言、沈黙。とても重苦しい雰囲気だ。陛下も緊張しているみたい。私は皆の緊張を和らげようと、努めて満面の笑みを浮かべておいた。ヒッと息を呑む音が聞こえたような気がする。
「さぁ陛下。木の台の上に寝そべって楽にしてください。いきますね、と言ったらレバーを下します。そうすると刃が落ちて、全部終わりです。後は、揺りかごに揺られてのんびりしていれば、大輪の神様が導いてくれると思いますよ」
本当にいればね。私はいないと思うけど、信じる信じないは自由なので否定してはいけない。緑化教徒に対しては喜んで否定するけど。
「……そうか。よく分かった」
「何か最後にありますか? お腹が空いちゃったとか、お酒が飲みたいとか、誰かを道連れにしたいとか」
優しい私は死刑囚の最後の願いを叶えてあげちゃうのである。
「……私が幽閉されていた部屋。ベッドの裏に、マリアンヌ宛に手紙を書いたのだ。もし頼めるならば、彼女に届けてほしい。私に関する噂で、一番傷ついているのは彼女だと思う。弁解できないことだけが心残りだ」
「分かりました。必ず届けます」
誰かに聞かれたら絶対に差し押さえられるだろう。だから、この時まで待ったのかな。最後の約束だから、なんとかしてあげるとしよう。これでマリアンヌさんへの借りも返せると思うし。
「本当にありがとう。君に、心からの感謝を」
「私は死刑に賛成する票をいれたんですよ。陛下が感謝する必要はないです」
「いや、この激流はもう誰にも止められないものだ。流れを大きくしてしまったのは私の無能が招いたこと、誰も恨むまい。だから、君に感謝するのだ」
ポツポツと雨が降り始めた。それでも市民たちは全く動こうとしない。革命広場、その周辺の建物、街灯によじ登って固唾を飲んで見守っている。執行されるまで、絶対にその場を動かないだろう。
ルロイさんがギロチンの板に寝そべる。もちろんうつ伏せでだ。板を前に送り出し、首と手を枷に嵌める。私が作ったものだから、手際は良いよ。刃を目視で確認して準備オッケー。
私はレバーに手をかける。サンドラがこちらを振り向いてくる。小さく頷いて合図。サンドラが右手を挙げると、警備兵たちが太鼓を小刻みに打ち鳴らす。
「あの太鼓が止まったらいきますね」
「…………」
もう返事はなかった。サンドラが手を振り下ろすと、慣らされていた太鼓が一斉に止まる。
同時に、私はレバーを下した。ギロチンの刃は、一直線にルロイさんの首元に落ち、そのまま切り落とされた。首が前の揺りかごにポトンと転がり落ちる。一つの時代が簡単に終わってしまった。
皆、何故か無言だ。罵声も歓声も何もない。どんどん雨が酷くなる。グルーテス、サンドラも立ち尽くしたままだ。全員、時間が止まったように、その場で雨にうたれている。
「…………」
私はいつまでこうしていたらいいのだろうと考えていた。もしかして、私の仕事はまだ残っているんじゃないかと思った。私はひょいとギロチンの台から降りて、『ミツバの揺りかご』をお母さんがするみたいに揺らしてあげた。中のルロイさんの顔が、なんだか安らかな表情を浮かべているように思えた。よし、これで問題ない。
『雨が――』
『赤い、雨』
『お、恐ろしい』
魔光石の街灯。白く煌々と革命広場を照らしていたその光が、不思議なことに赤く変化した。血のような艶めかしい色だ。
勢いを増す雨は、その赤い光に照らされて、まるで血飛沫みたいだった。サンドラ、グルーテス、警備兵、議員、その他大勢の市民たちが、いつまでも、揺りかごを揺らす私を見つめていたのが面白かった。




