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#6 仲間

 静けさ漂う森の中。空は紅葉色から紺色に変え、まばらに白い点が見えた。

 肌にぺたりとくっつく服。水を浴びたように汗で濡れた髪。

 震える手。伸ばすことのできない膝。口の中はねばっとした、不快な感覚が広がっていた。


 目の前には巨大な虎模様のウルフが横たわっている。呼吸は完全に止まっているようで、口元からは焦げたような臭いが漂っていた。


 薬が効いてきたのかティアナがその場から起き上がり、虎ウルフをじっと見つめる。

 そして、動かないことを確認すると、さっと荷物を開け、瓶を取り出した。

 中には緑色をした液体が入っている。それをためらうことなく、一気にフィリアの口に預けた。



 * ――――――



 緑色の液体を飲ませてから経過した数十秒というわずかな時間でさえも、時計の針が止まったかのように長く感じた。


「うーん……」


 フィリアはうなされたような声をあげて、ゆっくり目を見開いた。

 その様子を見たティアナは一気に肩の力が抜けたようで――


「よかった……。よかった!」


 腕を背中に回し、胸に顔をうずめた。


「フィリア、大丈夫か?」


「うん。まだ体は痛むけど、もう平気だよ」


 フィリアが身体を起こしたのを確認した俺は、彼女たちを守ることができたという達成感で満たされていた。


「ありがとう。君のおかげで、助かったわ」


 深々と頭を下げるティアナに俺は思わず慌てて首を振った。


「いや、あれは偶然だよ。それに、俺の方こそありがとう」


 ティアナが先導してくれてなければ、今頃ヤツの餌だったのは間違いない。


 ティアナはフィリアの傍から離れ、虎ウルフを至近距離でじっと見つめる。

 そして、戻って来たかと思えば、二人で会話をし始めた。


 理解はできない……。いや、完全ではないがなんとなく理解できる。


 すごい。話している言葉が、単語が、ぱらぱらと脳に伝わり、ただの音だったそれは、意味がある何かに変わっているのを感じた。


 細かい内容までは伝わらなかったが、平たく言えば「このウルフを解体して持ち帰る」というものだ。


 時間は大丈夫なのか? そんな考えが脳裏をよぎったが、頭の中を読み切るようにフィリアが答え合わせをしてくれた。


「私とアルトさんの体力が回復しないと、同じことになったときに逃げられないからいったん休憩を挟むって。その間に、お姉ちゃんはウルフを解体するみたい」


 こんなときまで気を遣ってくれたんだな。申し訳なさより、嬉しさが勝った。




 ティアナは虎ウルフに対し、慣れた手つきで刃物を入れている。


 毛皮や肉が、みるみるうちに横に重ねられた。


 しばらくして――


「うっ、なにこれ!?」


 解体を進めていたティアナが目にしたものは、墨のように真っ黒で、焦げたような強い臭気を放つ物体だった。それに刃物を入れるとぼろぼろと崩れる。


 その様子が、こちらからでも伝わってくる。


 そういえば、炎の魔法はヤツの口の中に入っていったんだっけ。内臓を焼き尽くした。といったところか。



 * ――――――



 休憩から30分ほどたった頃。

 静けさ漂っていた森の中は、次第に虫の声が小さく響くようになっていた。


 その間にフィリアに余った回復薬を分けてもらったのもあって、虎ウルフと死闘を繰り広げたとは思えないほどに回復した。


 ティアナは「やっと終わった」と声を漏らし、虎ウルフの素材を袋やケースの中に入れた。


「そろそろ歩ける?」


 俺とフィリアは頷き、その場から立ち上がった。


 そして、いつものようにティアナが先導しようとしたが――


「やっぱり、俺も前に出るよ」


 俺はそこらに落ちていた長い枝を拾い、ティアナの隣を歩いた。


 ウルフは無理だが、スライムくらいならこれで十分だろう。とにかく、ティアナの体力を温存させたい。




 歩いている間、ティアナが俺にこっそり訪ねてきた。


「フィリアの杖を使って出した魔法、あれはいったい何なの?」


 俺はティアナに説明した。


「なるほどね。調理で使う魔法を応用したのね」


 俺の話を聞いたティアナはぽつりとつぶやいた。

 そして、ティアナは考えるようなリアクションをして――


「町に着いたら、君も冒険者になりなよ。そしたら、あたしたちと一緒にパーティを組めるし」


 あまりの突拍子の無い発言に俺は一瞬思考が止まった。


 一緒にパーティを組むってのは、これからも彼女たちと過ごすということか……?


 地理に慣れていない俺にとっては願ったりかなったりの提案だが、どうして俺なんかと。


「あたしと初めて会った時、言葉もろくに通じなかったじゃない? けど、君はなんとかして、あたしたちと会話をしようとしてた。今では、こうして普通にお話ができている。それだけじゃない。タイガーウルフに襲われたときも、本当はあたしたちを見捨てて逃げることだってできた。けど、そうしなかった。なんか、あたしの勘がビビっときちゃってね。君と一緒なら、お互いにとっていいこと尽くしだと思うの」


 彼女は俺に合わせて、ゆっくりと伝えてくれた。


 俺の行動の全部を見ての判断だったんだ。


「フィリアも、いいよね?」


 ティアナはフィリアにも確認する。


「もちろん。アルトさんも、いいよね?」


 エメラルド色の瞳が反射する。細いリボンを軽くゆらしておねだりするように俺を見つめている。

 そこまで言われたら、断る理由なんて一つも無かった。


「ああ。二人が一緒についてくれたら俺も嬉しいよ」


 二人は俺に満面の笑みを振りまいた。それはまるで、月に照らされた金木犀の花が満開になったようだった。



 * ――――――



 しばらく歩いていると、森の奥に、明確に木々が途切れている場所を見つけた。


 これで森を抜けられる!


 嬉しさのあまり、思わず足が早くなる。そして、ティアナを追い越した時のことだった。


「うっ」


 顔に、どろっとしたものが張り付いた。

 どろどろとうごめいており、鼻と口を容赦なく覆い尽くす。


 一瞬で視界が暗くなる。息ができない。

 空気が肺に届かず、胸がきしむように苦しい。


 何が起こっているかわからない俺の耳に、ティアナの鋭い声が響き渡る。


「スライムよ」


 スライム。魔物ランクは最低だ。力はない代わりに、どろっとした体を活かし、顔に張り付いて冒険者を窒息に至らしめる――そういう魔物なのか。


 俺は手に持っていた枝を自分の顔面めがけて叩きつけた。自分自身に棒を振るうのは恐怖に値するものだが、この状況下において背に腹は代えられない。


 ぶにっ、という音とともに、スライムは俺の顔面から剥がれ落ち、ぼたぼたと地面に落下していった。


 ――最後まで油断できなかったな。


 俺は今日の一日で、この地で生きていくための術を嫌でも学ばされた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。

次の更新は 11月6日 18時10分頃の予定です。

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