#7 死線を超えた先に
森を抜けた先には、まるで宝石が宙を舞っているような、綺麗な星空が広がっていた。
地面には足の甲から足首くらいの長さをした草が一面に広がっている。
今までのじめじめとした湿った空気とは一転し、優しい風が頬を撫でる。
汗で張り付いていた服。額を伝っていた汗。
それらは全て風で冷やされ、俺の体感温度を急降下させた。
「さむっ」
思わず身震いする。死線を超えてきた体には、やけに沁みた。
フィリアも同じように体を震わせている。
ティアナは、寒そうなリアクションなど一切せず、その場で立ちすくんだまま俺たちの様子を目に焼き付けている。
「遅くなっちゃったけど、あそこで野営しない?」
ティアナはピンポイントで草が生えていない場所に指を差す。
「私は賛成。そこならたき火をしても周りの草に燃え移る心配はなさそうだし」
「おっけー。あと一息よ。がんばろーっ。アルトもいいよね?」
したたる汗が風で急激に冷えた俺としても、早くたき火に当たりたくて仕方ない。
俺たち三人は、森の入り口で着火するための枝を拾い集めた。
* ――――――
目的地についた俺たちは、野営の準備を始めた。
フィリアは荷物からクロスを取り出し、寝床を確保する。
俺は全員で集めた木の枝を一か所に並べた。
ティアナは荷物から火打石を取り出したが……。
これ、俺が炎魔法を使えば、簡単に点火できるんじゃないか?
日用魔法なら杖さえあればお手の物だ。
俺はティアナを静止し、フィリアの杖を借りて点火する方法を提案する。
「アルトさん、魔法を使えるの?」
フィリアは目を丸くしている。
そうか、フィリアは俺が魔法を使ったところを見てないんだっけ。
「ああ。杖が必要だけどな」
フィリアは目を閉じ、なるほどという顔で頷いた。
そして、俺の前に杖を差し出す。
二人からは期待の眼差しが向けられている。姉妹ともにエメラルド色の瞳を輝かせているところは、俺からも「似ている」と感じて、微笑ましい光景だった。
目的は枝に火をつけるだけ。だから、燃え広がらないように炎は極限まで小さく。
魔法陣を組んだ俺は、杖を枝の山に向けた。
杖の穂先で空間に描かれた幾何学模様が、ぼんやりと赤く発光する。
「プチファイア」
詠唱と共に、小さな小さな火球が枝に火をともした。
上手くいった。アルカディアで魔法技士の試練に合格したことを思い出し、嬉しくなりつつも、ノスタルジーな気持ちになった。
「すごいよ、魔法でこんなことができるなんて。夢みたい」
ティアナは俺の魔法を見て、大いにはしゃいでいる。
「私も。アルトさんに魔法を教えてもらいたくなっちゃった」
本業のフィリアにまで褒められた俺は、照れくさくて思わず顔を伏せた。
「べっ、別に大したことはしてないよ」
それでも、彼女たちにとっては俺の魔法の使い方が新鮮だったらしい。
「あたし、アルトの魔法見てたら野営の火起こし任せたくなってきちゃった」
ティアナの軽口に、思わず笑ってしまった。笑いは次第に伝染し、三人で笑いの絶えない野営に変化した。
* ――――――
程なくして、就寝の時間になる。見張りの当番は、最初が俺。次にティアナだ。フィリアは今日のタイガーウルフ戦で大きく傷を負ったため、大事を取って見張りを免除することにした。
フィリアは遠慮していたが、俺たち二人は譲らなかった。フィリアには万全の状態にまで回復してほしい。
彼女たちはクロスに横たわり、すやすやと寝息を立てた。俺はクロスの脇に腰を下ろし、きらきらと輝く夜空を見つめた。
――アルカディアは、今頃どうなっているだろう。
大きな波にのまれ、水底に沈んだ故郷に思いを馳せ、心の奥までもが静かに沈んでいった。
カノンは、無事だろうか。
カノンが死んだことなんて考えたくはないが、どうしてもあの時のことが脳裏によぎる。
いや、俺がこうして生きてるんだ。カノンも、きっとどこかで生きているはずだ。
まず、町に行ってカノンの情報を集めるって決めたんだ。
幸い、ティアナもフィリアも協力的だし、現実を受け入れてとりあえず俺にできることをやろう。
俺はそっと吹く風に身体を預けながら、だだっ広い草原の景色を視界の中で切り取った。
* ――――――
故郷と幼馴染のカノンのことを思いふけていると、ティアナが俺の隣にちょこんと腰をおろした。
「なーに辛気臭い顔してんのよ」
俺を茶化すように頬を指でつついてきた。気分が沈んでいたので、正直ありがたかった。
もしかしたら、ティアナなりの気遣いなのかもしれないな。
「幼馴染のことを思い出して、ちょっとな」
「町に行って話を聞くんでしょ。あたしも協力するから、ね。これからのことを考えようよ」
確かにその通りだ。まったく、ティアナは俺が一番欲しかった言葉をくれるんだな。
「見張りはあたしに任せて。アルトはゆっくり休んで」
うじうじする俺を諭すような、それでいて優しさ溢れる声のトーンだった。
「それとも、あたしの膝、貸そうか?」
「遠慮するよ」
俺は姿勢を崩し、体を仰向けにして目を閉じた。
* ――――――
「オマエみたいなさいのうのないヤツは、“まほうぎし”なんてなれねーよ」
「うっ……うっ……」
「こらーっ。これいじょうアルトくんをいじめるなーっ」
「やべ、にげろー」
* ――――――
ぴちぴちと鳴く小鳥の声で俺は目が覚める。目を開けると太陽の光が容赦なく俺の視界を明るく照らした。
しかし、何かおかしい。
全体的に視界がぼやけていて、一面に広がる草原の景色がゆらゆらと揺らいでいた。
――何か、昔の夢を見ていたような気がする。
「おはよう」
これは、フィリアの声だ。俺は声がした方向に首を向けたが、フィリアの顔が揺れているように見えるだけで焦点が合わない。
「アルトさん!?」
声色からびっくりした様子が伝わる。
「アルトさん。どうして、泣いてるの?」
えっ。
全く身に覚えのないことを言われ、思わず動揺し、目を腕でこすった。
俺、泣いていたのか。
視界がはっきりしている。目の前には、眉を下げて心なしか瞳の色が暗くなっているフィリアがいた。
「いや、なんでもない」
俺は手をひらひらとさせて立ち上がり、大丈夫だよということを行動で示して見せた。
「みんな、朝ごはんできたよ」
ティアナがたき火の上に置かれた携帯鍋をつついている。
昨日より火は弱くなっていて、料理には丁度いい加減になっていた。
焚き火の上に立ちのぼる香りは、燻された煙のほろ苦さと、香辛料の華やかな刺激が溶け合っていて、その場所だけが夜の雰囲気を纏っているみたいだった。
まさかと思った俺は携帯鍋を覗き込む。
俺は絶句した。鍋の上には昨日倒したタイガーウルフの肉が四枚もある。
朝から肉かよ……。重すぎないか?
ティアナはじゅるりとよだれを引っ込め、目を輝かせながら肉を携帯皿に盛りつけはじめた。
それを見た俺はあることに気付く。
――数が合わない。
俺にタイガーウルフの肉が一枚盛られる。フィリアにも一枚。
そして、ティアナは自分の皿になんと肉を二枚盛った。
そういえば、ティアナはウルフの肉が大好物だったっけ。
色々と察したよ。俺も。
数の違いは食事を作った人の特権だと思っているので、俺は文句ひとつ言わずに肉を口に運ぶ。
しっかりとした繊維に火が通り、香ばしく引き締まった風味が広がる。噛むごとに滲み出る肉汁には、昨夜の苦労を忘れさせるほどの力があった。
焚き火の火加減も絶妙で、焦げ目とジューシーさのバランスが見事だ。
「――美味しい」
朝から肉も良いな……。そう思わずにはいられなかった。ワイルドな見た目からは想像もつかないほど上品な味わいだ。
「でっしょー。あたしがこだわりにこだわったウルフ肉なんだから、美味しくて当然よ」
ティアナは誇らしげに鼻を鳴らす。
「そうだね。タイガーウルフの肉は高級品だし、お姉ちゃんの味付けで食べられる日がくるなんて」
フィリアも満足そうに、肉を一口サイズに切り分けつつ口に運んでいた。
にぎやかで充実感のある朝食の時間が、そこにはあった。
* ――――――
よし、行こうか。
目的地は最寄りの町。
昨日の死闘を繰り広げた夜とは打って変わって、元気のよい朝のスタートを切った。
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次の更新は 11月8日 13時頃の予定です。




