#8 新たな出会い
元気な朝のスタートを切った俺たちは、最寄りの町へと向かっていた。
見渡す限り広がる草原は、明るいところと暗いところで明確に差が出ている。
空を見上げると、雲がまばらに広がっていて、青いところと白いところが半分ずつ仲良く共存していた。
そのおかげか、じりじりとした派手な暑さではなく、心地よい温度が保たれていた。
自分の足首ほどの草を踏みしめ、前へ前へと進む。
「あ~あ、はやくお風呂に入りたいなあ」
ティアナが俺たちにまで聞こえるほどの大きな独り言を放った。
「今まで身体を拭くだけだったからな」
俺はあえて独り言に返事をした。なぜなら、俺も同じ気持ちだったからだ。
身体を拭くだけで満足できるわけがない。
「町に帰ったらいくらでも入れるんだから、がんばろう?」
フィリアは優しく諭す。
そうは言ってるけど、おそらくフィリアも同じ気持ちなんだろう。
……やっぱり俺も、風呂に入りたい。
町に向かう理由がもう一つ増えたな。
* ――――――
草原を抜けた先には、街道が広がっていた。
「見て。街道だよ。この道をずっと行った先に、町があるの」
フィリアは街道を指差す。
指先はゆっくりと街道をなぞっていく。
あれ、指の先にある馬車のようなものが何かに囲まれている。
「なんだ? あれは」
俺はフィリアを見ると、合図を受けたように軽く頷いて杖を構えた。
「ミドルサーチ」
杖を構え、髪とリボンを激しく揺らしながら魔法陣を展開する。
「――!!」
「フィリア、どうした!?」
「幌馬車が、魔物に囲まれている。人の反応もある!」
フィリアの報告を聞いたティアナは俺たちの反応を無視して、幌馬車の方面へ一直線に駆け抜けた。
* ――――――
「待って、待ってくれよ」
息を切らせながらティアナの背中を追う。
「ゴブリンよ。6体いるわ。フィリア、いつものお願い」
「わかった。準備するね」
姉妹で一つやりとりした後、ティアナは一直線にゴブリンを斬りかかった。
一体、二体、三体と、目にもとまらぬ速さで切り付けるその様はまるで風に舞う一輪の花のようだった。
ティアナが幌馬車に背を向けた時、背後からゴブリンが棍棒を構えているのが見えて――
「危ない!」
とっさに叫んだ。
「アイスニードル!」
隣では、髪とリボンを激しく揺らしたフィリアが杖を構え、魔法陣を展開していた。
魔法陣から、氷でできた針が3つ出現し、ゴブリンたちの心臓を貫く。
「大丈夫ですか!?」
俺は思わず、幌馬車の中に向かう。咄嗟に出た言葉は、アルカディアの言語ではなく、フィリアから教わった言葉だった。
幌馬車の中には心なしかふっくらとしたおじさんと、紫陽花のような髪色に薔薇の花があしらわれた、俺たちと比較して少しだけ年下のような、可憐な女の子がいた。
フィリアとティアナも同じように幌馬車へ向かう。
すると、おじさんは幌馬車から降りて、深々と頭を下げた。
「命を救っていただいたこと、感謝してもしきれません。このご恩は必ずや、何らかの形でお返しいたします」
「いえいえ、ご無事で何よりです。」
フィリアは控えめに、静かな微笑みを浮かべながらおじさんを見た。
「本来、街道に魔物が出没することは極めて稀でございます。実のところ、先程まで我々の護衛を任されていた冒険者たちが、事態の急変を前に姿を消してしまいまして――残念ながら、こうして襲撃を受ける結果となりました」
そんな酷い話があったのか。
俺たち三人なら、そんな選択をするなんてありえないだろう。
「おじさんはどちらに向かっているのですか?」
ティアナはあまり考えていない様子で問いかけた。
「ちょっと、言い方気を付けてよ」
フィリアは額に汗をにじませ、小声でティアナに注意している。
「ふぉっふぉっ。あなた様方は私どもの命の恩人です。かしこまらないで結構です」
おじさんは話を続けた。
どうやらおじさんはそこそこ大きな商会長を務めているらしく、今回はこの近くにある港町に販路を拡大するためにやってきたという。
改めて幌馬車の中を見せてもらうと、先ほどの女の子の近くには、3段に積まれた木のコンテナが大量に乗っていた。
「商会のおじさん。よかったら、私たちが代わりに護衛するので、一緒に乗せてもらえませんか? みんなもいいよね?」
ティアナの大胆な提案と商会長に対する態度にフィリアは呆れた表情を見せて手のひらを表にしたが、町に行けるならということで俺もフィリアもうなずいた。
「それは非常に助かります。ぜひ、この馬車にお乗りください。護衛の件につきましては、商会として正式に依頼させていただきたく思います。報酬もご用意いたしますので、ご安心くださいませ」
「報酬なんていいですよ~。あたしたちも町に向かっているので」
「ここで依頼料を出さないのは商会長の名が泣きますゆえ、どうかお受け取りを」
一緒に乗せてもらえる上、護衛としての依頼料までいただけるとは。
このおじさん。人として完璧すぎる。そう思わざるを得なかった。
* ――――――
俺たちはなりゆきで商会長の幌馬車に同乗させてもらえることになった。
その前に、あたりに散らばるゴブリンの死体をどうにかしないと。
俺はティアナにゴブリンの解体について尋ねる。
「ゴブリンは素材として価値があるのは角と爪、あとは肝くらいなんだよね。ゴブリンの肝って調合すると毒薬やガス爆弾になるらしいんだけど、その分ものすっごく臭いから今回は持ち帰らない。あたしの荷物に臭いを移したくないし、馬車に乗せてもらうのにこれは、ね」
なるほど。商会長が使っている馬車だからか。考えていないように見えてちゃんと考えているのか。
ティアナはゴブリンの解体を進めた。刃物で角と爪を剥いで回収するだけなのでそこまで時間はかからない。次々と回収していくうちに、俺はあることに気付いた。
あれ。ゴブリンの死体が一つ減っている。死体が無くなっていた箇所には、親指と人差し指でつまめるほどの大きさをした、ダイヤの形をした綺麗な石が落ちていた。
「ラッキー」
ティアナは満面の笑みでその石を拾った。
俺は思ったことをそのまま口にした。
「ゴブリンの死体、一つなくなっているんだけど」
「たまーにあるのよ、こういうの。これ、魔石って言って、魔王が直接呼び出したヤツは、倒しても体が残らないで、こうなるの。とっても珍しいし、売ったらけっこうなお金になるんだから」
そういうことか。どういう仕組みなんだろう。
これも魔法の一種なのか。
世の中には、まだ知らないことがあるんだと思い知らされた。
* ――――――
俺たちは幌馬車にゆられながら町へ向かっていた。
幌馬車には、俺たち3人と、商会長のおじさん、可憐な女の子が乗っている。
取りつけられた屋根が、じりじりと照らす太陽の光をやさしく遮ってくれる。座ったまま移動できるこの快適さに、思わずうっとりしてしまう。
可憐な女の子は、小さなバッグから本を取り出し、視線を落としている。あまり俺たちのことを気にしていないようだ。
「申し訳ありません。娘は昔からこういう性格でして……どうかお気になさらずに」
おじさんの気配りを受け、俺は全く気にしていないことを伝えた。
座ったまま移動ができるのは快適だが、同じ姿勢を保ち続けるのはなんだか落ち着かない。
俺はわずかに腰を浮かせ、前かがみになる。
おじさんはそんな俺の様子を見ると、目を大きく見開かせた。
「あなた様。そちらのペンダントはどのようにして入手されたのですか」
「これですか? 俺の大切な人からの贈り物です」
俺は首にぶら下がるペンダントを服の中から出し、ちらりと見せた。
「そうでしたか。長年商会長を務めておりますが、このような逸品は私どもでも滅多にお目にかかれません。もしよろしければ商会の名にかけて大金を出してでもお譲り頂きたかったのですが――大切な贈り物という事情でございましたら、引き続きあなた様がお持ちになるべきものでしょう」
「えっ!?」
思わず驚きの声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。
カノンの贈り物が、そこまで高価なものだったとは。
「あなた様は、“アルカギア”というものをご存知ですか?」
もちろん知っている。大災害が起こる前は、俺だってよく使っていた。
「今からはるか昔、1000年ほど前にアルカディアという高度な文明が栄えていたとされています。現在ではおとぎ話と見なされがちですが、私は今もなお、アルカディアは実在していたと考えています。そしてあなた様がお持ちのペンダントからも、その文明の遺産に通じるような、特別な気配を感じるのです」
なっ、なんだって!?
アルカディアが1000年前の世界だなんて、あり得ない!
俺は動揺を隠せなかった。あれから、1000年という途方もない年月が経っているなんて。
だとしたら、俺はなんで生きている!?
意味がわからない。
俺は、頭が真っ白になった。
次の更新は 11月9日 15時頃の予定です。




